生まれ堕ちた時には知らなかった──後になって識ったこと。
私が生み出されたのは、研究所だった。白い肌に白い髪、白い瞳。同じ姿、同じ
“私”たちは、消耗品だった。
何をしていたのか、詳しいところは知らない。けれども、マザーに呼び出された“私”が手や足を失って部屋に戻ってきたことが何度もあった。……時には、戻って来なかったことも。
“私”と違って、私だけはそれが恐ろしく思えた。思えてしまった。きっと、壊れていたんだ。
私にだけは、感情のようなものがあったのだから。
例えば恐怖。
私を、そして“私”たちを作ったマザーへの恐怖。詳細が分からないまま、ただ碌でもないモノだという事だけが理解できる実験への恐怖。刻々と迫る私が呼び出される順番への恐怖。そして、それら一切に何も感じていない“私”たちへの恐怖。
例えば戸惑い。
私にだけ感情のようなものが宿っている事への戸惑い。私だけ瞳が紅かったりと明らかに周りと違うのに、いつまでも私を放置しているマザーへの戸惑い。
そして──どうしてか意識を得た瞬間からあった数々の知識と、現実に私が見ている世界。その差異に対する戸惑い。
他にもたくさんある。例えば怒り。例えば疎外感。例えば悲しみ。例えば不信感。例えば焦り。
例えば、例えば、例えば。
おおよそ負の感情と呼ばれるようなソレが、ずっと私の中にはあった。
だから私は、逃げ出したのだ。
実験が失敗したのか、研究所全体に響くような爆発音があった日。ちょうど私の一つ前、デケムと呼ばれていた“私”が使われた日。
はじめて白と紅以外の色──非常灯の酷く不安定な赤色──を見たその日に、私はその混乱に乗じるようにして研究所を逃げ出した。
火属性の魔法で扉を壊して、風属性の魔法で出口までの空気の流れを読み取って、光と闇属性の魔法を重ねがけして姿を隠して。
知識にだけあったはずの魔法は、けれども何年も使い込んだかのように肌に馴染んでいた。それがまた気持ち悪かったけれど、とにかく私は逃げ出して。
あの日の事は、よく覚えている。
高揚感と焦燥感。綯い交ぜになった二つで、心臓が痛いほどにバクバクと音を立てていた。切れる息と、熱を持つ肺。部屋の外、管理のされていない空気の生温さ。裸足の足が床に擦れる痛みと、初めて走る事で軋む身体の感覚。
そして何よりも、逃げられなければ確実に私は終わるだろうという恐怖と、目指す外への渇望にも似た希望。
それまでの一生分、白一色だった12年間の全てを優に超えるような、そんな極彩色の感覚に振り回されながら。
「いってらっしゃい。間違っても返ってくるんじゃないわよ」
──私は、研究所を逃げ出したのだった。
研究所の周りに張られていたらしい結界を超えて、曖昧になっていた意識がはっきりとして。見上げた空は、満天の星空だった。
黒とは違う深い群青に、キラキラと光る粒のような星々。初めて見る外の景色の綺麗さに目を奪われて、逃げ出してよかったという実感が追い付いてきたのだ。
知識として知っていても、実際に見るのではここまで違うのだな……なんて、妙な事を思ったりもしたんだったか。
それからも、たくさんの事を識った。
世界は広いこと。空は高いこと。色は鮮やかなこと。
──生きることは、難しいということ。
私は魔法が使えたけれど、身体はただの12歳の子どもだった。それも、それまでの一生を研究所の中だけで生きてきたような。
体力は無く、身体は脆く、注意力は薄く、何より実感が致命的なまでに欠けていた。
そんな私が食料にありつけず野垂れ死にそうになるのも、当然の話だったのだろう。
人に会うのは怖かった。どこまでにマザーの手が及んでいるのか分からなかったし、知識の中には良くない人に関する情報がこれでもかとあったから。
そうして人目を避けて、山の中を隠れるように進んで……私は、飢えと渇きで意識を失った。
