一夜が明けての翌朝。
宿屋の一階にある酒場兼飯処で合流したオレとチィファンは、朝食をつまみながら言葉を交わしていた。
「チィファン? 朝から元気がないようだけど……なんかあったのか?」
「いえ、別に調子が悪いとかじゃない……ので、心配とかはしないで大丈夫です」
言いながらも、手に持ったパンには全く口を付けないチィファン。顔色も普段より悪く見える。
「本当に大丈夫か? 無理は」
「そ、それよりも! 今日の予定はどうするんですか?」
「……まあ、そうだな。仲間探しは予定通りするとして……オレはステラに頼まれたルキフの捜索をやろうと思ってるけど」
ピタリと、対面に座る彼女の動きが固まった。
「……あー、はい。あはは……はぁ。やっぱり、昨日の『煽動とか煽動とか大規模犯罪とか、あと煽動とかが得意な奴』ってルキフさんのことだったんですね。……はは」
パンを両手で包んだまま、チィファンは目を逸らすように引き笑いをする。どんよりとした空気感だ。
が、それよりもだ。
マズい。完全にやらかした。
「ルキフさん、犯罪者だったんですねぇ。それはまあ、ヴァンさんも追放しますよね……」
「チィファン、ちょっと待ってくれ。それなんだが」
「そういえば、なんですけど。私が入ったばっかりのデュオだった頃……ヴァンさんって都市伝説みたいなのを熱心に調べてましたよね」
マズいマズいマズい。
そこまで行き着いてんのは流石に想定外だ。昨日の夜からずっと考えてたのか? だとしても──
──魔力反応。
間に合わないか!
「たしか、無貌のや──」
「チィファン!」
小柄な体を抱き寄せるようにして庇う。
転瞬。
閃光。熱。衝撃。
いってえな……雷属性か、コレ。殺意高すぎだろ。オレじゃなかったら死んでたぞ。
「え──ヴァンさん!? いったい……敵襲ですか!?」
「いや、違う。から、少し落ち着いてくれ」
あまり人目に付く場所でやりたくはなかったが、背中に編み込んだ刻印を励起させる。
痺れの薄れる感覚。もう数秒遅れてたら心臓麻痺も有り得たな、コレ。
白飛びしていた視界が戻れば、余波で焼け焦げた机とこちらを見て恐怖に身を固める他の客たちの姿が。
「あー、オレは勇者だ。これ、中央政府の紋章。さっきのはちょっとした手違いで、アンタたちに危害を及ぼすようなものじゃないから」
それだけ告げて、店主のおばちゃんに修繕費とか諸々を押し付けてそそくさと外に出る。
尾行者は誰もいない事を確認しつつ裏路地に入り、そこでようやく一息。全身から力が抜けた。
「ヴァンさん……大丈夫、なんですか?」
「ああ、心配すんな。オレは丈夫だからな」
嘘だ。師匠に編み込んでもらった刻印が無ければ、今頃オレの旅の目的地は中心の湖からあの世に変わっていただろう。
この世界に“あの世”なんて存在するのかはともかくとして。
あれは、対策なしに受けていいような魔法じゃなかった。
「……何が起きたのか、聞いてもいいですか」
「…………」
聞いてもいいか、と言いながらも既にある程度を察しているのだろう。沈んだ表情で、小さな体をさらに小さく縮こまらせるようにしてチィファンは言った。
修羅場への慣れも、冴えた思考力も……こうなっちまえばむしろ毒かね、なんて。
「ルキフと無貌の厄、この二つを一定以上の確信を持って結び付けた者に対する自動攻撃が来た。……起きた事としてはそんだけだ」
「セィトゥンさんですよね、それをしかけたの」
「おまっ」
再度、魔法。
今度は三条に増えた絶死の雷が、チィファンを目がけて降り注ぐ。
刹那、チィファンの身体がブレた。
「はは、やっぱり」
二つを回避し、残る一つを抜き放った刃で巻き取って地面へと流す。
