明星に誓って   作:テロン

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何度濯いでも落ちない

 

 

 

 

「人魔戦争の黒幕?」

 

 カロルの言葉を繰り返し、手持ちのダガーの補充の為に商店を物色していたジーンはけったいな肩書きに眉を顰める。

 

 一夜明け、ノードポリカに引き返そうとした朝のことだった。

 

「そう、ベリウスに人魔戦争の黒幕の容疑がかかってるんだって。騎士団が動いてるのはそのせいみたいだよ」

「へえ、黒幕」

「本当なのかな?」

「騎士団が動くってんなら何か証拠があるんじゃないの。ほらアンタたち、さっさと買い物済ませなさい」

「あ、待ってよリタ!」

 

 慌てて会計を済ませたカロルが、鞄にグミを詰め込みながら街の入り口に向けて走っていく。その背中を何となしに眺めながら、ジーンは「人魔戦争の黒幕ねぇ」と再度呟いた。

 

「気になるのかしら?」

「ジュディちゃん。……ま、そうね。カロルくんみたいな小さい子は人魔戦争なんて話に聞いたくらいでしょうけど。まだたった十年前だもの」

「当時のあなたはダングレストにいたのかしら?」

「……ダングレストは結界がおかしくなって、かなりの被害が出た。いくつかの街は、結界魔導器(シルトブラスティア)ごと消滅した。……砂漠の北にあった街は、結界魔導器(シルトブラスティア)が元々無かったんだっけね」

 

 ジュディが息を呑んだ。

 ジーンの知る限り、砂漠の北にあるのはテムザの山だ。その山脈の上に、かつては街があったという。今は戦闘の爪痕が色濃く残る平野と、滅んだ街の残骸だけが残っている。

 

 ジュディは砂漠の北の出身だと自分で言った。

 

「よく知ってるのね」

「聞いた話よ。悪かったわね、無闇に踏み込んで」

「いいえ。あの街を知っている人間が一人でも多くいるというのは、悪くない気分だわ」

 

 からりと笑ってみせたジュディは、「ジーンあなた、人魔戦争に参加してたのね」と笑顔のまま断定した。

 

「……答えたくないわ、その質問。十年前の戦いを知る誰もが同じことを言うでしょうね」

「同感だわ。こちらこそ、無闇に踏み込んでごめんなさい。これで貸し借りなしね」

「ええ」

 

 お互いに頷いて、街の入り口に向かう。

 

 かつて、この街を出て、北を目指したことがある。

 

 その旅の終点は、砂漠の果てに聳えるテムザ山の山麓。数多の人生の墓場。

 

 人魔戦争終結から数年が経った後、無数のクレーターが残るだけのそこをジーンは一人で訪れ、随分と長い間眺めていたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カドスの喉笛は、フレン隊により封鎖されていた。遠目に見ても厳重な警戒線が敷かれ、突破は難しそうだ。騎士に加え、魔物の姿も見える。

 

「飼い慣らした魔物?見たところ、随分と急拵えね」

「ああ、フレンらしくねえ」

「それだけ大きな隊になったってことでしょ。組織ってのは大きくなると上から下まで一つの意思で統一なんて出来なくなるものよ」

「ノードポリカへ向かう道はここだけよ。なんとかならないかしら」

「穏便にね!穏便に!」

 

 ジーンが願い出るまでもなく、小心者のカロルが強行突破したそうなユーリやジュディを抑えた。小さいギルド故に、下手な火種を生みたくないらしい。

 帝国の姫君であるエステルを連れている時点で、割と今更だと思うが。

 

「最近配属されたんならやりようはあるかもしれないわ。魔物だし」

「お、なんとか出来んのか?」

「あの類の魔物ならちょっと脅かせば暴れ出すでしょ、その隙に通っちゃいましょう」

「ジーン的にアリならそれで行くか。脅かすのは誰がやる?」

「そこはほらレイヴン、さっさとして」

 

 話を聞いていたレイヴンの背中を蹴っ飛ばし、矢をつがえさせる。渋々ながら放たれた矢は矢先に込められた術により小規模な爆発を起こし、案の定配備されていた魔物はパニックを起こして暴れ始めた。

 

「よし、行くぞ!」

 

 近くにいた騎士が対応に追われているうちにその脇を潜り抜ける。洞窟内に逃げ込んでしまえば後は抜けるだけだ。

 

「悪いリタ、エアルクレーネ調べる時間はあんまやれねえぞ」

「仕方ないわね、パパッと終わらせるわ」

 

