異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第7話 南野さんと西田くん(3)

「そういえば、西田くんの方は進捗、どうなの?」

 

 ぼくは話題を変えた。

 もう少し気軽な話ができればいいな、と口直しのつもりである。

 

「踏破率は八割ってところだな。特に問題が起きなければ、明日か明後日にはたどり着ける」

 

「あ、西田くんって、いま山登りしてるんだっけ? 具体的に、どこの山に登っているのかとか聞いていいのかな」

 

「ああ、別に秘密の仕事とかじゃない。ちょっとした頼まれごとだ。霧吹き山の奥にある祭壇に届け物をするだけなんだが……」

 

「それはだいぶ大変なお仕事なんじゃないかな!」

 

 うん、大変なお仕事なのは間違いないよ。

 なにせ標高だけならヒマラヤ山脈クラスの場所に、馬鹿みたいなちからを持つ魔物や魔族がうじゃうじゃいるんだから。

 

 でもねえ、西田くんは竜神族の巫女さんとちょっとしたきっかけで知り合いになっちゃってねえ。

 すごくいろいろなことがあった結果、なぜか西田くんとそのチームが前人未到の山奥に届け物をすることなっちゃったというわけである。

 

 そんな内容を、ざっくばらんに語った。

 南野さんは、頭を抱えてぼくの話を聞いてくれる。

 

「わからない……いったいどんな冒険があったら、そんなことになるのか全然わからないよ……」

 

「いろいろあって、大変だったぞ」

 

 がはは、と豪快に笑う西田くん。

 いろいろあった、のひとことで済ますにしては命の危険を潜り抜けすぎな気がするんだけど、まあいまはそこに突っ込むところじゃないし、別にいいか。

 

 くれぐれも、身体は大事にして欲しいけど。

 ちなみに霧吹き山は標高こそ高いけど、地熱のせいかむしろ暑いくらいの気候であるらしくて、だからいま西田くんは日焼けしていたりする。

 

 チームメイトの女性ふたりは毎日、出かける前に熱心に日焼け止めの軟膏を塗っている。

 なんでも最近、聖王国の西の方の国でつくられた魔道具だとかで、よく効くと評判なのだ。

 

 ぼくのところにも、ちょっとそういう売り込みがあったんだよね。

 宿でいろいろな消耗品を常備しておかないか、みたいな……。

 

 いまのところ手を広げるつもりがないし、こっちもぼくと座敷童だけしか人手がないからお断りしているんだけど。

 

「ところで西田くんや、竜神族って、聖王国だとヒト扱いなのかい?」

 

「ヒトの上位存在扱いかなあ。神の使徒、みたいなことを貴族が言っていたぞ。そのへんもあって、巫女さんの要望をどうしても叶えなきゃってことになっちまってな……」

 

 まあ、いろいろあったのだ。

 ぼくの宿屋を使って権力者たちがあれこれ密談するようなことが。

 

 本当にさあ、そういう使い方は勘弁して欲しいんだけどなあ。

 たしかにこの宿屋の個室なら機密は絶対に守られるし、若枝を使って上手く出入りすれば誰と誰が会談したか、みたいなのも外から監視するだけじゃわからないようにできるわけだけど。

 

 その結果として、いろいろ聖王国から融通してもらっているのというのもあるんだけど。

 ちなみに、先ほど南野さんに出したステーキも、そういった融通の一種である。

 

 本来は特別な貴族のパーティに出てくるようなグレードのお肉らしい。

 お値段はつけられないレベルなのだとか。

 

 そういったことを少し、南野さんに語ってみせる。

 

「そういうことは早く言って欲しかったな! わたし、めっちゃがぶがぶして呑むみたいに食べちゃったよ!」

 

「おいしかったでしょ」

 

「とってもね! はあ、もっと味わうべきだったなあ」

 

「あとまだ三枚あるから、食べたいならどうぞ。ぼくも西田くんも、けっこう食べたから」

 

「うう、後日、いただきます……じゅるり、わたしは肉食系女子です!」

 

 先ほど食べた肉の味を思い出したのか、よだれを拭く真似をする南野さん。

 完全に欠食児童の食いしん坊キャラで売っていくつもりのようである。

 

「まあ、そういうわけだから、おれの方はもう少しだけ忙しい。南野さん、詳しい話は、今回の一件が終わってからで頼む」

 

「わかったよ、西田くん! 頑張ってね、山登り!」

 

 そういうことで、この日は早々に解散となった。

 ふたりとも、夕食を胃に詰め込んだらそさくさと二階に上がっていく。

 

 南野さんは、夕方になる前に一番風呂に入っているしね。

 存分に羽根を伸ばしてもらいたい。

 

 

        # & # & #

 

 

 深夜、ふと胸騒ぎがして、ぼくは目を醒ました。

 ベッドから起き上がると、座敷童が一体、どこからともなく現れ指示を仰ぐために寄ってくる。

 

「ちょっと散歩するね」

 

 座敷童は、ついてこいと言わなくてもぼくの後ろについて歩き出す。

 自室の扉を開けて一階の廊下に出た。

 

 しんと静まり返っている。

 どこからか、水のしたたり落ちる音が聞こえるくらいだ。

 

 ランタンを片手に、酒場の方に出てみた。

 あー、キッチンの蛇口が閉まり切っていない。

 

 ぼくがそっちに行こうとしたら、別の座敷童がキッチンに現れ、蛇口をきゅっと絞めて消えた。

 

「ありがとう」

 

 とりあえず、お礼を言っておくことにする。

 予感の原因はこれだったのかな?

