異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
西田くんは三十分ほどで風呂からあがった。
ぼくと南野さんと西田くんは酒場の隅に赴き、ミカンに似た果実を絞ったジュースで軽く乾杯する。
今日の宿のお客さんは常連だけで、彼らは皆、座敷童たちが接客してくれていた。
西田くんの仲間たちも、今日ばかりは、とぼくたちだけにしてくれている。
ちなみに聖王国の法では飲酒年齢に制限はない。
水の質が悪いところでは子どもでも薄めたワインを呑んでいたりするからね……。
とはいえ、ぼくも西田くんも、そして帝国で動いていた南野さんも、お酒よりジュースの方がいい派であった。
いや南野さんは、「日本酒があるなら日本酒!」と言っていたけど……ごめんね、日本酒はないんだよ。
お米は、日本のものとは少し違うけどいちおうあったりするんだけどね。
現在、座敷童がどんな米料理ができるか研究中です。
「南野、こっちの方じゃ帝国については悪い噂しか聞かないんだが、実際のところどうなんだ」
西田くんの、そんな軽いジャブみたいな質問に対して、南野さんはさっそく顔をしかめてみせた。
「正直、あんまりいい環境じゃなかったよ。わたし、一度は騙されて奴隷にされかけたんだ」
「そんなにひどいのか」
「スキルのちからで全部ぶちこわして逃げたけどね……」
南野さんは、遠い目で天井を見上げる。
当時のことを思い出して、また陰鬱な気分になったようだ。
西田くんが、こいつのスキルなんなんだ、みたいな目でこちらを見る。
ぼくは、そのへん言っていいの? と南野さんに視線を送った。
「あ、うん、わたしのスキルはね、えーと」
「待った、本当にそれ、ここで言っていいのか?」
ここは酒場の隅で、他の酒場の客――つまり宿の宿泊客たちはぼくたちに注意を向けていない。
とはいえ、どこで誰が耳をそばだてているとも限らない。
宿泊客の中にどこかの国のスパイがいる可能性は充分にあるのだ。
特に聖王国は、簡単にスパイを送り込めるわけだからね。
「少し調べればわかることだから、別にいいよ。隠してなかったし。わたしのスキルは、自爆」
「ふむ……」
「自分が爆発してまわりを巻き込むスキル。その後、わたし自身は元の状態で復活するの」
南野さんは、ためらいなく己のスキルを開示した。
西田くんは、少し驚いた後、うなずいてみせる。
「ありがとうな、南野。おれのスキルは……」
「あ、待って。こっちが教えたからって、そっちまで合わせる必要はないからね! わたしの場合、知られている方がいい、って判断もあるから!」
知られていた方がいい、とはどういうことか、と少しだけ首をひねったが……。
ああ、そうか、さっき彼女が言っていた、奴隷にされかけたが自爆で切り抜けた、が答えか。
迂闊に彼女に手を出せば、自爆されてひどい目に遭う。
帝国において、南野さんはそう周囲に宣言することで、これまで己の身を守ってきたのだろう。
それは同時に、帝国での環境がいかに過酷であったか、ということの裏返しでもある。
ぼくと西田くんも、聖王国に流れつくまでにいろいろあったから、この世界での一般的な治安というか人々の観念というか民度というか……そういうものに対して、ある程度の理解はあった。
「おれのスキルは、気だ」
西田くんは少し考えた末、そう言った。
あ、しゃべっちゃうんだ。
だが南野さんは、はてなと首をかしげてみせる。
うん、これだけじゃよくわからないよね。
「キ?」
「気功。ドラゴンボールで、ハァーッて金色になるような感じのやつと思ってくれ」
「あ、なんとなく理解。……具体的なところはよくわからないけど」
「身体能力が向上すると思ってくれていい」
「それは便利そうだねえ」
うん、実際に便利なんだよね。
西田くん自身に格闘技の心得があるのもあって、道中で野盗とかに襲われても、二、三人なら簡単にひねってくれた程度には強い。
それ以上の数となると、ぼくを守りながら、というのはたいへんだったみたいだ。
その頃にはもう、ぼくも狛犬という護衛を手に入れていたからなんとでもなったんだけど。
他にも、ぼくを抱えて険しい崖を駆け登ったり、木のてっぺんから更にジャンプして遠くを観察したりしていた。
おかげで、最寄りの町まで最短でたどり着けたのである。
「使い勝手がいいスキル、羨ましいなあ。わたしなんて、自爆だよ、自爆! 花の乙女が使うスキルじゃないよ!」
「スキルってどういう基準なんだろうな……。こればっかりはまったくわからん」
本当にね。
ぼくなんかは、ぼくじゃなきゃまず使いこなせないようなスキルだったわけだけど。
いや、ぼくの使い方がこのスキルの本来のものなのかは、それはそれで怪しいところなんだけど……。
