異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第8話 全裸の魔王が現れた

 ああ、と気づく。

 ぼくのせいか。

 

 ぼくの背負っていたモノたちのちからか。

 それを、北の魔王は奪い取った。

 

 油断していた。

 赤い宝石の状態では外界になんの手出しもできないと、そう楽観していた。

 

 ここは、ぼくたちの世界とは違う。

 ぼくたちの知らない法則、ぼくたちの知らない原理、ぼくたちの知らないちから、そういったものが数多溢れる世界であるという認識が欠けていた。

 

「どうなっている」

 

 と、背中から声をかけられる。

 振り向けば、いつの間にかそこには四人の男女が立っていた。

 

「西田くん」

 

 そう、西田くんとそのチームメイトたちだ。

 全員が完全武装している。

 

「ぼくの背中のモノを取り込んで、北の魔王が復活したみたいだ」

 

「なるほど。向こうに蠢いている奴らは?」

 

「共和国でぼくたちが殺して埋めた死体だね」

 

「死体を操っているのか。それが、北の魔王のちからなのか」

 

 南野さんから、もっとよく北の魔王のことを聞いておけばよかったな、と思う。

 相手の能力がわからないと、迂闊に踏み込むことも難しい。

 

 意外とね、ぼくも殺し合いの経験はあるんだ。

 なにせ共和国からこっち、聖王国に落ち着くまで、ぼくと西田くんは戦いっぱなしだったから。

 

 もちろん、西田くんの方が圧倒的にそういうのは得意なんだけど。

 唸るような声をあげて、蠢く屍が一体、廊下に入ってくる。

 

 それはひとりの騎士の成れの果てで、白骨死体になったいまも金属の鎧を身にまとい、鋼の剣を構えていた。

 あのときはもう、死体から鎧を剥ぎ取るのも面倒だったんだよね……だから一緒に埋めたんだけど。

 

 面倒でも、ちゃんと後処理はしておくべきだったかもしれない。

 いまさらだけど。

 

 西田くんが、全身に青白い炎のようなものを纏って、ぼくの前に踏み出した。

 彼のスキルである、気だ。

 

 西田くんは、拳を鋭く前に突き出す。

 拳を包む青白い炎が前方に吹き出し、動く屍の全身を包み込む。

 

 青白い炎に焼かれた蠢く屍は、苦悶するように身をよじり、一歩、二歩と後退した。

 炎はその周囲にいた蠢く屍にも移り、たちまち裏庭が明るく輝くほどになる。

 

 無数の死体が立ち上がり、動きまわっている様子が見えた。

 そして、死体たちの中心に立つ真っ白いヒトのような姿も。

 

 それは、十二、三歳の少女に見えた。

 白に見えたのは、彼女が裸だったからだ。

 

 透き通るようなその肌、全身を外気に晒していた。

 そこに、血のように赤いものがなびく。

 

 紅蓮の炎のような髪が、強い風に吹かれてすうっと流された。

 そして、少女に見えるその人物は。

 

 ルビーの双眸で、ぼくたちを見つめていた。

 

 あれが、北の魔王か。

 この場の誰も、少女の姿に騙されることはない。

 

 この世界では、姿かたちで侮るような者は長生きできないのだ。

 ちょっとした魔法で姿を変えたり、小動物のフリをして狂暴な魔物がいたり、それを悟るまではぼくたちもさんざんな目に遭ったからね……。

 

 ちなみに、ぼくと西田くんがバスから助けた三人のクラスメイトのうち、ひとりは能力が変身で、彼女は嬉々としてドラマの男性俳優に変身していたりしたけど……彼女、元気かなあ。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 

「吸血鬼は自在に姿を変化させることができると聞くわ。全盛期の姿を取ることが多いという話よ」

 

 西田くんのチームメイトのひとり、黒いローブをまとった女性が言う。

 身の丈より長い杖を振りまわし、前方に掲げてみせた。

 

 杖の先から放たれた雷撃が、迂闊に近づいてきた蠢く屍のうち二体を吹き飛ばす。

 もうひとりの女性である剣士が、それとは別に廊下に入ってこようとした蠢く屍の一体に斬りつけ、その身を両断した。

 

 残るひとりの中年の男性は、この世界では一般的な宗教の聖印を掲げて、神への祈りの言葉を呟く。

 すると、その男の身体を中心に淡く白い光が放たれ……同心円状に広がったその白い光を浴びて、蠢く屍たちが苦悶の声をあげた。

 

