ガチ愉悦部を追放した   作:RH−

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破局

 

 

──< scene : two days before >──

 

 

 都合4日間。それが、ルキフが少年と少女を観察し続けた時間であった。

 そうして分かった事はいくつか。

 

 まず、少年の方は間違いなく普通である事。普通で、平凡で、凡庸……まさしくそう評するべき、彼からすると欠伸が出るほどに退屈な人間であった。

 が、それは少年に関しての評価。もう一人、すなわち少女の方は異常であるという事が、次に分かった事であった。

 

 そう、異常。異常で、非凡で、何よりも異様。それが、ルキフが件の白髪の少女へと下した評価。

 国内どころかこのテアートルムという大陸(世界)全土を見ても破綻者の最たる例に挙げられるであろう彼が、そう判断したのである。それがどれだけの意味を有するのかは、考えるまでもないだろう。

 が、その評価は正鵠を射てもいる。

 

 これは彼のあずかり知らぬ領域の話ではあるが──そも、少女はその特殊な生い立ち故に、こと魔法を扱うという点において尋常ならざる適性を有している。

 あるいは、それは“適性”などという生易しい次元を超えてさえいる可能性すらある。彼女の有する素質とは、すなわち誰よりも完全に魔法を支配する力であるのだ。それはあるいは現代最強の魔法使いとも言われるセィトゥン・フォルビーデンを超え、彼女の生みの親であるvenefica(魔法使い)さえも超えて、である。

 

 少なくとも、このようなスラム街にいていい存在ではないと断言できるだろう。

 

(精神性は普通。鉄火場への慣れも見えない。戦闘になったとして負ける予感は欠片もないが……魔法の腕だけを比べれば、か)

 

 とはいえ、尋常ならざる領域に至っているのはルキフもまた同様。

 むしろ、勇者に僅かに及ばないまでも彼と至近距離で打ち合えるだけの戦士としての腕、セィトゥンに劣りはしても一廉と評せるだけの魔法使いとしての腕、そして時間はかかるものの致命傷でさえ治癒する事のできる僧侶としての腕──その全てを併せ持つ彼の方が、総合的には化け物じみていると言えるだろう。

 

 どこぞのコミュニケーションが下手くそな金色が陰で“インフレの極致かよ、ナーフはよナーフ”と言うぐらいには、黒ずくめの青年は異常なまでに極まった能力を有しているのだ。

 もっとも、当然ながらどこぞの金色にゲームの経験など無いし、聞きかじった──あるいは視ただけの──知識でそう言っているのだが。

 明言するまでもない事だが、観測者世界と違って科学技術のかの字もないこの世界に、ゲームなどという代物は概念すら存在していないのだから。

 

 

 閑話休題(話し過ぎた)

 

 

 また、ルキフは少女について他にもいくつかの事象を把握していた。

 例えば、どういうわけか少女からはゴーレムなどに似た気配を感じる事。*1必ず歴史に名を残すとも謳われる、珍しい紅の瞳をしている事。*2

 

 

 そして──少年も少女も、互いに互いへと相当に複雑な感情を向け合っている事。

 

 

(なかなかどうして、これは)

 

 スラム街とはいえ、男女が同じ屋根の下で過ごしているのだ。憎からず思い合っているのは間違いない。が、ルキフが観察を通して抱いたのは、両者の向け合っている感情はそれだけではないという確信。

 人心掌握を得意としている事からも分かるように、彼は他人の心の機微に非常に敏感であった。だからこそ、二人の間にあるのが綺麗なだけの感情ではないと理解したのだ。

 

 例えばそれは殺意に近しい感情であり、あるいは自死に至りかねない感情であったり。

 少年が少女の首元へと背後から手を伸ばした瞬間も、少女が自身へと魔法を打ち込もうと構えた瞬間も、どちらもをルキフは確認している。

 

 その他にも、色々だ。

 憧憬、絶望、拒絶、依存……いくつもの感情が、そこには渦巻いていた。いっそ、どうして共に過ごせているのか疑問に思ってくるほどに。

 

 気付けば観察に随分と熱中している事に気付いた黒ずくめの青年は、そこで結論を下したのだ。

 最後の判断のために。少年と少女はどのような存在であるのか、その解を出すために──

 

 

 ──直接接触するべきである、と。

 

 

 

 そうして時は流れ、空が橙に染まる夕暮れ時。

 

「……ふむ、これは僥倖と言う他ないが。さすがに都合が良すぎるようで、気味が悪くなってくるな」

 

