異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第35話 地理

 この世界における一般的な知識の欠如を改めて認識した。

 そこで、末姫さんの従者に、歴史や地理、一般常識を学ぶ方法について訊ねてみた。

 

 ぼくたちがもともと住んでいた世界なら、本屋なり図書館なりで本を買えばいいだけなんだけどね。

 この世界のこの国だと活版印刷が一般的じゃないから、本は貴重で高価、かつ内容もあまり信用できないと聞いたことがある。

 

 ちなみに魔法を使った活版印刷はすでにある。

 この複写魔法は西方の小国が二十年ほど前に開発し、当初は秘匿されていたものの……。

 

 そんな有用な魔法を秘匿し続けられるわけもなく、徐々に広まりつつあるのだという。

 国によっては民の下々が本を手に取ることができるくらいに広まっていたりするんだとか。

 

 しかしこの聖王国は保守的な土地だから、まだまだ一般的ではないというわけである。

 

「そういうことでしたら、わたしどもがご教授いたしましょう」

 

 なぜか嬉しそうに、その従者はほんと手を叩く。

 

「あなたには、姫さまのご学友となっていただきたいのです」

 

 あれ、妙なことになったぞ。

 

 

        # & # & #

 

 

 その日のお昼過ぎ。

 四階に招待されたぼくは、笑顔の末姫さんに出迎えられた。

 

 彼女が挨拶すると、白い髪が雪のようにさらさらと揺れる。

 

「こちら、ですっ」

 

 ルビーの瞳を輝かせ、ぼくの手を引き、十二歳の少女は一室に連れていく。

 その様子を、四人の従者たちが微笑ましいものを見る目で見守っていた。

 

 初対面の時は、第二王女殿下の後ろに隠れていたのにね。

 毎日、座敷童がこの四階に通って、この子といろいろ話をしていたというのは知っているんだけど。

 

 それにしても、護衛でもある従者たちの態度がそれでいいのかな? と思うが……。

 まあ、そもそもこの宿、ぼくの懐の中なわけで、ぼくが害意を持っていたらとっくの昔にやっているわけで。

 

 ここしばらくで、彼女たちもそのことをよく理解してくれたのだ、と思うことにした。

 四階の隅の部屋は、いつの間にか本棚が並ぶ書庫となっていた。

 

 その中央にしつられられたテーブルには上等な羊皮紙が積み重ねられ、椅子が仲良くふたつ、横に並んでいる。

 

「はい、ここにお座りください、トーヨコさま」

 

「ええと……はい」

 

 ぼくは末姫さんに言われるがまま、着席する。

 彼女は上機嫌でぼくの横の席に座った。

 

 テーブルの反対側に、従者の中でもっとも高齢の女性が立つ。

 彼女が教師役であるらしい。

 

「今日は大陸の地理について、概略からお話いたします。新しい生徒もおりますので、姫さまには繰り返しとなることもありますが、復習とお考えください」

 

 教師役がそう告げると、末姫さんは背筋を伸ばして元気よくハキハキと返事をする。

 本当に、ずいぶんと元気になったなあ。

 

「ではまず、この地図を御覧ください」

 

 テーブルの上に、丸められていた布がぱあっと広げられる。

 カラフルな糸で編み込まれた精巧な刺繍が、布一面に描かれていた。

 

 刺繍の内容は、この大陸の地図だ。

 へえ、なるほどねえ、こうなっていたのか、大陸。

 

 話には聞いていたけど、全体図は見たことがなかったんだよね。

 横に広い大陸だけど、ユーラシア大陸ほど横長じゃなくて、縦三に対して横五といったところ。

 

 これ、縮尺はどうなっているんだろう。

 そもそもこの地図が正確かどうかも不明なんだけど。

 

 で、ぼくたちはいま大陸の中央よりちょっと西側にいるはずで……。

 いやでもちょっと具体的な位置まではわからないな。

 

「姫さま、我々の国がどこか、指差していただけますか」

 

「はい、ここです!」

 

 末姫さんは立ち上がり、大陸の一点に指を突き立てる。

 それからぼくの方を振り向いて、えっへんと得意げな顔をした。

 

「詳しいですね」

 

 ぼくは末姫さんに、素直な気持ちを告げる。

 末姫さんは、「そんなことは、ありません」と言いつつもますます胸を張るのだった。

 

 うーん、末姫さんはいま、数えで十三歳、つまりぼくたちの世界の基準では十一歳か十二歳。

 小学校六年生と考えると……その当時のぼくはどうだったかなあ。

 

 この世界における学習進度がどうなっているのかとか、知らないけどね。

 大人としての貫禄がある第二王女と、四つ年下とはいえかなり子どもっぽい末姫さんを見るに、ひょっとして……。

 

 ちらり、と教師役の方を見れば、彼女は少し寂しそうな表情で、ぼくにしかわからない程度にちいさくうなずいてみせた。

 やっぱり、これまでまともな教育係もついてなかったのか……。

 

 四人の従者たちは、最近末姫さんのところに来た、と以前、第二王女殿下から聞いていた。

 手配したのはもちろん、第二王女殿下である。

 

 なんかいろいろと王宮の中で派閥争いとかがあって、末姫さんはひどく冷遇されていたのだとか。

 で、あんまりにあんまりだから第二王女殿下が世話を焼いた、という話だったはず。

 

 あくまでも第二王女殿下側からの一方的な話だから、どこまで信用していいかはわからない、と西田くんは言ってたけどね。

 でも少なくとも、末姫さんの侍女たちは信用できる人々だと、これまでのつきあいでなんとなく理解している。

 

「では周辺の国から参りましょう。まず西の山脈の向こう側にある……」

 

 あ、それぼくたちが通った山脈だ。

 ってことは、あそこが共和国か。

 

「トーヨコさま、こちらの共和国についてご存じですか」

 

 末姫さんが訊ねてくる。

 

「あ、はい。一時期、滞在していました」

 

「トーヨコさまは、他の国に行ったことがあるのですね」

 

「ええ、いくつかだけ、ですが」

 

「ぜひ、聞かせてください!」

 

 末姫さまは目を輝かせているが、共和国の首都で殺し合いになった、みたいな話はさすがにこの場ではできない。

 適当なエピソードでお茶を濁しておく。

 

「なるほど、他国では飲み物も違うのですね。……小麦ではなく、別の穀物を?」

 

 そういえば山脈を隔てて、こっち側とあっち側でだいぶ食べ物が違うんだよね。

 ぼくは教育係の方を見た。

 

「いい着眼点ですね」

 

 彼女はうなずき、地方ごとの特色と特産品についての話を始めた。

 その日は夕方近くまで、講義が続いた。

 




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