真っ黒な世界。
空も地面もなく、継ぎ目すらなく──純粋な黒色が全てを満たした世界。
風はなく、だけれど熱もなく、ただただ黒色だけがどこまでもある。それだけの世界。
「ここ、は……?」
呟いた声は、何度も音を反響させた。
酷く冷たい響きだ。
いや、それだけじゃない。触れている地面も、周りを漂う空気も、何もかもが冷たい。
寒い、じゃなく。冷たい。体温をまるごと吸い取っていきそうな、どうしようもない冷たさ。
懐かしいようで、けれども一度でも触れたのなら忘れられなくなるような冷たさだ。
「僕……死んだのか」
呟いて、反響するその声に浮かび上がる。
気付けば駆け出してノルンを突き飛ばしていた、あの瞬間の光景が。僕が死んだ瞬間の光景が。僕の心臓を貫いて、魔物の角が胸に生えた瞬間の光景が。
もはや痛みを飛び越えたような熱さも、指先から崩れ落ちていくみたいに消えていく感覚も、段々と掠れていく視界も、赤い鉄の匂いも遠くなっていく声も──それでも最後まで残っていた、僕を抱きかかえる彼女の温かさも。
何もかもが、浮かび上がってくる。
「ノルンは……無事、かな」
ここは、きっと死後の世界ってやつなんだと思う。
だって、間違いなく僕は死んだんだから。
「無事だと、いいな」
反響が薄れながら、小さくなっていく。
黒色に、飲み込まれていくみたいに。
「はは。寒いなぁ……」
誰もいない。何もない。
ただ、何の変化も見せない黒色だけが果てしなく続いている。
うずくまっても、自分の姿も見えない。
微かな感覚と、響く声だけ。それだけが、僕がここにいることを小さく教えてくれる。
「このまま、なのかな」
このまま、ずっと。
僕はこの黒色に包まれて……ずっと。
「それは、怖いなぁ」
寒くて、冷たくて、暗くて。
村にいた時よりも、ずっと、ずっと。
身体の芯まで染み込むように、端から身体を崩していくみたいに。冷たさが。
「終わりは、あるのかな」
ここが死後の世界なら。きっと、それは。
「あぁ……いや、だなぁ」
後悔はない。ノルンを、好きな人を助けられたのなら。
それだけで十分だって思える。
でも。
「寒いよ。暗くて、寂しいよ……」
それがきっかけだったみたいに、声が聞えてきた。
いつかの日には聞き慣れていた、忘れそうになっていた人たちの声。
『なぜ殺さなかった』
『私たちの仇だったのに』
『どうして』
『憎い』
『痛い』
『苦しい』
『僕たちはどうでもよかったの?』
『お前が死ねばよかったんだ』
『裏切り者』
『裏切り者』
『裏切り者』
『──なあ、ノモク。なんで俺が生かしてやったのに、アレを殺さなかったんだ』
「あ」
寒い。暗い。寒い。冷たい。寒い。寒い。寒い。怖い。寂しい。寒い。
いやだ。どうして、僕が。僕は。僕?
薄くなっていく。消えていく。
ああ……でも、もういいか。苦しさが消えるのなら、それで。
目を、閉じる。目に映るものは変わらないけれど。目を、閉じて。
僕は。
『あん? なんかいると思ったら……ガキ、遭難者か?』
「──え?」
金色に柔らかな光を放つ、僕の顔ぐらいの大きさの球体に遭遇した。
ちなみにウルスス*1を白色にしたみたいな毛皮を被って……覆われて? いた。
なんで?
時間の感覚が曖昧だから正確には分からないけれど、たぶん10分と少し。
僕は、金色の球の後に続いて歩いていた。
『それって下ネタ?』
「なんで???」
『いやだって、“金玉”って……』
「切り抜き方に悪意がないかなあ!? 僕そうは言ってないんだけど!?」
『そっかぁ(´・ω・`)』
なん……なんなんだろう、この光る球。
さっきからずっとこんな調子だ。
『また髪の話してる?』
「は?」
『いや、だって“光る球”って……おうおう、んなキレんなって。禿げるぞ? ──ん? 今髪の話した?』
「もしかして当たり屋か何かだったりする?」
『おお。ナイスツッコミ』
おおじゃないんだけど。……口をついて出たけど、当たり屋って何?