凄まじい技の冴えだ。剣は対魔法使いも意識しての特注品だとはいえ、最後の一つに関してはオレでも真似できるかどうか。
今回は心構えができていた、というのもあるのだろうが。
その胆力まで含めて、伊達に勇者パーティの一員をやっていないと言外に告げるような……鮮やかささえ思わせる身のこなしだった。
「ごめんなさい、ヴァンさん。庇わせてしまって」
けれども、彼女はそんな事を気にも留めずに謝罪を口にする。
俯く表情は、酷く沈痛なそれだ。
……はぁ。
手頃な位置にある頭に、軽くチョップを入れてやる。
「あだっ、ヴァンさん!?」
「馬鹿が。謝るべきはオレであってお前じゃねえだろ、チィファン」
「えっ、なん──」
「そもそも、だ。昨日、お前さんはルキフについて詳しく知らないでおく事を選んでいた。だってのに巻き込んだのはオレだし、ルキフについて色々と迂闊に喋ったのもオレだ。責任を論じるなら、まずはオレにそれがあるだろうよ」
頭頂部を両手で押さえて目を丸くするチィファンに、頭を下げる。
「すまなかった、チィファン。オレの気が緩んでいたばっかりに、お前を危険に晒してしまった」
「いや、だから──」
手をワタワタとさせている気配があるが、これに関しては欠片も譲るつもりはない。
というか、冗談抜きでルキフ関連の情報は洒落にならないのだ。オレみたいのとは違って立場的には一般人でしかないチィファンを巻き込むには、敵のスケールが大きくなりすぎる。
少なくとも、オレの不注意なんてゴミみたいな理由で巻き込んでいい話では無い。
そんなオレの思考が伝わったのか、数秒ほどの沈黙の後、音を上げたような声が返される。
「──ああもう、分かりましたから! 謝罪を受け取るので、いつものヴァンさんに戻ってください! 頭も早く上げてください!」
「……すまない」
善意に付け込んでるだけで、これも卑怯だよな……なんて。
チィファンに失礼か、それは。
改めて、ルキフとセィトゥンについて説明をする。──諸々の奥側にある、さらに込み入った真実については気取らせもしないよう気を付けながら。
身勝手だとは思うし、不誠実にも過ぎるとは理解している。理解しているが、それでも二の轍を踏むつもりはないのだ。世界には、踏み込めば戻れなくなる回帰不能点が存在する。
あくまでも一般人なチィファンをそんなところにまで巻き込もうとは思わんよ。
「そんな、ことが……ごめんなさい、私、何も」
「あーもうンな事は気にすんなって。オレが勝手に隠してただけだし、そもそも迂闊に知ったら危なかったんだし」
「だとしても、私」
あー……身勝手でしかないんが、本当にやめてほしい。
これは本来チィファンが関わるはずの無かった事で、オレの不注意で巻き込んだだけだってのに。それでそこまで気に病まれると、罪悪感で吐きそうになってくる。
「はいはい分かった分かった。オレもその謝罪を受け取るから。これで謝罪合戦は終わり! オーケー?」
「……分かりました」
そう返せば、まだまだ表情は硬いながらも顔が上げられる。
よかったよかった、これで──
「それで。ヴァンさんは、何を隠してるんですか?」
──は?
「脈拍、瞳孔、呼吸の深さ。さすがに分かりやすすぎますよ。ヴァンさんが隠し事する時のクセまで出てましたしね。雰囲気からしてさらに危険な情報なんでしょうし、私を巻き込まないよう気をつかってくれてるんでしょうけど……ここまで来て隠し事は無しですよ。最後まで話してください」
“それじゃ、洗いざらい吐いてもらいましょうか”と、冷たい目を
わぁ、イイ笑顔だね。死刑宣告かな? というかやっぱり君アサシンだよね? 少なくとも戦士の言う言葉じゃないよね?