ああ、これは今だからこその結果論なのだろうけれど。きっと私はあの時に死んでおくべきだったのだと、私は思う。思っている。
飢えと渇きの苦しみは焼き付いている。でも、それでもあのまま死んでいられたらマシだったのだ。
いつまで経っても薄れない“その後”の記憶を思って、私はそう断言する。
私は、今でも私を呪っている。
身体を揺らされるような感覚で、私は目が覚めた。
視界に映ったのは、誰かの首元と山道らしき光景。意識を失う直前に見たものより、頭上の木の葉は薄くなっていた。私を背負ったあの人が歩くのに合わせて、景色が上下して映ったのを覚えている。
本当に、よく覚えている。
揺れる木陰の隙間から差し込む陽の光。驚くほど明るくなったように見えた世界。初めて触れる自分以外の人の温かさ。
息をするのが楽になった気がして、身体が軽くなった気がして、温かさに溶けそうになった気がして──そうして、視界が滲んだんだ。
ああ、よく覚えている。忘れられない。
初めての記憶だ。初めて彼に……ノモクに出会った記憶だ。忘れられなんかしない。
彼にとっては、何でもない行動だったのかもしれない。森で倒れていた人を助ける、それだけの考えだったのかもしれない。
でも、間違いなく私は救われたんだ。あの瞬間に。あの温かさに。救われてしまったんだ。
だから、忘れられない。
救われたから。救われてしまったから、壊してしまった。
救われるべきじゃなかった。せめてあの時に逃げ出すべきだった。マザーの関係者かもしれない、そうじゃなくても森を下りたらマザーに見つかるかもしれないって……逃げ出すべきだって、そう理性は叫んでいたんだから。
だから。温かさに甘えてしまわずに、その柔らかさを振り払って、逃げ出しておくべきだったんだ。
そうしておけば、きっと。
──だって、私を救けてくれたノモクの村は。
私が、滅ぼしてしまったんだから。
それからの事を話そう。
私を背負った彼は、そのまま山を下りて麓の村にまで向かい、中心にあった村長の家に私を預けた。その時の会話で初めて彼の名前を知ったり、彼が離れていく事に寂しさを感じて自分でも驚いてしまったり──色々あったけど、ともかく。
私は意識を取り戻していないふりをしたまま、村長の家に横たえられた。
それが、次の過ち。
「お嬢さんや。起きているのでしょう?」
初めに村長は、そう私に声をかけた。
彼は、普通の人ではなかったのだ。
「ふむ。まあ、いいでしょう。正道から外れたおざなりさもまた、儂の人生の終わりには相応しいでしょうし。では、これより儂は独り言を言わさせていただきます」
……たぶん、だからこそあの村にいたんだと思うけど。
きっと、ノモクが私を村に運ぶ事まで含めて全て予定通りだったんだろう。
「まあ、といってもそう長く話す事もありませぬ。儂の要件はただ一つ、謝罪をさせていただくだけですから」
とはいえ、もはや確かめる術などどこにも無い。
確かめたいとも、思っていないのだし。
「これから儂は、君に消えようのない傷を作ります。故、これから起こる事柄は全て儂の責任。なんの気休めにもならないでしょうが、せめて恨みだけは引き受けましょう」
結局、全ての原因は私にあるのだ。
「世界のため。希望のため。君が存在を繋ぐため。……そのような言い訳はしませぬ。人の命を、一生を左右するという場に、そのような文言は似つかわしくありませんから。契約も、予知も、何も関係なく、儂はただ儂の意思の下にこの決断を下したのですから」
私がノモクの温かさに甘えなければ、振り払って逃げ出せるだけの強さを持ってさえいれば、ああはならなかったのだ。
「故に、儂は悪人です。誰が何と言おうと、他ならぬ儂自身がそう宣言しましょう。儂は悪として、多くの者を道連れに命を捨て、そして幼き子どもに癒えぬ瑕を残す。ええ、紛う事なき悪逆でしょう。好きに恨みなさい」
