パーティからヤバい奴を追放した
──かつて、ある僧侶はこう語った。この世界は悲劇で溢れている、と。
暗い空。黒い空。
見上げても何も見えないような空模様の下に、地獄が生まれていた。
「いやぁぁあああ!!」
「たす……け、て」
「来ないで! 来ないでぇ!!」
「おかあさん、おかあさん!」
悲鳴、慟哭、絶叫。
聞こえる人の声はそれだけであり、それだけしかない。意味を為さない、感情だけを訴える
──かつて、ある僧侶はこう語った。この世界は下衆で下劣で下等な願望で満たされている、と。
暗い夜だ。昏い夜だ。
抗う力を持つ者であっても一様に沈み込むしかないような、そんな酷く
黒く分厚い雲に覆われ、それすらも立ち昇る黒煙に隠されようとしているのだ。必然、空から差し込む光など何一つとして存在しない。
では、その街は無明に覆われているのかと言えば……しかしそれは否であった。
空から地を照らすモノは無くとも、光自体は存在したのだ。
もっとも。
「まずい! 火の手がこんな所にまで!」
「熱いよぉ゛! 誰か助けてくれよぉ!!」
「くっ、すまない!」
それはどこかから出火した炎による灯りであり、そこから欠片でも希望の色が浮かぶ事はないのだが。だからこそ黒煙が街から立ち昇っているのであり、空が更に黒く染められているのである。
──かつて、ある僧侶はこう語った。故にこそ、悲劇の固着した、歪み切ったこの世界は変えねばならない、と。
地獄だ。地獄だ。地獄だ。
目に見える限り、否、その範囲を超えてこの街の全てが地獄に侵されていた。
そう呼ばれるものだ。
通常では有り得ない規模の魔物が一斉に動く事で発生する災害。それが、この街を襲い掛かった地獄の正体であった。
故に、戦えない者は誰もが物言わぬ骸へとその姿を変え、戦える者もまた等しくその命脈を絶たれてゆく。人間の身では抗いようのない災害、それこそが魔物侵攻であるからこそ。
──かつて、ある僧侶はこう語った。どんな犠牲を、代償を産み落とそうと、強いる事になろうと、世界を変えねばならないのだ、と。
そんな、地獄絵図そのものへと変貌した街を眺める影が、一つ。
アイボリーのローブを身に纏い、顔を隠すみたく目深にフードを被ったそのダレカは──まるで、舞台に立った役者であるかのようにゆったりと周囲を見渡して。
──かつて、ある僧侶はこう語った。大きすぎる犠牲など、存在しないのだから、と。
ニタリと、今が幸せの絶頂であるかのようにフードの奥で歯を見せて。
その姿を、掻き消した。
前略。パーティメンバーを一人追放した。
ら、別のメンバーに胸倉を掴まれた。
……普通の反応か、別に。
「ヴァンさん……今、なんて言いました?」
追放した奴は僧侶の役を勤めていた男で、名前はルキフ。
ただまあこの名前は十中八九偽名──そうでなくとも略称とかだから、本名は知らない。つまるところはワケアリってコト。
もっと言えば、ヤバい奴だったってコト。
ちなみに追放理由はその“ワケアリ”にも絡んでくるけど、そこそこ個人的な理由も大きかったりする。から、ある意味たった今ぶつけられている怒りには正当性が無くもなかったり。
惜しむらくは、追放された当人は納得済みどころか全然笑顔で去って行った事か。あと、別にコイツも仲間意識で憤ってるワケじゃないってのも。
アレに人望? ないない。
……フィーリングで言ったけど、対偶ってより対極って言うべきだったか?
