異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
昼過ぎになって、ようやく南野さんが一階に下りてきた。
白い貫頭衣の端を押さえて、内股で、少し恥ずかしそうにしている。
「あ、ごめんね。かわりの服とか用意してなくて……」
「そ、それは、いいの! いまさら、昨日のことが恥ずかしくなっただけだから!」
てっきり裸族が趣味なのかと。
「そういう趣味じゃないから!」
「あ、うん。信じてるよ」
「全然信じてない顔だーっ!」
「ところでご飯は食べられる? お腹、どれだけ空いてる?」
「おなかぺこぺこでーす! いっぱい食べます!」
元気があってたいへんよろしい。
座敷童のひとりが、南野さんを隅の方の席に案内している。
他の客は全員、とっくに出かけてしまったから、いまこの宿にいる人間はぼくと彼女だけだ。
いやー失敗したかなー、都会と行き来しているお客さんに、彼女の衣服くらいは頼むべきだったかもしれない。
「あ、服のことはいいんだよ、東横くん。もう少ししたら、修復されるから」
「修復?」
「うん、普段着ている服にね、自動修復機能がついているの。すぐ破れるから、仕方がないんだよね。ただ、修復にまる一日かかるんだよねえ」
なるほど、なるほど。
聞き捨てならない言葉が出てきたな。
「服が、破れる?」
「う、うん」
「いつも、裸族になるの?」
「裸族じゃないよっ! セクハラだあ!」
「ただの事実の確認だよ」
涙目のところ悪いけど、当店には座敷童による洗濯サービスや修繕サービスもございましてね……と料金表を見せる。
「うう、そういうスキルなので……。自爆、ってスキルなんだけど」
自爆。
名前を聞くだけでも、そりゃまた難儀なスキルだという感想になってしまう。
もしスキルを自分で選べたなら、誰だってそんなスキル、絶対に取らないだろう。
でもあいにくと、ぼくたちの意志はそこに介在していない。
ぼくたち異世界から来た者たちは、全員、ひとつだけスキルを取得している。
ただしそれは、向こう側からこちら側に来る際、どこの誰かはわからない存在によって勝手に与えられたものにすぎないのだ。
「でもね、すごく強いスキルなんだよ。北の魔王、って呼ばれた吸血鬼を、部下ごとまとめて爆破したんだ」
北の魔王、か。
「そういえば、帝国ではそんな存在が暴れている、とかお客さんが言っていたなあ。高い賞金がかかっているけど、誰も倒せないからいずれ自分にお鉢がまわってくるかもしれない、って」
「あはは……わたしが先に倒しちゃった」
「賞金稼ぎをしているの?」
「んー、そんな感じ。冒険者って言うんだよ」
うん、その名前は知ってる。
うちのお客さんにも多い仕事だし、親友の西田くんも冒険者である。
「タイミーみたいな仕事だよね」
「そういう感想を聞いたのは、初めてだなあ。東横くん、独特の感性してるよね」
「そうかな。人付き合いの経験が少ないから、かなあ」
「そういうのとも、ちょっと違うような……わあ、いい匂い」
座敷童がお盆に乗せて持ってきたお昼ご飯を見て、南野さんが歓声をあげる。
精がつくように、ということでとっておきの牛肉のステーキに、たっぷりのマッシュドポテト、それから千切りキャベツに人参のサラダ、あとは朝の残りのパン。
ステーキ以外は、たいしたものではない。
人参とかキャベツ、ジャガイモなんかは裏庭の畑でとれたもので、なんかうちの裏庭でとれた野菜はやたらとおいしいらしいけどね。
これもマヨイガのちから、なのかなあ。
異界に存在するこの宿屋だが、裏庭の森がどれだけ広いのかは、いまだによくわかっていなかったりするのである。
一度、森へ探索に行こうと思ったんだけどね。
座敷童と狛犬が懸命に止めるから、断念したのだ。
「おいしーっ! このお肉、帝都で食べたのより柔らかくてジューシーだよう! いったいいくらするの!? え、こんなのわたしお金払える? もしかしてこの宿、ものすごい高級宿だったりする!?」
「そのお昼は、ぼくのおごりだよ。あと、宿泊費は学生割引で一泊、金貨一枚で朝晩つきだから安心してね」
「うわ安い安い安い、いや安すぎ! 街道沿いの町のおんぼろ宿じゃないんだからさ!」
「学生以外からは十倍取ってるから、安心してね。実質的にクラスメイト割引きってことで」
まあ、この宿に辿り着いたクラスメイトって、彼女でふたりめなんだけどね。