 

 ………。

 いや、違う。

 

 ぼくは裏庭に足を向けた。

 少し長い渡り廊下を歩いた先に、それはある。

 

 鶏小屋や羊小屋があるから、特に朝方はうるさいんだよね。

 いろいろ工夫して、鶏が騒いでも宿に宿泊している人たちが目を醒まさないくらいの距離を開けた。

 

 具体的にはこの異界の空間を拡大したりなんだり、らしいんだけどそのあたりは宿屋そのものがやってくれたから、ぼくはよく知らない。

 そういうわけで、ランタンの明かりを頼りに、まっすぐの廊下をしばし歩く。

 

 そこに近づくにつれ、ぼくの胸騒ぎは強くなる。

 ぞわり、ぞわりとなにかが背筋を這いあがってくるような、嫌な感覚がある。

 

 なにも指示をしていないのに、ぼくの左右の影から漆黒の狛犬が二頭とも姿を現した。

 勝手にぼくの前を歩き出す。

 

 ぼくの危機感に反応したのか、それとも宿全体に宿る意思が狛犬たちになにかを伝えたのか、それはわからない。

 でも、ぼくは否応なく、あのときのことを思い出していた。

 

「二か月前のこと、思い出すね」

 

 横を歩く座敷童にそう言うと、少女の姿をした存在は、こくりとうなずいた。

 

「あのときは、迂闊に宿の入り口をわかりやすいところにつくっちゃって……ぼくのちからを欲しがった共和国が、百人の騎士を送り込んできた」

 

 それは、ぼくと西田くんの迂闊だった。

 この世界の治安というものを、ひどく甘く見ていたのだ。

 

 当時ぼくたちは、共和国と呼ばれるいっけん平和な国に滞在していて、そこのいちばんの都市に宿の入り口を開いた。

 知り合った何人かに、宿屋の存在と有用性を伝えた。

 

 それで、皆が利用してくれればいいな、と……それでちょっと小銭でも稼げれば、と思っていたのだ。

 結果、どうなったかと言えば。

 

 ぼくたちの存在を知った共和国の上層部は、ちからずくでぼくたちの制圧にかかった。

 宿屋の入り口からなだれ込んできた騎士たちによって常連になったばかりの人々は斬り殺され、あるいは無遠慮に放たれた魔法による雷撃や灼熱の弾丸によって焼き殺された。

 

 ぼくと西田くんは、全力で応戦した。

 結論だけ言えば、ぼくたちは防衛に成功し、乗り込んできた騎士の全員を殺し尽くした。

 

 その後、外に待機していた共和国の偉い人たちもついでに殺して、ぼくたちは大慌てでその国から逃げ出した。

 追跡の部隊を二度も壊滅させて、険しい山脈を強行軍で踏破して……さすがに山脈を越えた後は、もう追っ手が現れなかった。

 

 その後、聖王国の人が内密に接触してきて、好条件を提示してくれて……いろいろな交渉の結果、いまに至るというわけである。

 このことも、いずれ南野さんに話さないといけないなあ。

 

 きっと、共和国のあたりでは、未だぼくたちを恨みに思っている人がいるはずなのだ。

 ひょっとしたら、刺客が放たれるかもしれない身であるのだ。

 

 そういった話をした上で、改めて彼女には、身の振り方を考えて貰わないといけない。

 まあ、それはさておき……。

 

 狛犬たちが足を止め、四肢を曲げて警戒の態勢を取る。

 彼らの視線の先には扉があった。

 

 裏庭の入り口の扉だ。

 周囲は静まり返っているが……扉の向こう側から、尋常ならざる気配を感じた。

 

「扉を開けて」

 

 ぼくが指示を飛ばすと、裏庭に続く扉はひとりでに開いた。

 裏庭の入り口付近は、消音も兼ねて竹林になっているのだが……。

 

 その無数の竹の間で蠢くものがある。

 風に乗って、腐臭が漂ってきた。

 

 死体の臭いだ。

 二か月前のあのとき、殺した騎士たちを裏庭に埋めたことを思い出す。

 

 追っ手も含めて、全部で二百人ほどは埋めた。

 でもあの作業のとき、近くにいたぼくからすれば、それは既知の臭いであった。

 

 その死体が、墓から蘇って蠢いている。

 真っ先に考えたのは、これも共和国の策略か、ということであった。

 

 死体になんらかの魔法がかかっていて、ある程度の期間を経て蘇ったのではないかと。

 すぐに、その可能性は打ち消した。

 

 そんなことができるなら、もっとさっさと動いているはずだ。

 聖王国からなにか警告もあったに違いない。

 

 そういったことがなかったということは、あまりそういう可能性は考慮しなくていいということである。

 少なくとも、聖王国の諜報はそれなりに優秀である様子で、彼らのぼくたちに対する態度も誠実であった。

 

 ならば、いったい……。

 はっと気づくことがある。

 

 竹林の向こう側で、きらりと赤いなにかの輝きを見たのだ。

 その輝きを、ぼくは知っている気がした。

 

 そう、昼に見た、南野さんが取り出した宝石だ。

 北の魔王の本体……という言い方が正しいのかはわからないが、とにかくそれの復活のカギになるはずのモノである。

 

 それの光だ。

 はたして、裏庭に耳障りな女の哄笑が響き渡る。

 

「素晴らしいちからね! この異界のちからは、もはやあたしのもの! 北の魔王と呼ばれたあたしはいま、ここに復活したわ!」

 

 




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