 よもやよもやとでも言うべきか、と定位置になりつつある尖塔でルキフは独り言ちる。

 

 そんな彼の視線の先では、件の少年と少女が駆けていた。その背後には、憤怒に顔を染めた男の姿が。

 事の顛末は簡単である。盗みに入ったパン屋にてしくじり、店主に追い立てられた。それだけの言葉で済んでしまう。

 

 とはいえ、ルキフからすれば“それだけ”ではまるで済まない。

 追われている最中、などという恩を売りつつ関係を築ける展開。加えて、今回は珍しく普段は住処から出てこない少女の方もいるのだ。

 それこそ、おあつらえ向きと表現するべき状態である。

 

「まあ、まあ、まあ。いいでしょう。いいだろうとも」

 

 結局のところ、この好機を逃す手は無い。そう結論付けると、青年は尖塔から飛び立った。

 100mにやや届かないほどとはいえ、人が死ぬには十分に過ぎる高度。キャソックの裾と赤みを帯びた黒髪が風に大きくはためき──

 

「《Light() - Deceive(隠形)》 - chain - 《Enhance(強化) - Physical(肉体)》」

 

 光魔法によってその姿が掻き消され、同時、強化を施された身体が衝撃を散らしつつ着地。異なる世界においてパルクールロールとも呼ばれる、回転による衝撃の受け流しによって初速が供給される。

 都市の外郭付近、人気の無い辺りから駆け出すルキフが向かう先は──当然ながら少年と少女の方向。路地の壁を蹴って家屋の屋根へ上り、青年は最短経路を突き進む。

 

 そうして。

 

「《Terminate(終了)》」

 

 屋根からの着地と同時に、発動していた魔法が終了させられる。

 再度露わになった姿は、僅かに衣服に皺が入っている程度で、息切れもまるでしていない。少なくとも、つい十数秒前まで外郭付近にいたとは読み取れないだろう。

 

(さて。タイミングも上々、と)

 

 身体強化も解けた事で通常の歩行スピードに戻りつつ角を曲がれば、その視線の先に映るは、駆ける二つの小さな影と、その奥から追い立てる一つ分の影。

 完全なまでに彼の描いた光景と一致している。

 

「これは……何事で?」

 

 僅かに上がりそうになる口角を抑えつつ、ルキフは惚けてみせる。あくまでも、この場面において彼は『偶然立ち合っただけの第三者』であるからだ。

 

「っ、丁度いい! アンタ、そこのガキどもを捕まえてくれ! 俺の店で盗みを働いたんだ!」

「──っ、なるほど」

 

 驚いたような表情を作り、納得の言葉を吐き出す。が、忘れてはならないのは彼の目的。

 すなわち、少年と少女との関係を構築する事である。

 

 となれば、この後に起こる事もまた決まっている。

 

「ありがとう、助かったよ。……? おい、さっさとそのガキを渡してくれ」

 

 少年へ足払いをしかけ、体勢が崩れたところを首根っこを掴むようにして捕獲。それに怯んだ少女も同様にして捕らえ、しかしそのまま動かなくなったルキフへと、追いついた店主が怪訝な目を向ける。

 が、それでも動かない。

 

「……なあ、聞えてないのか? さっさとソレを引き渡してくれって言ってるんだ」

 

 僅かに、店主の声が険を帯びる。

 とはいえ、盗みに入られた事で元々気が立っていた状態でのこれなのだから、そうおかしな反応でもない。

 

 と、そこでようやく黒ずくめの青年が動きを見せる。

 

「これで足りますか?」

「──は?」

 

 結局少年と少女は引き渡さず、代わりに差し出されたのは金貨が一枚。

 脈絡のない突然の行動に、店主が呆けたまま固まる。

 

 それに何を思ったのか──当然ながら“そういう風”の演技なのだが──金貨の枚数が二枚分増やされる。

 合計三枚。十分どころかお釣りが出るような額である。

 

「ふむ。では、これでどうですか」

「いやいやいや、何言ってんだアンタ」

 

 つい先ほどまでの怒りも忘れ、心底困惑した様子で言葉が絞り出される。

 そも、男のパン屋はそんな額の商品を提供していない。というより、パン作りの鬼門とも言える窯の燃料が魔法で解決できるのがこの世界なのだ。金貨が三枚も必要となるのはよっぽどの高級店のみだろう。

 

「ですから、この子たちが盗んだ商品の金額はこれで足りるのかと聞いているのです」

 