というかそもそも、ここって──
『待て待て。
“天秤は片方に傾いてたら駄目だからなぁ”と、言葉は続けられて。
光る球は移動する速度を緩めて、僕に問いかけた。
『んで、ガキんちょ。名前は?』
「……ノモク」
『
「それは、どうも。あなたの名前は?」
『え、そんな事聞くの? いやまあ気になるなら自由だろうけど……んで、名前。名前ねえ。
…………。
「偽名ですか?」
『ヤマメですか(笑)』
「は?」
『冗談冗談。いや、ネタ抜きで言うと己に名前なんぞ無いのよ。そもそも己はただの剥離した欠片だからな』
「はぁ……」
『おー、釈然といかないって顔Lv.100じゃん。すげー』
不思議と嘘を吐いている気配はしないけど、なんというか。
この人──人? ……人はこういう人なんだろう。それは理解できた。
『さて、んじゃ次の質問だ。お前さん、なんでこんなとこにいたんだ?』
「それは、えっと……?」
どうしても何も。
ここは死後の世界じゃないの?
『あー、いや、大体理解した。なるほどねぇ……そーかそーか』
「えと、つまり」
もしかしてここは、死後の世界じゃない……?
『まあ待て。まず、今回のお前さんからの質問は“ここがどこか”って内容でいいんだな? ……んじゃ答えるが、ここは“世界の外側”だ』
「世界の、外側?」
『おう』
世界の外側。
世界の、外側。
それは、どういう事なんだろうか。
死後の世界とは何が違うんだろう。
『この際だ、物知りおじさんが色々と教えてやろう。まず前提として、お前さんが生きていた世界の名前は“
「テアートルム」
『そ。一般的には
「えっと、まず、“大陸”ってなんですか……?」
問えば、“マジか”と絶句される。
とはいえ、仕方ないじゃないか。生まれは田舎村の平民、その後はスラム街での生活。常識って言われてるものなんて、ほんの少しだって知らないんだ。
『いや、ある意味大陸って言葉を知らないのは正しい在り方ではあるんだが……いや、うん。そうか。色々苦労してきたんだな、お前』
「……それで、結局大陸って何なんですか」
『そうさな。まず“海”は分かるか、
「魚がいっぱいいるところ、ですか?」
『おけおけ。で、魚がいるってトコから分かる通り、海ってのは大量の水なんだ。川や湖なんぞよりよっぽど凄くて、船を漕いでも漕いでも対岸にゃあ辿り着けない。そんな具合だな。……が、一般的にはその果てしない先に別の陸地があるって風に言われてる。村よりも街よりも都市よりも広くて、それこそ国がいくつも乗っかってるような陸地が、な』
“そのデカい陸地の事を大陸って言うんだ”と、説明は締められた。
……そんな世界が、あったのか。なんというか、想像もできない世界だ。けれど、悪いことじゃない気も。きっとノルンは、その広い世界を生きていくんだろうな。
『ま、嘘なんですけどね。──
「え?」
『言ったろ? “一般的に言われてる”って。言われてるだけで実態はなーんにも無い。詐欺の典型例だな』
「じゃあ、それって──」
『まるで牢屋みたいだ、か? 正解だよ、
平然と、ラックは言い切った。
ニヤリと、口角を上げているのが見えるようだ。
『
大陸地図。
大陸ということは、ネウムル王国の外まで含めた地図……なのかな。
首を左右に振る。
『んじゃ見せてやる。コレが大陸地図だ』
そう言って、ラックの身体……というか光の中から板状の何かが出てくる。
取れってこと……で、あってる?
硬くて、冷たくて、だけどツルツルしてる。不思議な手触りだ。
『タブレット、って言ってな。便利な機械だ。ま、伝わらんだろうからそこは今はいい。そこに表示されてるのが──大陸地図、だ。相当古いデータな上に己の手作りだがな』
突然、タブレット? から光が放たれる。
見慣れない眩しさにまばたきを繰り返しながら見た、そこには。
「丸い……?」
綺麗な丸の中に国の名前らしきものが書きこまれた、地図。
字が読めないから分からないけれど、どうしてか下側にある大きな国がネウムル王国だっていうのは理解できた。
『そうだ。綺麗な円形だろ? それこそまるで──
「……っ、それって」
『で、そんなお綺麗な世界の外側ってのがこの場所だ。だからまあ、死後の世界ってのもあながち間違いでもなかったりするんだよな。肉体が死んだ後の魂はここに流れてくるし、誕生の際に魂が送り出されるのもココだから』
言葉は、遮られた。
タブレットも光の内側に回収され、地図を見返すこともできない。核心的な言葉は出さずに、けれどもヒントをくれたってことは……言わない方が、いいってこと?