……なんて、現実逃避してる場合じゃないか。
「ちょいと、何を言ってるのか分かんねえな。オレはちゃんとルキフとセィトゥンについて話したぜ? それに、この期に及んで隠し事をするなんて……いくらなんでも身勝手すぎるだろ? この目を見てくれよ、コレがそんな事するような奴の目に見えるか? んん?」
「無駄にギラついてて気持ち悪いですしそのくせハイライトが消えてるせいでもっと気持ち悪いんですけど。逆にどうやってその目してるんですか?」
「……」
ちょっと火力高いよ? おいちゃん泣いちゃうよ? 成人済みの男が恥も外聞もなくギャン泣きしちゃうよ?
いいのかな、傍から見たら幼女に泣かされる一般成人男性とかいう地獄絵図ができあがっちゃうけど。いいのかな?
「あの、ふざけて有耶無耶にしようとしないでくれませんか? 逃がしませんよ?」
「…………。分かったよ」
こうなれば、か。覚悟を決めるべきだろうよ。
一つ溜息を吐いて、ようやくかと呆れ顔から真剣な表情に戻ったチィファンに告げる。
「オレからお前に言う事は何もない。以上だ」
呆然と、目を見開かれる。
これはいよいよ、チィファンとの縁もここまでかね。ステラたち知り合い連中にそれとなく保護してくれるよう頼んどかねえとな。
「……私、は。そんなに、信頼できませんか」
「まさか。お前さんの事は信頼してるし、信用だってしてるさ」
少なくとも、ルキフやセィトゥンよりかはよっぽど、な。
じゃなけりゃある程度までとはいえアイツらの事情を話したりしないさ。
「そういう意味じゃ、ないんです」
「……?」
そりゃ、どういう──
「私は、ヴァンさんにとって……
「…………」
答えは……濁すだけ逆効果、か。
「
これ以上無いぐらいに直接的な、戦力外通告だ。
ただ、必要な事でもある。いつかはやんなくちゃいけなかった。なにせ、託された師匠の悲願を果たすにあたって、命の保証はどうやったって不可能なんだ。
それならば、こうして突き放してでも生きていてもらうのが最善だろうよ。
「そう……です、か」
「抜けるってんならオレは引き留めない。もちろん、放り出すつもりもないがな。ステラとか、知り合い連中にお前さんと家族の身の安全は確保してもらえるよう頼むつもりだし」
“だからまあ、余計な事は気にせず好きにしな”と、言葉を続けようとして。
自分でもこんな奴とは付き合い切れないと思うから、そう言おうとして。
割り込むような、彼女の言葉に遮られた。
「ヴァンさん。あなたにとって、私は救う相手でしかないんですか?」
「……? だから、そうだって」
「じゃあ──
一瞬だけ。
思考が、止まった。真っ白に。
そこまで、を。
「昨日お会いした、ステラさんは?」
「……」
「私は、普通の人間です。普通の家に生まれて、普通に育ってきた。“普通の”人間です。……でも、人を見るのは得意なんです」
一呼吸、間に挟んで。
チィファンが、核心に踏み込む。
「ヴァンさん。あなたにとって……救う対象じゃない人は、いるんですか?」
「ああ。いるぜ」
「……質問をもっと正確にします。
ああ、そうか。
そこまでを。
「まだ、私とヴァンさんのデュオだった頃の話です。ヘマをした私が魔物に襲われそうになったのを、ヴァンさんは身を挺して庇ってくれましたよね」
「……そんな事も、あったか」
「はい。そして、私だけじゃありません。行商隊の人、他の冒険者の人、立ち寄った村の人。ヴァンさんはいつも、自分の消耗とか、犠牲とか、その辺りを度外視して救けようとしてました。最初は勇者だからかな、って思ってましたけど。……違いますよね」
よく見ている事で。
その観察眼は手放しに称賛するよ。
「ヴァンさんは、自分以外の全ての人を救おうとしている。……いえ、救わずにはいられない。そうですよね」
「……はぁ。ああ、そうだ」
嘘を吐いても見抜かれる。
そもそも確信を持たれている。
認めるしか、ないだろうよ。
「で、それがどうした。開き直るわけじゃねえが……オレがそんな異常者だとして、それが今の話にどう関わってくるよ」
「私がヴァンさんについていくってコトにです。ずっと先、最後の最後。あなたが果たそうとしている何かを果たせるその瞬間にまで」
…………。……?