 来た道を戻るだけなので、道に迷う心配はない。最初カロルが心配していた洞窟に潜む強大な魔物も、来る時に討伐済みだ。

 鎮静化したエアルクレーネが暴走の気配もないことを確認し、リタがいくつかの計測を終えた後、洞窟の入り口で今度は正面からやってきた三人の騎士に遭遇した。

 ユーリたちを追っている騎士らしく、顔見知りだとか。

 

「後ろからも騎士が来てんぞ、どうする?」

「真面目に務めてる騎士を攻撃すんのは心が痛むねえ」

「真面目か?あいつら」

「そうだジーンちゃん、さっき俺のこと働かせたんだから次はジーンちゃんの番でしょ」

「は?何しろって?」

「なーに、足遅くなる魔術あるでしょ?それかけてくれりゃあ充分よ」

「確かに、あいつらならそれだけで良さそうだな」

 

 騎士としてそれはどうなのか、と思いながらもジーンは隠れていたところから飛び出て三人の騎士にそれぞれ鈍化の魔術を付与した。これで済むならジーンとしても万々歳だし。

 

「なーにー、きーさーまー、なーにーもーのーだー!」

「あら?喋るのも遅くなるんだったかしら?」

「良いから行くぞ!」

 

 ブリキ人形のように剣を振り上げようとしている壮年の騎士に首を傾げながら、ジーンはユーリの後に続いて走る。

 

「ユーリ・ローウェーール!!」

 

 負け惜しみのような叫びを背中で聴きながら、ジーンは何処かで見たことのある騎士たちだ、と首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノードポリカにも、騎士団の姿が多く見られた。何処かにフレンもいるのだろう。

 カドスの喉笛を封鎖した理由は不明だが、もしかするとユーリたちの干渉をピンポイントで防ぎたかったのかもしれない。

 だとしたら、ベリウスを人魔戦争の黒幕の容疑で捕縛しようとしている、という噂も真実味を帯びてくる。

 

「ちょうど今夜が新月ね」

「それじゃ、宿に向かって夜を待とっか」

「ジーン、お前はどうする?外で待ってるか?」

「ドンに頼まれた仕事だもの、最後くらいは行くわ。けど、これって元々レイヴンの仕事なのよね。私、天を射る矢(アルトスク)の一員じゃないし」

「そういえば、ジーンって無所属なのにユニオン本部に出入りしてるし、ドンやレイヴンとも結構仲良さそうだよね」

 

 結構今更な疑問がカロルから飛び出てきた。そういえば、という視線が四方から集中する。

 

「客員だったとか言ってたか。思えば、ギルドに客員制度なんてあるのか?掟には従わないわけだろ?」

「ええ。どちらかというとドンの個人的な知り合い、ってところかしら。部外者な訳だから、ユニオンを出入りすると白い目で見られるわよ」

「これでジーンちゃん、ダングレストじゃちょっとした有名人だからね。追い返されたりはしないわけ。ユニオン本部は所属してないギルドの往来を禁止してるわけじゃないし、結構オープンなのよ」

「そのあたり、騎士団とは全然違いますね」

 

 雑談を重ねながらも不用意に騎士の注意を引かないよう、街に紛れて階段の上に建てられた闘技場へ向かう。時折聞こえてくる歓声に陰鬱な気分になった。

 

 行きにこのノードポリカを訪れた際、ユーリはラーギィに騙されて闘技場に出場したらしい。同じように出場していたフレンと決勝で当たる羽目になり、罠を疑っているうちに魔物の檻が壊されてパニック状態になったとか。

 怪我人や死人が出たかどうかユーリは話さなかったし、ジーンも蒸し返さなかった。

 

 同じ街にここまで短いスパンで戻るのはジーンにしてはあまりないことだ。

 何があるわけでもないが、なんとなく気が重い。

 

「そういえば、結局イエガーの奴見つからなかったわね。あいつも今度あったらとっちめないと」

「どっかに隠れてやり過ごしたんだろ。今頃別の大陸かもな」

「けど、イエガーとラーギィが同一人物ってことが明るみになったらユニオンの追放もあり得るし、何かしらの処分は下されると思うよ」

「きっと帝国側も発掘品の横流しについては厳しく取り締まると思います」

 

 あとは彼が何を企んでいるかだ。ユーリたちはいくつか推論を交わしているが、なんであれジーンにはあまり関係がない。

 

