ガチ愉悦部を追放した   作:RH−

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出会いとは一種の天命である

 

 ここで一度──否、今一度、時計の針を巻き戻そう。

 裏側において、何が起きていたのか。流れを辿り、詳らかにするために。

 

 

──< scene : 7 days before >──

 

 

 カツカツと、石造りの壁に足音が響く。

 両側を高い壁に挟まれた薄暗いそこは、有り体に言うのであれば“裏路地”と呼ばれる類の場所。つまりは、陽の差す表通りを歩けない者の集まる場所だ。

 

「……」

 

 足音の主は、20歳を少しばかり過ぎたほどに見える青年。細身ながらも鍛え上げられた肉体にキャソックにも似た黒一色の装束を纏い、やや赤みがかった黒髪をミディアムウルフに整えている。

 瞳の色は金色。しかし角度によってか光の反射によってか、時に深緋にも映るという不思議な──あるいは妖し気な──色合いだ。

 

 顔だちも悪くない。むしろ整っている部類だ。髪や瞳の色からして、どちらかと言えば華やかな印象を受ける容貌だと評せるだろう。

 だというのにその青年からはどこか近づき難い雰囲気が漂っているのは、その表情が固く何かを考えるようなものになっているからか、はたまたその身に染み付いた“死”の気配のせいか。

 

 ルキフ、あるいは『無貌の厄』。そう呼ばれる存在である。もっとも、後者に関しては彼と結び付けられている人間はかなり限られているのだが。

 

 

 カツカツと足音を一定のリズムで響かせながら、青年は歩を進める。

 が、その脳裡を占めるのは現在地たる裏路地の事で無ければ、目的地たる場所の事でもない。全くの別の事だ。

 

 いや、ある意味では現状と深く関係しているため、全くの別とは言い切れないのかもしれないが。

 

(……勇者。後の愉しみは増えたが、しかし)

 

 実った麦のような金髪をツーブロックに刈り上げた、満月の透明さを思わせる金眼の男。青年が僧侶役として参加する事になったパーティのリーダーであり、数ヶ月ではあるが珍しく長期的な関係を持つ事になった相手でもある。

 同時に、つい数時間前に彼へとパーティの追放を言い渡した相手でもあったり。

 

 そんな勇者の放った一言が、喉奥に刺さった小骨のような違和感を叫んでいた。

 

(追放に関しては、まあいい。理解も納得もしている。だが……)

 

 淀みなく一定のペースで鳴る足音とは裏腹に、思考は寄り道を繰り返すように遊ぶ。あちらへこちらへと彷徨う様は、あるいは迷子の子どものようにも映るかもしれない。

 

 

 ──ルキフ。お前さんには成長が必要だ。

 

 

 理解ができない。

 彼の感情を表すにあたって、その一言が全てであった。そう、理解ができない。

 

 それ以外に勇者から言われた言葉は、全て理解も納得もできるものだったのだ。そも、彼の自認は“悪逆を為す者”である。悪し様に語られることは当然であると受け入れていた。

 ……だからこそ、ルキフという青年には先の言葉が理解できないのだが。

 

(……成長。成長か)

 

 成長とは何を指すのか。

 答えは多岐にわたる。例えば身体能力の向上。例えば魔法を扱う能力の向上。例えば思考力を始めとした知力の向上。例えば、例えば、例えば。

 視点の置き方によっては退化でさえも成長と言い張ることができるのだ。単に『成長が必要』と言われたとして、その答えを一つに絞る事など不可能に近しいだろう。

 

 しかし、彼には勇者の言った“成長”がそういった成果主義的な──あるいは表面的な──側面の話ではないような気がしていた。

 つまるところ、内面の話である。精神的な、と枕詞を付けてもいいかもしれない。

 

 なるほど、たしかに勇者から言い当てられたように自身には『他者を弄び、不幸をニヤニヤと嗤う愉悦趣味』にも似た嗜好が存在する。これは幼子の持つ無邪気な邪悪さを数段悪くした物とも受け取れるのだから、それを見て『成長が必要』と言ったのならば納得だ──なんて納得できてしまえば楽だったのだが。

 そう嘆息しながら、青年は思う。

 

 

 ──ルキフ。お前さんには成長が必要だ。今の立ち止まった状態から成長しない限り、オレはお前さんの行動全てを憐れな子どもの癇癪として対処する。

 

 