……えっと、え? 何、どういう流れ?
呆けるオレと、口角を上げたままのチィファン。
沈黙、あるいは静寂。天使が通り過ぎた。
「いや、あの、すまんが話の流れが全く分からないんだが。何がどうなってそうなるんだ?」
冗談抜きで、マジで分からん。本当に分かんない。
人の心が分かるなんて自惚れるつもりは全く無いし、どちらかと言えば『人の心が分かっていない』って言われるタイプだと自覚もあるが……それにしても分からん。
なんでそんな自信満々なの? あと、無い胸を張られても困るんだ──いやなんでもないです。
「なんか今とんでもなく失礼なこと考えられてた気がするんですけど」
「気のせい気のせい。気のせいダヨー」
「アルはどこ行ったんですかアルは」
“はぁ、気を抜いたらすぐにふざけるんですから”と、溜息を一つ吐いて。
改めて、チィファンが口を開く。
「もし、ここでヴァンさんの言う通り私が抜けたとして、です。勇者パーティが解散して、ヴァンさんが一人で中心の湖にまで向かうことになったとして、ですよ? 救いたがりのヴァンさんは、今以上に無茶しますよね。絶対に」
「いや、オレ今までも無茶してるつもりはないんだが」
「そっちの方がもっと重症なんですよ……で、だから私はついていくんです。どうやら私は足手まといらしいですからね。枷のかわりには丁度いいでしょ?」
分からない。
自分で言うのもなんだが、オレは相当に終わっている部類の人間だ。そんなオレに、どうしてそこまでできるんだ?
「あのですねぇ……なんかピンと来てないみたいですけど。ヴァンさん、私は普通の人間なんですよ?」
「お、おう」
「ヴァンさんやセィトゥンさん、ルキフさんと関わってきて、思い知ってます。私には特別なナニカがあったりはしませんし、これまでの人生だって特に何もない普通の人生でした。私は、普通の人間で、普通の人間でしかないんです」
凄い“普通”って強調するじゃん。なに、当てつけ?
言い過ぎたかもしんないけど、オレとしては必要な事を言ったって認識だし……まあ、謝ってほしいってんなら謝りはするけどさ。
「……あのですね! 普通の人間は、そこまで割り切れるものじゃないんです! 数ヶ月も一緒に旅したパーティメンバーを、簡単に切り捨てられるわけないでしょうが!」
「いや、だから別にオレの事は気にしないでいいって言ったん──」
「なんですか、アレですか? ヴァンさんは、『私が抜けたせいでヴァンさんは傷だらけになってるかも』って私に毎日思い悩ませたいんですか? だとしたらイイ趣味してますねって言いますけど」
「……あのなぁ。そんな洒落を言ってられるような次元の話じゃないんだよ、これからの諸々は。チィファンは甘く見てるようだが──」
両頬に柔らかな感触。
ぐい、と強く引き寄せられて。
「私の目を、見ろ!!」
額に、衝撃。
一瞬だけ眩んだ視界には、黒色の瞳が大きく。
「私は、そんな甘っちょろい目をしているか!? 覚悟の無い、ヘラヘラした目をしているか!? なあ!」
黒蝶真珠のように、黒色の奥にいくつもの色が揺らめく瞳。
眩しいまでに真っ直ぐな眼が、そこにあって。
「──目を、逸らすな!!」
再度、頭突き。
思わず逸らしかけた視線が、また引き寄せられる。
「私は普通の人間だ! 平凡な人間でしかない!! あなたに比べたら背負っているモノも軽くて小さいだろう! それでも、ちっぽけでも──私にだって矜持がある!! 傷付く人の傍に居てあげたいって思いはある!」
……だからだよ。
分かってるさ。チィファンは善い人間だって。こんなオレにも情を持てるような人だって。
だからこそ、巻き込みたくないんだ。