ひとりめは当然ながら西田くんである。
「あと、お風呂が沸いてるから。食べたら入って来るといいよ」
「え、お風呂あるの!?」
「もちろん男女別だから」
ぼくは、そのあたりのシステムについても軽く説明した。
「なるほど、なるほど……うーん、決めた! わたしこの家の子になります!」
居候宣言されてしまった。
別にいいけど。
「あ、ちゃんとお金は払います!」
「この若木の枝があれば、いつでもこの宿に来られるからね。是非、ごひいきに」
「そりゃあもう! こんな素敵な宿にいつでも泊まれるなんて、これまでの旅の苦労はなんだったんだって感じだよ!」
「ちなみに仲間がいれば、その仲間も連れて来られるんだけど……」
「うう、わたしはいつも、ひとり行動だから……」
ステーキ一枚をぺろりと平らげ満面の笑みを浮かべていた少女は、そこでどよんと肩を落とす。
「スキルが、こんなだからね。戦うとき、巻き込まれちゃうんだよね」
実際のところ、ぼくは彼女のスキルについて、その名前以上に詳しいことなどわからない。
この宿に来たときの様子からして、身に着けているものも含め全部爆破しちゃうんだろうな、ということくらいだ。
彼女の身体には傷ひとつなかったから、自身を傷つけることはないんだろうけど……。
逆に言えば、それ以外のものはすべて傷つけてしまうということである。
「弾け跳んだ服とかは、この無限袋に入れて修復中なんだけどね。あとは剣とかアクセサリとかも、全部壊れちゃうから……」
無限袋……。
たしか、重量を無視してたくさん道具が入る袋、とかだっけか。
この世界には魔物がいて、魔法がある。
魔法を使ってつくられた特殊な道具がある。
これを魔道具という。
「その魔道具だけは無事なんだ」
「うん、とっても丈夫なんだ。強い守りの魔法をかけて貰ってあるの」
「そこに予備の服を入れておけばいいんじゃ……?」
「うう、入れてあったんだよう。でも何度も自爆しているうちに、予備もなくなっちゃって……」
「激しい戦い、だったんだね」
そうとしか、言えない。
彼女が露出趣味ではないと言うなら。
「まあ、ゆっくりしていって欲しいな。とりあえず、しばらくはお金、いらないから」
「あ、うん、そうさせて貰うよ……。心に負った深い傷を癒す時間が、わたしには必要だからね……。だからパンのおかわりください」
座敷童がトテトテと、さっき焼いたばかりのパンを持ってきた。
これ夕食用なんだけど……まあ、また焼けばいいか。
最悪の場合に備えて、小麦粉はちょっと多めに仕入れてあるのだ。
このところは、お客さんもそう多くないしね。
「このパンも、ふかふかでおいしいねえ。こんなパンを知っちゃったら、もうそこらの硬い黒パンなんて食べられないよ!」
「あー、ちいさな町とかだと混ぜ物してること多いんだっけ。西田くんが、前にそんなこと言ってたなあ」
「西田くん、ひょっとしてここに泊っているの? まあ、そっかー。仲良かったもんね」
「夕方には戻って来るから、会えると思うよ。南野さんが昨日、来たってことは伝えてある」
ぼくがそう言うと、南野さんは背筋をピンと伸ばした。
パンの粉を頬につけたまま、遠慮がちに右手をあげる。
「あのー、その。昨日のわたしの様子について、西田くんは……」
「余計なことは何も言ってないから。うちの宿は、お客さんのプライバシーを尊重します」
「ありがとう東横くん愛してる!」
難儀なスキルだなあ。
それでも、たぶん、そのスキルがあったからこそ、これまで彼女は元気に旅をして来られたのだろう。
異界の宿にずっといるぼくでも、それくらいはわかる。
なんのちからも持たない一般人にとっては過酷なこの世界のことも、少しだけなら理解しているのだ。
「ちなみに、西田くんにはチームメイトがいます。四人チームだよ」
「え、なんでいま、それをわたしに言ったの?」
「別に、伝えていいって言われてるから」
「ぼっちのわたしにマウントをとってる?」
「西田くんのチームメイトでマウントをとっても、ぼくにはなんの利もないなあ」
「ごめんねごめんねこんな被害妄想が激しいヤツで!」
テーブルにつっぷして、えぐえぐ泣き始める南野さん。
精神が不安定だなあ。
この三か月、いろいろあっただろうというのは想像に難くない。
しばらくは様子を見るか……。
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