異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
せっかくなので、この機会に南野さんと情報の共有をする。
この世界に転移してきた、あの日のことから始めた。
「街道から少し離れた森の中だったね。バスとぼくたち三十一人だけが、そこに転移した。教師もバスの運転手もバスガイドもいなかった」
「うん、向こう側の世界ではお昼過ぎだったはずだけど、こっちの世界に来たときはたぶん朝方。スマホ取り上げられてたから正確な時間はわからないけど……」
旅館についたらスマホを返す、という話で教師にスマホを預けていたのである。
その教師ごと消えてしまうとは思わなかった。
いや、消えたのはぼくたち、なのかな……。
そのあたりは未だによくわからないけど、とにかくスマホなしでぼくたちは異世界に放り出されたという事実は変わらない。
まあ、どうせこの世界に電波なんて飛んでないからスマホの機能の大半は使えないわけだけど……。
「朝方のこの時点で急いで行動すれば、夜になる前にどこかの集落にたどり着くことができるんじゃないか。ぼくと西田くんは、そう考えた」
バスの中では大混乱が起こった。
事態を把握する前に慌てる者や、キレて暴れる者が出た。
そうして暴れたひとりが、わけもわからずスキルを発動させてしまって……バスの中が水浸しになっていたなあ。
まあ、そうなる直前に、ぼくと西田くんはバスの外に出ていたんだけど。
「東横くんと西田くんは、さっさとバスから離れちゃったよね」
「西田くんが、早く行動した方がいいって言うから。彼、なんかそういうときのカンがいいんだよね」
「すごいなあ。わたしはそこまで割り切れなかったよ」
ぼくと西田くんは、そのまま街道に出て、夕方を迎える頃にはもう、とある町の中にいて、町の自警団から領主に話を通して貰い、庇護を受けることができていた。
ぼくたちふたりとも、山歩きが得意だったから、慣れない荒れた道でも特に苦も無く踏破できたのである。
「自警団に話を通して領主に、って……すごくない? どんだけ行動力あるの?」
「西田くんがすべてやってくれました!」
えっへんと胸を張る。
西田くんのコミュニケーション能力には、助けられてばかりである。
向こう側の世界でも、この世界でも。
この宿をやっていく上でも、いろいろと助力を貰っているのだ。
「それって、スキルのちからで……? あ、ごめん、他人のスキルを聞くのってあまりよくないかな」
「どうなんだろう、そういうの、よくわからないな。スキルについてはあとで直接、本人に聞いて」
この世界の住民はスキルというものを持っていないようだ。
つまりこれは、ぼくたち三十一人だけの特別なちから。
「でも一応言っておくと、彼のあの大人相手のコミュニケーション能力は、スキルとか全然関係ないよ」
「そ、そうなんだ……。すごいね、西田くん、お寺の息子さんだっけ」
「そうだよ。お寺ってすごいねえ」
子どもの頃からまわりが大人だらけだった、みたいなことは言ってたな。
ちなみにぼくたちがこの世界に来たとき、ぼくたち三十一人は全員、この世界の言葉を話せるようになっていた。
文字も読めるし、書ける。
ただ、日本語の文字が下手だった人はこの世界の文字も下手で……まあぼくのことなんだけど、そのあたりどういう理屈なのかはよくわからない。
ちなみに西田くんは書道が得意で、この世界でもとてもきれいな文字を書ける。
あれだけでも仕事が貰える、とぼくたちが最初に会った領主さんにお墨つきを貰ったものである。
「で、その領主さんの手を借りて、バスのところに戻ったんだけど……。準備を含めて往復で三日かかっちゃって、そのときにはもう、ほとんどの人はバスからいなくなっていたんだよね。結局、女子三人だけを保護できた」
ぼくはメモをとり出して、そのとき保護したクラスメイトの名前を読み上げる。
西田くんと違ってコミュニケーション能力が低いぼくは、女子の名前なんて全然覚えていなかったのである。
「彼女たち無事だったんだ、よかったあ。その三人は、いまどうしているの?」
「領主さんのもとで働いているんじゃないかな? みんな、普通に働くぶんには便利そうなスキルだったから。そもそも書類を読めて四則演算ができる人って時点で重宝される、って領主さんは言ってたけどね……」
この大陸では基本的に十進法が使われている。
「あー、そうだねえ。冒険者には読み書きできない人も多いみたい」
「その後、いろいろあって、ぼくと西田くんは自分たちのスキルのちからを引き出すことを覚えて……ぼくはこの宿屋をつくって異界に引きこもり、西田くんは旅に出た。もとの世界に戻る方法を探すために」
「やっぱり、もとの世界に戻ることを考えているんだ」
「ぼくは戻らないけどね」
この世界でなら、ぼくは自由でいられる。
ぼくに憑いたモノたちも、こうして意志を持ち、独立して動くことが可能になった。
だからぼくたちはもう、もとの世界なんていらないのだ。
でも、そうじゃない人もいて……ぼくはその人たちのちからになることもやぶさかじゃない。
「でも西田くんは、戻りたいと考えている」
彼の実家はお寺で、西田くんはその跡取りなのだ。
「それと、領主に預けた三人も、やっぱり帰れるなら帰りたいみたいだ。南野さんは?」
「わたしは、そこまで考えてなかったよ。最初は生き残るのに精一杯で、それからはとにかく冒険者として成り上がって……それからのことなんて、あんまり考えてなかった。……ううん、考えないようにしていた、のかな。考えてしまったら、気が重くなっちゃうから」
