明星に誓って   作:テロン

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陽の下に出る時

 

 

 

 

「ちと、予想外だったな……」

「ジーン、手慣れてるね。カウフマンさんが言ってたのって本当だったんだ……」

 

 今しがた倒した魔物を道の脇に寄せているジーンの元に、少し遅れていた面々が駆け寄ってきた。道中の魔物は全て倒してあるから、多少隊列が崩れていても問題はない。

 

 ジーンが先導を任されてから、両手の指の数だけの戦闘が終わっていた。戦闘にかかった時間は、どれも片手の指で事足りる。単位は、秒で。

 正直な所、やらかしたな、という気分ではあった。

 

「すごいですジーン、こちらが手を出すまでもなくあっという間に!」

「相変わらずアンタの魔術の発動速度、目を疑うレベルね」

「嬢ちゃんが天才魔導少女なら、ジーンちゃんもある意味、天才少女だったのよん」

 

 一人、さほど驚いていないレイヴンが口笛を吹く。

 大したことはしていない。統率のない魔物の群れなど烏合の衆だ。ジーンが飛んでいるものや装甲の硬いものをダガーや魔術で貫けば、あとはラピードが華麗に始末してくれる。

 

 簡単な仕事だった。

 

 どのような威力で、どのような属性で、どの角度から、どのくらいの速度でぶつければ最適な攻撃となるのか、ジーンには手に取るようにわかるからだ。

 

「ひたすらに巧いという印象ね。魔術の威力も上がっていたし、一人の方が戦いやすいのかしら?」

「まあ、ね。ずっと一人だったし」

 

 魔物の血で汚れたダガーをしつこく拭って、次からは手を出すのをやめよう、と首を振る。ユーリに誘われたので暴れたが、本来ジーンは相当切羽詰まらないとこういうことはしないのだ。嫌なことを思い出すし。

 

「でもリタが言った通り、ボクらが武器を取り出すよりジーンの魔術の方が早いって相当だよ」

「魔術の使い方に問題あんのよ。ジーン、さっき使ってた魔術もう一回使える?」

「それは難しいかも」

「でしょ?そういうことよ」

「どういうこと?」

 

 首を傾げたカロルの疑問に答えるためか、リタは片手でささっと空中に術式を描いた。

 

「この術式、属性はなんだと思う?」

「水ね」

「じゃあこれ」

「火」

「これは?」

「風に見えるけれど、上手くエアルが変換出来てないわ。強いて言うなら無ね」

「なるほどね。じゃあこれ、射程」

「飛ばないわ」

「正解」

 

 目まぐるしく移り変わる術式を仕舞って、リタは新しいものを書き出した。しかし、それは未完成の状態だ。

 

「最後、これ発動する形に書き換えて使ってみて」

「詠唱は?」

「無しで」

「じゃあここにこう付け足して……これは要らないから、はい」

 

 発動すれば、つむじ風のような魔術が吹き抜ける。

 

「おたくら、ここが魔物の巣窟だって自覚あんのか?」

 

 ぷつりと消えた魔術が最後、ユーリの長い髪を揺らした。

 

「もういいわ、大体分かったでしょ。見ての通り、これは魔導士からは生まれない発想なのよ」

「何か不味かったかしら?」

「いや?その時々で言えば最適解よ。正解ではないけど」

「正解じゃないけど最適解?間違ってるけど合ってる?」

「なんだか難しい言い回しね」

 

 興味のなさそうだったレイヴンまでも寄ってきて、先生のような状態になったリタが腕を組んだ。

 

「そのまんまよ。魔術は再現性が大事なの。同じ術を使ったら同じ現象が起きて当たり前、その為に魔術って学問があって魔導士がいる。現象を紐解いて術式という理論に当てはめる事で、極論を言えば誰が使っても同じ現象が起きるように一般化するってワケね」

 

 魔導士論というのは一般人が触れる機会のないものだ。ジーンはリタの論文を読んだが、学者ではないからセオリーだとか常識だとかは知り得ない。

 

「けどジーンの使う魔術は違う。その時々で術式を組み替えるから毎回違う現象が起きてる。要らない部分は削って、組み込めるものは術式に盛り込む。勿論、手間がかかるしかなりの制限がつくわ。けど気温、湿度、対象との相対距離なんかを考慮出来れば場合によってはそのデメリットをメリットが上回るのよ」

「ふーん。よく分かんねえが、それが正解でなくとも最適解ってやつか」

「簡単に言うとね」

 

 リタの総括に、エステルが最初に反応した。

 

「じゃあ、ジーンの魔術に詠唱がないのも、もしかしてそれです?」

「そうよ。分かりやすいのは距離ね。例えば発動すると必ず前方五メートルに火の玉が出現する魔術、なんて使いにくいでしょ。五メートルを体感で覚えないといけないし、毎回動き回る敵からちょうど五メートルを保たなきゃいけない」

「確かに戦闘中にそんなことやってられないよね」

「だから術式は火の玉を出現させる、ってとこまで。後は詠唱中にどこに出現させるのかを決めてるの」

「つまり、ジーンの魔術はそれをしてないってこと?」

 

