「私と奴の出会いは3年前の8月。2学期に入るまでに名前を変えたいと万魔殿に来たのが奴だった。今の奴からは考えられないんだが、真っ白な髪にまったくの光がない目をしていた。そのくせ体だけはまともに動いているものだから驚いたさ。まるで死体をコンピュータが動かしていたようだった」
「待ってください、3年前というのはつまり...」
「奴は一度留年した。その理由もこの後話す」
羽沼議長は苦虫を嚙み潰したような顔をしています。何かあったのでしょう。
「その時奴は自分の名前を"川瀬ミナト"に変えた。その理由だが、せめて自分の名前の中だけでも立つ瀬がほしかったそうだ」
...川瀬ミナト。ええ、覚えましたよ。
「奴は2学期から万魔殿に入った。雷帝、つまり前生徒会長直々のスカウトだ」
...雷帝から?いったいどういう?
「理由は私も知らない。ただ一言"いい目をしている"とだけ言われて連れてこられたらしい」
いい目をしている?ますます訳が分からなくなります。
「そこで川瀬は諜報と治安維持の二つを担った。情報部を同学年の鬼方カヨコとともに回し、すでに情報部だった彼女のやり方を受け継いだ。おかげでゲヘナの治安はある程度回復した。但し奴でも抑えきれなかったのが便利屋68と美食研、温泉開発部。特に便利屋に関しては鬼方がついているから川瀬のやり方が通用しにくい。」
「...待って下さい、ゲヘナの治安が回復したという話は聞いたことがありません。本当にそんなことが?」
「情報統制、鬼方の特技だ。ゲヘナの治安が回復したなどという話が流れたら、周辺校からはそんな秘密主義に飽き飽きして辞めたのが鬼方。変わって情報部のトップとなり、雷帝の恐怖政治を助けた...と、思われてた」
先ほども棗さんがおっしゃってましたが、クーデターに参加していたのでしたっけ。本当に兄さんなのでしょうか...?
「雷帝はキヴォトス全土に恐怖政治を敷くつもりだった。まずはトリニティ、次にミレニアム。そうして三大校を圧倒的な武力と科学力で制圧し、川瀬は情報を以て裏切り者を倒す役目だったらしい。」
「...そして、2年前。私と川瀬が2年生で空崎ヒナが1年生だった時。雷帝は"善隣外交"などと称していくつかの先進的なコンピュータを送った。ミレニアムで試験されたときもなにも異常はなく、OSもろともコピーして使っていたらしい。そしてそれは連邦生徒会も使っていた」
...私がまだ受験生だったころですか。あの時は確か、電子機器を使うなという命令が-まさか
「一斉にそれらのコンピュータを遠隔操作し、すべてのインターネットにつながる電子機器を乗っ取れることを示した。物理的にコンピュータを壊しても続く。」
キヴォトス電子危機。先進的なパソコンに重大なエラーが発生して使えなくなり、一時的にインターネットにつながる機器全てを使用しないよう連邦生徒会の庶務がメガホンで呼びかけていたのを覚えています。
まさかあれが雷帝の仕業とは。
「我々は雷帝の遺産を探しては破壊している。また同じようなウイルスを仕込んでいるとも限らないし、それ以上に壊滅的かもしれないからな」
一理あります。
しかも、風紀委員と万魔殿に対立構造が生じているということは他校とまともに戦争や事件を起こせない可能性が高いと外部からは思われます。
この人、相当賢いですね。
「話を戻そう。その時川瀬は私と空崎ヒナの誘いに応じてクーデターを起こすことを決めた。雷帝も指をくわえて待っているわけではなく、結果的に準備だけで1年かかった。去年の8月に私たちはクーデターを起こした。奴は雷帝の派閥に属していた戦力に誤情報を流し続け、結果的に川瀬への対応に時間を割かれて私たちを取り逃した。そして雷帝への到達を許した。すでに政治面では私たちの派閥が優勢だったから特例卒業という形で事を済ませた。」
「...だが、その時奴の姿はどこにもなかった。雷帝派閥の武装勢力、そのリーダー格の二人とともに消えた。いくら探してもだ。空崎ヒナは泣き叫び、私は後悔した。川瀬は悪い奴ではないし、私の同盟者となりうる存在だったからだ。」
...失踪?どうして...でも、兄さんは今ゲヘナにいるって。
「9月。川瀬が急に戻ってきた。それまでの奴とは打って変わった黒髪と光のある目、そしてあのふざけたスーツ。今のような活発な性格になったのもこの時だ」
ああ、やはり。少し長めの夏休みだったのでしょう。
「そして、私と空崎ヒナは雷帝派の逃亡した二人を逮捕した。臨時学園会と銘打った私たちの組織、つまり現在の万魔殿の前身にあたる組織だ。この組織で私たちは二人を即刻退学処分とした。なぜかわかるか」
「...なぜですか?」
「川瀬を拷問した。性格を変えるほど。ご丁寧に動画まで見せてくれたさ。」
拷問?なぜ、どうして?
