異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
この一か月で、裏庭は様変わりした。
具体的には敷地面積が十倍くらいに増えた。
宿から離れた場所……といっても徒歩十分くらいの距離に魔族の集落が完成したのだ。
そちらの集落でも家畜が飼われていて、主に乳や卵で宿屋の食事に貢献している。
少し後退したとはいえ、深い森も健在だ。
勇敢な魔族が森に分け入り、木の伐採や植物の採集などを行なっている。
あまり奥には踏み込んでいないため、いまのところ死者や行方不明者は出ていない。
魔族の狩人たちによれば猪や熊の足跡があった、とのことなので……。
じきに狩猟も解禁となって、獣の肉も得られるだろう。
解禁、といっても別にぼくが何か宣言するわけではなく、ただいまは魔族たちが森の中の生態系を警戒しているのだ。
森の奥に、何か強大なちからを持つ者がいる。
彼らは五感ではない何かによって、そう強く感じている様子であった。
ともあれ、魔族たちが暮らす集落……というより魔族村は、いよいよ完成したわけである。
「あたしの指導のおかげね!」
とキタマが胸を張っているが、彼女はこの一か月で一センチも背が伸びず、ちびっこのままだ。
このあたり、どうしてそうなっているのか未だに不明であるが……ぼくのスキルが悪さをしていたら申し訳ないなあ、と少し思う。
少しだけ、だけどね。
だいたい、彼女がぼくたちに敵対しなければ、ぼくがスキルで彼女を支配下に置く必要もなかったんだし。
彼女の方でも、ぼくの支配下にある、というのは忸怩たるものがあるようだが……。
それはそれとして、「でもね、あたしは彼らの王なの。王である以上、彼らが生きていくためには頭も下げるわ」とのことであった。
つまりは、魔族たちが幸せに暮らせる限り、彼女はぼくに喜んで従う、ということだ。
なお魔族たちの意見としては……。
「ここは寒くもないし、暑すぎもしないし、森の恵みも豊富でなんの文句もない。あとはおれたちの陛下が幸せなら、これ以上言うことはなにもないんだ。あんたが陛下を幸せにしてやってくれ」
とのことであり、なんかガタイのいい肉体労働系の魔族たちが順番にぼくの肩をぽんぽん叩いていくのは……。
いったいなんなんだろうねえ。
なにか勘違いされているような気もする。
まあ、そもそもキタマが幸せに暮らせるようにするのは、使役者としてのぼくの義務だろう、ということくらいは理解していた。
だから安心して欲しい。
ただ問題がひとつ。
キタマに与える仕事ってね、いまのところ彼ら魔族を治めることくらいなんだよね。
「結局、殿下とも交渉したけど、魔族が外に出るのは絶対にダメだって」
「それは、そうでしょ。むしろ、よくそんな交渉ができたわね」
「きみたちが悪い人じゃない、というのは殿下にも納得して貰ったんだけどね」
「聖王国の者たちよ? あいつらの偏屈さは、あたしたちがいちばんよく理解しているわ。伊達にずっと迫害されていないのよ!」
うーん、そのあたり日本人にはよくわからないんだよねえ、と言ったところ、ちょうどその言葉を聞いていた西田くんに「おまえが世間知らずなだけだ」と返された。
「おまえの場合、そもそも日本にいた頃は、悪意を持って寄ってきた奴がみんな勝手に破滅していったから、っていうのもあるんだろうけどな……」
「それは、そうだね」
ぼくの背中に憑いていたモノ、いまはマヨイガと座敷童と狛犬、それから一部はキタマになっているモノ。
ある意味で、ソレがぼくのことを手厚く守っていてくれた、とも言える。
その弊害は著しかったわけだけど……。
ぼく的には、人の悪意より、怯えて遠巻きに見られることの方が辛いと思うのだ。
「おまえの境遇は極端すぎるし、聖王国における魔族の扱いもだいぶ極端だから、なにがどうとは一概に言えん」
西田くんは、呆れた様子でそう肩をすくめてみせる。
とにかくこの問題の解決は一朝一夕にはいかない、ということだけは理解できた。
「ヒトに変化する魔法の得意な者を集めて聖王国以外の国で若枝を使った脱出路をつくる、というあたりが現状できる手かなあ」
魔族ができることをいろいろ聞いてみて、ぼくが披露できたアイデアはそれくらいであった。
いざという時は、若枝を使って彼らにこの異界から脱出して貰うというわけである。
その脱出先になるような避難場所をあらかじめつくる算段については、これからまた話し合って決めるしかないだろう。
ちなみに若枝で本来の場所以外への扉を開いてからそれが使えなくなるまでの時間は、こちら側で調整可能だ。
ただし、その際に別の者が若枝を持って外に出ても、そちら側の若枝は機能しない。
Aという地点から若枝aを使ってこの宿に戻り、ふたたびA地点への扉を開いたとして……若枝bを持ってA地点に出たところで、その若枝bはなんの機能も持たないがらくたになるだけなのである。
もちろん、若枝を使えば何度でもこの宿に戻れるんだけどね。
このあたりの仕様は、あらかじめ西田くんとのテストで確認済みだ。
「あと、そもそもキタマはヒトに変身する魔法、使えるよね」
「まあ、使えるわよ。……嫌な予感がするわ」
「うちの宿が忙しいとき、臨時の接客要員をしてくれないかなあと」
「聖王国の上級騎士とか聖教の異端審問官とかは見破って来るんだから、そういう危険な真似はやめておきなさい」
冷静に諭されてしまった。
うーん、まあ、そうか……というか聖教、異端審問官とかいるんだ……。
「キタマも変装してタコパに参加できたら楽しいな、と思ったんだけどねえ」
「なにかしら、タコパって。……え、タコ? あの気持ちの悪い魚を食べるの!?」
あ、タコ知ってるんだ。
タコは魚じゃないんだけど、まあそんなことこの世界ではどうでもいいかな。
「みんなには好評なんだ」
「あなたたちのこと、本当によくわからない」
腰に手を当てて呻くキタマ。
うーん、そんなに呆れるほどかなあ。
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