 カロルの質問に肯定して、ジーンは指先に小さな火の玉を出現させた。

 

「そうね。そう言う事なら、確かに発動条件まで決めて魔術を使ってるわ。だってその方が早いんですもの。リタのファイアボールだって、私が使うなら火の玉で直接ぶん殴るわ。その方が確実だし、火の玉を消えないように飛ばすって面倒くさいもの」

「魔術理論とかよく分からないけど、なんか今のジーンの言葉ですっごく納得できたよ……」

「そう?」

 

 これ、褒められてないなーと思いながら頷く。実際、少し離れたところで聞いていたユーリは苦笑いしていた。

 

「つまり、ジーンはその時々で最適な魔術を組めるから、魔物の討伐が早い。リタが言いたかったのはそういうことかしら?」

「まとめるとね。逆に言うと敵味方が入り混じれば入り混じるほど考慮しなきゃいけない情報が増えてくるから、魔術も大味にならざるを得ない。加えてアンタ、いつもフレンドリーファイア恐れて出力絞ってるでしょ。マーキングがしっかりされてたらそんな心配するだけ無駄なのよ」

 

 思ったよりしっかり指摘されてしまった。ジーンとしては、何を言われようが魔術の使い方を改善するつもりはないけれど。

 

「ま、おかげでこの洞窟もさっさと抜けれそうだ。先進もうぜ」

「そうね、きっともう少しよ」

「それも見て分かるのか?」

「なんとなく、ね」

 

 一度通ったことがあるからだが、ジーンはそれを明かさなかった。その後も何度か魔物を倒しながら奥へと進み、水に沈んだ直線の道に差し掛かった時のことだ。

 

「おや?ここって……」

「ちょっと待って!エアルの濃度が高くなってる!」

 

 リタの鋭く制止を告げた。異変はジーンの目にも明らかだ。リタに言われる寸前にラピードと共に引き返したジーンは、異様な光景に息を飲む。

 

「ここもエアルクレーネなの!?」

「エアルクレーネ?」

「世界にいくつかあるエアルの源泉だって、あの銀髪の男が言ってた!でも、ここも人体には危険な濃度だわ。もしかして暴走している……?」

「私とラピードが通ろうとした時はこうじゃなかったけど……」

 

 水たまりのように見えたものは、湧き出たエアルだったのだ。妙な感覚だと思っていれば、突然真っ赤な光が立ち上り始める。

 背後でカロルが膝をついた気配がした。見るからに緊急事態だ。人体には危険な濃度とリタも言っていた。

 

「一旦離れましょう」

「でも、一旦っていつまで……?」

「いいから引くぞ!」

「待って、何か来る!」

 

 高速で飛来し、目の前でバサリと羽ばたいたのは、ダングレストを襲ったような巨大な魔物。探しているフェローとは別種だが、その威容は似通っている。

 

「くそ、こんな時に!」

「足が、動きません……!」

 

 背後の皆が次々に膝を着いていく。重苦しい気配はあるが、動けないほどじゃない。ジーンは刺激しないよう、ゆっくりとダガーを構えた。けれど相手に敵意は、ない。

 再度大きく羽ばたいた後、魔物は大口を開けながら甲高い鳴き声をあげた。同時に身体にまとわりついていた重圧が引いていく。

 

「エアルを、食べてる……?」

 

 リタの言った通りだろう。暴走状態のエアルクレーネが完全に鎮静化するまで魔物のその行為は続き、済んだと見るや何処かに飛び去っていった。

 

「なんだったんでしょう」

「なんにせよ、命拾いしたな」

 

 正しく、命拾いだろう。あの魔物が本気になれば、人間など一息で殺せる。

 

「ジーン。アンタ見たわよね、リゾマータの公式!」

「え?」

 

 リタが思ったよりも強い力でジーンの腕を引いた。

 

「ガスファロストで!変な剣を掲げたらバルボスの魔導器(ブラスティア)が壊れたじゃない。その前に、ケーブモック森林であいつが同じようにしてエアルクレーネの暴走を収めたところを見たの。アンタに見えたものを聞かせなさいって言ったわよね」

「ああ……。けど、私にはよく分からなかったわ。あの剣、魔導器(ブラスティア)なのかしら」

「リゾマータの公式よ、あたしの論文読んだ癖に知らないの?」

「ええ……」

「おいリタ、その辺にしておけ。カロル先生が言うには、この洞窟には強い魔物が出るらしい。そうじゃなくても、イエガーの足取りだって追えてないんだ。俺たちはこの先に進むぜ」

「でも……!」

 

 静観していたレイヴンが、「それ考えるの、今じゃないと出来ないの?」と助け舟を出した。

 

「……いや。そうね、いつでも出来るわ。あの魔導器(ブラスティア)ドロボウも追わなきゃならないし、エアルクレーネの調査は帰りでも出来る」

「よし、決まりだな」

 

 話がまとまったところで、ジーンはずっと黙ったままのジュディに声をかけるかどうか、少し考えた。結局は何もせず、出口に向かって歩き出すことにしたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の入り口の街、マンタイクは嫌な雰囲気を漂わせた静かな街だった。あちこちを騎士が見回り、住民は一切家屋から顔を出さない。えも言われぬ緊張感が街に影を落としていた。