ピタリ。
不意に、先導する光の球体が止まった。何か、胸騒ぎがする。
『さて、つまりお前さんの質問の答えは“世界の外側”だって事で回答したわけだが。次の問いだ。──
──え?
『あえて明言してやるが、ここで自我を保ててるのはおかしい。異常だ。
「いや、えっと。そんなこと、言われても」
そうなっているんだから。
理由を聞かれても、答えようがない。
『己はお前の輪郭が形を保てている理由は理解している。だが、それは内側のお前が意識を保てている事には繋がらない』
「でも、僕は普通の人間で……」
『そうなんだろうよ。お前さんは普通で、普通で、普通な人間だ。だが同時に、普通じゃない箇所が存在する』
ラックの雰囲気が急に変わったからか、それとも別のナニカが原因なのか。
ざわりと、全身を寒気が覆う。
『さて、もういいだろう。過去を追想してみようじゃないか。お前さんの道程を。
言葉に従って、追想をする。大まかに、流れを辿るように。
生まれ。
小さな村。兄とは違って何も持たずに生まれた。
その後。
見下され、見放されながら生きていた。
その後。
ノルンと出会って、村を滅ぼされた。
その後。
スルヂェレのスラムに入った。
『──そこだ』
「え?」
『聞くぜ? 齢12の、戦いの訓練を受けたわけでもないガキが……どうして、スルヂェレにまで辿り着けた?』
「それ、は」
『答えなくともいい。まずは最後まで追想を続けよう。その続きは?』
その、後。
ノルンと、再会した。再会して、二人で暮らすようになって、それで。
色々あって、それで。
ルキフに出会って、勇者に出会って──ノルンを庇って、死んだ。
『さて、そんじゃもう一つ聞こう。どうしてお前は、
「それは、だから。……好き、だから」
『違う違う、そこじゃあない。どうしてお前は、チィファンという熟練の戦闘者が詰められなかったノルンまでの距離を詰められた』
「──それ、は」
どうして、だろう。
分からない。どちらも無我夢中だったから。覚えてなんかいない。
『そう。お前は覚えていない。……まあ、答えを言っちまうとだが、コレはお前さんのせいじゃねえんだ。いわば世界のバグだな』
「バグ……?」
『本来──本当に旧い時代にまで遡るが、本来、黒の瞳の持ち主は世界のシステムから外れた存在だった。運命が設計された事で内部に組み込まれたが、黒い瞳は流浪の民の象徴だった』
「えっと、何を……」
分からない。ラックの言葉には、知らない単語がいくつも含まれているから。
分からない、けど。
分からないけど──間違いなく、重要なことだ。きっと、これは。
『で、現在。お前さんには、お前さん自身の運命はほとんど宿っていなかった。
──兄さん。かな。
『それは知らん。お前がそう思うならそうなんだろうよ。で、整理するとだ。お前さんは固有に持ってたはずの運命が無くて、だってのに魂はある。ついでに他人由来の運命もアホみたいな量ある。まあ、有り得ない存在なんだわな』
「……」
『ああ、責めてたりするわけじゃねえぞ? 己が言ってるのは単なる事実だ。その上で──考えてみようじゃねえか。お前は光の民や闇の民の末裔ではない。系譜で言えば流浪の民にあるはずだが、しかしそれとも大きく異なる存在をしている。前例のない存在だ』
“お前の自認は普通の人間なんだろうし、それ自体を間違っているとも言わない”と、言葉は続けられた。
思わず見えない背筋を伸ばしてしまうような声だった。厳か、って言うのはこういうのを指すのかな。
『お前自身は普通だ。肉体的にも精神的にも、普通の人間だ。普通の人間だった……が、お前の周囲の運命はお前が普通である事を許さなかった。多重の意味で異常になったのが
「それで……それが、さっきの話にどう繋がるんですか?」
『単純だよ。お前はその特異性故に、極稀に世界のシステムから外れるようになった。言い換えれば、魂の一部が世界から弾き出されるようになった。つまりココに来るって事だな。──で、当然ながらココは
「つまり──」
『おう。お前は一瞬だが時間を飛び越えて、誰にも認識されないまま動いていた。それが絡繰りだ。タネもシカケもございます、ってぇね』
くははと笑うラックの姿が、誰かに重なりかける。
