ガチ愉悦部を追放した   作:RH−

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知りたくない事も世の中には存在する

 

 アルブス・ウルススの調査は、結局『何らかの魔法でここにまで転移してきた』という事しか分からなかった。

 本職の魔法使いであればもう少し分かる事もあったのかもしれないが……まあ、無理である。オレもチィファンも『本職の魔法使い』じゃないからな。

 

 なんせオレは空属性以外の六属性──地・水・火・風・光・闇──全てが扱えるとはいえ、その全てが単節詠唱しか使えないっていう落伍者。

 チィファンは一般人よりはちょい使えるって感じだが、ギリギリ3節が扱える程度で、適合属性も光・闇・地の3つのみ。到底魔法使いを名乗る事はできない。

 

 まあ、魔法使いって才能が8割みたいなところがあるからな。仕方がないって話だ。

 

 

 ここいらで、魔法についても整理しておくとしようか。

 あえて色々と伝えやすい表現を使うが……ファンタジー世界にありがちなこの“魔法”だが、この世界では厳密には二つの種類に分類する事ができる。

 

 一つは今“魔法”と一般的に呼ばれている現代魔法。発祥は『神代の終わり』から、つまり既に1,000年ほどの歳月を経ているのだが、呼び名は()()魔法だ。

 爺婆の言う『ちょっと昔*1』と同じようなものだとでも思っといてくれ。

 

 で、もう一つがそれ以前に存在していた古代魔法。別名消失魔法(ロストマジック)

 別名の時点で分かりやすいが、こっちは完全に失われた技術だ。より洗練された現代魔法の起こりに伴って使用者が消えていった、強力すぎて危険であるため封印された、現代魔法が誕生した段階で原理的に使用できなくなった、などなど学説も飛び交っているが──少なくとも今の話には絡んでこないのでこの辺りで。

 一つ言える事としては、消えるには消えるに足るだけの理由があったって事だろう。

 

 閑話休題。

 

 

 話を現代魔法に戻そう。

 制作者が相当念入りに調整したのだろう、コイツは古代魔法と違って相当に体系化された技術だ。

 

 まず、原理について。

 現代魔法を発動するには、大きく三つの要素が必要となる。それぞれ魔力、魔素、詠唱だ。

 魔力は物体の内部を循環しているエネルギーであり、魂のエネルギーと言い換える事もできる。魔素は大気中を漂う目に見えない粒子状の物体であり、属性を帯びている。この二つを掛け合わせる事が現代魔法の骨子となる部分だ。

 そこに加わるのが詠唱であり、これによって属性や具体的な構成を設定する事ができる。一節目が属性の指定、二節目以降が魔法の形や挙動といった部分の指定だな。

 

 次に、属性について。

 現代魔法の属性は完全に限定されている。原質四素とも呼ばれる地・水・火・風の四つに、源相二素とも呼ばれる光・闇、そして始原単素とも呼ばれる空。これら七属性が現代魔法の全てであり、それ以上にもそれ以下にもなりはしない。

 が、抜け道も用意されている。属性を配合する事で、疑似的に新たな属性を作り上げる事が可能なのだ。分かりやすい例で言えば水・空の複合である氷属性や光・火・空の複合である雷属性が分かりやすいだろう。

 

 

 で、こういう諸々が現代魔法が編み上げられた最初から設定されていたのだ。

 これで分かるだろう、いかに魔法が体系化された技術であるのかが。ある種の執念すら感じられる程に、現代魔法は最初から完成されている。

 混じり気なしの称賛を送るよ、コレを完成させた『はじまりの魔法使い』さんにはな。

 

 

 ──っと、丁度いい頃合いか。

 

「ヴァンさん、私すんごく浮いてる気がするんですけど」

「おう、気にすんな気にすんな。オレ(勇者)についてくるならその内慣れるから」

「これにですか!?」

「これにです」

 

 小声で叫ぶ、なんて絶妙に器用な事をするチィファンに返せば、彼女はガックリと肩を落とす。

 

「……どうしましょう選択を早まっちゃった気がしてきました」

 

 

