異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
北の魔王と呼ばれる人物の思いが、ぼくに流れ込んでくる。
それは、諦観だった。
どこに行っても迫害されて、どこにも居場所がなくて、世界の全てが敵に見えた。
それでも安住の地を求めてさすらった、そんな。
ひとりの女の生涯である。
彼女は吸血鬼の両親から生まれた。
吸血鬼は大陸のたいていの土地において忌み嫌われている種族で、魔族と呼ばれることもある。
その特徴は、名前にもある通りの吸血だ。
ヒトの生き血を啜る化け物、そう呼ばれ、長年にわたり迫害されてきた。
彼女がものごころつくころには、両親と共に放浪の旅をしていた。
食事の機会は相応にあったが、腹を満たせたことはほとんどなかった。
吸血鬼にとっての食事は、血だ。
生き物の肉を捕食することは栄養にならず、血を体内に入れることでのみ生命を維持できる。
実は、飲む血はヒトのものでなくてもいい。
牛や豚の血を少量呑むだけで、一日の飢えと渇きは癒やせた。
だが、それだけの捕食すら困難なほど、吸血鬼は大陸中から忌み嫌われていた。
第一に、彼らは大陸の中央部から北部において支配的な宗教である聖教から宗敵とみなされていたからである。
第二に、彼らが過去にまとまり、魔王と呼ばれる存在のもと団結した結果、大きな血が流れた。
それは百年以上前のことにもかかわらず、未だ人々は、吸血鬼に対する警戒心を解いていなかった。
第三の理由として、吸血鬼と呼ばれる者たちは、単純に強かった。
彼らが充分にちからをつけた場合、一騎当千……どころか個人で万の軍勢すら退けるほどのちからを持つに至ると、大陸の誰もが理解していた。
まさに、百年と少し前に現れた吸血鬼の魔王がそうであった。
死者を操るという種族特有の魔法、屍操術。
吸血鬼は、そのちからによって不気味さと、死者に対する敬意の欠如と、そして恐怖を人々の心に植えつけた。
それらがすべて、種族に対する迫害へと繋がっている。
彼女が生まれて十と少しの歳月が経過したころ、両親が死んだ。
魔族への偏見が比較的薄い土地に隠れ住んでいたところ、わざわざそこに聖教の過激派が乗り込んできて、邪悪な魔族を発見し当然の権利としてこれを討ち滅ぼしたのである。
彼女は、両親によってかろうじて逃がされ、ひとり生き延びることになった。
両親を殺した過激派たちの顔を、彼女ははっきりと脳裏に刻んだ。
なにもかも忘れて遠くに逃げ延びることもできただろう。
ひょっとしたら、その方が楽に平和に暮らせたかもしれない。
だが過激派たちの言葉は、彼女の心に深く刻まれていた。
「吸血鬼を一匹残らず滅ぼすことこそ、神が望み給うたことである。これは聖戦である」
なるほど、彼女がいくら逃げても、彼らは追ってくるのだ。
いつか追いつかれて、彼女は両親のように八つ裂きにされるのだ。
ならば、もはやその喉笛を食い破るしかない。
彼女がそう理解するまでに時間はかからなかった。
両親の仇を討つまでにかかった時間は、それから五年ほどであった。
多くのヒトの血を啜り、多くの魔力を蓄えた。
同士が増えた。
吸血鬼以外にもヒトに迫害されている種族は多くいるのだ。
同じく魔族と呼ばれる彼らは、額に角がある鬼と呼ばれる者たちであったり、半人半獣の者であったりした。
そのいずれもが親や友をヒトに殺され、追い詰められ、それでも生きようと足掻く者たちであった。
「聖教に復讐を。我らの誇りを取り戻すのだ。これは正当な報復である。我らの屍を踏み越えて、同志が先に進む。そしていつかどこかで、誰かが愚か者たちの喉を食いちぎるだろう」
復讐の過程で、彼らの多くが彼女のために笑顔で命を捧げた。
彼女は、その全員の名前を覚えて、けっして忘れぬことを誓った。
そして、彼女が復讐を成し遂げたあと。
生き残った者たちに、彼女は問うた。
「更なる戦いを望むか。それとも、我らだけの国をつくるか」
未だ復讐に身を焦がす者も多かったが、もう戦いはこりごりだという者の方がはるかに多かった。
だから彼女は、戦いに身を投じる者たちとたもとを分かち、人里離れた北の果ての土地に自分たちだけの国をつくることにした。
魔族だけの、平和な国を。
もう誰とも争うことがない、穏やかな世界を。
ヒトが誰も住めぬような辺境の土地に、彼女とその同志たちは住みついた。
ちからある彼らにとっては、苦労こそあれど、なんとか住めぬほどではないような、そんな厳しい土地であった。
だがそれは、北の帝国にとって、己の領土を奪い不遜な魔族どもが反旗を翻したということに他ならなかった。
故に帝国は彼女を北の魔王と呼び、討伐を声高に主張した。
三度、帝国の軍が派遣された。
北の魔王とその部下たちは、そのたびに軍勢を返り討ちにした。
険しい土地そのものが天然の城壁であった。
土地に棲む異形の魔物たち、強大な化け物たちも、軍勢の撃退にひと役買った。
なにより、まともな道すらなく、帝国の兵站はひどく心もとないもので、それを補えるような略奪の場所は最初から存在しなかった。
中央でのヒトを相手の戦争を得意としていた帝国軍は、腹を空かせ、武器と鎧を錆びさせ、寒さで手足を凍らせた後、北の魔王の軍勢に襲撃されて、さんざんに蹴散らされた。
数千人の兵が北の大地で永遠の眠りについた。
北の魔王は彼らを屍操術で操り、動く屍の軍勢をつくり上げた。
北の魔王の軍勢のちからは、いっそう強固なものとなった。
このままいけば、彼女たちのささやかな楽園は百年の平穏を築けるだろう、と思われた。
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ひとりの刺客が送り込まれてきて、彼女は負けた。
思い描いた平穏は、五年と保たなかった。
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