私が研究所から逃げ出さなければ、生み出された意図のまま実験動物として死んでおけば、ああはならなかったのだ。
「幼子よ。
──私が生まれて来さえしなければ。ああは、ならなかったのだ。
「汝に祝福を。汝に呪縛を。貸し与えられし金色を以て、今、運命を編み込もう」
この村長の言葉もまた、忘れられない焼き付いた記憶の一つだ。
「──願わくば、その行く先に、そして世界の果てに光の満ちん事を」
ただ一つ。村長の言葉で意識を失う直前、最後の瞬間に聞こえた気がしたその声が真実だったのか。それだけは、定かではないけれど。
目を開けてまず映ったのは、真っ暗な世界だった。
村長の家どころか、村そのものの面影すら微かにしか残っていない。野晒しの、荒れ果てた光景。
見上げれば、月が皓皓と輝いている。星々は小さくも瞬いていた。
見下ろせば、月明かりに照らされて──焦げ落ちた人だったモノの黒色と、乾いて色褪せた鉄臭い赤色がよく見えた。
まるで、私みたいだと思った。
何があったのかは分からなくとも、
記憶は無いけれど、きっと私がこれをやったのだろう、と。
ああ、私は。
苦しかった。ただひたすらに。
傷一つない私が。壊して、殺して回ったであろう私が抱く権利なんてないのに。
とにかく、苦しかった。
心臓がささくれだった枝で突き刺されたみたいにズキズキ痛んで、それなのに頭の中は熱を帯びたようで、全身を抑えられない衝動が駆け巡って。
何もかもを、壊してしまいたくなって。
その被害者面した感情が何よりも気持ち悪くて、吐き気が込み上げてきた。
所詮私は人じゃなくて、化け物で、自分を愛することしかできないのだと。他人を想うことなどできないのだと突き付けられているようで、また吐き気が酷くなって。
「ああぁぁあああああッ! うぁああッッ!!」
堪え切れずに吐き出した叫び声が、耳朶を打つ感覚。
ぽっかり穴が空いたような身体が、喉を起点に震える感覚。
やけに鮮明に感じられるソレが、気持ち悪かった。
「どうして──なんでだって言うの!?」
意識を失っている間に村一つを滅ぼす化け物だと、お前はヒトではないのだと突き付けてくる現実が気持ち悪かった。
不都合ばかりが積み重なる世界が気持ち悪かった。
実感のない人を殺したという事実が気持ち悪かった。
「どうして……わたしは、うまれてきたの」
綺麗な夜空と、それに照らされる醜い光景。
それを私みたいだと、遠い綺麗なものを見上げるしかできない醜い自分みたいだと感じる心が。自分がやったくせにそんな事をのうのうと思う自分自身が気持ち悪かった。
化け物のくせに被害者面する自分自身が気持ち悪かった。
自分が研究所から逃げ出したくせに、ノモクの温かさに甘えたくせに──全ての選択は私が行ったものだというのに、その結果に対して世界へと責任転嫁をしている自分自身が気持ち悪かった。
そこまでを自覚しておいて、それでもなお世界を恨もうとしている自分自身が、気持ち悪かった。
憎かった。何もかもが。
気持ち悪い自分も、遠いモノばかりが綺麗に映る世界も、こんな地獄に私を生み堕としたマザーも、私の苦しみを知らずに生きている顔も知らない他人も。
何もかもが憎くて、憎くて、憎くて、だから私は化け物になろうと思ったんだ。
化け物になって、暴れて、壊して、壊れて、その果てで死のうと思った。殺されようと思ったんだ。
そう、思ったのに。
「酷い顔をしている……お嬢ちゃん、大丈夫かい? ご両親は?」
森の中で出会っただけの私を心配してくれる人がいた。
「暗い澱が積み重なった淀んだ眼。辛いことがあったのね。……いいえ、何も聞かないわ。これ、持っていきなさい」
生活に余裕があるわけでもなさそうだというのに、食べ物を分けてくれる人がいた。
「君、怪我をしているじゃないか!? 早く見せなさい!」
道端に倒れていた私に駆けよって、怪我の手当てをしてくれる人がいた。
