明星に誓って   作:テロン

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その類のステージ

 

 

 

 

 砂漠の陽射しは容赦なく体力を奪っていく。影を作ってくれるものもなく、白っぽい砂は鏡のように太陽光を反射して、上からも下からも照りつけるのだ。

 

「おっさんとジーンは平気そうだな……」

「やだ、それって年長者が暑さに鈍感ってことにならないかしら?」

「ほら青年、頑張れ頑張れ」

「私の水ちょっと飲む?氷の魔術で冷やしてあるわよ」

「余裕あんならカロルに飲ませてやってくれ」

「もう少し歩いたら休憩しましょう。それまで頑張って」

 

 体が小さいほど体力もないし、地面からの照り返しもキツくなる。昔この砂漠を超えた時、ジーンは既にカロルより年上だったが、その辛さは想像がつく。それから、気丈に振る舞っているがパティも。

 この少女とは、ふとした時に何度か遭遇を繰り返している。今回の彼女は砂漠の砂の中で宝探しをしており、一人は危険だということで一時的に同行することになっていた。

 

 時折フェローのものと思しき甲高い鳴き声が砂漠に木霊するのも、余計に疲れる要因だろう。

 顔を出すつもりはないようだが、とジーンは遥か後方を時折眺めていた。

 

「どこ見てるの、ジーン……?」

「あら、本格的にダメそうね」

「遠くに見えるの、オアシスかしら。蜃気楼じゃないといいけど」

 

 ジュディの言葉に砂漠の先を見れば、熱波に揺れながらも確かに緑が見えた。

 

「行ってみて、オアシスだったらそこで休みましょう」

「蜃気楼だったら?」

「その場で休憩ね」

「えー!」

 

 文句を言えるだけカロルはまだ余裕がありそうだ。大声に釣られてやってきた魔物を魔術で昏倒させ、ジーンはオアシスに向けて先導するように歩き出した。

 その後ろを、宙返りする程元気そうなレイヴンが駆け回っている。暑さに強いのは事実だとして、駆け回っているのはどうせ空元気だろう。いつまで続くことやら。

 

 ジーンの記憶でもこのくらい歩けばオアシスがあったはずで、それは確かに蜃気楼ではなく現実のオアシスだった。冷たい水が湧き、僅かながら木陰もある。

 

「生き返る〜!」

「水筒の水も汲んでおきましょ」

「この調子だと、そんなに長く砂漠を探し回るのは無理ね」

「でも、砂漠に連れていかれた人を探さないといけません!もし置き去りにされて何日も経ってしまったら……!」

「いっそのこと、二手に別れましょうか?私とレイヴンなら長時間砂漠を動けるわ」

 

 エステルが言っているのは、街を出るときに会った二人の子供からの依頼のことだ。例の如くジーンは聞き取れず、レイヴンに要約してもらったところによると、両親が新任の執政官によって砂漠に連れていかれたきり戻らないらしい。

 

「あまりバラけるのも危険だと思うけれど。彼らの両親を見つけたとしても、私たちが生きて戻れなければ意味がないでしょう?」

「ジュディの言う通りだな。よし、もちっとペースあげんぞ。カロル、リタ、大丈夫か?」

「うん。でも今はちょっと休ませて……」

「まあまあ、ここら辺で腹ごしらえでもして気合い入れ直して行きましょうや」

「なら一番元気そうなおっさんが準備してくれよな」

 

 墓穴を掘った、と天を仰いでいるレイヴンに、次点で元気なジーンは満面の笑みを送った。

 

「美味しく作ってね、レイヴン」

「も〜〜。青年も準備くらい手伝ってよね、男の子でしょ」

「どっかの誰かさんが無駄に宙返りなんかしてるせいで疲れててな。精神的に」

「同感だわ。そうだジーン、こっち来て。休んでる間、昨日の話の続きをしておきたいの」

「ん?」

 

 手招きをされて、ジーンはオアシスの湖に浸かっているリタの元に歩み寄り、ブーツを脱いで同じように両足を冷たい水に晒す。

 

「ジーン、魔導器(ブラスティア)についてはどこまで知ってる?」

 

