ガチ愉悦部を追放した   作:RH−

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 久々な気のする勇者視点に戻ります
 と言いつつ、後半はまた別視点に変わるのですが。……視点移動が多くて申し訳ない。


解けるのは悪いコトばかりじゃない

 息を呑む、ってのはこういうのを言うのかね、まったく。

 師匠から話は聞いてはいたが……実物を見るのじゃ印象が全く変わってくるな、こりゃ。骨が折れそうだ。

 

 紅が跳ねる。

 紅が爆ぜる。

 紅が弾ける。

 

 白髪の、雪のように真っ白な肌をした少女から。

 瞳以外の全てが白で満たされた少女から。

 

 その瞳に似た、紅が弾ける。

 

「もう、いいや。ぜんぶ、しんじゃえ」

 

 激情に揺れる声が響き、紅が一際激しくなり。

 宵闇に覆われた周囲を照らした、刹那。

 

「【Lumen()】」

「ッ!? ──《Heal(癒えよ)》」

 

 ルキフの右腕が、切り落とされた。

 ……参ったな。今のは本当に現代魔法か? 軌道がほとんど見えなかったぞ。その上で攻撃力も十分、と。

 

 さて、どうするか。

 おそらく、セィトゥンはこの場を監視してきている。となれば──切り札である七極式の開帳はできない。アルブス・ウルススの時に肆式を使ったのも、都合よくチィファンの注意が逸れたタイミングがあったからだしな。

 アレは、可能な限り秘匿しておきたい。

 

 が、その前段階である偽式だけで対応できるかって言うと。

 うーん、見事なまでのクソゲー。

 

 とはいえ諦めるわけにもいかない、ってのが辛いところ。なんせ、ノルンは師匠の悲願を果たすための重要なピースであり、ノモクはその最愛たる人間。どちらも欠けてはならない存在だ。

 そうじゃなくても、成人もしてない子どもたちの結末がこんたなだってのは……いくらなんでも後味が悪すぎる。

 

 それに、ノモクを引き戻す勝算がないわけじゃない、ってのもある。

 

 ならまあ、頑張るとしますかね。それこそが大人の役割ってモンだろうし。

 無茶も無謀も、通しさえすればなんら問題は無い。

 

「──待ちたまえ。勇者。勇者サィアトヴァン。何を、しようとしている」

 

 背後、声。

 

「ノモクとノルンを救けに行く。文句でもあんのか?」

「ある。大いにあるとも。あの少女に“試練”を、悲劇を贈ったのは私だ。ならばそこに、彼女の物語に他人が、他者が──部外者が入り込むなど言語道断。彼女の前に立つのは、悪としてコレを為した私でなければならない」

 

 ──煮える。

 グラりと、熱が。脳髄を、全身を満たす。

 

「……てめえのクソみたいな信条と二人の子どもの未来。比べるまでも無えだろうが、ああ゛? ()()()コラ」

 

 呼び止める声に、本気の殺意を乗せて返す。

 今なおノルンから魔法が放たれてきているという状況を思えば悠長にも程があるだろうが、そんなモンは関係ない。

 

 そもそも、前々からコイツにはフラストレーションが溜まっていたんだ。

 その過去は知っている。同情もしている。どれだけ重要であるかも理解している。が、それはコイツのやっている事とは別の話だ。

 原因を理解はできても、いたずらに撒き散らされる悲劇に対して何も思わずにいられるほどオレは機械になっちゃいないんだよ。

 

「ふふ、面白い。今回のメインは貴方ではないが……こう言ってあげましょう。『やれるものならやってみろ』、と」

「ハッ、何寝ぼけた事言ってんだ? ()()()()()()()()()()()()()()()──《Wind()》!」

 

 既に魔法封じが解けている事は把握済み。

 

 足の裏で風を巻き起こし、その反動で駆け出す。

 疑似的な無拍子。初動に僅かな生まれた。

 

 腹は立っているし殺意も本物だが、この場のオレの最優先はノモクとノルンの二人。そこをはき違えたりはしないさ。

 