「そんな不安そうな顔すんな。魔物がわんさかいるんだ、同じ人間同士で助け合ったっておかしくねえだろ?」
「辛い時は下を見たくなるものよ。だから、太陽や月じゃなくて、道端の花を見るの。顔を上げられなくても、綺麗なものはどこにだってあるものよ」
「今さっき偶然出会っただけの俺が何を言ったところで、感じるモノなんざ何も無いだろうよ。だからまあ、当たり前のことを言っといてやる。太陽ってのはいつか沈むもんだが、その後には必ず夜明けが待ってるものなんだよ。空元気だって元気の一つだ、現実なんぞ笑ってやれ、ガキ」
優しい人がいた。
善い人がいた。
綺麗な人が、たくさんいた。
私は、化け物にもなれなかった。
どこまで行っても中途半端。
姿形だけ人に似た、ヒトではないナニカ。
ヒトではないくせに、化け物にもなれないナニカ。
死にたいと思っているくせに、自分から死ぬ勇気も持てないナニカ。
中途半端だ。中途半端でしかない。
──じゃあ、私はどうすればよかったんだろう。
決まっている。生まれてこなければよかった。研究所で死んでいればよかった。温かさに憧れなんか抱かなければよかった。
死にたいのに、死ねない。
死にたくないのに、苦しい。
そんな日々を続けて、一年ほど繰り返して。その果てで、私はノモクに再会したのだ。
──綺麗なものは、嫌いだった。
月の色。
星の光。
鮮やかな景色。
高く、遠くへ続く空。
そして、眩しい人達。
「──ん、ぅん」
何度目かの気絶からの目覚め。
ようやく死ねるかもと抱いた希望を落胆に変えながら、私はいつものように瞼を上げて。そこで、一度だけ見たあの人の顔を見た。
心臓がはねるような感覚を、よく覚えている。
だって、私はノモクも殺してしまったと思っていたから。だから目の前の光景が信じられなくて、でも、彼の目が黒く濁っている事を。その手が私の頸に伸ばされている事を見て。
ああ、やっと死んでもいいのだと。そう、思った。
幻覚か亡霊かは分からないけれど、彼に殺してもらえるのだと。そう思って、嬉しくなって──
「……ぇ」
──だけど、ノモクは手を引いてしまった。
私の目が覚めた事に気が付いたから、じゃない。化け物に反撃される可能性に怯えたから、でもない。
だって、眼を見れば分かる。そこに浮かんでいる色は、これまでに何度も見てきた優しい人たちの、いい人たちの──綺麗な人達のソレと同じだったから。
黒い物が積み重なって、淀み切っていたのに。それでも、ノモクは私に情を持ってくれた。憎悪を抑えて、怒りを抑えて、正当な復讐を抑え込んで、私の手を握ってくれた。
ああ、私は。
結局死ねなかったこと。
触れる手が温かかったこと。
スラム街に落ちて、汚れ切ってもなお彼は綺麗だったこと。
また彼の優しさに甘えてしまっていること。
景色が鮮やかに見えたこと。
自分の救いようのなさを理解したこと。
何もかもが、苦しかった。
何もかもが、嬉しかった。
だけれど、それからもノモクは私を救けてくれた。護ってくれた。
自分の住処に私を住まわせてくれて、私の分の食料を調達してくれて。だけれど、彼は私に何かを求めたりしなかった。身体も、魔法も、何も求めなかった。ただそこに居てくれればいい、なんて怪しいにも程がある綺麗事を言うだけで。本当に、何も求めなかった。
彼が傷を増やしながら食べ物を盗ってくる度に、私は
ノモクが私のために動いてくれているという事実に心が揺れて、私のために傷を負っているという事実に体が震えた。
そんなどこまでも浅ましくて、醜くて、気持ちの悪い自分に気付くたびに心が震えて、それでもノモクに甘えて依存している自分を直視する度に全身がグラグラと揺れるようだった。
だけれど、私はノモクに何も言い出す事ができなかった。
どうして私を救けてくれるのか聞く事も、私を恨んでいないのか聞く事も。何もできなかった。