 闘技場の門を潜り、宿の部屋を確保してジーンはすぐ部屋に引っ込んだ。

 夜になるまで出歩く気分ではないし、居眠りでもして時間を潰すつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣呑な気配に飛び起きて、ジーンは宿の外に駆け出した。

 

「ジーン?どうかしたか?」

「えっと、今何か、感じなかった?」

「何かって?」

 

 部屋の外には全員が揃っていた。そろそろベリウスの所へ向かおうかと、タイミングを見計らっていたのだろう。

 

「……気のせいだったかも」

「調子悪いの?闘技場まで来たんだし、渡すだけならおっさんだけでも大丈夫よ。一応これ天を射る矢(アルトスク)の首領から戦士の殿堂(パレストラーレ)の統領への書状だし。どうせおっさんが直接渡さなきゃならんのよね」

「いや、変な胸騒ぎがしただけ。もう夜よね、行きましょ」

 

 何人かは心配そうな視線をジーンに向けたが、そのまま同行することにした。闘技場の奥に向かい、門番の男に用向きを告げれば、ベリウスの居室へと通される。

 

 果たして、そこにいたのは巨大な狐のような魔物だった。金色の体毛は先端に行くほどに青を帯び、鋭く伸びた爪は猛禽類を思わせる。腕や尾の一振りで、人間など簡単に吹き飛ぶだろう。

 一つ、魔物と違う点を挙げるとするならば、見上げるほどの高さからは理知的な光を湛えた瞳が見下ろしている。

 

「魔物!?」

「いいえ、彼女がベリウスよ」

始祖の隷長(エンテレケイア)……」

 

 それは種族の名前ではなく、数百年の時を生きる特殊な力を持った魔物の総称だ。きっと、始祖の隷長(エンテレケイア)同士は全て違う形をしているのだろう。

 

 人魔戦争。人と魔物の戦争。正確には、人と始祖の隷長(エンテレケイア)の戦争。

 

 闘技場の主が始祖の隷長(エンテレケイア)であるならば、騎士団の『ベリウスは人魔戦争の黒幕である』という主張も理は通るのかもしれない。

 

"フェローに会うたのじゃろう"

 

 その始祖の隷長(エンテレケイア)の声は、音としてではなく、脳裏に直接響くような形で聞こえた。

 

 ドンの盟友、ベリウス。かつて人魔戦争に参加した始祖の隷長(エンテレケイア)

 

 エステルが求め続けていた答えを知る者。

 

 ジーンにとって始祖の隷長(エンテレケイア)は、過去の記憶のトリガーになる、超常の化け物にしか思えない。

 始祖の隷長(エンテレケイア)が力を振るう所を見たことのある人間であれば、誰もが同じように思うだろう。

 

 いくつもの記憶がフラッシュバックする。

 

 人魔戦争時代、ジーンは翼を持つ始祖の隷長(エンテレケイア)が街の結界魔導器(シルトブラスティア)を吹き飛ばすところを見た。夥しい数の魔物に囲まれた無防備な街を背中に、悠々と飛び去っていった後ろ姿を見た。

 あれは、人間を甚振って殺すことを目的に活動していた。

 

 人魔戦争に参加していたのか、というジュディの問いを想起した。ジーンは、参加したとは言えないだろう。

 何故ならあの時、ジーンは小高い丘の頂上から、滅び行く街を見ていただけだから。

 

 ある夜、ジーンは両手で血濡れた剣を握りしめていた。

 簡単な動作だった。どこにどう刺しこんで、どう動かせばその命を絶つことが出来るか、ジーンには手に取るように分かったからだ。

 

 雨の中、ジーンは抱えていたものを差し出した。美しい白銀の髪の男は、眉ひとつ動かさずそれを見下ろしていた。彼が何を考えていたのか、今でも分からないでいる。

 

"そなた……。そうか、数奇なものだな"

 

 ベリウスの声に、顔を上げる。ジーンに向けられた言葉だと理解していた。

 追いつかれたと感じた。無視できないものが、すぐそばに迫っている。

 

 何かを答えるべきかと思案して。

 

 感じた気配にハッと扉の方を振り向いた。

 

「武装した人間が多数。闘技場は夜も開かれるの?」

 

"なに?"