「聞いてるんですか? 私は、今なんて言ったのか──それを聞いてるんですけど?」
「……聞いてるのかってのは逆にオレの台詞なんだがなぁ。ルキフを追放したとオレは言った、以上だ。耳でも悪くなったか?」
「──っ、それが何を意味しているのか、貴方なら分かっているでしょう!? アイツを野に放ったらどうなってしまうか……!」
壁に押し付けられるよう胸倉を掴まれたことで、若干の息苦しさを感じつつ……丸眼鏡の向こうで鋭くなった黒色へと、冷めた目で見返しながら言葉を返す。
ちっとばかし煽ったようになったせいでそこそこイイ反応が返ってきたのは、まあ、ご愛嬌という事で。
というわけで、これがコイツのキレてる理由。
ルキフに対して雑な扱いをした事でも、追放したくせに俺が今平然としている事でもなく、単に相談も無しにルキフを
情なんかは無いよ、少なくともアイツには。全くな。
はーあ、どうしてこう社会不適合者が集まってるんだか、このパーティには。……オレがその代表例だからか。
「はぁ……まず一つ。ここは普通の宿屋だ。無駄に騒ぐんじゃねえよ、セィトゥン。んで次に一つ。パーティのリーダーはオレなんだから、任命権の一切はオレにある。お前もそれを了解してただろ。で、最後に一つ。オレは立場的に人間同士の問題には首を突っ込まない方がいい。よっぽどの事例でもなけりゃ事態をややこしくするだけだからな。中央政府としてもそれは同じ見解だったと思うが……違ったか?」
まあ、嘘だ。正確には詭弁と言うべきだが。
なんせ、オレはこれまでに散々『人間同士の問題』に首を突っ込んできてる。コイツの前では多少抑えていたが、まあ何を今さらって話でしかない。
とはいえ、言い返すには難しい題目である事も間違いない。
事実、目の前の男──セィトゥンは、ひどく顔をしかめながらも口を閉ざしていた。
セィトゥン・フォルビーデン。
黒髪黒目の、少しだけ髪が外はねしている事ぐらいが特徴になりそうな──つまりこれといって特徴のない顔立ちの男。強いて言えば、かけている眼鏡がフチなしの丸眼鏡だ、というのも特徴になるだろうか。
国内どころか世界的に見ても最上位にあたる魔法使いである事であったり、中央政府に勤めている事であったり、その他補足的な事項はいくつかあるが……この場で語るべき事があるとすれば、今話題に挙がっているルキフをパーティに引き入れた事ぐらいだろう。
そう。
目の前のコイツが、オレが追放したルキフを『腕利きで信頼のできる僧侶がいる』と連れて来たのだ。
「……本気、なんですか。アレの自由が人々の不幸を招くと、分かってるんでしょう?」
「だとしたら、オレとしてはさっさと中央政府に捕縛をお願いしておきたいんだがな。セィトゥンさんよ?」
返せば、室内が沈黙に満たされる。『天使が通り過ぎる』って言うんだっけな、こういうのを。
さて。そろそろ、件のルキフについても話をするべきだろうか。
“ヤバい奴を追放した”って概要だけだと分かりにくいだろうしな。
というわけで、ルキフという人間についてだが。アイツについて語るのであれば、二つほど、必ず触れなければならない話がある。
まず一つは、僧侶と言いながらも実際には既に聖教会を追放されたモグリである事。
じゃあなんで僧侶としての癒しの力が使えてるんだよってツッコミたくなるが、その辺りの詳細は追々に。師匠の言葉を借りるのなら、『コレは世界のシステムだから』という事だ。
ちなみに余談だが、聖教会における司教到達最速記録と被追放最速記録(司教の部)はルキフだったりする。知り合いの僧侶は完走された感想で「もうこないでねー」って言ってた。
ごめん洒落にはならないんだけどさすがにウケる。
精神鑑定はちゃんとしようね!
閑話休題。
で、次に──というか、最も重要な事なのだが──ルキフは犯罪者である、という事。
もっと正確に言えば、このネウムル王国が始まって以来の大犯罪者、大量殺人鬼なんだが。
ちなみにネウムル王国の歴史は
ッス────。
お前お前お前ェ! お前お前お前お前!!!
ふざけんのも大概にSayやワレェ! 耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろかボケがよォ、ああん!?
なんてキレる段階は疾うに過ぎてるんだけども。ルキフがパーティに入って来たのもそこそこ前になるし。
そもそもコレ、8割は伝わらないネタだしな。
ま、これがオレがセィトゥンに対してちょっと刺々しくなってる理由だ。厄介事持ち込んできた上で処理を丸投げしてくるから否応なしに反感ポイントが高くなっているとも言う。
「同郷だからって情でも湧いたか? ま、顔見知りを救いたいって心理は理解できるがな」
「……随分と耳聡いようで。敵いませんね」
肩を竦めるジェスチャーだけを返しておく。
この国、ネウムル王国では、7年ほど前からとある噂話……都市伝説がまことしやかに語られるようになった。題は『無貌の厄』。なんともまあって感じの名前だ。
中身はありふれた内容で、その無貌の厄が訪れた場所は厄災に襲われるのだとか。
伝わっている無貌の厄の姿が曖昧な事もあり、そういった噂話が好きな連中ぐらいしか話さないような都市伝説だが──
まあ、勿体ぶる事もない。その『無貌の厄』がオレの追放したルキフなのだ。この流れで“もしかして”と思ったやつも多いかもだが、そのまんまだ。意外性も何も無い。
都市伝説になってる、と言った通り、ルキフは証拠の一切を残さないよう徹底している。物的証拠はもちろん、姿を晒すにも相当な注意を払っているわけだ。
それこそ、曖昧な目撃情報が僅かに集まる程度。酷い時はその目撃情報すら出てこない事もあったりする。
とどのつまりは、死人に口なし。目撃者=被害者だから、迷宮入りの未解決事件になるしかない。
それに加えて、
え? ルキフはこの国始まって以来の大量殺人鬼だってさっき言ったろって?