「チィッ!」

 

 珍しく感情をむき出しに舌打ちをする声を背後に、顔を上げる。

 視線の先は、紅い燐光を漂わせる少女──を、超えた先。オレなんかについていく、なんて物好きな事を言う彼女。

 

「──チィファン」

 

 目を合わせれば、それで理解できた。

 急転直下の、何が起きているのかなんて訳も分からないような状況だろうに。彼女はいつも通りだ。焦らず、諦めず、読み解ける個所から盤面を読み解こうとしている。

 そんな彼女の、黒色の瞳と目が合って。“頼れ”と、言われた気がした。

 

 ……ああ、ならば、だ。自分でも随分と都合のいい事だとは思うが。それでも。

 

 懐に手を入れ、携帯している魔道具を取り出す。

 師匠謹製の、現代基準で言えば明らかにオーバースペックなソレ。伏せ札の一つだ。

 

 これでセィトゥンにはオレの立場なりは透けるだろうが──まあいい。どうせいつかは割れていただろうし、そもそも今からやろうとしている事を思えば何を今さら、だ。

 それに、現時点でのオレの重要度も跳ね上がる。はず。迷う事はない。

 

 と、いうわけで!

 

「《Changeling(置き換え)》! ルキフ、お前は後!!」

「なっ」

「チィファン、ルキフは任せた!」

「──っ、了解です!」

 

 オレとチィファンの場所が入れ替わった事に、驚愕するルキフの声。

 が、チィファンの返答は即座に。察していたのか、一瞬で理解したのか。本当にありがとう、チィファン。助かるよ。

 

 とはいえ、ゆっくりはしていられない。

 

「さて、と。──やるか」

 

 正気を失ったみたいな、虚ろな紅い瞳。本能、というかveneficaの因子に身を委ねているのだろう。周囲には詠唱まで済ませた待機状態の魔法がいくつも漂っている。

 

 踏み込み。同時。

 

 一つ。火球。

 二つ。水槍。

 三つ。光刃。

 

「偽式──《一念三千》」

 

 魔力を乗せた刃で、全てを断ち切る。走るスピードは落とさない。ゆっくりやればこっちがジリ貧で終わるのみだ。

 優先度が変わったのか、危険度が高いと判断されたのか。ノルンが身体の向きをオレの方へ向けた。いいね、それでいい。

 

「聞こえてるか、ノルン・マルン」

「────」

 

 一つ。水球。

 二つ。雷球。

 三つ。火槍。

 四つ。土棘。

 

「偽式──《一水四見》。オレはこれから、事実だけを言う」

 

 一つ。氷塊。

 

「偽式──《終始如一》。ノモク・ウォロフは死んだ。その肉体は死んでいる。()()()()()()()()

 

 数瞬。止まる。

 ギアを一段上げ、残る距離を一気に詰める。

 

 一つ。土。

 二つ。水。

 三つ。火。

 四つ。風。

 五つ。光。

 六つ。闇。

 七つ。空。

 

 波状攻撃。実体が薄い。オーロラみたいだ。

 ──関係ない。

 

「偽式──《一死七生》。お前さんの過去に何があったのか、オレは知らない。だが、言ってやる。まだ、間に合う。諦めなけりゃ……手を伸ばすのなら」

 

 至近距離からは遠く、だが飛び込めば手の届く距離。

 ノルンの動きが止まる。

 

impossibile(無理だよ)

 

 “無理だよ”、ねぇ。

 伝令魔法に似た、脳内に響き渡る声。二つ分の声が重なったように不明瞭ながら、何を言わんとしているのかは明瞭に理解できる。

 意味を直接叩き込まれているみたいだ。

 

「ま、普通に考えりゃあそうだろうよ。ただ生憎、オレには“普通じゃない”方法にアテがあってな」

pupa?(操り人形?)