 すぐ話し始めたリタはすっかり学者モードだった。

 魔導器(ブラスティア)研究の第一人者として知られる彼女は、まだ若干十五歳の少女だ。それだけ彼女が優秀だということだろう。その大天才の質問に、ジーンは数少ない知識を整理していく。人々の暮らしになくてはならない魔導器(ブラスティア)は、それなしの生活など考えられないほどの必需品でありながら、未だその大部分が謎に包まれていた。

 

「ええと……術式が刻まれた魔核(コア)と、出力を調整する筐体(コンテナ)で構成されているのよね?どちらも流通しているのは古代文明の遺跡からの発掘品で、現代では一部の筐体(コンテナ)の修復や再現にだけ成功している。合ってるかしら?」

「だいたいね。正確には魔核(コア)の簡単な修復には成功しているんだけど、今それはいいわ。ともかく、魔導器(ブラスティア)は大気中のエアルを消費して動いてる。消費したエアルは当然無くなるわけだけど、カドスの喉笛にあったようなエアルクレーネがエアルの源泉だと言うなら、減った分は世界中のエアルクレーネが再生産することで補充されてるって理屈だと思う」

「そうみたいね。けれど、エアルクレーネは時折暴走状態になる。それを抑える力も、この世の中にはある」

 

 あの魔物がやったように。

 

 正確には、始祖の隷長(エンテレケイア)がしたように。

 

 人の言葉を解し、強大な力を持った魔物を統べる魔物。始祖の隷長(エンテレケイア)とはそういった人智の及ばぬ魔物の総称だ。彼らについてジーンが知るのはそのくらいだが、カドスの喉笛に現れたのも、フェローも、きっと始祖の隷長(エンテレケイア)だ。

 

「これまでエアルクレーネが暴走した、なんて話は聞いたことがない。ってことは、これまでもあいつらみたいなのが暴走したエアルクレーネを収めるっていう自然界のサイクルが出来上がってたって考えられるわ。問題は、どうやってエアルを操ったのかってこと。もし本当にそんな方法があるのなら、それは『リゾマータの公式』っていうこれまで誰も解き明かせなかった公式の証明なのよ!」

「リゾマータの公式……」

 

 復唱して、ジーンは心の中でいくつかの疑問に答えを見つけた。

 皇帝の座の空位、銀髪の男、謎の剣、エアルを操る特別な力、そして始祖の隷長(エンテレケイア)

 よりによって、コゴール砂漠でそんなことを知る羽目になろうとは。

 

「消費したエアルを還元し、大気中に戻すことができれば、エアルの無用な乱れを抑制することができる。そのための式が、リゾマータの公式。提唱自体はされていて、だけどまだ世界中の学者たちが実証には至ってないの」

「エアルそのものに干渉するってことかしら?まずはエアルが消費されるとどうなるのかっていう現象の定義が必要そうだけど」

「そうよ、やっぱりアンタ相手だと術式周りの話は早いわね。魔導器(ブラスティア)を通じてエアルが循環するように術式を構築するの。そしたらもっと効率よく魔導器(ブラスティア)を使うことができるし、今よりずっと高度な魔導器(ブラスティア)の製造だって実現するかもしれない。ノール港の無茶苦茶な術式が刻まれた魔導器(ブラスティア)みたいなのじゃなくてね」

「そう。それで、私に何を聞きたいの?」

 

 湖に浸していた足を戻して、風の魔術で水を飛ばす。ブーツを履き直したジーンを見て、リタは「アンタならあの魔物や剣が何をしたのか見えたと思ったのよ。術式が刻まれてるものなら、見た瞬間に分かるでしょ」と悔しそうに言った。

 

「そこまで優秀じゃないわよ、私」

「感覚でいいの。理論的なことは求めてないわ。何も知らないド素人の意見で研究が大きく前に進むことだってあんのよ」

「そうねえ」

 

 深く考えない方が良いということだろう。

 立ち上がって服についた砂を払い、ジーンは取り出した一本のダガーを手の上でクルクルと回転させた。最後にピタリと止めて、空に向けて放り投げる。

 