理解できません。そんな野蛮な-
「腹いせだよ。相当な数の誤情報を流した挙句信用を裏切ったから、だと。川瀬は"もとは自分が蒔いた種だし"などと言っていたが、おそらく内心ではまだかけらほど人間の良心を信じていた。そして、これをきっかけに奴は記憶の消去を求めるようになった。そして、雷帝の発明品たる記憶を徐々に消す煙草を吸うようになった」
...絶句するしかない。望んでもないのに他人を裏切って、その結果過剰にやり返されて?
なんて、むごい...!
「これとお前の知っている川瀬のヘイローを見比べてくれ。おそらく違うものになっているはずだ。私たちは雰囲気しか見ることができないが、以前と色が変わっている」
...本当だ。前は髪の毛と同じ白っぽい色だったのが、今は黒い色になってる。
「すまない、お前の兄を守り切れなかった」
羽沼議長は私に頭を下げてきます。
「今更こんなことをいうのはあまりに都合がよすぎると理解している。だが、川瀬は今自分をさらに壊そうとすらしている。私はこれを防ぎたいんだ」
「それは...」
正直羽沼議長はどうにもできなかったでしょう。それに、私はトリニティの人間です。
目の前の議長を今すぐ平手打ちしたいですが、我慢しないと。
「奴はエデン条約を自分の命もろとも壊そうとしている」
...え?
「ちょっと待ってください、それはどういう」
「情報部からの報告ではトリニティとハナコへの復讐、と最近口にすることが多い。それはおそらくエデン条約の破壊だろう。奴は雷帝以上の混沌をもたらす可能性が高いんだ」
「そして、最近購入したものがこれだ。」
羽沼議長が私に見せたタブレットの画面には、合法ながら扱いに気をつけねばならない化学物質に加えて"リベレーター"という銃がありました。
「奴は攻撃に対し異常なほどもろい。だからこその空挺部隊だ。滑空している限りは被弾の可能性が低い。加えて、特注のウィングスーツには過剰なほどの防弾装備が整えられてる。だから普段は戦えてるように見えるが、実際は銃弾数発で死にかねない」
...この銃の商品ページには"一発しか撃てない"や"使い物にならない"という否定的なレビューが並んでます。
まさか。
「自決用だろう。購入した化学薬品の量も考えるとテロを起こす可能性が高い」
私のせいだ。兄さんをここまで追い込んでしまう原因も私にある。
棗さんの発言からして、私の過去が兄さんをここまで追い込んでしまった。
私は兄さんに会う資格なんてない。すべての罪を償うまで。
だから、まずこの目の前の問題を解決することを最初の償いとしないと。
でも、あふれる感情は我慢できない。
「私は、何をすれば?」
震える声でそう答える。動揺すら隠せなくなってきますね、情けない。
「ティーパーティーとの連絡先になってくれ。追って連絡する」
「分かり、ました。その代わり、必ず兄さんを止めてください」
「...私もあの時のようなことは御免だ」
このままじゃたぶん私を保てなくなります。だから背を向けて部屋を出ます。
「それと」
...なんでしょう。感情が抑えきれなくなってしまいそうなので早めに済ませたいです。
「鬼方カヨコに接触をしてくれ。彼女なら情報に関して右に出る者はいない。同期を見捨てるほど薄情ではない、川瀬を守るために力を貸してくれるはずだ」
「わかりました」
鬼方カヨコ、ですね。
当分の目標は、その方への接触としましょう。
だから、全ての用意が整うまでは、この心に燃える怒りと悲しみは抑えないと。