 ルキフがパンの相場を知らない、というわけではない。当然ながら理解しているし、なんならこの男の店の値段まで把握している。

 その上で、この金額を提示しているのだ。

 

 が、そんな事情を店主は知らない。

 

「……その金、安全な金なのか? というか後で返せとか言うんじゃねえだろうな」

「まさか。そんな無様を晒したりしませんよ」

「…………気味の悪い奴だ」

 

 いよいよ奇妙なモノを見る目を向けるようになりながらも、金を受け取ると、男は足早に立ち去って行く。

 最低限“次はタダじゃ済まさねえからな”と釘を刺しこそしていたが、その態度からはこれ以上こんな奴らと関わり合いになりたくないという思考が溢れ出ていた。

 

 

「えと、その……ありがとう、ございます」

「いえいえ。どうも、昔から困っている人がいると放っておけないんです。ただの自己満足ですよ」

 

 さて、残された三人だが。

 奇妙に過ぎるが助けてもらった相手という事で頭を下げる少年と、警戒心をこれでもかと前面に押し出す少女。それに、にこやかに受け答えをする青年。三者三様の有様であった。

 特に、ルキフの発言を受けて『本当か?』とさらに警戒を強める少女と、ルキフの服装を見て『なるほど』と納得の表情を作る少年は実に対照的。

 

(やはり少女の方は警戒してくるか。魔力を感じ取ったか、あるいは直感によるものか。少年の方も完全に警戒を緩めたわけではないようだし……面白い)

 

 とはいえ、その程度で青年のペースが乱れるわけもなく。

 場の流れは、完全に彼に主導権を握られつつあった。

 

「おっと、自己紹介を忘れていましたね。私はルキフと言います。一応、僧侶の真似事をさせていただいていますね」

 

 謙遜ではなく、本当の意味での『僧侶の真似事』である。嘘を言っているわけではないのがなんとも嫌らしい。

 まあ、それで言えば、その前の『困っている人がいると放っておけない』という発言もそうなのだが。どこぞの金色が聞けば顔をバッキバキに引きつらせるだろう。

 

 幸か不幸か、少年たちがそれを知る由はないのだが。

 

 

 閑話休題(間違いなく不幸だろう)

 

 

「僕はノモクって言います。それで、彼女が──」

「……」

「えと、ノルンって言います。ごめんなさい、普段はこんなじゃないんですけど……ちょっとノルン、どうしたの?」

「この人、何か嫌な気配がする」

「ちょっ、分からなくはないけど! 助けてもらったんだからさすがに失礼だよ!?」

「……ノモクも十分失礼な気、するけど」

「あっ──あ、あはは」

「…………」

 

 訂正。場の空気はそこまで一方的に固まってはいなさそうだ。

 少なくとも、珍しくルキフが素で頬を引きつらせる程度には。

 

「ん、んんっ。一応、家にまで送った方が良いかと思ってましたが……その様子ですと、お節介ですかね」

「……それは、その」

 

 ここが正念場だと、話を戻しつつ演技に力を入れるルキフ。

 流れ的に怪しくなっているが、ここで更なる関係性を築けなければこの接触は無為に帰してしまう。この二人が何であるのか、そしてどうしてこうも目が離せなくなっているのか。それを見定めるまで、諦める事はできない。

 

「いえいえ。変に気をつかわないでください。恩を売りたくて助けたわけではありませんから」

「あー、いや……その……」

 

 口ではそう言いながらも、表情や身振りを調整する事で残念に感じているよう見えるようにする。最大限に相手が申し訳なく感じるように。

 この辺りの演技に関しては、文字通りに年季が違う。ある意味、他人の姿がある場面では常に演じているとも言えるのが彼なのだ。当然だろう。

 

 ……まあ、それは演技無しには常人に紛れて暮らせられないという事の裏返しなのだが。

 それでも、その果てに一時は聖教会にさえ所属していた事を思えば、彼の演技力についても窺い知る事ができるだろう。

 

 そして、そんな彼の演技に子どもの域を出ない少年が耐えられるかと言えば──それは否であり。

 

「お願い、します……」

「ちょっ、ノモク!?」

「……しょうがないよ、さすがにこれは失礼すぎる」

「それは……そう、だけど」

 

 かくして、少年と少女──ノモクとノルンは、黒ずくめの青年と縁を結ぶ事となったのだった。

 

 

──< scene : one day before >──

 

 

 さて、そんな一幕があっての翌朝。

 ルキフは再度ノモク達の住処を訪れていた。表向きにはあれからどうだったのかの確認と食料をいくつか差し入れるために。

 

