明星に誓って   作:テロン

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そうして更けていった

 

 

 

 

 静かな朝だった。

 

 ヨームゲンの街を一歩出れば、そこは風の音ばかりが響く白砂の砂漠地帯だ。これからは来た道を引き返し、保護した夫婦をマンタイクまで護送していくことになる。

 

 ヨームゲンではあれから少しばかり調査をして、幽霊船の船員が澄明の刻晶(クリアシエル)を届けようとしていた相手に出会い、街を守る結界を作れるという賢人の家を訪問した。

 ところが、そこにいたのはクリティア族だという賢人ではなく、リゾマータの公式を秘めた剣を持つ銀髪の男、デュークだった。ユーリたちは何かと彼に縁があるようだ。

 

 話を要約すると、澄明の刻晶(クリアシエル)とは聖核(アパティア)とも呼ばれ、それを砕いて術式を施したものが魔導器(ブラスティア)魔核(コア)になるらしい。

 彼が澄明の刻晶(クリアシエル)について語ったのはここまでだ。当の聖核(アパティア)は、人の世に争いを生むとしてあの剣でエアルに還されてしまった。

 

 デュークがそうしなければ、ジーンがそうしていただろう。赤い小箱の中を覗いた瞬間から、無性に砕いてしまいたいという衝動に襲われていたのだ。あの類の衝動は時折ジーンに湧いてくるものなので、その一種だろう。

 

 即刻街から立ち去ることを要求したデュークを、ジーンは最後に残って少しの間眺めた。彼はジーンに一瞥だけを送ったが、それだけだった。

 

 推測ではあるが、ジーンたちがいたあのヨームゲンは過去の街だ。魔導器(ブラスティア)が浸透していないような、古い時代のそれ。その中で、デュークだけが現実だった。語ったことにも信憑性があるだろう。

 

 他にも収穫があった。

 エステルはダングレストでフェローに会った時、世界の毒と呼ばれたとか。それは彼女がフェローのような始祖の隷長(エンテレケイア)が忌避する『満月の子』という存在だからであり、デュークが言うには、フェローに会えば殺されるだろうと言う。

 

 ジーンは聞いたことがなかったが、満月の子という文言は御伽噺の中に存在するらしい。かつて災厄が襲った時、二人の兄妹が立ち上がり、災厄を退けたとか何とか。

 兄の方はあの空に浮かぶ凛々(りり)明星(あけぼし)として空へ上がり、妹は満月の子として地上に残り大地を見守っているのだという。

 それとエステルに何の関係があるかは不明だが、これ以上砂漠を歩き回っても手がかりを得ることはできなそうだ。

 

 当初のフェローに会う、という凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)の初仕事は未達成のまま幕を閉じることになった。

 

「ジーンとおっさんはノードポリカまで戻るのか?」

「そうね、俺様たちはベリウスにドンの書状届けなきゃならんから」

凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)もベリウスに会ってみたいならノードポリカまでかしら。エステルちゃんとリタちゃん、パティちゃんは?」

「うちもノードポリカに戻るのじゃ」

「あたしはエアルクレーネを調査するから、どっちにしろ引き返す方ね」

「私は……」

 

 言い淀んだのはエステルだけだった。

 未だ肝心な答えを貰えていない状態なのだから、決め兼ねているのだろう。

 

「出来ればフェローに会って、詳しい話を聞きたいです」

「殺されるかもしれないのに?」

「そう、ですよね……」

「ならベリウスに会うと良いわ」

 

 ジュディの出した提案に、カロルが「レイヴンたちの用事のついでに話を聞けそうだよね」と頷いた。

 

「ベリウスに聞けば何か分かるかも」

「なら全員方向は一緒だな。マンタイクで一休みして帰ろうぜ。そろそろ砂漠の暑さとはおさらばしたい気分だ」

「それ同感」

 

 なんてすっかり街の近くの気分で話しているが、まだ砂漠を半分越えたところである。

 あと半分炎天下の中歩き続けることを思えば、多少の現実逃避くらい必要なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンタイクに辿り着いても、生還を喜ぶ雰囲気にはならなかった。今まさに砂漠に連行されようとしている住民と、それを追い立てるキュモールという騎士を目撃したからだ。