 そんな表層だけを見て判断を下すような愚者ならば、そもそも彼が興味を持つ事などない。

 そも、彼が好むもの、すなわち真に求むるものとは英雄然とした眩しい人間であり……そして、その相手が悲劇を前にどのような感情を見せるのかという探究に他ならないのだ。

 とにかく不幸をばら撒ければいい、不幸に苦しむ人間ならば誰でもいい、なんて思考は欠片も持っていない。そしてまず不幸そのものを求めているわけでもない。

 

 苦難に直面した眩い人間が発露する感情の色、それにルキフは魅せられている。

 

 嘆くも良い。

 憤るも良い。

 恨むも良い。

 折れるも良い。

 奮起するも良い。

 

 そこに好悪はなく、そこに優劣はなく、ただひたすらに見定めたその者の感情を愉しむのみ。

 悲劇に堕ちる折れし者を見て『人間などこの程度だ』と嗤い、喜劇へと踏み出して抗う輝きし者を見て『人間はやはり美しい』と笑う。

 

 ある種真摯で純粋な、しかし吐き気を催すほど邪悪な在り方こそが、ルキフと名乗る青年の全てであった。

 ……まあ、積極的に求める精神をしていないだけで、当然のように他者の不幸を嗤う趣味もまた持ち合わせているのだが。

 

 嫌すぎる『当然』である。“処す? 処す?”というどこぞの金色(勇者)の声が聞こえてくるようだ。

 

 閑話休題。

 

 

 さて、そんなわけでルキフにとっての勇者とは、武力・知力・精神性の全てが高水準でまとまった理想的な相手であったのだ。

 故に、そんな相手からの『まともに相手しないから』宣言は彼的にそこそこショックであったりしたのだが……ともかく。そんな相手であるからこそ、彼がその発言を軽んじる事もまたない。

 

(勇者が深くまでを見通しているとして、だ。ならば、彼は私の何を識っている?)

 

 成長した者ほど自身の未熟を悟って恥じる、逆に自身は大人だと口にする者はまだまだ幼いものである……とは、よく言うが。しかし、あのような幼子を憐れむような眼を向けられるほど自分は未熟ではないだろう、というのが青年の考えであった。

 

「あるいは、逆にその点こそが……でしょうか」

 

 声に出してみて、明示的に思考を巡らせる。

 認識の齟齬は、往々にしてその根底に“前提知識の齟齬”があるものだ。故に、記憶を遡らせながら青年は考えてみるものの。

 

(……やはり、理解ができない)

 

 あそこまで言われるという事は、自分には幼いままに成長できていない部分が存在するという事になる。

 だが、勇者とルキフが知り合ったのはつい数ヶ月前の話。出会い自体もセィトゥンという存在の影響が大きい、つまりは偶然の産物である。もちろん彼の記憶に『それ以前に勇者とどこかで出会った』なんて内容は存在しない。

 

 つまり、自身の過去を知らない勇者に自身の“幼いままの部分”など把握しようがないのだ──という結論がやはり出てくるわけで。青年は同じところに行き付いてしまった思考に苦く表情を歪める。

 

(いっそただの戯言で、嫌がらせの言葉であったのなら楽だったというのに)

 

 なんて思ってしまって、その“普通”な思考に今度は笑ってしまいそうになる青年。

 

「異端者であり破綻者である事を受け入れども、決して誇ったりはしませんが……自ら望んでこの道を選んだ私に、こんな普通の部分が残っているとは。なんともまあ」

 

 “それもまた、なんでしょうかね”と、誰かの口癖を真似て呟くと、青年は一度思考を切り上げる事にした。

 分からない事を考え続けても意味は無い。頭の片隅にでも置いておいて、偶然答えが見つかるまで放っておくぐらいが丁度いいのだ。

 

 

 ──ただまあ、これだけ告げて追放するのも不親切に過ぎる。ってなわけで、一つアドバイスをくれてやる。

 

 

 蘇るは、別れる直前に言われた言葉。

 

「余計な事をせずに世界を見て回れ、ですか。仰る通り、私が何をせずとも世界に悲劇は溢れていますが……さて、はて。何が得られるのでしょうか」

 

 口元に、下弦の月が生まれる。

 歯が見えるほどではなくとも、それが意味する感情は一つだけ。

 

「──あるいは、あえて故郷跡地に向かってみるのも、でしょうか。灯台下暗し、なんて言葉もあるのですから」

 

