異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
「うわあようじょつよい。キタマちゃん、あんな搦め手も使えたんだ」
彼女と実際に戦ったことのある……というか彼女を倒したことがある南野さんが、見えない手で器用にロープを操り倒れた兵士たちを縛り上げているキタマを眺めている。
うん、彼女、昔はけっこうこういう省エネ戦法を得意としていたんだよね。
ちからがない状態で、お腹も空いていて、それでも格上の追っ手と戦わざるを得なかったから。
彼らは聖教の熱狂的な信徒で、後に北の魔王と呼ばれることになる彼女はその神敵で、子どもだからって許されるわけもなく……お互いを滅ぼすために、ただ殺し合うしかなかった。
この世界には、そういう関係がいくらでもあると、ぼくは彼女の記憶の一部を覗いて知ってしまった。
だからこれは善とか悪とか、そういう話ではないのだ。
いやもちろん、当時彼女を襲った奴らは己の善を心から信じていたんだけど。
それに比べたら、いまぼくたちを襲っている兵士たちは……。
どうなんだろうなあ。
とにかく上司からの命令なら、従わざるを得ないんだろう。
うん? でも、待てよ。
王女の暗殺なんて、普通の兵士にとってはとうてい受け入れられないような、悪いことだよね?
「あのロープを操っている魔術師を殺せ!」
入り口の扉付近で、隊長らしき銀に輝く鎧を着た男が叫んでいる。
その言葉に、数人の兵士が弓を構え、弓弦を引き絞って矢を放つ。
数本の矢は酒場の中を突っ切って、ぼくたちの位置からは少し離れたところに立っていたキタマに襲いかかった。
キタマはいっけん無防備で、全身を黒いフードつきローブで覆っているだけの無力な少女に見えたが……。
彼女が軽く左手を前に突き出すと、屋内に強い風が吹き荒れる。
矢は風の障壁によって弾かれ、方向を変えて天井や床に突き刺さる。
「あれ厄介なんだよね。指爆弾が弾かれちゃって」
指爆弾って、さっきやっていた指を切り落として投げつけるやつのこと?
「南野さん、あれ、今後はなるべく使わない方向でお願いするよ」
「そうだね、酒場でやるような戦い方じゃなかったね……」
「そもそも酒場で戦うのは、よくない」
てこてこやってきた座敷童がツッコミを入れる。
本当にその通りなんだけど、現状はごらんの通りである。
で、座敷童はぼくの耳に顔を近づけ、こう囁いた。
「二階は制圧完了」
「よし、西田くんたちにお礼を言っておいて。あとは例の仕掛けの前で待機をお願い」
「いま援軍、いらない?」
「せっかく戦力を何度にも分けて投入してくれるんだから、このまま粘って相手の手を全部見たい」
こういう事態を想定して、西田くんとはいろいろなパターンを考えてあった。
入念な打ち合わせのひとつに、「相手が焦れるまで粘る」というものがあって……今回の場合は、それを狙うのがいいんじゃないかなと思ったのである。
キタマがいるおかげで、こっちは割と余裕があるしね。
修羅場にもかかわらず、旅一家の三人もわりと落ち着いて対処してくれている。
特に娘さんがこういう状況で慌てず騒がず援護してくれるのは嬉しい誤算だ。
いやこれ、単にぼくが修羅場慣れしていないだけ……?
ぼくの視線を感じたのか、娘さんがこちらに振り向き、笑顔を見せる。
「ご主人さん、こっちは任せてください! その日の宿で襲われるなんて、よくあることなんですから!」
うーん、宿で襲われることが頻繁にあるのか……。
この世界の宿、怖いなあ。
彼女たちがそれほどに治安が悪い場所にも遠慮なく入っていくから、というのはあるんだろうけど。
それだけ、旅一家の実力はたいしたものなのである。
たぶんね。
ぼくも今日まで、彼らが戦っているところは見たことがなかったんだ。
でもまあ、西田くんは旅一家の実力を保証してくれていた。
自分がいないとき、いざとなったら彼らを頼れ、とも。
それだけ、人格も含めて認めているということだ。
本来なら、宿として宿泊客に防衛を頼るのは邪道だと思うんだけど……今回ばかりは彼らに頼らせて貰おう。
「なに、気にすることはないぞ、ご主人! ご主人の宿がなければおれたちも困るのだよ! それに、さっき持ち帰った食材でなにが出てくるのかも楽しみだ!」
親父さんが、そんな嬉しいことを言ってくれる。
さて……それじゃもう少し粘りますかね……。
とか考えていたら、さっきまでさかんに兵士たちへ指示を飛ばしていた隊長が、後ろから酒場に入ってきた男に突き飛ばされる。
「なにをしている、遅いではないか! たかが小娘ひとりにいつまでかかっているのだ!」
着飾った、明らかに上級の貴族っぽい青年が、不機嫌な顔でそこに立っていた。
あいつが今回の首魁かなあ。
ブックマーク、高評価、感想等いただければたいへん喜びます。