親身になってくれているようで、だけれど遠い。捉えどころの無いように、不敵に笑う。
その、姿は。
「勇者……?」
金の髪に金の瞳。どちらかと言えばスラム街で見慣れているような凶悪な顔をした、その人。
僕が死ぬ少し前に出会った、僕にとって大事な言葉を教えてくれた人。
『勇者ぁ? なに、ドラクエ? それともゼルダ? あ、“なせば大抵なんとかなる”の子たちの話? それともレールガンを光の剣って言ってブン回すロリっ子の事?』
「いや、なんでもないです」
『なんだなんだ、布教してほしいならそう言えよ。ちゃんとみっちり教え込んでやるからな』
「結構です」
『からの~?』
「気持ち悪いんで近付かないでもらっていいですか」
『…………』
うん、気のせいだった。
あの人、ここまでめんどくさくて頭おかしかったりしなかったもんね。さすがに失礼すぎたか。
『ま、まあ、布教は後に回すとして。お前さんの状況を整理したところで、最後に二つ分の道を提示してやろう』
「後に回されても知りませんよ?」
『まあ布教は後に回すとして』
「いや、あの」
『まあ布教は後に回すとして』
「…………」
何この、“正しい受け答えをするまで話を進めない”みたいな雰囲気は。
えぇ……本当にめんどくさいんだけど。
『人それを“正しい選択肢を選ばないと進まないNPC”と呼ぶ』
「えぬぴーしー?」
『うん、お前にゃ早かったか。というか話が脇に逸れすぎだな。戻そう』
漂いつつあった緩めの空気が、一瞬で引き締められる。
なんというか、本当に不思議な人だ。
『さて、
「二つの、道?」
『一つは、このまま世界の外側に呑まれて消え去る道だ。つまりは“死者は蘇らない”という常理に従って死ぬという事。もう一つは、お前をまだ繋ぎ止めている運命を辿って世界の内側にまで戻る道。つまりは常理に抗って生を選ぶという事。今のお前に選ぶ事ができるのは、この二つに一つだ』
唐突に突き付けられた、考え無しに選ぶには重すぎる命題。
けれどもそれは、どこか馴染みがあるようにも。
──ああ、そっか。僕の人生、ずっと突然の展開ばっかりだったもんな。
変化は、いつも突然だった。
魔石にヒビが入っているのを村長に伝えた時も、ノルンに初めて出会った時も、兄さんに庇われた時も、ノルンに再会した時も──そして、ノルンを庇って死んだ時も。
どんな時も、前触れなんて少しもなかった。
少しもなかったんだ。
「……」
思い返してみる。
改めて、僕の人生を。過去を。
ずっと、死にたいと思っていた。生きることに意味を見出せなかった。
生まれて、僕には何もないと理解した時から。ずっと、ずっと。死にたいって思いがこびりついていた。
兄さんに庇われて死に損なってからは、特に。
そう思って、死にたいって思いながら生きてきて、今。ノルンを生かすために死んだ、今。
僕は、どう思っているんだろうか。
……なんて、考えるまでもなかったか。
だって、しょうがないんだから。好きになったのなら、しょうがないんだから。
だったら、答えなんて決まり切って──
『──なあ、ノモク。なんで俺が生かしてやったのに、アレを殺さなかったんだ』
不意に、蘇った言葉。
世界の外側だというこの場所で目が覚めて、耳に響いた言葉。
僕は、生きていてもいいのだろうか。
兄さんは、村の人たちは……それを、許してくれるのかな。
『はぁ、世話が焼けるというか……
「兄さんの……最期の、言葉」
思い返してみる。記憶を辿ってみる。
あの日。僕の人生で、間違いなく最悪だった日。
大きな火の塊から僕を庇った、兄さんは。
「──生きろ。ノモク」
そう言った。そう言っていた。
「《
そう言って、そして。笑って。
口に、したのは。
「じゃあな、ノモク。俺の弟。俺の家族。できる限り好きに、きっと笑って生きろよ」
──あ。
そう、だった。あの時。眩しいぐらいの光に照らされて、兄さんは。そう、言って。
初めて見るぐらいの、満面の笑顔を浮かべたんだ。
どうして、忘れていたんだ。
『祈りってのは綺麗で尊くて、どうしたって愛情からは切り離せないものだ。だから、それ故に呪いにもなり得る。……お前のそれは、“呪い”か?』
首を、左右に振る。