 過去を想起したからか、幼い日に村の僧侶から教わった言葉を呟いて。

 青年は、暗がりの奥へとその姿を溶け込ませた。

 

 

──*──

 

 

 そうして向かった先、裏路地の奥の奥にあった犯罪者組織にて、紹介状を偽装したりパフォーマンスとして三割程度の実力を見せたりし、流れの用心棒として自身を売り込んだルキフ。

 ちょうどいいから早速と麻薬の密輸送に同行した彼は、今。

 

 縄と布で簀巻きにされていた。

 

 縄と、布で、簀巻きにされていた。ちょうどミノムシのように。

 ……まあ、この世界にミノムシは存在せず、さらに言えば似たような姿になる生命体も存在しないのだが。創世神はあの見た目が気に喰わなかったらしい。

 

 閑話休題。

 

 

 さて、まずは何があったのかを整理しよう。

 といっても話は単純なものである。彼が自身を護衛として売り込んだ組織、それと敵対関係にある別組織が襲撃を仕掛けてきた。ただそれだけだ。

 

 もちろん、その程度の襲撃など彼一人でも対応できる。やろうと思えば殲滅までできるだろう。ではなぜそれをしなかったのか、だが。

 

(……奴隷にするつもりならば、わざわざどこぞかへ運んでくれるという事。いやはや、実にありがたい。日頃の行いを神が見ていてくださったようだ)

 

 この思考が全てであった。

 そも、彼の目的は勇者に言われた『世界を見て回る』というのを実践する事であり、護衛に自らを売り込んだのも犯罪者に紛れて移動するためである。

 とどのつまりは、追いかけてくるだろうと彼の予測しているセィトゥン・フォルビーデンの目を少しでも撹乱するため以上の理由はないのだ。

 

 

 となれば、この状態は彼にとって僥倖以外の表現ができない。実に珍しく神へ感謝の念を抱くぐらいには、彼は現状を喜ばしく思っていた。

 聖教会を追放されて久しい彼が祈りを捧げるとなれば、それは邪神崇拝などになってしまう気もするが。まあ、それは余談だろう。

 

 世に伝わる神も邪神も含めて、彼に上位存在への信心などというモノは欠片も無いのだから。

 

 

 

 そんなこんなで馬車に揺られる事、かなりの時間。

 捕らえられた者たちを4人単位で積み込んだ馬車は各地へ別れ、意識を奪われたままの他3人以外の仲間──当然の如く彼はそう認識していないが──がいなくなったルキフは、スルヂェレという都市の地下に作られた薄暗い建造物に運び込まれていた。

 

「ほれ、注文の品だ。ったく、野郎の奴隷だなんて面倒な注文入れやがって」

「少しばかり労働力が欲しくてね。それに、女はもう間に合ってるんだ」

「けっ、騎士団長殿は良いご身分なようで。料金はいつも通り、隷属契約はそっちの担当。問題無いな?」

「この都市の、だがねぇ。ああ、それで問題ない。いつも感謝するよ」

「あーはいはい。商品どもだが、全員裏の連中だ。どう使うかは()い主の自由だが、あんまり表に出すんじゃねえぞ。そっちに報復が行っても俺らは何もしねーからな」

「んふふ。騎士団に喧嘩を売るバカがいるのなら見てみたいぐらいだよ」

「一応だよ、一応」

 

(……愚物か)

 

 折角いい気分だったのが台無しだと、聞えてくる会話に溜息を吐きたくなるのを堪えながら、しかし彼が行動に移るのは素早かった。

 

「《Air() - edge() - plural(複数展開)》」

 

 三節で構築した風魔法を発動させ、自身と他3人を縛っていた縄を断ち切ると、続けて魔法が編まれる。

 

「《Awake(覚醒)》 - chain - 《Careless(不注意化)》」

 

 空属性の魔法。最も自由度が高く、そしてそれ故に扱える魔法使いが極一部に限られる魔法である。

 今回発動したのは、その内の精神に作用する二つ──『意識を目覚めさせる』魔法と『一時的に注意力を低くする』魔法の二つだ。対象は、当然ながら奴隷として運び込まれた他3人。

 

 さて、その結果何が起こるのか。

 

「……ぅ」

 

 まずは奪われていた意識が戻る。

 器用貧乏を超えて器用万能に至りつつあるルキフによる魔法なのだ、不発などあり得ない。

 

 そしてそれは、続けて発動された魔法にも同様の事が成り立つわけで。

 

