異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第37話 歴史の裏側

 仕事も一段落したお昼過ぎ、四階の講義室に、今日もぼくは足を運ぶ。

 その日の講義の内容は、聖王国のなりたちであった。

 

 およそ二百年ほど前のことである。

 

「このあたり一帯、すべて――」と教師役の高齢従者が布の大陸地図に指で大きな円を描く「――覇の魔王と呼ばれた竜が支配する、覇帝国の領土でありました」

 

「覇の魔王……」

 

「見上げるほど大きく、翼を広げたその姿は王宮を覆い尽くすほどの黒竜であったようです」

 

「王宮で、壁画を、見たことがあります。とてもとても恐ろしかった、と覚えております」

 

 そのときのことを思い出したのか、末姫さんが縮こまる。

 そんなに迫力のある絵だったら、ちょっと見てみたいかもしれない。

 

「はい、おっしゃる通り、とてもとても恐ろしい存在であったと伝承にはございます。ヒトは魔王に毎日、十人の生贄を献上いたしました。魔王は生贄をさんざんいたぶった後に丸呑みし、喉の奥から悲鳴が聞こえる様子を楽しんだと」

 

「ひどい……」

 

 末姫さんが、胸もとでぎゅっと拳を握る。

 それにしても、魔王ねえ……魔族を統べる者を勝手にヒトがそう名づけているらしいんだけど……。

 

 覇の魔王に関しては、自分からそう名乗っていたそうである。

 ヒトなんて自分を楽しませる玩具にすぎない相手で、だからこそ彼らが恐れる名前を自分からつけちゃう、みたいなことらしい。

 

「覇帝国の詳細については、また後日、講義いたしましょう。覇の魔王による帝国の支配は百年ほど続き、ヒトは圧政の下で喘ぎ、次第に数を減らしていきました」

 

「暗い時代だったのですね」

 

「その支配を打ち破ったのが、殿下のご先祖さま、初代聖王です。初代聖王は初代聖教の教皇と共に、もはや大陸の災厄となっていた覇の魔王を打ち倒し、大陸に平和をもたらしました」

 

 この世界では、ときに個人が軍団を凌駕する。

 覇の魔王は単独で一国の軍を蹴散らすほどであったというが、逆に彼ひとりが倒されただけで瓦解するほど、帝国の基盤は脆弱であった。

 

 で、覇帝国は崩壊し、群雄割拠の戦国時代が到来した。

 初代聖王は初代聖教の教皇と共に、聖王国と呼ばれているこの国をつくり上げ、聖教を国教として守りを固め、ちからを蓄えた。

 

 ちなみにその頃の聖王国の領土は、現在の十分の一くらい。

 王都と、この町を含む周辺のいくつかの町があった程度で……ぼくたちの宿がある第二都市も当時は村だったそうだ。

 

 初代聖王が亡くなった後、二代目が内政で頑張って、三代目が更にめちゃくちゃ頑張って領土を拡張したらしい。

 で、おおよそ百年ほど前にはだいたい現在の領土になったとか。

 

 先日、三百年間も東方の国を支配した天帝とかいう存在の話を聞いてしまったから、聖王国はだいぶ若い国に見えてしまうなあ。

 たぶん天帝がいろいろ規格外すぎるんだろうけども。

 

 それにしても、竜か。

 この世界はヒト以外の知的生命体がいっぱい存在するわけだけど、竜も高い知性の持ち主なんだなあ。

 

 いろいろと興味が湧いたので、講義が終わったその足で裏庭に出向き、農地をつくるための測量部隊を指揮していたキタマにそのあたりを訊ねてみた。

 キタマは、ふん、と不快そうに鼻を鳴らす。

 

「ヒトは嘘ばかりつくわ。偽りの歴史をつくり、流布し、あたしたちを貶めようとするのよ」

 

「魔族の側の歴史観だね。聞きたい、聞きたい」

 

「あんたねぇ……。まあいいわ、ありがたく拝聴させてあげる。まず覇の魔王を初代聖王と初代教皇がふたりで倒した、というのは大嘘。覇の魔王は寿命で亡くなったのよ。でもそのことを帝国上層部はひた隠しにしていたの」

 

 えーっ、とまわりから驚きの声があがる。

 いつの間にか、他の魔族たちがぼくたちのまわりに集まり、話を聞いていたのである。

 

「ちょっと、あんたたち……」

 

 キタマはしばし絶句した後、「そうね、休憩にしましょう」とあきらめ顔で宣言した。

 

「そもそもきみは、なんでそんな裏事情を知っているんだ」

 

「うちの一族に伝わる話だからよ。覇の魔王が亡くなった後も、帝国の玉座には巨大な黒竜がどしんと座っている必要があったの。そうしないと、国がまとまらなかったらしいわ。だから吸血鬼が竜の死体を操って、さも生きているかのように見せていた、というわけ」

 

「吸血鬼が、竜の死体を……」

 

 いまぼくはとんでもない裏事情を聞いている気がする。

 あと、そりゃ吸血鬼、迫害されるわ。

 

 たぶん聖教の上層部はこのことを知っていたわけだしなあ……。

 

「でも、そんな嘘はいつかバレるわ。問題はどういう手順で公開して、帝国を穏便に終わりにするか、だった」

 

「あ、ずっと支配していくつもりじゃなかったんだ、当時の上層部」

 

「魔王に子どもでもいればよかったんだけどね。いなかったのよ。覇の魔王は、帝国をつくった頃にはもう、竜の繁殖期を過ぎていたの」

 

 あー、そのときすでにおじいちゃんだった、ということか。

 ぼくの頭の中で、人を丸呑みするおそろしい黒竜、というイメージが、哀れな老人に上書きされていく。

 

「養子とか、後継者を指名するとか、そういうのはなかったの?」

 

「なかったみたいね。そもそも覇の魔王はあまり頭がよくなくて、ちからだけで帝国をつくって、彼に従っていた者たちのうち、内務ができる人材が最初の五十年くらいで亡くなっちゃった、という話。だから帝国が滅びるのは時間の問題で、あとはどう終わらせたら混乱が少ないか、だった」

 

「なんか、こう、とても世知辛いね……」

 

 おかしいな、ぼくは英雄譚の裏側でいさましく迎え撃つ黒竜、みたいなのを想像してここに来たのに。

 

「現実なんて、いつだって世知辛いものだわ」

 

「で、結局、初代聖王たちが黒竜ゾンビを倒す形で帝国の歴史は幕を下ろした、と」

 

「そういうこと。結果的に最悪の選択だったわ。想定をはるかに上まわる混乱が起きて、せっかく軟着陸させられるはずだった帝国という巨体は、不時着してバラバラに引き裂かれてしまった。あの頃、生まれたさまざまなものが続く暗黒の時代に失われたと言われているわ。ヒトの魔術師たちも高度な魔法をたくさん失伝した。いま聖王国の魔法技術は周辺国より劣っていて、その理由がこの暗黒時代だったと言われているわね」

 

「へー、王家が隠している歴史の真実だ……」

 

 うん、やっぱりこれ迫害されるよね……。

 もちろんキタマは全然は悪くないんだけども。

 

「隠している、というか王家の者でも大半は気づいていないんじゃないかしら。あなたと接触している第二王女なんかは、薄々感づいているかもしれないけど」

 

「気づいていないなんてこと、ある?」

 

「初代が徹底的に隠蔽工作して、聖教側が異端者を狩っていった結果よ」

 

「異端者狩り、かぁ」

 

 なんというか、歴史の裏側を暴くって大変なことなんだなあ。

 

 




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