彼に否定されたらと考えると、一歩を踏み出す勇気を抱けなかったのだ。そんな資格、私にあるわけないのに。
それでも、彼に拒絶されてしまえば今度こそ私は化け物になってしまうと思ったから。綺麗な人をたくさん見て、ノモクにもう一度救われてしまって、それなのに化け物になるのはダメだと思ったのだ。
中途半端な自分が嫌いなくせに。化け物になってしまおうと思っていたのに。綺麗な人になんてなれるわけがないのに。簡単に考えを変える私は、卑怯者だ。本当に気持ち悪い。
でも、何事にも限界はある。
いよいよ耐え切れなくなったある日、私は今度こそ死んでしまおうと思った。刃物なんてなくても、私には魔法がある。だから、自分で自分に魔法を打って、それで死んでしまおうと思って。
なけなしの勇気を振り絞った自殺は──だけど、止められた。
ノモクだった。
彼がいないはずの、帰ってなど来ないはずの時間帯を狙ったのに。そこに、彼はいた。
「死のうとなんて、しないでくれ。どうか、お願いだから」
心臓を撃ち抜こうとした火属性の魔法から庇ったせいで、彼の左腕には穴が開いていて。それでも私を強く抱きしめて、ノモクはそう言ったのだ。
綺麗だと、純粋にそう思った。
彼にとって私は仇であって、それ以上の何かには成り得ないはずだ。だというのに、身を挺してまで私を生かそうとしてくれたのだ。
その時だけは余計な感情の一切を忘れて、綺麗だと思った。
けれども、そのすぐ後に自己嫌悪は帰ってきた。
その生き方は、在り方はどこまでも綺麗で、だからこそ私の醜さは引き立てられたかのように感じられたのだ。
自己嫌悪に塗れながら、それでも自己愛を捨てられない私は。なんて醜いのだろう。なんて汚いのだろう。そんないつも通りの感情が、けれどもいつも以上の重さで頭の中を巡った。
……もう、私には何も分からなかった。
どうしてそうまでしてノモクは私を救けてくれるのかも。私はどうするべきなのかも。
正解だと思った“自殺”という選択肢が、誰でもないノモクに否定されてしまったのだ。なら、次はどうすればいいのか。
ノモクを手伝って、食べ物を盗ってくればいいのだろうか。何も言わずに抜け出して、どこか遠いところで死ねばいいのだろうか。それとも──彼を傷つける人を、一人残らず殺し尽くせばいいのだろうか。
分からない。
ただ、そんな考えしか浮かんでこない自分が駄目なのだと言う事だけは、理解できた。
そんな日々を、何を為す事も選ぶ事もできずに続けて……その果てで、あの悪魔に出会って、そして現実に追いつかれた。
ルキフと名乗った、あの黒ずくめの悪魔。最初に見た瞬間に、嫌な予感はしていたのだ。けれども何もしなかったのは、油断でもしていたのだろうか。
あるいは、外から強制的に与えられる“答え”を──諦めても許される言い訳を求めでもしていたのだろうか。
だとしたら、本当にお笑い種なのだが。
私は、欠けていた記憶を思い出した。ノモクの村を壊した時の記憶だ。きっと、あの悪魔が私の記憶を読んできた時に呼応したんだと思う。
たくさんの人を殺していた。
ノモクを殺すつもりで魔法を撃っていた。
ノモクによく似た──兄弟のように見える人を、彼の目の前で殺していた。
地面が、グラグラと揺れている気がした。
吐き気が酷くて、頭の中が真っ白になったようで、なのに黒いモノが渦巻いているようで。胸の辺りが、ナイフで刺されたみたいに痛かった。
でも私は弱いから、逃げ出してしまった。
それが、最後の過ち。
ノモクは、死んでしまった。私を庇って。私を護って。私の、せいで。
私は、どうしたらよかったのだろうか。
何も分からない。私には、何も分からない。
──綺麗なものは、嫌いだった。
それは私と違うから。
それは私の汚さを照らすものだから。
それはいつも私から遠くて、どこまでも残酷なものだったから。
Tips.ノルン・マルンの名は実験場を出た頃に付けられた名前である