ところがどっこい、この二つは矛盾せず両立できる。つまり、間接殺人だ。間接正犯って表現の方が正確らしいが。
例えば……巧みな人心掌握によって人同士の関係性に罅を入れ、最終的に大規模な殺し合いにまで発展する事件を起こさせる、だとか。
あるいは、革命を煽動して数ヶ月も続く事になる戦乱を引き起こしたりとか。酷い時は
魔法で姿を偽ったりしながら国内を転々と旅して回っている、というのもある。身体能力も魔法の才も一級品なのがルキフだ。
中央政府がアイツに辿り着けていない、ってのも多少は同情できる話でもあるのだ。……が、それはセィトゥンには当てはまらない。
コイツもまた、オレと同様に『ルキフが無貌の厄である』というところにまで辿り着いている。
だというのに、セィトゥンはルキフを捕らえず、容疑者としても挙げず、あまつさえオレのパーティに引き入れたのだ。まあ、犯人隠避罪だ。ちゃんとダメなしょっぴかれるやつ。その辺りの法整備はちゃんとしてるからな、この国。
もちろん、コイツにもコイツなりの考えがあって、計画があって、そして道理があったのだろう。
中央政府に勤められるだけの人間が、たかが情に流されただけで大量殺人鬼を匿ったりはしない。さっきの『同郷だから情が湧いたか』という言葉も、本気ではなく『オレはちゃんと色々知ってるからな』と釘を刺したという側面の方が強いぐらいだし。
とはいえ、まあ……『人の不幸を見たい』『悲劇に直面した人間の感情を眺めたい』なんて動機で人殺しに踏み切れるような奴を身内に引き入れられるのは堪ったものじゃない。
アイツもオレが救いを望む衆生の一人である事は間違いないが、それはそれとして振り撒かれる不幸に苦しむ人々もまたそうなのだ。斬り殺したくなる衝動を抑えるのにどれだけ苦労した事か。
さて、そうなるとだ。
じゃあ野に放つのはもっとダメだろ──という指摘があるだろう。
うん、まあぶっちゃけそうではある。そうではあるんだが、オレがいつまでもルキフを抑えていられるわけでもない。アイツ自身が変わらければ、いつかは破綻してしまう。
それに、釘を刺した上で誘導もしておいた。少なくともしばらくは大人しくしているだろう。
……しているはずだ。
してくれるよな……!? しろよ!? 頼むからな!?
まあ、既に賽は投げた後だ。話を戻そう。
それで、そんなルキフをセィトゥンが引き連れてきたのだ。『腕利きで信頼できる僧侶がいる』って。ちなみに何回も言ってるけどセィトゥンは中央政府に勤めるかなりのエリートだ。
……え、どうする? 処す? 革命起こしちゃう? 幕開けの夜っちゃう?
なんてキレる段階は疾うに過ぎているってそれ天丼ね。
とまあ、状況整理はこんな感じで十分か。
そんな風に、ちょうどオレがここまでの話を回想し終わったタイミングだった。
セィトゥンが席を立つ。
「……決めました。私もパーティを抜けさせてもらいます」
「──へぇ」
「止めますか?」
「いんや。オレは好きにやったんだ、他人の自由を縛るのなんざ馬鹿らしすぎるだろ。好きにしな」
少しばかり、意外ではある。
いつかは離脱するかもしれないとは思っていたが、まさか即座に決断するとは。……それだけ、ルキフの存在が重要って事かね。
まあ、いいさ。
オレにもオレの計画があるんだし。
「それでは、政府側からの連絡員はまた寄越しますので。今回の件は黙認しておきますが──くれぐれも務めは果たしてくださいよ、
「へいへい」
ちなみにそんなオレがネウムル王国の今代勇者だったりする。もう終わりだよこの国。
「あ、そうそう。ルキフ追放したの4日前だから。どこまで逃げてるか知らねえけど捜索がんばー」
「死ねっ!!」
「ウケる」
なんて言っていたオレは、知りもしなかった。
すぐ翌日にセィトゥンから連絡が飛んでくる事を。
その内容が、カスみたいなものである事を。
『ルキフですけど、貴方の向かう先の街で潜伏してるみたいですよ? あはは、おめでとうございます!』
…………。
えー。はい。
前略、パーティからヤバい奴を追放した。
ら、なんか行く先で待ち構えられるようになったらしい。
……どうしよ。
Tips.勇者は異世界転生という概念を知っているが、転生者でも転移者でもない