もしかしたら──ううん、きっと、生かされた直後の頃は呪いだった。自分から死ぬことは許されないって、そう思っていたから。
でも、今は。
『答えは出たか?』
「うん。出たよ」
実際のところ、兄さんが僕をどう思っていたのかは分からない。
真相は、真実は、どうやったって知ることはできない。僕にできるのは想像することと、そしてきっと『事実を見る』ことだけなんだろう。
……それに、信じることも、かな。
だから僕は信じてみる。
兄さんとの間に結ばれていた関係は、きっと悪いものじゃなかったんだって。だって、兄さんは僕に好きに生きろって言ってくれたんだから。
それで自分を殺した仇に恋をしたなんて言ったら、兄さんは思いっきり怒るかもしれないけれど。
『それもまた、だ。悪くはないだろうよ』
「うん」
依存するよりも、きっとずっといい。
だって。
だって僕は。
「ノルンが好きなんだもん。好きになっちゃったんだもん」
『おう、それでいい。世界だの天命だの陰謀だの、ンなしちめんどくせぇ物は気にすんな。若え奴は自由に生きるべきだし、それをなんとかするのが大人の役割なんだからよ。邪魔する奴がいたら中指立ててやれ』
「過激だなぁ……」
思わず吹き出すように笑って、踏み出す。
ラックが言っていた『僕をまだ繋ぎ止めている運命』は、気付けば見えるようになっていた。
いつかの日にノルンを背負った、僕の背中から伸びる光の糸は。
「ありがとうございました」
『二度と来るんじゃねえぞー』
「はい!」
辿る。光の筋を。僕をまだ繋いでくれている彼女との縁を。
『また裏切るのか?』
『お前も死ぬべきだ』
『置いていかないで』
『私たちはまだ苦しいのに、あなたは勝手に行くの?』
ラックから離れたからだろうか。
また、声が聞えてきた。
『お前なんか庇うんじゃなかった。俺が生きるべきだったんだ。なあ、譲ってくれよ。いいだろ?』
「うるさいな。僕の自慢の兄さんを真似するならせめてもっと似せろよ」
中指を立ててやる。
まさか早速あの言葉に従うことになるとは。
「僕は事実を見るよ。こんな姿すら見えない気持ち悪いものじゃなくて、いつかの日に兄さんが言ってくれた言葉を」
止まらない。
止まりなんてしない。
『お~いちょっと待って~』
腹を括る、っていうのはきっとこういうのを言うんだろう。
もう、僕は迷わない。
『お~い、お~いってば』
僕を責め立てる声も、身体中を刺すように激しくなった冷たさも。何も関係ない。
僕は僕の道を進む。それだけだ。
いつの間にか、視界は随分と明るくなっていた。
『おいってば!』
「のわぁ!? ラック!?」
『やっと気付いた。無視され過ぎておいちゃんちょっと傷付いたよ?』
目の前に光る球がいた。
もしかして視界が明るくなってたのってコレのせい?
「えっと、何? 僕、すごい良い雰囲気で送り出されたと思うんだけど」
『いや、ここで会ったのも何かの縁だろ? だから餞別をくれてやろうかと』
「……ありがたくはあるけどさ。それ、思い付きだよね」
『じゃあいらない?』
「物によるかな」
『……おお。なんというか、ちょっと逞しくなり過ぎじゃない? 男子三日会わざればとは言うけど、三秒ぐらいでこうなるのはびっくりだよ?』
で、何なの。
僕、早くノルンに会いたいんだけど。
『分かった分かった。……名前をな、追加で刻んでやろうと思ったんだよ。あんま編み込みは得意じゃないんだがな』
「名前……?」
『
そう言って咳払いをすると、ラックは続きを語った。
……結局僕に拒否権は無い感じ?
『
「──ウォロフ」
なんというか、不思議としっくりくる響きだ。
その辺りも考えてくれたのかな。
『
「……っ、今のは?」
『名の意味だ。総ての名には意味があるからな、覚えとけ。覚えたらさっさと行け』
「ちょ、呼び止めたのソッチでしょ!? ってもういなくなってるし……はぁ」
なんというか、最後までしまらないけど。
まあ、これもまた、か。
薄っすらと見えた、こちらへと伸ばされる手。見慣れた彼女の柔らかな指先に、僕もまた手を伸ばして。
「──じゃあ、行こうか。どうやら僕は『抗う者』らしいからね」
口角を上げて、光をくぐる。
進む足に、迷いは欠片も無かった。
Tips.世界の外側が黒色で満たされているのには明確な理由がある