オレの目的を、師匠の悲願を果たせたとして、その結果がどうなるかは分からない。道中の命の保証だってできない。
「分かってますよ! 私のコレはただのわがままで、ヴァンさんにとってはいい迷惑でしかないって! ──でも。でも!! 全滅したパーティの生き残りみたいな……自分よりも周りが生きている方がいいって顔をしたヴァンさんから離れたら、私は一生後悔するんです!」
「──っ」
「そんな人生を、私は送りたくない!!」
不意を打たれたその言葉に、返そうとしていた答えを失う。
サバイバーズ・ギルト、か。
脳裡に蘇るのは、いつの頃の光景か。
まばたきをして赤い景色を消して、溜息を吐く。
残念とでも言うべきか、オレはサバイバーズ・ギルトじゃない。それ以前から壊れていたんだから。
だけど、まあ。完全に的外れとも言えない評価では、あるんだろうよ。
「もう、嫌なんですよ。あんな後味の悪いことは」
「チィファン……」
オレやルキフ、セィトゥンと違って、チィファンは元は一人の冒険者だった。つまりは、そういう事なんだろう。
……ああ。嫌になるな、まったく。
どっちを選んでも、か。
「決意は、固いんだな」
「……はい」
瞳を潤ませながらも、返される。
強い響きだ。眩しいぐらいに。
「──分かった。オレは、お前を拒絶しない」
「……っ! ヴァンさん」
「ただし、そこまでだ。悪いが、隠し事を明かしてやる事はできない」
チィファンの人間性は信頼している。覚悟についても、確認できた。
だが──
「実力不足、ですか」
「ああ。本当に申し訳ないがな」
今のままじゃ、いつかは切り捨てる事になる。全てを話して巻き込むには、どうしても力不足だ。
あるいは、そっちの方が深く絶望させてしまうかもしれないが。
それでも。
「ありがとうございます」
「やめてくれ。礼を言われるほどの事を言った覚えは無い」
「いいえ。だって、信じてくれるんでしょう? いつか、私に秘密を打ち明けても大丈夫になるって。その領域にまで至れるって」
“だから、ありがとうございます!”と笑う彼女に、渋い顔を返しておく。
色々とない交ぜになって、酷い心地だ。
……まあ、これもまた、なのかね。
貴方は、どう思いますか? 師匠。
なんて、答えが返ってくるはずもなし。
「見ていてください。いつかきっと、ヴァンさんを驚かせてみせますから」
「……楽しみにしておくよ」
ああ、ほんと。
眩しくって、仕方がねえや。
その後、改めて朝食をとったオレとチィファンは、ルキフの痕跡を探してスルヂェレの中を歩き回り──いよいよ日暮れの時間を迎えつつあった。
つまり、あれだ。いわゆる『なんの成果も、得られませんでしたッ!』ってやつ。
「ヴァンさん。これ、ルキフさんは本当にここにいるんですか?」
街灯がぽつぽつとその存在感を主張し始める、どことなく心細くなる頃合い。
スラム街まで含めて一日中歩き回っても成果が無かった事に、チィファンが小さくボヤく。
「んー、セィトゥンの情報が嘘だったってのもなくはないんだが……そんな雑な事はしないと思うんだよな。やるとしたらもっと致命的な事してくるだろうし」
「なんというか、嫌な信頼のしかたですね」
ちなみにこれは字面通りに“致命”的な事な。
やるなら徹底的に殺しに来るだろうし、少なくとも中途半端な手は打たないだろうよ。
「あるいは、既にルキフは発った後、ってのも可能性だが──」
どうにも、引っかかる感覚がある。
これはチィファンにはまだ話せない
腰から腹部にかけて、衝撃。
どさりと人が倒れる時特有の音。ちょうど曲がり角の事だった。
