異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
ぼくは生まれつき、憑かれやすい体質らしい。
いわゆる霊媒体質というヤツだ。
物心つくころには、背中にいつもひっついているナニカの存在を感じていた。
それが普通じゃないことは、いつの間にか理解していた。
ぼくのまわりで普通じゃないことがたくさん起きていたからだ。
そのころ、父と母はぼくのことなど放っておいて、いつもふたりで喧嘩ばかりしていた。
ぼくはひとりで外に出て、ひとりで遊んで……。
ある日、近所のガキ大将に絡まれ、殴られた。
そのガキ大将は、次の日、川に身を投げて溺れ死にかけた。
同様のことが数回続いて、誰もぼくに話しかけて来ることはなくなった。
噂話が流れてきたのか、両親はぼくに対して暴力を振るうことも、厳しく叱ることもしなくなった。
ただ恐れるように、ぼくなんて家にいないかのように扱った。
幸いにして食事とか学校とか、必要なお金は貰えた。
あとはまあ、すべて自分ひとりでやればいいことだった。
小学校に通うようになってからも、似たようなことばかり起きた。
自然と、ぼくに話しかける人はいなくなった。
中学校に上がっても、だいたい似たようなものだった。
相変わらず父と母はぼくのことを無視していたから、ぼくは家でも学校でも孤立していた。
たまにちょっかいをかけてくる者は、ぼくの背中にいつもいるモノによって報復を受けた。
彼らは二度と声をかけてこなかった。
ひとりだけ例外がいた。
それが、後に親友になる少年、西田くんだった。
「よう。おまえ、すごいもの背負っているな」
開口一番、そんなことを言って笑う彼は、お寺の息子であると自己紹介した。
当時から背が高く、その後もにょきにょき伸びていまでは身長が百八十五センチもあるのっぽの少年だ。
ぼくは彼を見上げた。
屈託のない笑顔で、彼はぼくを見下ろした。
ぼくは彼に、見えるのか、と訊ねた。
「見えない」
という返事がきた。
「でも、なんとなくわかるんだ。それだけでかいものを背負って、それだけ上手くやっている奴を見るのは初めてだな」
その口ぶりから、他にもぼくみたいな人がいて、彼がそういう人を見たことがあるのはわかった。
でも、上手くやっている、というのはよくわからなかった。
「だっておまえに憑いてるモノは、まだヒトを殺していないし、誰も破滅させていないじゃないか」
どうやら彼は、そういうことがわかるらしい。
それにしても、ぼくの御同輩とやらは、本来ずいぶんとひどいことをするようだ。
「おまえが抑えているからだよ。おまえがそう望まないから、そのモノたちは自重しているんだ」
そんなつもりはなかったのだが、どうやらそういうことであるらしかった。
そういうことなら、たしかに上手くやっている、って言えるの……かな?
こいつのせいで、ぼくがこれまでどういう境遇だったかはひとまず置いておくとして。
「じゃあ、もし。もしぼくが、誰も傷つけることを望まなかったなら……」
ぼくがそう望むなら、背中のモノたちはおとなしくしていてくれるのだろうか。
そう問うと、西田くんは。
痛ましいものを見るような目でぼくをみつめた。
「おまえだから、ここまで抑えられたんだ。そのおまえですら、これ以上は無理だったんだ。そう考えた方がいい」
そうか、とぼくはうなずいた。
どのみち、これまでの十数年間で、普通の生き方なんてものを希望するのは土台無理だと理解していた。
「おまえの背中にいるモノたちはな、自分の意志があるわけじゃないんだ。反射的、というのかな。刺激に対して自動的に反応しているだけなんだよ。だからこそ、それをここまで手懐けて……抑え込んでいるだけでも、たいしたものなんだ」
彼の言うことはよくわからない部分が多かったが、そういうものだと納得するしかなかった。
彼としても、別に意地悪をしているわけじゃなくて、精一杯にぼくのためを考えているのはよくわかったから。
ただ、ひとつ。
彼と出会って、変わったことがある。
「友達になろう」
西田くんはそう言って、右手を差し出してきた。
握手を求めているのだと気づくまでに、数秒を要した。
「おれに危害が加わることを心配するなら、それは気にしなくていい。これでも、多少なら身を守ることができる程度には慣れているからな」
そう言って、彼は笑った。
ぼくは彼の差し出した手を握った。
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南野さんがやってきて、その次の朝。