「馬鹿か。んな事を『間に合う』なんて言うかよ」

 

 向こうの手繰る言語は変わってるが、どうやらオレの言葉も通じているらしい。

 そこは安心なんだが──ゆっくり進められるだけの余裕はない、か。

 

「端的に方法を言う。今の君ならこの意味が理解できるだろうが、オレは運命をある程度操る事ができる」

fatum?(運命を?)

 

 運命。

 度々、オレが口にしてきたモノだ。

 

 その本質を一言で表す事は殆ど不可能であり、内包する意味もまた多岐に渡る。

 例えばそれは“肉体”という物理的な対象を指す事もあれば、“(えにし)”や“その存在の至る事のできる可能性”といった概念的な対象を指す事もある。

 

 故に、人によってその解釈もまた変わってくる。

 オレにとっては──楔、だろうか。世界に個々の存在を繋ぎ止めるための。

 

 少なくとも、運命と天命は別のものを表す言葉だ。

 

「そうだ。生来の運命、ノモクを世界に結ぶ運命は切れつつある。が、君と彼との間に編まれた運命は別だ。おそらく世界から弾かれかけた君が彼をアンカーに使ったんだろうが、もはやそれは解きようのない程になっている。君が君自身の力で──つまり、師匠が追加で結んだ運命を解いた上で、君が在る事を世界に認めさせられたのなら。今度は君をアンカーに彼を呼び戻す事も不可能じゃない」

vastum, ad extremum, evanescere無駄だよ。それをしても、二人とも弾き出されるだけ

 

 一つ。氷槍。

 二つ。雷球。

 三つ──鮮紅の刃。物質生成か!? それはもう古代魔法じゃねえかよ!

 

 前兆なしのソレをどうにか回避するも、躱し切れなかった刃が右脚を深く切り裂く。激痛。火に炙られたような熱さ。

 が、終わらない。終われない。口の端を吊り上げ、牙を剥くように笑ってやる。死ななきゃ安いんだ、止まるかよ。

 

 刻印を励起し、最低限傷を塞ぎながら言葉を紡ぐ。

 

「その危険性はある。ノモクを引き留めようと思えば、君にかかる負荷は相当なものになるだろう。オレから見ても十分に博打だ。ただ──勝算がないわけじゃない。なんせ、既に君自身は世界からの排斥に対抗できるようになっている。追加で結ばれた運命がなくたってな。それだけveneficaの力を振るえているんだ、それは間違いない」

venefica?(マ、ザー?)

「気付いてなかったのか? それは間違いなく“はじまりの魔法使い”の力だ」

 

 ピタリ、と。

 今度こそ、完全にノルンの動きが固まる。眼を見開く様は、ハイライトさえ消えていなければ純粋に驚いているようにも見える。

 

 ──畳み掛けるのなら、今か。

 

「もう一度言う。まだ、間に合う。君が望み、彼もまた望むのなら。低くとも、可能性は残っている」

 

 沈黙。

 チィファンとルキフと魔物の三すくみがあるが故に静寂には満たされず、されどノルンが黙り込む事9秒。ゆっくりと、俯くようにしていた顔が上げられる。

 

 瞳の紅色が、より鮮やかに輝いていた。

 

 ──っ、まさか。因子を引き出しすぎてveneficaに乗っ取られた!? いや、だとしてもノルン・マルンの意識は消されないないはず。なら……

 

Tunc dabo eam temptare(ならば、試練を与えましょう)──【Ignis()

 

 厳かな声が響いて。

 

 火。

 火。

 火。

 

 視界一面を埋める、大きく、(おお)きく、(おお)きく、ただひたすらに巨大な火球。

 まさしく、そして間違いなく人智を超えた魔法。極大の規模を持ちながら、密度も、速度も、熱量も、何もかもが損なわれていない──神代の、御業。

 小手先の技術も、煩雑な理論もない。ただ只管に、どこまでも純粋な暴力の体現。

 

 それを、前に。

 

 ()()()()()()()()

 懐かしい師匠の言葉。

 