 オレとチィファンは、とある貴族の屋敷の中を歩いていた。

 足音の一切を吸収する真っ赤な絨毯に、階段の手すりやシャンデリアなどに使われた金の輝き。絵画をはじめとした調度品は素人目にもその凄さが分かるものばかりで、少しでも傷を付けてしまえばどうなるかがありありと想像できる。華美でありながらも決して下品な印象を受けないのは、館の主が紛れもない一流であることの証左だろうか。

 

 国内有数の大都市であるスルヂェレを中心としたこの辺り一帯を治める、ノワール侯爵家の屋敷である。

 

 

 

「それで、お忙しい勇者殿がわざわざ私を訪ねてきた理由を伺わさせていただきましょうか」

 

 使用人の案内の下、応接間に通されてからしばらく。

 ふかふかと沈み込むソファや出された紅茶のよく分からない味にプルプル震えるチィファンを眺めていたところ、屋敷の主がやって来た。

 

「んー、この場で話してもいいんだが……」

「なるほど。お前たち、下がりなさい」

「かしこまりました」

 

 あえて言葉を濁せば、オレの意図を読み取ったステラ──ノワール侯爵家の現当主だ──が使用人を下がらせる。

 ほ~う、相変わらずいい使用人を揃えてるらしいな。

 

「相変わらずいい使用人を揃えている、でしょうかね。その表情は」

「当たり」

「はは、その辺りの教育は徹底してますからね」

「そのトップが客人の前でラフな態度になってるんだがな」

「おや、私と貴方はその程度の仲だったので? なんとも悲しいすれ違いがあったようです」

「相も変わらずの減らず口な事で。息災で何よりだよ」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらいますよ」

 

 首の骨を鳴らし大きく伸びをするという、貴族連中が見れば卒倒するような振る舞いを見せるステラ。はん、本当に相変わらずだな。

 くい、と袖が引っ張られる。

 

「あの、あのあの!? ヴァンさん!? どういうことなんです!?」

「……? どうしたんだチィファン、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもあるわけないでしょうが! これ完璧に不敬罪でしょう!?」

 

 こちらも相変わらず、小声で叫ぶという器用な事をするチィファン。でもこの距離だと小声にしても普通に聞こえてると思うよ?

 

「くくっ、天下の勇者殿を不敬罪で裁ける者がいるのなら見てみたいほどですけどね。むしろ」

「あっ、いえ、そんなつもりじゃ──そのようなつもりでは、ありませんのでございますが」

「ぶふっ」

 

 チィファンの『私、敬語、慣れてない』と分かりやすく告げる敬語モドキに思わず吹き出してしまい、ジト目で睨まれる。ので、悪い悪いと手をヒラヒラとさせながら席を立つ。

 そろそろ説明をしてやんないとな。

 

「安心しな、チィファン。オレとコイツ……ステラは古い仲でな。コイツ自身の性格もあるから、大抵の事は流してくれる」

 

 言いながらステラと肩を組めば、肘で脇腹をどつかれて地面に転がされた。次いで、オレの触れた肩周りと肘が、虫でもついていたかのように手で掃われる。

 室内の空気が絶妙な生温さで固まった。

 

「……すいません、ヴァンさん。説得力が欠片もないんですけど」

「おまっ、ステラァ! ここは仲良しアピールするところだろ!?」

「おや、失礼。手が滑りました」

「失礼じゃねえよ、ったく。というか手っつーか肘だろ」

「おや、失礼。肘が滑りました」

「言い直すな言い直すな。そこを律儀に訂正するぐらいならもっと別のところをだな」

「……えと、結局お二人はどういう仲なんですか?」

 

 やいのやいのと言い合っていたのを中断して、顔を見合わせる。

 

「「腐れ縁?」」

 

 返事はぴったり重なっていた。

 

 

 

 

「それで、結局どんな理由でうちに来たんです?」

 

 昔馴染みである事や案外適当な性格をしている事など、ざっとステラについて説明を終えたタイミングで、水を向けられた。

 というわけで、さすがに少しだけ居ずまいを直して答える。

 