 カロルが馬車をわざと故障させたおかげでその場は凌げたが、馬車が直ればすぐまた街の人々が砂漠に連れていかれるだろう。

 どうも、騎士団の方もフェローを探しているらしい。自分たちの足を使わず、マンタイクの人々を駆り立てているのだ。

 

 ユーリ達と出会った、カプワ・ノールの執政官を彷彿とさせる所業だった。残念ながら、こういった輩は世界にありふれている。だからジーンは街に長く留まらず、放浪の旅をしていると言っていい。

 

「不殺の誓いに抵触してるか、これは」

 

 宿に身を寄せる道中、ユーリが小さな声でジーンに問いかけた。

 

「不殺の誓いは殺させずの誓い。誰の殺人も許さず。だから私は殺されようとしている人間がいれば守らなくちゃいけない」

「それで抱えきれなくなって自分が死んでもか。これからずっと砂漠を回って住民を街に返し続けんのか?」

「そうね。誓いというのは、道義に沿っているかどうかとか、現実的かどうかとか、そういうのは考えないものだもの」

 

 それか、逃げるかだ。今ならまだ人死にを目撃する前にこの街を離れられる。そんな最低な考えが脳裏をちらついた。

 これだからジーンは悪人なのだ。それでも変わるつもりがない。

 

 宿の部屋に入り、与えられたベッドの上で膝を抱える。

 

「ジーン、顔色が悪いわ。早めに休んだ方が良いんじゃないかしら」

「キュモールのことは気になるけど、ボクらにどうしようもないことで悩んだってしょうがないよ」

「エステルもよ。アンタが皇族だろうとキュモールのやつは耳を貸さないし、助けを求めようったってフレンが今どこにいるかも分からない。あたしたちには罪を裁く力なんてないの。だったら今はベリウスに会うのが先決でしょ。二つのことを同時に熟そうったって無理があんのよ」

「はい。分かってはいるつもりです」

 

 かけられる言葉が素通りしていく。ジーンは最早、ユーリたちの言葉ですら聞こうとしていなかった。

 

「大丈夫よ、ジーンちゃん」

 

 その根拠のない、安心させるためだけの一言だけを信じることにして、何も知りたくないと目を閉じる。

 知らないふりをしている間に一体何人死んでいくのか、その目に映らないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「甲冑の音?」

 

 夜半、寝静まった後に街の外から届いた音に、ジーンは体を起こした。しばらく前にユーリが宿を出て行ったことには気付いていたが、その時はただの散歩だろうと気に留めなかった。

 もし街に近づいている甲冑が騎士団のものなら、指名手配されているユーリは危険かもしれない。

 

「どこ行くのん?」

 

 宿を出ようとしたところで声がかかった。レイヴンだ。

 

「街のすぐ外に騎士団がきてる気がして。様子を見に行ってくるわ」

「そ。あんま夜更かししないようにね」

「レイヴンこそ」

 

 一度だけ視線を合わせて、ジーンは足早に街の入口を目指した。

 

「あら、フレンくん?」

「ジーンさん!?ということは、ユーリはこの街にいるんですね」

「ええと……。余計なことしたかしら」

 

 一個大隊を引き連れて夜中の強行軍をしてみせたのは、フレンの率いる隊だった。知り合いだと姿を見せたのは早計だったかもしれないが、彼の隊なら交渉の余地がある。

 そもそも、ジーンは何故ユーリが追われているのか詳しくは把握していない。もしエステルを連れていることが問題なら、捕まったところで大したことにはならないだろう。彼女の依頼で旅をしていたのだし。

 

「それより、この街の現状は聞いてる?」

「はい、その為に来ました。評議会でもないキュモールが執政官を名乗り街の人々を不当に痛めつけている。間違いありませんか」

「ないわ、君が来てくれてよかった」

 

 しかと頷いたフレンは、自隊に向かい号令をかけた。

 青い制服の騎士たちが統率された動きで街に踏み入っていく。キュモール隊はこれで制圧されるだろう。バルボスの時と同じく、その後の処分がどうなるかまでは謎だが、いきなり殺されることはあるまい。