『いいか。窮地においてこそ笑え。“歯を見せるな”なんて言葉無視しろ。窮地だからこそ、苦境だからこそ笑え。笑って──』

 

 ──牙を剥け。

 

「────」

 

 極限の集中。

 

 世界の彩度が落ちる。ゆっくりと、水の中に沈んだみたく。空気が遅く、重く。

 その、中を。

 

「《一念三千》」

 

 偽式。三度、刃を振るう。

 無意味。魔力を纏わせていたが故に刀身は無傷だが、火球もまた傷一つない。僅かにも減衰すらしていない。想定通り。

 準備は終わった。

 

 後ろに跳んで、必要な距離を稼ぐ。全力の跳躍。

 構え、機を計る。早ければセィトゥンに露見する。遅ければこの身は火に抱かれて跡形もなく消え去るだろう。故に、一瞬だ。刹那を見切り、“その時”に刃を振るう。

 

 ──余裕だ。

 

 息を吸い、止める。集中力のギアをさらに引き上げる。

 音すら消えた世界の中。視点をズラして……今。

 

「──開帳・弎式《千斬世界》」

 

 再度、三度刃を振るう。

 ただし、今回はさっきとは違う。属性を、すなわち魔素を帯びている。光と、闇と、空。見る者が見ればきっと分かるだろう、それがどれだけ有り得ない事象であるか。

 

 魔素は、魔力と混ぜ合わせ、そして詠唱を介する事でようやく操作できる。

 逆説的に言えば、それ以外の方法で干渉する事はできない。

 

 その在り得べからざる技こそが、七極式。

 七通りに収斂させた、オレの可能性そのもの。

 

「完璧だ」

 

 火球が、オレの目の前で斬り裂かれる。

 (イヤ)、斬り裂かれるだけに終わらない。分かたれた断面から、消滅していく。十全に効果を発揮できたらしい。

 

 通るようになった視界の先には、苦笑いをする少女の姿があった。瞳は未だ紅く輝きを放っている。

 

monachusのバカ。どんな化け物生み出してるのよ」

「ふぅ……それが素ですか?」

 

 少しだけ、力を抜く。

 完全に安心はできないが、どうやらお眼鏡には適えたらしい。

 

Mavis hoc?(こっちの方がよかった?)

「いえ、勘弁してください」

 

 紅い燐光が薄れ、ノルンの瞳から紅い輝きが薄れ始める。

 ゆっくりと、眠りにつくように。

 

「最初からそう言っとけばいいのよ。この子のこと、任せたわ。どうか、私たちの悲願をよろしくね」

「へい。言われずとも」

 

 その中で、一度まばたきをした彼女は。

 もう一度、目を開いた少女は。

 

「……ほんとう、に。本当に──ノモクを、助けられるの?」

 

 小さく、言の葉を紡いだ。

 

 

──>*<──

 

 

 ノモクが死んだ。

 私に温かさを教えてくれた人。私に初めて温かさをくれた人。

 

 その、ノモクが死んだ。私を庇って。私のせいで。

 それを認識した瞬間に、私の意識は流されて。

 

 でも……薄れた自我の中でも、その言葉ははっきりと聞こえた。

 

『もう一度言う。まだ、間に合う。君が望み、ノモクも望むのなら。低くとも、可能性は残っている』

 

 ドクンと、鼓動が跳ねた気がした。

 夢を見ているような感覚の中で、曖昧な世界の認識の中で。それだけがはっきりと、鮮烈に。

 

 そうして、私は。

 

「……はぁ。ようやく目覚めた?」

 

 再会を、した。

 

 

 

 

 

 真っ白な世界。

 空も地面もなく、継ぎ目すらなく──空虚な白色が延々と続く世界。

 

 目を開いて映ったその景色に、けれども私は何も思えなかった。

 それ以上に衝撃的な存在が、目の前にいたからだ。

 

「……はぁ。ようやく目覚めた?」

 

 白い髪に、白い肌。

 私との違いが白いワンピースを着ている事と瞳がより鮮やかな事ぐらいの、鏡写しのような姿。

 

