異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
翌日のお昼過ぎ。
キッチンで夕食の仕込みを手伝っていたら、エレベーターから見覚えのない大柄な男性が、座敷童を伴って出てきた。
年のころ二十代の後半くらいで、金髪碧眼、肩幅が広く全身によく筋肉がついたスポーツマンとおぼしき人物である。
口髭と顎鬚をたっぷりと生やしていて、着ているものはぼくがぱっと見てもわかるくらい上等で……。
ああ、思い出した。
この人、第一王子殿下だ。
え、なんで下りてきちゃってるの?
座敷童も、なんでキッチンに案内しちゃってるの?
「うちのご飯、食べてみたいって」
「ええと……毒見役とか、必要なんじゃないですか」
「いまのおれは、ただの客だ。一部の者以外は、おれが王宮の自室にいると思っている。なんの問題ない」
えーまあ、いいならいいんだけども。
昼食の残りならあるけど、そんなものをお出ししていいのかなあ。
ちなみに今日の昼食は、まさに今朝、旅一家が仕入れてきた西の海の魚の塩焼きである。
秋刀魚に似た魚で、骨が取りやすいにもかかわらず身が柔らかくておいしかった。
でもこの宿屋でお昼を食べる人って、いつも宿屋にいるぼくの他は四階の末姫さんたちと、あと最近ニート気味の南野さんくらいなんだよね。
旅一家は、夕食までに戻ると言って、また忙しそうに出ていっちゃったし。
「西の海の魚か! それを新鮮な状態で食べられるとは、存外の幸運だ!」
説明したら、とても食べたそうにしていたので、座敷童に焼いてもらうことにする。
あとはお味噌汁でもよそって……あ、味噌にも興味が?
モヒカン一党がグリフォン便で東方に戻って、さっそく味噌を持ってきてくれたんだよねえ。
原材料は大豆だけど、味噌は熟成に時間がかかるらしいから、買うしかないのである。
で、味噌を見た南野さんが、「東横くんのお味噌汁が飲みたいですっ!」と元気よく言うのでつくってあげたのである。
もちろん実際につくったのは座敷童なんだけど……。
幸いにして、味噌汁は好評。
西田くんが帰ってきたら、彼にも飲んでもらおうと思っている。
もっと味噌の量があったら、みんなに提供できるんだけどね。
まだモヒカン一党も、細々とした活動が精一杯なんだそうで……今後に期待、といったところである。
というわけで、魚が焼けるのを待っている間に、彼には味噌汁を飲んでもらうことになった。
味噌という東方の調味料でつくった野菜スープ、と説明する。
第一王子殿下は、味噌汁をひと口飲んで、くわっ、と目をおおきく見開いた。
「これは……酒のつまみになるな!!」
「あ、そういう観点ですか……」
「味噌という調味料に興味が湧いた。東方か……この宿で交易をするのか?」
「この宿で消費するぶんを個人的に頼むつもりです」
「愚妹が言っていた通りだな。おぬし、この宿には途方もない可能性があると理解しているか?」
可能性、か。
言わんとしていることは、わからないでもない。
いまのこの大陸において、遠隔地との交易は基本的には何か月もかかる船か、あるいは陸をとぼとぼ行くか。
グリフォン便は高価だし、ものを大量に運ぶのには向いていない。
だから、この宿の若枝システムを使った交易を積極的に推し進めれば、それはおおきな利益をもたらす。
この前、南野さんと西田くんにも説明されたんだよね、そのへんは。
そのうえで、ぼくがどうしたいかが重要だと言われた。
そのときは、考えておく、ってふたりに返したんだけど……。
「あまり目立ちすぎると、潰される気がするんです」
「故にこそ、王族を後ろ盾にしたのだろう?」
「味噌を手に入れた人たちと魚を買ってきてくれた人たちは、聖王国のちからが及ばない場所まで行っていますから……」
「なるほど、大々的にやる場合は先方にも筋を通す必要がある、か。場合によっては国と国の関係に影響を及ぼすことになるわけだな」
道理だ、と腕組みして唸る第一王子。
あ、この説明で納得してくれるんだ。
いやそうか、王族だからこそ、国と国の関係になった場合、迂闊なことを言えないのか。
そうだよなあ、それぞれの国で商売の権益とか縄張りとかがあるし、制度も全然違ううえ、現地には現地のしきたりとかもあって……。
だから本当に大々的にやるとなると、聖王国の権力者と現地の権力者が話し合う必要がある。
ぼくと西田くんは、共和国でそのへんを一応やったにも関わらず、最終的にはもっと上の権力者によって叩き潰されかけたからね……。
知っての通り、逆に叩き潰し返して逃げたんだけど。
あれはぼくたちにとって、とても重大な教訓を与えてくれたのだ。
この宿屋の出入り口を聖王国の第二都市の郊外に置いたのも、そのひとつ。
西田くんが相変わらずのコミュニケーション能力でするすると第二王女殿下に近づき、交渉した結果である。
「よし、そのあたりはまた後日としよう」
魚が焼けるいい匂いが漂ってきた。
うん、この人がご飯をおいしく食べてくれるなら、ぼくとしてはそれでいいんだ。
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