 本命は──当初の目的である見極めを果たすために。

 想定よりも警戒心が強かったため、昨夜は関係値を築く事に専念したのだ。

 

 故に、同席した朝食の場にて彼は踏み込む。

 

「それで……聞いていいのかは怪しいですが。君たちは、どういった関係なんですか?」

「えっと、どういう、ですか……難しいですね」

 

 そう言って少年が訥々と語るところによれば、ノルンはノモクが拾った形であり、元々は彼一人でスラムに住んでいたらしい。

 ではノモクはいつからスラム生活なのかと言えば、ノルンを拾う一年前からなのだと言う。中々に長い期間である。

 

「大変だったでしょう、幼い身でスラム生活は」

「まあ、そう……ですね」

「生きる事は素晴らしい、などと綺麗事を吐いたりはしませんが。少なくとも、誇ってもいい事だと思いますよ。三年もの間をこの場所で生きてきているのですから」

 

 “生きる事を誇る”という、スラム街の住人にとって地雷以外の何物でもない言葉をあえて放ち、反応を窺う青年。

 反応は、彼の望んだ通りに劇的であった。

 

「別に、生きたいだなんて思ってませんよ」

 

 少年の声は、熱が消え去ったみたく。

 朝の温かな空気を凍らせるように、冷たく響いた。

 

「ノモク君、それは……」

「ああ、いや、ごめんなさい。変なこと口走っちゃって」

 

 頭をかいてそう返す少年は、普段通りのようにも映る。が、その瞳が常よりも濁っている時点で取り繕いなどできていない。

 少なくとも、ルキフを相手には。

 

 そして、それ故に。

 その、濁り切った瞳を見たが故に。虚無感と羨望が渦を巻く、どこかで見た覚えのある瞳を直視したが故に。青年は、問いを投げかけた。

 

「ならば君は。何の為に──何を願って、生きている」

「ルキフさん?」

「答えたまえ。答えてもらわねばならない。少年。ノモク。君は、何が為に生きている」

「……別に、何かのために生きてたりしないですよ。まだ死んでいないから生きている、それだけです。まあ、強いて言うなら……死ぬことは許されないから、ですかね」

 

 その、答えは。

 ルキフという青年にとって、悲劇に輝く感情に魅せられている人間にとって、実に覚えがあるもので。

 

「《Memory(記憶操作) - Reading(読み取り)》」

 

 気付けば彼は、少年の記憶を読んでいた。

 否、少年だけでない。警戒していた少女の頭部にも手を当て、その記憶を読み取っていた。

 

 どうしてか、そうしなければならないと感じたから。

 そうして、記憶を覗き見て──青年は、瞠目した。

 

 

 そこには、悲劇があった。

 悲劇が溢れていた。

 

 少年は、空洞だった。何も持たずに生まれ、何も持てずに生きていた。

 少女は、空白だった。色を持たずに生まれ、逃げ出した先で色を知った。

 

 少年は、希望を抱いた。きっと世界は変わるのだと、きっと自分にもソレは得られるのだと。──幻想であった。少年は、僅かにあった全てでさえ失った。最悪の状態で、最低の形で。

 少女は、安寧を期待した。逃げ出した先で初めての温かさに出会った事で、もしかしたらと。──錯覚であった。少女は、現実を知った。どうしようもないのだと。

 

 少年の生涯は、憧憬で満ちていた。持たず、見上げる事しかできないが故に。届かない事を理解しているが故に。

 少女の生涯は、絶望で満ちていた。ヒトとして生まれず、人間(ひと)として生きられないが故に。生まれから逃げ出せどもなお、事実は変わらないと理解したが故に。

 

 少年は、人間だった。

 少女は、人間ではなかった。

 

 出会いたくなんてなかったと、少年は叫んでいた。

 鮮やかさを知りたくなんてなかったと、少女は嘆いていた。

 

 見上げるそれを自分も欲しかったと、少年は嘆いていた。

 絶望しかないのなら希望になんて会いたくなかったと、少女は叫んでいた。

 

 どこか似ているようで、異なっているようで──どこまでも複雑に絡み合っている。それが、少年と少女であった。

 

 

 ルキフという青年のその生涯を追想しても一二を争うような、どこまでも重く、暗く、思わず涙し(嗤い)そうになる悲劇。それが、少年と少女──ノモクとノルン・マルンの過去であった。

 

 

 しかし、彼の衝撃はまだ終わらない。

 