見れば、15歳ほどだろうか。少年から青年に移り変わりつつある頃合いの子どもが倒れている。
黒髪で、身に纏っているのは襤褸切れのような……悪く言えばみすぼらしい衣服。袖から僅かに覗く左の二の腕には、真っ黒な傷痕が。見た目からして、そこそこ古めの傷か。
総括するに、まあ普通の子どもではないのだろう。
「スマン坊主! 無事、か──」
声をかけつつ、オレとぶつかって倒れた少年に駆け寄る。向こうは走っていたらしいが、オレもよそ見していたし、何より年齢にも大きな差がある。過失を問えばオレの方が重くなるだろう。
そう思って、直後。
ドクンと、鼓動が跳ねる感覚。
両の瞳が強く熱を帯び、同時に全身へ寒気にも似たざわざわとした感覚が奔る。強い運命が絡みついた者特有の気配だ。ルキフよりは弱いようだが……間違いなく、常人のソレとはかけ離れている。
つまりは、まあ──
すなわち、師匠の悲願、世界の変転に必要な存在。あの人が運命を編み込んだ布石か、それに関わる人物。
黒の瞳の持ち主にこの規模の運命が宿る事は有り得ないからな。
で、所在を把握できていない布石は三つのうち一つのみ。師匠が『協力者に編み込みを託した』と言っていた最後の少女だ。
他二人を思えば、この少年がその“一つ”の関係者である事は確実、と。
探すしかないと思っていた最後の布石、その手がかりと急に遭遇するってのは……どうにもご都合主義みたいに思えるが。
まあ、悪くない。悪くは無いだろうよ。
師匠に託された、そして何よりもオレ自身が抱いた願い。個人で成すには、そしていたずらに誰かを巻き込むには無謀に過ぎる大望。
その始まりが、ようやく訪れた。
高揚感か、はたまた焦燥感か、茹ったような感覚が全身を満たす。
「名前を聞いてもいいか、坊主」
手を差し伸べて引っ張り上げながら、問う。
間違いなく不審者の行動だが、向こうも何か感じるものがあったのだろうか。少年は口を開いた。
「ノモク……です」
「
「──っ! そ、そうなんです! あの人に会ってからノルンが変になって、それで──」
「落ち着け、ノモク。おおよそは把握した」
ルキフは既に接触済みと。
こうなると、余裕は無くなってくるな。早ければ明日までの間に、遅くとも明日の夜には奴は動くだろう。
となると、相当に急がないと──
くい、と袖を引っ張られる。
「あの、ヴァンさん。盛り上がっているところ悪いんですけど、何が起きてるんですか? 説明が欲しいんですけど」
チィファンに説明できる事は……うーん。
いや、まあ。いいだろうよ。
目的までなら。
「そうだったな。じゃあ、一つ言っといてやるよ」
勇者として旅を始めて数ヶ月、いよいよだ。
これは、その宣言にして宣誓だ。
「オレの目的は魔王の再封印なんかじゃない。世界を変える──ひっくり返す事だ。まるまるひっくり返して、この悲劇に満たされた世界をぶっ壊してやるんだ」
見ておけ、邪神のクソ野郎。すぐにテメエの喉元に食らいついてやるからな。
夜空を満たす黒色を見上げ、その奥を見通すようにして。睨み付けるようにしながらも、口角を上げる。そうだとも、こういう場面でこそ笑ってやるのだ。牙を剥くためにこそ。
事態は大きく、そして急激に変転しつつある。
さあ、始めようか。ちっぽけなオレの、叛逆の物語を──!
「いや、何一つ説明になってないんですけど。自分だけ気持ちよくならずにちゃんと説明しようとか思いませんか? そんなだからコミュニケーション下手くそなんですよ」
「…………」
あの、今かなりいい気分だったんだけど。ちょっと火力高すぎない? おいちゃん泣いちゃうよ?
Tips.セィトゥンは味方とは言い切れない存在である