 それが、目の前に立っていた。

 

「マ、ザー……?」

 

 目の前が暗くなる。暑さも寒さもないはずなのに鳥肌が立って、震えが抑えられなくなる。

 分かる。分かってしまう。

 

 目の前のコレは、間違いなくマザーだ。

 結局一度も姿を見た事はなかったけれど。きっと、間違いない。

 

 分かってしまうのだ。マザーだ、って。

 私を生み出した存在で、私が逃げ出した存在で──私にとって恐怖そのものである存在だ、って。

 

 

 どうして? 私を捕まえに来た? 夢? 逃げられてなんかいなかった?

 いくつもの思考が脈絡もなく、水面に浮かび上がる泡のように現れては消えていく。

 

 分からない。分かりたくない。分かってしまってはいけない。

 震える身体で、私は後退ろうとして。

 

 

「アンタ出てったのに困ったら私に丸投げして引き籠ろうとするの止めなさいよ」

 

 

 ビシ、と。頭に衝撃。

 ……え?

 

「……え?」

 

 チョップ、された?

 

「まったく、ガキじゃ……いや、ガキではあったわね。そうか、今の成人年齢は二十歳だものね。ガキではあるか。……というかそれを言い始めたらネグレクトしてる私が一番悪くなるか。やっぱさっきのなしで」

 

 目を白黒させる。

 まるで分からない。マザーとは、こんな気安い人だっただろうか。もっと無機質で、冷酷で……もっともっと怖い存在だったのではなかったか。

 

 けれども、そんな私をよそにマザーは続ける。

 

「色々気になりますって顔に書いてあるけど、一から十まで説明してあげれるほど時間ないのよね。ってなわけで、必要な説明だけさっさとするわよ」

 

 そう言って、パンパンと手を叩いて。

 マザーは、右手の指を二本立てた。

 

「まず、アンタには二つの道がある。一つはあの子……サィアトヴァンだっけ? の提案に乗って、ノモク少年を取り戻す道。もう一つは、何もかも無視して世界を滅ぼす道。これがアンタが選ぶことのできる運命の全てよ」

「運、命……?」

「あー、そこも必要か。めんどくさ。まあ、要するに運命ってのは枠なのよ。個々の魂を護るためのね。楔とか籠って言う奴もいるし、それも間違ってないんだけどね」

 

 “肉体だったり血の繋がりだったり、縁の繋がりであったり、その者の至ることのできる可能性でもあったり──実例としては、色々ね”と、言葉は続けられる。

 

「で、アンタの辿ることのできる運命は二つに一つってわけ。ここまではオーケー? 分かったならさっさと決断を下しなさい」

「いや、えと、その……」

 

 分からない。分からないものばかりだ。

 急に教えられた事柄も。マザーの気安い雰囲気も。そもそもここがどこなのかも。唐突で、脈絡が無くて、理解ができない。

 

 戸惑うしか、できない。

 

「……はぁ。まあ、急にこんなこと言われても無理よね。特にアンタには」

 

 溜息。落胆の言葉。

 乾いた二つの紅色が、私を軽蔑するように貫く。

 

「そりゃそうよね。アンタ、逃げ出すしかしてこなかったんだし」

「……」

「私から逃げ出して、生まれから逃げ出して、現実からも逃げ出して。自分が悪いと思っとけば許してもらえる、って? バカ言ってんじゃないわよ。現実を変えようと抗いもしないで、ただ自分に都合のいいものが与えられるのを待ってるだけの奴が得られるものなんて──あるワケないでしょ」

 

 言葉が、突き刺さる。

 視界が一段と暗くなった気がした。ズキズキと心臓の辺りが痛い。

 

「この世界は悲劇で溢れているわ。抗っても無駄になることの方が多いぐらい。その中で“それでも”って立ち上がれる一握りしか、望みを叶えることはできないの。少なくとも、逃げるしかできない奴じゃなくってね」