「なによ」

「今投げたダガーは何秒後に落ちてくると思う?」

「知らないわよ、アンタじゃないんだから」

「正解は、落ちてこない、でした」

「はあ?」

「だって投げてないもの」

 

 ほら、と袖の中からさっきのダガーを取り出す。手品の一種で、手に持っているダガーを印象付けることで飛ばしたように見せただけ。タネが分かれば簡単なトリックだ。

 

「なにが言いたいのよ……」

「簡単な話よ。見えたものだけが真実。見えていないなら、あなたはまだ真実を知らない」

「だから、なにが言いたいのかって聞いてんの!」

「まあまあ、落ち着いて。あのね、リタちゃん。あなたは多分、既に必要なものを見てきたんだと思うわ。あとは手中にある手がかりを一つ一つ確かめて、答えを組み立てるだけ。あなたの前で上演されているのはきっと、その類のステージよ」

 

 はあ、とわざとらし溜息を吐いたリタは、半眼でジーンを睨みあげた。

 

「それが旅の軽業師のお言葉ってワケ?」

「だって私、魔導士じゃないもの。私に出来るのは興行師の直感、ってやつくらい」

「そ。期待して損したわ。でもそうね。もうちょっと自分で考えてみる。幸い、あたしにはそう出来る頭が付いているもの」

「ええ」

 

 その前に砂漠の行軍だ。ジーンの知る限り、砂漠を抜けるだけでもこれまで以上の行程が待っている。

 

 フェローの警告のような甲高い鳴き声が、またも砂漠に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジーン、おいジーン」

 

 微睡みの中、名前を呼ぶ声がする。

 ジーンに声が聞こえるということは、その声の持ち主は限られてくる。

 

 そういう風に、ジーンは歪んでいるから。覚醒に至らない穏やかな温もりの中で、ジーンは身動ぎをした。

 

「なに、レイヴン……」

「残念、おっさんなら外でこき使われてるぜ」

「っ!?」

 

 目を見開いて、飛び起きる。

 

 見覚えのない寝台、見覚えのない部屋。隣のベッドからは微かな寝息が聞こえ、カロルの茶色い髪が覗いていた。正面に、驚いたような格好の黒髪の男。

 

「……え。あ、ユーリくん、か。そっか。ええ、と?ごめん、混乱してて……」

「ああ、まあそうなるよな。どこまで覚えてる?」

「えっと、確か砂漠を越えて……」

 

 そうだ、オアシスを出たあと無事砂漠に連れ去られたという夫婦を発見し、フェロー捜索のためもう少し歩き回ったところで見たことのない魔物に襲われたのだ。

 そこまで強敵には感じなかったが、何故か戦闘が長引き、ジーン以外はみるみるうちに消耗していったと記憶している。

 

 撃退したものの、その戦いで力を使い果たした皆は次々と倒れていき、ジーンはどうにか全員を抱えて移動しようと数歩歩いて。

 

 何かの力で強制されるように眠りについたのだった。

 

「助かった、ということかしら?」

「みたいだな。街の入り口に全員まとめて倒れてたんだと。俺は最後に魔物の姿を見た記憶があるんだが、ジーンはどうだ?」

「魔物?……そうか、たしかに羽ばたきが聞こえたと思う」

「なら幻覚じゃねえのな。とにかく、起きたなら外に出てみないか。色々と不思議なことになってるみたいだしな」

「ええ」

 

 寝台を降り、ブーツを履いて宿の一室を出る。木造の古式ゆかしい造りの廊下に足を踏み出す前に、ジーンは額を抑えながらフラついた。

 

「ジーン?どうした、どっか痛めたか?」

「う、るさ……」

「ジーン?」

「この街、何?どうしてこんな騒がしいの?」

「騒がしい?」

 

 不思議そうにするユーリに首を振り、宿を出る。途端、柔らかい陽射しがジーンを照らした。

 

 砂漠地帯の街のはずなのに、超えてきた砂漠ほどの暑さは感じないし、チラホラと植物の姿も見える。潮の香りが風に混じっているあたり、デズエール大陸の北か西の海岸まで抜けてしまったのかもしれない。