「今日の午前中の事なんだがな。南西側の草原で、アルブス・ウルススと遭遇した」

「……具体的には、ここからどれぐらいの距離で?」

「30kmぐらいだったはず」

「荷物が多いわけではないとはいえ……数時間で30kmですか。相変わらず馬鹿げた行軍速度してますね」

「そりゃそうだろ。こちとら国を出て中心の湖まで行かねーとダメなんだからな」

 

 文字通りに移動距離の単位が違う。

 王国内は街や村も多いからどうにかなるかもしれないが、国を出てチンタラ進んでいたら野営コース一直線だ。その辺りのノウハウもあるが、明らかに効率が悪いからな。

 

「しかしまあ、アルブス・ウルススですか。随分と懐かしい」

「夫人は元気で?」

「ええ、おかげさまで」

 

 ノワール侯爵家は、王国では珍しくそのルーツを国外に持つ。何を隠そう、それこそがあのシロクマどもの生息する、大陸北端付近に位置するオブスキュラティス魔導連邦なのである。

 まあ、ルーツって言っても建国の頃にまで遡らないとダメだから昔話ではあるんだが。

 

 じゃあなんでステラはアルブス・ウルススを『懐かしい』って言ったのかって言うと、夫人さんの出身が魔導連邦だからだ。ちなみに恋愛結婚。まじで異端すぎる。コイツ才能無かったら一族内(身内達)からも含めて袋叩きに遭ってたんじゃねえかな。

 

「分かっている事は?」

「空属性の魔法の痕跡のみ。具体的な構成に関しては未知数だが、十中八九転移魔法だろうな」

「……面倒な」

「それがお前さんの仕事だってね。調査とか諸々、任せられるか?」

「どうせスルヂェレの近くの話。私が行う必要があるでしょうね」

 

 可能性として他国からの攻撃すらも有り得る。相当な重要案件だろう。

 とはいえ、ノワール家であれば国内外に太いパイプがある。魔導連邦にも繋がりがあるとなれば、調査の適任がステラである事は疑いようもない。

 

「分かりました。調査の件、私の方で責任を持って行わさせていただきます」

「よろしく~」

 

 よし、用件一つ目終ーわり。

 

「んじゃ次なんだが、ちょいと聞きたい事があってな」

「まだあるんですか……?」

「おう。実はスルヂェレの中に犯罪者が潜伏してる可能性があってな。煽動とか煽動とか大規模犯罪とか、あと煽動とかが得意な奴なんだけど。なんか起きてたりしない?」

「えふっ、ごふっ。アルブス・ウルススよりよっぽど緊急性高い案件じゃないですか!」

 

 吹き出しこそしなかったものの、紅茶を大きくむせるステラ。

 まあたしかに見た目だけだとそうではあるんだが。

 

「いんや、それがな。アイツが動くのはお気に入りができた時だけなんだよ。それこそオレみたいなタイプの奴」

「つまり英雄ですか」

「正確にはちと違うが、大雑把に言えば」

「……なるほど。ところでなんですけど、ウチの騎士団長が数日前に襲撃されたんですよね。実力はあるせいで切るも切れない、本当に面倒な腐り切ったクズですけど」

 

 …………。

 

「マジ?」

「マジ」

 

 うそぉん。

 いや、十中八九偶然か、そうでなくても本命じゃない軽めのヤツだと思うけど。それにしても、マジか。

 釘も刺してたはずなんだけど……こんな早くに動くかぁ。

 

 こーれは、ちょっと困ったな。この都市の全員をルキフから救うのは、骨が折れそうだ。

 ま……それがやるべき事なら、だ。

 

「分かった。そっちの方はオレの撒いた種でもあるから、調べてみるよ」

「はぁ。相変わらず、貴方の周りは退屈しなさそうですね」

「いいだろ?」

「羨んでません」

「じゃあ褒め──」

「──てもいませんよ?」

「……へい」

 

 ちょいと予定が増えたかね。

 ま、悪くはないさ。それもまた人生だ、ってえね。

 

「っとと、忘れかけてた。ウチ、パーティメンバーが欠けたんだけどさ。誰か良さげな人、スルヂェレにいたりしない?」

「ふむ……ぱっと思い付く範囲で貴方のレベルについていけるのは……いませんかね」

「えー、マジか。ここなら2、3人ぐらいいるかと思ってたんだけど」

「そんな夏場の魔物みたいに湧いてくるわけないでしょう。自分が勇者だって自覚ぐらい持っといてください」

「へーい」

 