「…………」

「……はぁー、ここまで言っても反応なし? こんなんじゃアンタを庇って死んだノモク少年が憐れね。無駄死に極まりない。ま、アンタなんかを好きになるような子なんだし、その最期までが無価値なのも納得か」

 

 ────。

 

「何? なんか文句あるの?」

「ノモクは、無価値なんかじゃない」

 

 気付けば、言葉が口をついて出ていた。

 

「ノモクは、優しい人だった。私なんかのために自分の命を擲てるような。そんな優しい人だった」

 

 マザーは怖い。

 何度だって言う。マザーは、怖い。

 

 気安い態度で接せられた程度で、それは変わらない。怖くてたまらない。今だって身体は震えている。

 

 でも、それでも。

 その言葉だけは、許せない。赦せない。

 

「たとえマザーでも、ノモクが無価値だったなんて言わせない」

「そんな風に語れるほど、アンタはノモク少年の事を知ってんの? 彼の家族がどんなだったのか。どんな生活をしていたのか。どんな信条を抱いているのか。どれか一つでも知ってるの?」

「知らない。私が踏み出せなかったから。踏み込めなかったから。でも、ノモクは私を護ってくれた。だからそれだけでいいの。それだけで十分。私にとって、私だけは──私は、ノモクが無価値だったなんて思わない。そんなことは、誰にも言わせない」

 

 睨み付けるようにして、言い切る。

 恐怖を誤魔化すように、自分を奮い立たせるように。強く、強く。

 

「世界中の人間がそれを否定しても?」

「関係ない。だって、私はそう信じてるし、そう信じ続けるから」

 

 誰が何と言おうと、私だけは『ノモクは無価値なんかじゃない』って言い続ける。

 私を救けてくれた人を──私が初めて温かいと、恋心を覚えた人を。絶対に肯定し続ける。

 

 たとえそれが、マザー(恐怖の象徴)が相手だったとしても。

 

 そう、睨み付けて。

 数秒か、数分か、それとももっとか。不意に、マザーが頬を緩めた。

 

「はぁ、ようやく言ったわね」

「……え?」

「それでいいのよ。世界だの罪悪感だの、そんな戯言気にする必要ないわ。突っかかってくる奴がいたら中指を立ててやりなさい。我を通すこと、それが生きるための第一歩なんだから。好きなら好きって、そう叫べばいいのよ」

 

 ぽす、と。

 頭に、柔らかな感覚。

 

 マザーの腕の動きに合わせて左右に揺れる、それは。

 

「そもそも、さっき言ったことなんて全部私に返ってくるブーメランなんだからね。アンタの過酷な運命は、その大半が私に起因している。その生まれも、右も左も分からないまま生きることになったのも。ノモク少年との出会いとか死については想定外だったけど……まあ、諸々全部、気にしないでいいわ。『お前なんかが言ってんじゃねー!』とでも思っときなさい」

「いや……え?」

 

 撫でられる。ゆっくりと、ゆったりと。

 それは、初めての感触で。

 

「アンタは私のことを“マザー”って呼ぶけれど、私はアンタの親である自覚はない。私が腹を痛めて産んだわけでもなければ、愛しい人の因子が入ってるわけでもない。だから、私はアンタの親じゃない。分かった?」

 

 その言葉は。

 字面だけを取れば酷く冷たい、突き放すような言葉なのに。

 

 どうしてか、私には。

 “私はアンタの母親じゃないんだから、気にせずに生きなさい”と言っているように感じられて。

 

 それは、希望的観測なのかもしれない。分からない。

 分からない、けど。どうしてか。

 

「でも、まあ。アンタが愛に出会えたようで良かったわ。大事になさい、その想いを。この世界における愛ってのはね、とんでもなく強い力を持つの。奇跡だって起こせちゃうぐらいには。決して失わないように、握った手を離さないようにね」

「ま、マザー……!」

「だから私はアンタの親じゃないっての。ほら、覚悟ができたならさっさと行きなさい」

 

 その姿が、薄れていく。

 ううん、私がこの場所から薄れていく。

 