 これまで騎士を頼ったことなど無かったが、フレンのような騎士が増えるのならジーンも生きやすくなるのだろうか、と益体もないことを考えた。

 

 きっと、逆だろう。

 

「ジーンさんは危険ですので宿にお戻りください」

「そうね、そうするわ。あの、ユーリが多分街の中にいると思うんだけど」

「無体なことはしませんよ」

「そう」

 

 あからさまにホッとしてみせたジーンにどう考えたのか、フレンは固い表情のまま「そのユーリのことですが」と重苦しそうに言った。

 

「なに?」

「ジーンさんは、ご存じないのですか?」

「だから、なにを?」

 

 何かを言いかけて、フレンはすぐに首を振る。

 

「いえ、忘れてください。では」

 

 一礼して、フレンは現場の指揮を取るために駆け出していった。その背中を見送って、ジーンは宿屋に駆け戻る。

 どうやら、ユーリを探して、エステルとラピードも外に出ているらしい。心配そうに起き出している面々にフレンが来ていることを告げ、ジーンは暫し布団の中に潜った。今から寝るつもりはないけれど、ほんの少しだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレン隊の活躍により、マンタイクはあっという間に解放された。伝令の騎士が解放を告げるため家々の間を駆けていく。

 

 そこからは随分と街が騒がしくなるのが、ジーンにも分かった。これまで外出を禁じられていた住民たちが我先にと通りに駆け出して、知人友人と無事を確かめ合う。

 

 街は完全に宴ムードで、真夜中だというのに篝火を囲んで花火を打ち上げ、大人子供が入り混じって高らかに歌いながら踊っていた。

 砂漠地帯の民は本来、このように陽気なものらしい。

 

 キュモール隊の隊員は全て拘束され、帝都に送られる手筈が整っているとか。隊長のキュモールの姿は見えないが、どうしているのかジーンは知らない。

 

 英雄扱いのフレン隊はしかし、急用があるのか祝宴もそこそこにノードポリカへ引き返していった。居合わせただけのジーンたちの方が、住民たちに連れ出され参加している。

 

「こういう時こそ、ジーンちゃんの出番なんでない?」

「そうねえ」

 

 レイヴンの囁きと、カロルたちの期待に満ちた眼差しに溜息を落とす。

 

 ジーンは本来旅の軽業師であり、興行の名目で街を巡っていた。大掛かりな設備が必要な演目をすることはないが、道端でできるちょっとしたものなら路銀のために披露してきた。大抵は刃渡りやらジャグリングやらで、そこに補助術を組み合わせた技を見せるのだ。

 

 篝火の横で手早く準備をし、花火から拝借した少量の火薬を魔術で点火しながら注目を集める。

 

 そうして、ふうと一息吐いて切り替えた。ただのジーンから、浮雲ジーンへ。たった一人のステージの、主役へと。

 

「お集まりの皆々様!流れに流れて浮く雲が、今宵この街と出逢いました。迅雷風烈瞬き禁止、見る者全てがその虜、夢に浮かされ騒ぎましょう。浮雲ジーン、砂と水と情熱の街での公演をどうぞお楽しみください!」

 

 こうした公演を、ジーンは滅多に行わない。

 

 何故かって、ジーンは好きではないからだ。注目を集めるのも、他人に大袈裟な言葉をかけるのも。

 

 けれどもこれは、ジーンの体に染み付いた芸だった。人は皆、過去からは逃れられないものだ。この街だって、冷たく閉ざされた過去を忘れることはないだろう。

 

 ジーンが商売道具を手放すことはない。その手に凶器を持ちながら、殺さずを誓って道楽のためにそれを振るう。

 何が人の目を最も楽しませるものか、ここで望まれているのがどういう言葉か、ジーンが積み重ねてきたものが指し示す。

 

 その感覚は嫌いではなかった。これも確かに、ジーンを形作るものだ。

 

 観衆の惜しみない拍手を浴びながら、ジーンはいつも矛盾した感情に苛まれる。

 

 解放の夜は、そうして更けていった。

 

 

 

 

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