 

「砂漠を超えるならこの街でしっかり準備を整えないとね」

「じゃあ出発は明日の方が良いな。フェローの目撃証言は、この様子だと難しそうだが」

 

 観察されているような視線をひしひしと感じる。息を潜めた住民が、微動だにしない騎士たちが、余所者の挙動を注視している。ようは、居心地が悪い。

 

「あの、そのことなんですが」

 

 エステルが小さな何かをカロルに向けて差し出した。ギラつく太陽に照らされて、掌の上がキラリと光る。

 

「これ、依頼の報酬です。売ればそれなりの金額になると思います」

「え、どうしたの?」

「考えたんですが、私のわがままに皆さんをこれ以上巻き込むわけにはいきません。ここから先は私一人で行こうと思います」

 

 硬い表情のエステルを見て、ジーンはふと輪の中から一歩遠ざかった。

 どうしようもない習性だ、と思いながらも皆から背を向ける。目立たないようにレイヴンが壁になるように動いたのを感じた。ラピードが静かにこちらを眺めているのも分かった。

 

 ジーンが隠れようと思えば、誰もジーンを見つけることができない。ジーンが逃げようと思えば、誰もジーンを捕まえることができない。

 そういう才能が、ジーンにはあった。

 そういう才能がある癖に、結果の外で敵意のある人間に出会す()()()()()()というだけで足が竦む弱さが、ジーンにはあった。

 

 聞こうとしなければ他人の声など聞こえないのに、誰かが死んだという噂を聞くのが怖くて旅に出る。

 旅に出る癖に、人間と戦わなくてはならないことが怖くて魔物に襲われる街道を他人と歩く。

 安全な結界の中に焦がれて、やっと一息をついた次の瞬間には逃げたくて堪らなくなる。

 矛盾してるし、詰んでて、どうしようもない。

 

 足音を立てずに抜け出して、見張りの騎士の死角をすり抜け、適当な建物の屋根の隙間に潜り込んだ。こうしてしまえば、簡単に一人になれた。

 

 何もかも捨てて逃げ出したい時がある。硬い壁に頭を打ち付けて、自分を痛めつけたくなる時がある。

 

 例えば、意図せず笑みが零れた時。例えば、誰かが意思を貫き通すところを見た時。例えば人が、殻を破って成長した時。もしくは、愚かしいものを見た時。或いはそのどれでもなく、なんてことない瞬間に。

 

 ジーンはそのように歪んでいる。ジーンはもう、『善人』になることは出来ない。

 

 もう終わってしまおうと何度も思うのに寸前で止まるのは、無視できない義務が残っているからだ。

 

"あなたには権利があります"

 

 優しい声がいつも背中を叩く。権利というものは時に、義務でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かたり、と小さな音がした。気付けばもう夜になっている。

 ジーンよりお粗末な隠形で猫のようにするすると屋根を登ってきた人影は、ジーンのいる隙間に手を差し込み「またとんでもないところに」とぼやいた。

 

「俺様そんなところ入れないよ?砂漠地帯の夜は冷え込む。宿に入った方が良いんでない?」

「……レイヴン」

 

 ほら、と差し伸べられた手をぼんやりとした頭のまま掴んで、引き摺り出されながら「よく見つけたね」と呟いた。

 

「ジーンちゃんが見つけて欲しかったんでしょうよ」

「……ちゃんはやめてってば」

 

 すとんと地上に降りて、溜息を吐く。砂漠地帯の乾いた空気を吸い込んで、目を閉じたまま星が瞬く空を見上げた。

 ジーンの目には映らないままの星空で一番明るく輝いているのが、凛々の明星。ユーリたちのギルドの名前となった星だ。

 

 月が昇らず、あの星だけが照らす夜。

 

 ジーンは、不殺の誓いを立てた。その場には二人の男がいて、ジーンは地に伏せていた。男のうちの片方、ドンはジーンに戦い方を教えた。それまでジーンは、何かと戦ったこともなかったのだ。

 

「おっさん、ジーンちゃんを探し回ってもうヘトヘトよ」

「砂漠は。行くことになったの?」

「みたいよ。明朝出発だって。ジーンちゃんも着いてくって話はしてあるよん」

「そう。あなたも行くの?」

「そりゃあね」

「いいのよ、ついてこなくたって。砂漠は堪えるでしょう」

「さあねえ、行ったことないし。案外全然平気かもよ」

 

 そう返されると、ジーンとしては口を噤む他なかった。

 砂に覆われた路地を、足音を立てずに並んで歩く。昔訪れた時から、街の構造は然程変わっていないようだった。小さな街だ、宿屋まではすぐに着く。

 

「静かな街ねえ」

「このくらいがちょうどいいわ。虫の羽ばたきほど耳につくものもないでしょう」

「お前ねえ……」

 

 大きな通りに出る前に、ジーンは一つ深呼吸をした。人前に出る時、陽の下に出る時。

 

「先に失礼しますよっと」

 

 このように、ジーンは紫羽織の背中に救われていた。

 

 

 

 

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