「一体、一体は大したことがないが、きりがないな」

 

 西田くんが呟く。

 

「東横、座敷童に頼んで、南野を呼んで来てもらえるか。あいつが倒したんだろう?」

 

「それは、そうなんだけど」

 

 ぼくは思い出す。

 南野さんが、初めてこの宿に現れたときの姿を。

 

 姿を、というかすっぽんぽんだったんだけど。

 自爆という己のスキルを使って北の魔王を倒したばかり、とあのときの彼女は言っていた。

 

 スキルを使うと、どうしてもこうなってしまうのであると。

 そんな己のスキルを南野さんがどう感じているかは、なんとも言いがたい。

 

 ましてや、ここで戦うなら、彼女ひとりではいられない。

 本当にどうしてもということなら、もちろんぼくだって彼女にそれを頼むだろうけど……。

 

 でも、まだやりようはある。

 彼女に頼るのは、全ての策が失敗してからでもいいだろう。

 

「その前に、試してみたいことがある」

 

「分かった、じゃあそれで行こう」

 

 西田くんの言葉に、チームメイトたちが驚く。

 え、それでいいの? とぼくの方を見ている。

 

 無理もないよね、彼らはぼくと西田くんがふたりきりで逃避行していた時期を知らないから。

 あの頃のぼくたちは、お互いの言葉を完全に信頼していて……そうでなきゃ、生き延びることができなかったのだ。

 

「向こうの注意をこっちに引きつければいいな」

 

「うん、頼んだ」

 

 西田くんが廊下から裏庭に飛び込み、蠢く屍たちを相手に暴れまわる。

 彼のチームメイト三人もそれに続いた。

 

 ぼくの意図を理解してくれているのか、なるべく派手に動いている。

 おかげで爆発やらなんやらで、こちらからは北の魔王の姿が見えなくなった。

 

 それは向こうも同じことだ。

 北の魔王の注意をぼくから逸らすことこそが、重要なのだ。

 

「狛犬たち」

 

 ぼくは黒い泥が犬の姿を取ったようなモノたちを見下ろす。

 

「ぼくを、北の魔王のそばに連れていって」

 

 心得た、とばかりに。

 彼らはぼくに飛びかかり、ぼくの全身を黒い泥で包んだ。

 

 たちまちぼくの身体は、廊下の床の下に引きずり込まれ……。

 意識を、失う。

 

 次の瞬間、ぼくの姿は、裏庭の中央にあった。

 周囲は、西田くんたちが戦うときの光のおかげで深夜とは思えないほど明るい。

 

 そして目の前に、その者がいる。

 少女の姿をした北の魔王が。

 

「な……きさま、どこからっ」

 

 北の魔王は、突如として姿を見せたぼくに驚き、一瞬、その動きを止めた。

 好都合だ、とぼくは彼女に飛びかかる。

 

「ここも、ぼくの庭だよ」

 

 右手を伸ばし、その白い肩に触れた。

 ただそれだけよかった。

 

 ぼくのスキルを発動するには。

 ぼくのスキルは、南野さんにはテイマー、と説明したが……。

 

 正確には、違う。

 ぼくはなんでも操れるわけじゃない。

 

 ぼくが向こう側の世界で背負っていた、モノ。

 こちらの世界に来て、意志を持つようになった存在。

 

 ぼくが操れるのは、ただそれだけなのだ。

 もっとも、それ故に……そのちからだけなら、いくらでも自由に操れる。

 

 相手の意思すら、完全に無視して。

 そして目の前の存在は、北の魔王は、ぼくの背負っていたモノのちからを吸収して蘇った存在だった。

 

 つまり、こいつは。

 自ら、ぼくの餌になりに来てくれたようなものなのだ。

 

 故に。

 ぼくは命じる。

 

「ぼくに服従しろ。戦いをやめて、屍たちをもとに戻せ。動くな。いっさいの抵抗を禁ずる」

 

 それだけで、終わりだった。

 北の魔王を名乗る存在は、立つちからすら失って、くたんとその場にへたり込む。

 

 周囲で蠢いていた屍たちは、操る糸を失ったからくり人形のようにその場に倒れ伏す。

 裏庭が、静かになった。

 

 いや……騒動のせいで起きてしまった羊と鶏たちが、やかましく叫び出している。

 これ、動物たちを落ちつかせる方が面倒そうだなあ。

 

 やれやれ、である。

 てこてこやってきた座敷童が、裸の少女に白い布をかけてやっていた。

 




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