ぼくたちがこの世界に来た理由とかも、未だにわかっていないわけだし。
「ところで、南野さん。帝国には、他にもクラスメイトが?」
「あ、うん。でもわたしとは完全に別行動だったから。……そもそも、わたしが奴隷にされかけたのも、クラスメイトにハメられたからなんだよね」
「ちょっと待て、南野。いったい誰が……」
南野さんは、クラスメイトの名前を何人か挙げた。
ぼくの知らない名前だったが、西田くんは知っていたようだ、舌打ちした後、腕組みして唸る。
「あいつら、なに考えてやがるんだ」
「ううん、わたしもちょっと悪かったんだよね。みんなで協力しようって言われたんだけど、断っちゃったから」
「それ、そいつらが南野さんを利用しようとしていたんだろ。おおかた、ひとりで自爆特攻させて、戦果だけ分け合おうとか」
「うわー、西田くん、そこまでわかる?」
「あいつらがいつも適当にサボって、先生や男子連中にはいい顔をしようとしていたの、おれは知っているからな」
「西田くん、思ったよりしっかり見てるんだねえ」
「しかし、女子だけのグループになったのかよ……」
ぼくと西田くんが町から人を連れてバスに戻ったとき、そこに残っていたのは女子が三人だけだった。
残りは、男子の先導で脱出したのだと思っていたのだけど……。
その後、結局、男女が別れてしまったのか。
「うーん、いろいろあってねぇ。いやまあ具体的にはその、貞操の危機があったりとかでさあ」
「よければ詳しい話を聞かせてくれないか」
西田くんは、顔をしかめた後、そう訊ねる。
「もちろん、話しにくいことならいい。いますぐじゃなくてもいい」
「そう……だね。ちょっと考えをまとめるよ。数日、時間をちょうだい」
「わかった。……この宿に滞在するんだろう?」
「そのつもり。東横くんがおっけーなら、しばらくお世話になるよ!」
「ぼくとしては、当然そうして貰うつもりだった。さっきも言ったけど、お金のことは当面、気にしなくていいから」
というか、さっき聞いた話が確かなら、聖王国からは相応の条件を引き出せるはずだ。
少なくとも、あの赤い宝石ひとつでけっこうな対価を得られると思う。
そんなことを、簡単に西田くんにも説明した。
「北の魔王の本体、か……。それは確かに、聖王国への交渉材料になるな。あいつら、魔族討伐が国是みたいなところがあるんだ」
「魔族……って、なんだっけ」
前にそんな単語、聞いたことがあるような。
その言葉を口にした西田くんはもちろん、南野さんも当然のように知っているっぽい。
でもぼくは、あまり外に出ないからなあ。
そういう、この世界の人なら当然知っているはずの情報があまり入って来ないのである。
「ざっくばらんに言って、聖王国ではヒト以外のだいたいの種族を魔族って呼んでいるな」
「あー、帝国ではちょっと違うねえ。わりとヒトっぽくない種族もヒト扱いで、魔族はそれ以外の、なんかこう悪いやつらーっ、って感じ」
だが、ふたりから得た情報は、そんなぼくでもわかるほど曖昧なものだった。
うーん、まあ、この世界ってぼくたちの世界みたいにきちんと学問が発展していないから、というのはあるんだろうけど……。
定義が曖昧すぎる言葉で種族のことを話すの、危険じゃない?
それって差別とかがすごいことになりそうなんだけど? と軽く言ってみた。
西田くんと南野さんが、互いに顔を見合わせたあと、深く深くうなずきあう。
「そうなんだよ、東横くん……本当にそうなんだよ……」
「おまえがいま言った通りだ。本当にな……この世界は、そのあたりの問題がな……」
ああ、そうなんだ。
なるほどね……で、さっきふたりが言った聖王国における魔族と帝国における魔族の定義の違いって、つまり。
「ひょっとして、人種差別に関しては帝国の方が緩かったりする?」
「帝国は実力主義、とよく言われるな。どうなんだ、そのへん」
「わたしは帝国以外のこと、あまり知らないからねえ。でもたぶん、西田くんが考えている通りだよ。実力があれば認められる。それがちょっと変わったヒトであっても。だからこの世界じゃないところから来たわたしたちも、帝国でなら……って思ったんだよね」
「聖王国でも、普通に受け入れられたよね」
ぼくは西田くんにそう水を向けた。
西田くんは、腕組みして、少し唸る。
あれ、違うの?
「実はな、いろいろ交渉があったんだ」
「あれ、ぼくの知らないところで?」
「そのあたりは複雑になるから、またあとで話をしよう」
うーん、そうしようか……。
どうやら世界はぼくが思っていたよりもずっと厄介なようである。
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