西田くんが、仲間三人と共に二階から下りてきて、酒場の隅の席についた。
そう、彼はぼくの宿屋にずっと滞在している。
もっと言うと、ぼくの友人になった彼は、それから同じ高校に進学し、一年生、二年生とたて続けに同じクラスになり……。
そしてバスの事故に巻き込まれて、共にこの世界に流れつき。
ぼくと彼のふたりだけで旅に出たというわけである。
いまでは、ぼくが宿屋の主人で、彼は冒険者だ。
彼のチームメイトは、男性がひとりに女性がふたり。
全員がこの世界で生まれ育った現地民である。
西田くんを含めた四人は宿の長期滞在組だから、座敷童たちが分裂して朝食の用意をしていても、もう眉ひとつ動かさない。
ちなみに、この宿の今日の朝食は焼きたてのパン、木苺のジャム、卵焼きにソーセージ、それから羊の乳である。
卵と羊の乳は裏庭で飼われている鶏と羊から手に入れた新鮮なものだ。
おかげさまで、朝食と夕食のサービスは、お客さんたちからたいへん好評である。
「昨日の夜、なにかあったのか?」
他のお客さんに配膳した後、西田くんたちの席のそばを通りがかるとき、そう訊ねてきた。
「南野さんが来たんだよ。いまはまだ寝ているみたい」
「夜に?」
「うん」
素っ裸だったというのは、彼女の尊厳のために黙っておくことにする。
「なるほどな。それで、不埒なことを考えた客が出たってわけか」
「そこまで気づいていたんだ」
「五号室の男だろ? 前からあいつは怪しいと睨んでいたんだ」
すごいな、大当たりだ。
ぼくは、奴がことを起こすまで全然気づかなかったよ。
ちなみにくだんの人物は、現在地下の牢に軟禁されている。
背後関係を洗った後、特になにもなければ適切なところに引き渡すことになっている。
そのための人員が月に一度、宿に派遣されてくるのだ。
「南野さん、元気そうだったか?」
「うん、詳しい話は聞いてないけどね」
「それなら、よかった。顔を合わせるにしても、夕方かな。おれたちはこれから出かけるから。今日も山登りだ」
「お弁当、用意しておくね」
このところ、西田くんのチームは毎日、山登りをして、夕方になるとくたくたになってこの宿に戻ってくる。
そしてまた、こうして朝早く出発するのだ。
「霧吹き山、って言うんだっけ?」
「ああ。毎日、この宿に戻って来られて、本当に助かるよ」
この宿屋は、異界に存在する。
そしてこの宿屋への入り口は、とある国のとある町のはずれにあるのだけれど……。
その入り口から入る以外にも、この宿に来る方法がある。
特別な道具を使うことで、どこからでもこの宿への入り口を開くことができるのだ。
これを利用して、西田くんたちは毎日、この宿に帰ってきている。
ちなみに同じ道具を使えば、この宿の扉の先が、もといた場所になる。
ゲームのセーブポイントみたいだ、と西田くんは言っていた。
ぼくはコンピュータ・ゲームをしないから、よくわからない例えなのだけれど。
昨夜、南野さんが言っていたテイム・モンスターというのも、たぶんゲームの言葉なんだろうなあ。
「気をつけてね」
「もちろんだ。なにかあったら、夕方を待たずにこっちに戻って来る」
「うん、気兼ねなく、そうしてね」
この宿を緊急避難的に使う長期滞在者は、けっこういる。
というか長期滞在するメリットのひとつがそれである。
西田くんは、裏技みたいだ、と言っていた。
ゲームとかの話なんだろう。
本来想定されたこの宿の使い方なんてものは存在しないのだから、きっと彼らの考えすぎである。
ぼくだって、ずっと背負っていたものの一部がこんな宿になるなんて思いもしなかったのだから。
いつの間にか西田くんたちのチームは全員が朝食を終えて、外に出る用意をしていた。
「いってらっしゃい」
と彼らを見送る。
西田くんだけでなく、一行の全員が口々に、ぼくに挨拶を返してくれた。
先頭の西田くんがフードのついたローブをまとい、若木の枝を宿の正面玄関の扉にかざす。
扉がまばゆく輝き、ひとりでに開く。
ごつごつとした岩肌が見えた。
いま、扉の向こう側は険しい山の中なのだ。
本来、この宿屋の表扉の先は、町はずれの街道沿いで、警備の兵が守っているんだけどね。
こうして若枝を使うことで、彼らは昨日の夕方の続きから旅を始められるのだ。
彼らが全員、扉の向こう側に消えると、ひとりでに扉が閉まる。
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