「いまは、どう?」
「わからない。まだ全然、気持ちの整理がついてない」
「じゃあ、ゆっくり考えてくれていいよ。さっきも言ったけど、しばらくこの宿で休んでいてくれていいからね」
このあたりは、西田くんと打ち合わせ済みである。
もしクラスメイトがこの宿に来たら、どうするか。
クラスメイトが敵対的だったら、どうするか。
弱り切っていたら、お金を持っていなかったら……。
そういったことも含めて、ある程度の対応を決めてくれていた。
だからぼくは、自信を持って、彼女にこう言える。
「おつかれさま。これまで頑張ったね、南野さん」
あ、泣いちゃった。
しかもこれガン泣きだ。
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「ところで、東横くん。あそこの……この宿の正面の扉って、本来はどこに通じているの?」
しばらくして。
泣き止んだ南野さんは、涙を拭いた後、話題を変えた。
「聖王国だよ。第二都市のはずれで、聖王国の騎士が見張りをしている。でもここから外に出るぶんには咎められないから、そこは安心してね」
「うわ、東横くん、聖王国に取り込まれたんだ」
取り込まれた、という言葉が正確かどうかはわからないが、支援を受けているのはたしかである。
お互いに、今後もいい関係でありたいとは願っているのだ。
「さっき食べた牛肉のステーキも、聖王国から貰ったものだよ」
「そうか……わたしもついに聖王国に取り込まれちゃったか……」
「お肉を食べただけでしょ」
「聖王国の食べ物はすべて聖別されていて、食べるとあそこの神さまに帰依することになるって、帝国じゃもっぱらだよ」
「すごいデマだ。いやまあ、帝国としては意図してそういうデマを流布しているのかもしれないけど」
北の帝国と大陸中央の聖王国がめちゃくちゃ仲が悪いって話は、ぼくでも知っているくらいだ。
してみると、南野さんは帝国の冒険者なんだろうな。
この両国は、ぼくたちが飛ばされた世界で覇権を争う国のひとつだ。
正式名称は、なんかとても長ったらしいのがあるのだけど、全然覚えていない。
これはぼくだけじゃなくて、市井の人々はだいたいそうだったりする。
貴族とかになると、ちゃんとそのあたりも覚えるらしいけど……まあ、ぼくらみたいな部外者が覚えていなくても、あまり無礼には当たらない程度のものである。
というか聖王国の王女殿下とか、「忘れていいですよ、脳の記憶容量の無駄です」とか言って笑ってた。
横の側付きさんが慌てていたけど、まあ、そんなジョークが出てくるくらいのものなのだ。
殿下の場合、どこまでがジョークかよくわからないんだけどね……。
とてもいい笑顔で、「トーヨコ、わたしと結婚しませんか」とか言ってくるしね……。
「ちなみに、一度、ふつうに外に出ちゃうと、若枝で元の場所に戻ることはできなくなるよ。南野さんの場合、北の魔王のアジトだっけ?」
「あそこに戻っても、徒歩で何日もかけて人里まで戻らなきゃいけないしなあ」
「でも討伐を証明しないと、賞金が貰えないよね」
「それは……そうなんだけど!」
南野さんが、魔道具のずだ袋から拳大の赤い宝石を取り出す。
宝石の内部でなにかきらきら輝いていて、とても綺麗だ。
「これ、北の魔王を倒したらドロップした宝石。たぶんこれを持っていけば、賞金が出るんだけどさあ」
「ドロップ……落ちたってこと?」
西田くんも、たまに使う言葉だ。
たぶんゲーム用語なんだろうなあ。
「うん。北の魔王にトドメを刺したら、その身体がすーって消えちゃってね。これだけがこぼれ落ちたんだ」
「ちょっと借りていい?」
「どうぞー、ほれっ」
「わっ、投げないでよ」
南野さんは、ぞんざいに赤い宝石を投げ渡してくる。
慌てて、両腕で抱え込むようにして受け取った。
……思ったよりずっと軽いな。
でも、これって……。
宝石を持ち上げて、真近でしげしげと眺める。
座敷童がひとり、てこてことぼくのそばにやってきた。
心配そうに、ぼくをじっと見上げてくる。
「どうした?」
「……生きてる」
座敷童が、小声でそう言った。
南野さんが、「わっ、しゃべった」と驚いているけど……うん、口数は少ないけど、ちゃんとこの子たちしゃべるんだよ?
「生きてるって、この宝石が?」
座敷童は、こくんとうなずく。
「いずれ、蘇る」
「この宝石が?」
また、こくんとうなずく。
「北の魔王って、なんなのさ」
「えーとね、吸血鬼だって。ヒトの生き血を吸って何百年と生きていて、血を吸われた人は部下になっちゃうんだ。怖いよねえ」
「よく、そんな奴を倒せたね」
「何度も自爆しました!」
えっへんと胸を張る南野さん。
なるほど、全裸にもなるわけだ……。
というか服とか武器とか、彼女の場合、全部邪魔なんだろうなあ。
で、そんな無差別爆破型の彼女だからこそ、たくさん部下がいるところに乗り込んでいって、部下ごと北の魔王を倒すことができた……というあたりか。
たくさん、人を殺したんだろう。
そのことにもう、心を削られることもなくなってしまったのだろう。
過酷な日々だったに違いない。
いや、それはそれとして……だ。
「ちょっと待って東横くん、いま蘇るって言った? え、どうしよう?」
「いつごろ復活するのか、わかる?」
ぼくは座敷童に訊ねた。
「半年から……一年、くらい」
「とりあえず、今日明日ってことはないんだ。それならまあ、いいか」
ぼくと南野さんは、安堵の息を吐く。
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