「お前は……俺たちを襲った!」

「殺す!!」

「《Fire(炎よ)》ッ! 死ねぇッ!!」

「なっ、どういうことだ!? おい、縛ってなか──」

 

 注意力が下がるという事は、言い換えれば直感的な、あるいは直情的な行動を取りやすくなるという事。

 すなわち、『自分たちを襲撃してきた敵への復讐』であったり『自分たちを買おうとしているらしい相手への攻撃』を行うハードルが大きく下がるという事だ。

 

 一般人であればここまでの効果は発揮しないだろうが、今回は破落戸よりは多少マシな程度の裏社会の住人が対象である。

 考え無しな行動を取るのも頷けよう。

 

「では、私はここで。ま、聞こえてはいないでしょうがね」

 

 背後から響き始めた戦闘音へ僅かに口角を上げながら、黒ずくめの背中は暗がりへと消えるのだった。

 

 

──*──

 

 

「~♪ ~~♪」

 

 時刻は草木も眠る丑三つ時。

 酒場を中心とした夜の喧騒も和らぎ、シンとした夜本来の色が強まる頃。

 

 スルヂェレの都市内に複数ある尖塔の一つ、その頂上にある展望階から、微かな鼻歌が響いていた。

 

「さて。はて。……ここから、どう動いてゆくか」

 

 その静かさと重厚さを含んだ音には、しかし隠し切れない喜悦の色が滲んでいる。だというのにそこから安心感を得る事ができないのは、きっとその喜悦が『愉悦』に分類されるモノだからなのだろう。

 

(あのような愚物に興味はないが……しかし、こうしてついでのおまけとして得られたのだ。有効に活用せねば失礼というもの)

 

 人の目が無い事でその歪んだ本性を隠しもせずに、ルキフ、あるいは無貌の厄とも呼ばれる青年は独りごちる。

 

「たしか……こういうのを、棚から牡丹餅と言うのだったか」

 

 鼻から漏れるように、吐息だけの笑いが零れる。

 またもや、在りし日の故郷にて僧侶の先生から学んだ言葉を思い出し、昨日から随分と感傷臭いものだと自分でおかしくなったのだ。

 

(とはいえ、まあ。ここからの方針をどうするかだが)

 

 逃亡という必要な行動のついででスルヂェレに勤める騎士団と犯罪者組織との間に確執を作れたのはいいが、と。青年は思う。

 

(どうせならその行く末を心行くまで眺めていたい、とは思う)

 

 下手をすれば(上手くいけば)、犯罪者組織とスルヂェレの騎士団との闘争、戦争が勃発する。その可能性を想像し、悩まし気に顔を歪めるルキフ。

 自分の都合で不幸をバラ撒いたのだから、せめて愉しまねば不義理だろう。だがしかし、自由の身空となった途端に事件を起こしてしまえばセィトゥンの視線を寄せる事になるのもまた目に見えている。

 

 趣味と礼儀を取るか、合理と安全を取るか。

 変なところで律儀であるが故に、彼は悩み。

 

 

 そこで──天命を見た。

 

 

「あれは……」

 

 呟く視線の先には、スラム街の一角。気に入る者がいる可能性など皆無に等しい、腐って堕ち切ったゴミの掃きだめだ。

 だというのに目が離せないとばかりに彼が見るのは、黒髪の少年と白髪の少女。

 

 夜闇に目立つ小さな白色が目につき、拡大視の魔法まで用いて見つけたその二人は、普通の少年と少女であるように映る。

 少なくとも、彼が特に好む“英雄”然とした人物からはかけ離れているだろう。これまでのルキフであれば、すぐにどうでもいいと切って捨てている……そんな相手だ。

 

 しかし、そこまでを理解してなおどうしてか目を離せない青年は──不意に相好を緩めた。

 

(……新たな事に挑戦する。それもまた、か)

 

 成長しようと言うのだ、これまでの感覚に拘泥するのは論外だろう。

 そんな思考が、その脳裡に過ぎって。

 

 ニヤリと。

 あるいは、ニタリと。

 

 その口元が大きく歪む。

 

 パッと見ではまるで食指がそそられないが、しばらく観察してみようか、と。影に紛れる黒ずくめの青年は笑う。

 今後の世界、その趨勢すら揺らがせる第一幕は、かくして始まったのだった。

 

 

 

 

 




Tips.天命と運命は別物である
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