 

 返事を待つ暇もなく駆け出して、背後の扉に触れようとした瞬間、反対側から大きく開け放たれた。

 二人の人間が武器を片手に立っている。手近な細身の男の腹ににそのまま膝を叩き込み、体勢を崩したところで首根を掴んで素早くもう一度。軽く顎を殴って脳を揺らし、反応を見ようとしたところで漸く闖入者の正体に思い至った。

 

 魔狩の剣の構成員だ。隣の大男の方に見覚えがある。

 こんなところに何を────いや、理由など一つか。

 

 人間からすると、始祖の隷長(エンテレケイア)は魔物と見分けがつかない。

 

「貴様!」

 

 漸くジーンに剣を構えた大男に向けて掴んでいた細身の男を投げつけようとして、ピシリと身体が固まった。

 

「ジーンちゃん!」

 

 刃の前で停止したジーンに向けて、レイヴンが咄嗟に矢を放つ。我に返ったジーンが飛び退けば、直前までいたその場所に大剣が振り下ろされた。

 一歩遅ければ命が危うかったという事実よりも、殺してしまうかもしれないという恐怖が体を震わせる。所詮ジーンはその程度。対人戦闘を克服したからといって、いつでも真正面から殴り合えるわけじゃない。

 

 いいやそもそも、克服したと思い込んでいただけで、ジーンは何一つ変わっていない。それなら前になど出なければ良かった。すり抜けて、廊下に出て。

 

 けれど。けれどこの二人を無視したとして、その先は?こいつらがユーリたちを傷つけない保証は?廊下から届くこの血の匂いは?

 

「行くぞ」

 

 どういう話になったのか、ジーンには分からない。後になって聞いた話によると、戦士の殿堂(パレストラーレ)の構成員の救援を依頼されたのだという。ジーンの腕を掴んだユーリは全速力でベリウスの居室を出て、来た道を引き返していく。

 点々と、廊下に何かが転がっている。

 

「おっさん、ジーン連れて外へ!」

「了解、ほいジーンちゃん、ちいと担ぎますよ」

 

 受付フロアへと続く扉を潜り、ジーンの意識がハッキリしていたのはそこまでだ。

 濃密な死の匂いに、吐き気を堪えながら口を抑える。フラついた体を見た目以上に筋肉質な腕が支え、その場から担ぎ出していく。

 

 気付けば闘技場の外に降ろされていて、レイヴンはすぐ引き返して中に戻っていった。

 嫌悪感と、湧き上がる感情を必死にやり過ごしながら、ジーンは夢遊するように闘技場の前に続く階段を一歩一歩降りていく。

 

 そうやってまた、逃げているのだ。

 

 ジーンは、人間の死を直視出来ない。

 恐れている。

 考えるだけで身体が震えるほどに。

 

 これがまだ、エステルのように心の優しさからくる怯えであればどんなに良かっただろう。

 ジーンは違うのだ。あの子のように清らかに、人の死を悼むことが出来ない。魔物の波に飲み込まれていく街を見ていた記憶が、あの時の感情が忘れられない。

 

 何より。

 

 あの凄惨な人魔戦争の記憶でさえ、ジーンの性質を決定付けたに過ぎないことが、ひたすらに耐え難かった。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるのに、ある一定の場所だけは手をつけられない。積み上げてきたものを剥がした後に残る、理性的な自分に反吐が出る。

 

「……っ、かは」

 

 だんだんと呼吸が細くなっていく。理由は分かっているのだ、自分の両手が首に回っているから。両手は縋るように締め付けて、それ以外の部分は空気を求めて喘いでいる。

 

「ジーン!ったく、手がかかるんだから」

 

 それでも、その声だけは聞こえるのだ。そういう風に、ジーンは歪んでいる。

 

 ゆっくりと両手が外されて、覇気のない薄青の瞳とかち合った。

 

「そのうち青年たちが来るでしょうから、そこで待ってな。俺はこいつを船に連れてかなきゃならん」

「ジーン……?」

 

 聞き慣れた音にノロノロと視線をズラす。見えた姿が何を意味するのか考えようとして、ジーンの頭は拒絶した。

 

 レイヴンはジーンを置いて埠頭への道を走っていく。その背中を意味もなく目線で追いかけて、ジーンは闘技場の方から聞こえる複数の足音に体面だけでも取り繕おうと立ち上がり、それで、なんとか不器用な笑顔でユーリたちを迎えようとした。

 

 その虚勢も、とある言葉を聞く時までしか保たなかったが。

 

「そうやってラゴウやキュモールのように、僕も消すのか」

 

 静かに待ち構えていた幼馴染の追及に、ユーリは否定を返さない。

 濃密な死の匂いがした。ユーリの両手から、何度濯いでも落ちない死の匂いがした。

 

 その音がどういう意味かを考える間もなく、ジーンの意識は闇に閉ざされていった。

 

 

 

 

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