 指の隙間から覗く、少女の瞳。憎悪と絶望が幾重にも折り重なった、強く彼を睨み付ける瞳。

 その、淀み切った、だというのに鮮やかな紅い瞳と目が合ったのだ。

 

 そうして、時間にして9秒ほど。

 不意に、ルキフに違和感が襲う。

 

(足りない。この色は、まだ足りない。輝きが。激情が。そう、あの色にはまるで足りていない)

 

 気付けば、後は早かった。

 自己を異端者で破綻者であると認識して、その上で自身を突き通す事を選ぶような人間なのだ。ブレーキなどあるわけもなく、その衝動を前に他人(勇者)の刺した釘など無力にも過ぎる。

 

 

 かくして、青年は行動を起こした。

 過去一度しか行わなかった“試練”、魔物侵攻(スタンピード)という超級の災害。それをもって両者へと贈る新たな悲劇としようと。その輝きを更に灯そうと。

 

(既に一度行った事。準備にそう時間は必要ない。強大な魔物を引っ張って来つつ、辺り一帯の魔物を適度に痛め付けてやればいい。後は勝手に波は大きくなる)

 

 

「──さあ、数ヶ月ぶりの“無貌の厄”の試練だ。最上級のものを用意しようではないか。……故に、どうか」

 

 

 眼を奪われる程の輝きを、どうか。

 

 

──< scene : at the time >──

 

 

 そうして、今。

 ルキフの思惑通りに魔物侵攻は発生し、しかし彼の想定外の理由によりノルンが少年から離れて別行動を取るというイレギュラーが発生し、そして勇者が乱入してくるというイレギュラーまで重なり、今。

 

 描いた絵とは違うものの少女へと悲劇を贈る事ができた、ルキフは。

 固まって、動けなくなっていた。

 

「ノモク──ノモクっ!」

「あは、は……ごめんね、ノルン」

 

 歓喜している。美しいと、素晴らしいと。涙する少女の感情を、激情に揺れるその瞳を。

 そう思ってはいる。

 

 が、それ以上に。

 彼は、恐怖していた。

 

「なんで……どうして、私なんかを。だって、ノモクの村を滅ぼしたのは──」

「……っ、気付いて、たんだ」

 

 そう、恐怖。

 それも、命を危ぶむような。僅かにでも身を動かせばその瞬間に殺されてしまうのでは、と想像するような。

 

 そんな恐怖を、ルキフは抱いていた。

 

「ふふっ……いいんだ、ノルン。僕は、もう……君を恨んで、いないから。きっと、ずっと前に……君を、許していたんだ」

「……なんで。なんで、そこまでしてくれるの?」

 

 否、それはルキフだけではない。

 勇者も、チィファンも──魔物でさえも。その場にいる全てが、その動きを止めていた。

 

 それはあるいは、“畏れ”と字を当てられるべき感情なのかもしれない。たった今目覚めようとしているソレに対する、抗いようのない畏れ。

 

「だって──」

 

 ああ、けれども。やはり。

 畏れている時点で、どうしようもなかったのだろう。それは、すなわち()()よりも場の全てが劣っているという事の証左に他ならないのだから。

 

 いよいよ、ソレが目覚める。

 3年前のある日、運命を編み込まれた際の防衛反応として表出したソレが。一つの村を容易く滅ぼしたソレが。とある魔法使いのクローンとして創り上げられた少女の内に眠る、オリジナルの因子が。

 

 すなわち。魔法を統べる、はじまりの魔法使いの力が。

 

 

「──好きに、なっちゃたんだから。しょうがないんだよ」

 

 

 そう言って、少年は瞼をおろした。その身体から熱が薄れ、魂が抜け始める。

 

「ノモク……? ねえ、ノモク? いやだよ、ねえ。ひとりに、しないでよ……ねえ」

 

 掠れた声が響いて、けれども。それだけ。何も起こらない。

 何の変化も、現れない。

 

 否。変化は、あった。

 

 紅が、弾けた。

 少年の身体を、骸を抱える──少女の全身から。跳ねて、爆ぜて、弾ける。

 

「ああ──もう、いい。ぜんぶ、しんじゃえ」

 

 魔物侵攻に単騎で並び得る怪物が、降臨した。

 

 

 

 

 

*1
魔法で魂を持つ生物を創る事はできない

*2
紅や金の瞳の持ち主は滅多に現れない




次話、次々話は少女と少年のお話を挟みます。この二人について、ほとんどの全ては明かされるでしょう。
Tips.この世界に元々あった言語は既に失われている
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