 ジーンがいた建物の横からは緩やかな上り坂が続いていた。頂上にあるのは、長の家だろうか。

 

 一番の特色としては、その空に結界魔導器(シルトブラスティア)の光が見えないこと。

 

「ここは?」

「おっさんの調査によると、ヨームゲンって街らしい」

「ヨームゲン?それって、あの小箱を届けようとしていた?」

「ああ。一千年前の街だ。とてもそうは見えねえけどな」

「ふうん」

 

 街を見渡して、違和感に顔を顰める。この街はおかしいと、ジーンの五感が悲鳴を上げていた。

 イエガーの変装を見破った時と同じだ。()()()()()と思い込まされているような。そうだとすれば、ジーンには心当たりすらあった。

 

 始祖の隷長(エンテレケイア)。人智を超えた怪物。意識を失う直前に聞こえたあの羽ばたきが彼らのものであるならば、どんな馬鹿げた話も押し通るだろう。

 その力の一端を、ジーンは目にしたことがある。

 

「案外ほんとに一千年前の街だったりして」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないわ。カロルくんが起きるのを待っているの?」

「そんなとこだ。おっさんにジーンだけ起こしてきてくれって頼まれてな」

「そう、ありがとう。じゃあ私はレイヴンを探してくるわ」

「俺はもうちょいぶらついてからカロルを起こしてくっかな」

 

 頷いてユーリと別れ、レイヴンの気配のする脇道へと足を進める。

 砂漠に似合わない緑のアーチのような小道で、ボサボサ頭の男が涼んでいた。

 

「レイヴン」

「お、ジーンちゃん。どう?俺様の気遣いは」

「は?」

「青年に朝起こされるって体験初めてっしょ?ってちょちょちょい、いきなり暴力振るおうとしないでよ!」

「ったく」

 

 振り上げた拳を引っ込めて、「気遣いどーも」とは言っておく。気を失う前の状況からして、一人で目覚めたら取り乱していただろう。その点、ユーリが無事なことがすぐに知れたのは有り難かった。

 

「この街、人の声がうるさくて敵わないわ。しばらく離れてようかしら」

「おんや?いつもの()()()()()()()()()()()ってスタンスはどうしたのよ」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでくれる?お詫びに耳栓売ってないか売店探してきて」

「自分で言ってるんでしょうに。はいはい、今度はお使いね」

「冗談よ、売ってるわけないわ。売ってたとしても使えないし」

 

 蜃気楼の街。もしくは集団幻覚。

 どちらだとしても、ジーンが普段聞かないことにしている有象無象の雑音が認識出来てしまう以上、ここは自然な街ではないのだろう。

 

 誰だって羽音に言葉は見出さないし、意識を払わない。そのうちに鳴っていることすら気にしなくなる。

 

 ジーンにとって大凡の人間の声というのは、そういった雑音でしかなかった。

 

「お前さんのそれは筋金入りだからなあ。確かに、人間の言葉に聞こえるってことは、音じゃなくて言葉を直接流し込まれてんのかもね。方法はサッパリ分からんけど」

 

 戯けるレイヴンに、ジーンは溜息混じりに首を振った。詳しい話をするつもりがないのはジーンも同じだ。

 

 この街の中でも無意識に()として排除しようとする声の集団が近付いて来るのを感じて、ジーンはその中の一つに耳を傾ける。それが言葉に聞こえたのは偶然だろうか。それとも。

 

「ジーン、おっさん!カロル起きたぞ」

「……お出迎えありがと、ユーリくん」

「ええー、まだ何かするって?おっさんさっき走り回ったばっかなんだけど?」

「街の名前聞いてきただけだろ」

「エステルと二人きりにするわけにはいかなかったんですもの」

 

 こういう時でさえ、レイヴンはジーンの前を歩く。わざと数歩遅れながら、ジーンは街を振り仰いだ。

 

「ほんと、騒がしい街」

 

 ジーンはどうやら、あの黄昏に沈む『静かな』街が、嫌いではないらしかった。

 

 

 

 

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