 んじゃあ、いい時間でもあるしこの辺りでお暇しますかね。

 結局、最初からずっと緊張しっぱなしのチィファンもかわいそうになってきたし。

 

「あー、そだそだ。そっちからもなんか気になる事とか言っておきたい事、あったりした?」

「いえ、特には……いえ、一点だけ。王国の北西にある小国なんですが、どうにもきな臭い噂が流れてまして。話によると、なんでも『必ず幸せになれる楽園のような国』だとか」

「……そりゃ、また」

 

 なんとも詐欺師の好みそうな文言だことで。いや、逆にコテコテすぎて嫌うか?

 

「分かった。国を出たらそっちも軽く調べてみるよ」

「ええ、お願いします。妙にガードが固いようなので、一応気を付けてください。それでは」

 

 手をヒラヒラと振って、完全にフリーズして真っ白になっているチィファンを連れて扉を潜る。まったく、そこまで緊張するような相手かね。

 

 

「あー、そうでした。一つ釘を刺しておきますけど、優先順位は違えないようにしてくださいね?」

 

 

 背後、呼び止めるような忠告。

 なんとも耳が痛い事で。

 

「返事が聞こえないって事は、もっと分かりやすく言った方がいいですか? 自己犠牲は程々に──」

「んな念押ししないでも分ぁーってるっての」

「分かってないから念押ししてるんです。貴方の性格は理解してますし、それは美徳であるとは思いますけど。それでも、貴方は勇者で、何なら国王陛下よりも優先されるべき人間なんですから。それを理解した上で行動してください」

 

 命の価値。その軽重。

 本当に、耳が痛いよ。

 

「分かってるよ」

「……無駄に体を張る事はやめてください。ネウムル王国の貴族としても、そして貴方の友人としても。私からは、それだけです」

「いい加減しつこいって言うか、オレそこまで信用ないかなぁ!? てかお前はオレの母ちゃんかよ」

「いや……あの、それは」

「……あー、すまん」

 

 何も考えずにツッコんだけど……ステラはオレの過去、というか家族がどうなったかも知ってたな。そういや。

 気まず。

 

「まあ、その……貴方が母性を求めてると言うのなら……」

「やめろ!? 野郎に母性なんか求めて無えからな!? 悩まれてもむしろ困るから!」

()()()、という事は……」

 

 チラリと、視線を横にズラされる。

 その先には、幼女チィファンの姿が。

 

「おおいお前それはシャレになんねえからな!? オレを社会的に殺したいわけ!?」

「ヴァンさん。趣味嗜好は人それぞれですから。私はそれでも貴方の……貴方の、友人ですから」

「どうしよう友人関係を早急に見直した方がいい気がしてきた」

「私との友情に心を打たれましたか」

「自分が“友人”のラインを引き上げたと思っていらっしゃる???」

 

 メンタルオリハルコンだったりする?

 ポジティブシンキングの擬人化かよ。

 

「んふふ。まあ、元気そうで良かったですよ」

「……おう。そっちもな」

「私は妻がいれば常に絶好調ですから」

 

 愛妻家な事で。末永く爆発しておけ。

 

「チィファンさん。ソイツ、すぐに無茶すると思いますが……よろしくお願いしますね」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 油断していたのだろう、思いっきり噛んだチィファンに吹き出しそうになる。

 いくらなんでも緊張し過ぎだろ。

 

 ……いや、緊張するような相手ではあるのか。平民と侯爵だもんな。

 

「んじゃな、ステラ」

「ええ。今生の別れにならない事を祈っておきますよ」

「不吉だなぁ……」

 

 

 もうちょっとだけ、チィファンにも優しくなってあげないとだな。振り回しすぎた。

 

 

 

 

 なんて、オレは呑気に思っていたのだった。昨日から気が抜けて迂闊な言動を繰り返している事にも──彼女が緊張以外の原因で表情を曇らせている事にも、気付きもせずに。

 

 

 

 

 

*1
ちょっと昔とは言っていない




Tips.現代魔法の誕生には■■文明が大きく関わっている
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