 分からない事だらけの中で、それだけは分かって。だから私は、手を伸ばして。

 

「待って、あなたは──」

「だから、アンタが手を伸ばすのは私じゃないでしょうが。分かったんならさっさと好きな人を迎えに行きなさい。アンタらどうせ相思相愛なんだから押し倒して唇でも奪ってやりゃあいいのよ。ったくじれったいったらありゃしないわ」

「押したおっ……!?」

「なに初心なフリしてんのよ。アンタには私と同じだけの知識が……って、だからいいのか。アンタはノルン(Norn)なんだものね。veneficaでも実験体(NOVEM)でもない、一己の人間。一己の存在。はん、いいじゃない。それでこそ、ってやつかしら?」

 

 でも、届かない。どれだけ手を伸ばしても、指先には空を切る感覚だけが。

 にやりと笑うマザーは、すぐそこにいるはずなのに。

 

 それでも、届かずに。薄れていく。薄れていく。何もかもが、真っ白に。

 そうして、掠れる視界の中でマザーは手をヒラヒラとさせて。

 

「私は私の為すべきことを行っただけ。絶対に謝罪はしない。しないけど──ま、せめて、アンタのこれからに光が満ちていることぐらいは祈っておくわ。んじゃね、もう来るんじゃないわよ」

 

 私は、見慣れたスルヂェレのスラム街に戻った。

 

 

 

 

 私の本当にノモクを助けられるのかという問いに、サィアトヴァンと名乗った男の人は頷くと、すぐに行動に移した。

 彼自身の血で奇妙な魔法陣を描き、その上にノモクの遺体を横にして。そして、私はその傍らに座っている。

 

 本当に、急すぎる展開だ。

 何もかも、私の理解を飛び越えている。何もかも、分からない事だらけだ。ほんの少ししか、私が把握できている事はない。

 

 でも。私は、こうしてノモクの手を握っている。

 

「……」

 

 握る手は冷たい。

 否応なく、そこに命は宿っていないのだと。魂が抜けて行っているのだと理解させられる。

 

 記憶がフラッシュバックした。

 ノモクの村を滅ぼした時の記憶だ。今まで忘れていたのが嘘みたいに、はっきりと思い出せる。

 

 ──でも。そんな私を、ノモクは護ってくれた。好きになったと言ってくれた。

 

「だから、私も」

 

 呟いて、途端に周囲の喧騒が薄れていく。

 

 思えば、後悔ばかりだった。

 後悔ばかりの人生だった。

 

 間違いも沢山してきた。

 マザーは気にするなって言ってくれたけど……誰でもない私自身がそう思うのだ。私の生涯は後悔と間違いに溢れた、酷く醜いものだったと。

 

 救われなんてしなければよかったと思った。

 救われるべきなんかじゃなかったと思った。

 

 後悔だ。

 ノモクの過去は知らない。温かい家族だったのか、そうじゃなかったのかも。何も知らないまま、私はノモクの家族を殺したのだ。隣人も、故郷も、何もかもを滅ぼしたのだ。

 だからこれは、薄れない後悔だ。ノモクがどう思っていようと、きっと私は後悔し続ける。

 

 救われるべきじゃなかった。

 死んでおくべきだった。

 希望なんて望むべきじゃなかった。

 

 ──生まれるべきじゃ、なかった。

 

 でも。

 ノモクは、私を身を挺して護ってくれた。マザーは、私の未来に幸福がある事を祈ってくれた。

 

 なら。私だって。

 後悔ばかりの私でも、何かができるのなら。ノモクを助ける事ができるのなら。

 

「私も──何かを、為したい」

 

 分からない事ばっかりだ。

 分かる事なんてほんの少しもない。

 

 でも、それでも。

 それでも!

 

「この想いだけは、嘘じゃない! それだけは、絶対に分かる!!」

 

 だから──

 

「──帰ってきて! ノモク!」

 

 

 

 

 




Tips.この世界には実際に愛で奇跡を起こした存在がいる
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