明星に誓って   作:テロン

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ふわふわ

 

 

 

 

 早朝のダングレスト。街の外に続く橋の袂では、エステル、リタ、ラピードが待ち構えていた。少し待てばパティが駆け寄ってくる。

 

「カロルくんは?」

「そのうち来るだろ」

「あら、来ないと私の依頼を受けるギルドがなくなるんじゃない?」

「そん時は俺が受けるさ。凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)も俺が続ける」

「アンタ、凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)に依頼したの?」

「ええ」

 

 リタに頷いて、「私がちゃんとしたおねーさんになるまで練習台になってくれるんですって」と笑う。

 

「はあ?なにそれ」

「素敵ですね」

「それじゃ、ジーン姐はユーリたちと旅を続けるんじゃな?」

「当面の間は、そういうことだな」

「その意味不明な依頼、報酬のアテはあんの?」

「確かにそうだわ、どうしましょう。少しは貯金もあるけれど、私ってエステルちゃんみたいに貴族でもないし」

「その辺は全員集まったらまた話そうぜ。お前らは着いてくるんで良いんだよな?」

「あたしはエアルクレーネの調査、アンタたちとやるって言ったでしょ」

「うちももう少し着いていくのじゃ」

「私も、ユーリと旅を続けたいです。どうしたらいいのか、まだ分からないですけど、旅を続けないと見つからない気がします。それに、ジュディスのことも助けないと!」

 

 道中ユーリに聞いたところによると、ジュディが魔狩の剣に狙われているという情報があるらしい。恐らく、ジュディというより、共にいるバウルが狙われている。

 

「バカドラを追うったって、アテはあんの?」

「ジュディは前、砂漠の北に住んでたって言ってた。手がかりはそんくらいだな」

「確か、コゴール砂漠の北には山脈があったはずです」

「テムザの山ね」

「知ってんのか?」

 

 頷いて、ジーンは「一度行ったことがあるわ」と続けた。

 

「なら船に向かうか。ジーン、一応聞いとくが、おっさんはいいのか?」

「あの人今ユニオンの仕事片付けてるでしょ。放っとくわ」

「そうかい。そんじゃま、行きますか」

 

 テムザ山。またあの荒地に向かうことになろうとは。

 

 手向けの花でも買っておこうと思案しながら、ジーンはダングレストに背を向けた。ドンの死からたった一夜。悲しみに包まれた街が、それでも明日を向いていることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー、今頃半泣きね」

「大丈夫でしょ、俺らが思う以上にあいつは成長してんのよ」

「あのすかたんハリーがねえ」

 

 船には既に先回りしたレイヴンが乗っていた。ユニオンの方からは逃げてきたと言っている。どうせ口実だろうけど、ジーンは指摘しない。

 ドンが死んでから、これがジーンとレイヴンの最初の会話だった。

 

 ドンの死に沈んでいたカロルも追いかけて来ていた。また同じメンバーでの旅だ。欠けたジュディを探す旅。

 

「ねえ、気になってたんだけどさ。すかたんハリーって何?」

 

 カロルがジーンを見上げてくるので、ジーンは「ハリー、知ってるでしょ?ドンの孫の」と今頃ユニオン本部で真っ青な顔をしながら会議に明け暮れているだろう古馴染みを思い返した。

 

「すかぽんたんの泣き虫ハリーの略よ。初めて会った時トカゲが怖くて泣いてたから」

「へ、へえ……あの、じゃあもう聞くけどスライムジーンって?」

 

 ハリーがジーンに怒鳴る時のあだ名、カロルも聞いていたらしい。

 

「あー、それは……」

「プルプルスライムジーンの略よ。初めて会った時、おっさんの後ろにしがみついてプルプル震えてたから」

「アンタら似たようなものじゃない」

「ちょっと、レイヴン!」

 

 物理的に口を塞ごうと飛びかかったジーンを、レイヴンはひらりと躱した。こういう戯れをやり過ぎて、もうお約束のようになっている。

 

「へえ。仲がいいんだね。というかさ、それって小さい時の話だよね。ジーンとレイヴンっていつから知り合いなの?」

「いや……。子供っぽいと思うだろうけど、それがそんなに小さい頃の話じゃないのよ」

「そうねえ、十年は経たないくらいだったかしらん?ジーンちゃんはドンが拾ったのよ。それで一時期天を射る矢(アルトスク)で面倒見てた、って話はしたっけね」

天を射る矢(アルトスク)に身を寄せてたってそういう事だったんだ。それでドンやハリーとも親しかったんだね」

「そゆこと。あの頃のジーンちゃんは可愛かったのよ?何処行くにもおっさんかドンの後にしがみついて」

「レイヴン!!いい加減にして!」

 

 今度こそジーンの拳はレイヴンの顎にクリティカルヒットした。盛大に吹っ飛んでいったが、どうせオーバーに演出しているのだ、大したダメージはあるまい。

 

「はは、ガキの頃知られてっと流石のジーンも形無しだな」

「っててて、調子戻ったらすぐこれなんだから。そう言う青年はどうなのよ。小さい頃の可愛らしい話とかないの?」

「ユーリ、それすっごく興味あります」

「はあ?おい待て、詰め寄るな!」

 

 エステルが思わぬ食いつきを見せ、ユーリにずいと擦り寄った。先程まで気分が沈んでいたようだから、ちょうど良い気晴らしなのかもしれない。

 

「フレンくんに聞いたらわんさか出てきそうね」

「アホらし。あたしは部屋で休んでるわ。なんかあったら起こして」

「あ、逃げた」

 

 リタが先に離脱して、ジーンも変な追及が来ないようにと少し距離を取る。離れたところに座り込めば、ラピードがそばに寄ってきた。

 この子は普段一匹狼気質なところがあるが、なにかとジーンを気遣ってくれている。もしかすると、飼い主のユーリに似たものをジーンに感じているのかもしれない。

 そうだったらいい、というジーンの願望込みで。

 

「そういえば、ラピードはどうしていつも煙管を咥えているの?」

「ワン」

「そう、大事なものなのね」

「ワン!」

 

 会話になっているようにラピードが吠えているだけだが、なるほどこれは面白いかもしれない。色々と話しかけてみると、毎度違った鳴き方を返してくれる。

 犬の鳴き声なんて「ワン」とか「ワオーン」とかそのくらいだと思っていたけれど、随分多彩なものだ。

 

「…………私とラピード、どっちが料理上手いと思う?」

 

 最後にした質問にだけ、彼は答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デスエール大陸の北。ヨームゲンがあった入り江の反対側の砂浜に船を泊めた一行は、北に聳えるテムザ山に向けて歩き出す。

 

 ここにくる前、ジーンは一度トリム港への寄港をお願いしていた。花屋で大量の鉢を買い付けるためだ。

 所持金の殆どを叩いて買い込むにあたっての交渉や運搬の手伝いを、ジーンはユーリに頼んだ。相変わらず、ジーンは他人の発する言葉の殆どを遮断している。

 

「そこは素直に明かすんだな」

「聞いてないのは分かってるでしょう。なら有り難く手伝ってもらうわ」

「俺の声は聞こえてる。花屋の売り子の声は聞いてない。慣れか?」

「そうね。聞こうとすれば聞けるのよ。古代文字を解読してるような感じ、って言ったら伝わるかしら。今はもう、そんなに気を張らなくても君たちみんなの声をちゃんと聞けてるはずよ。第三者が入ってくる時は君が通訳してね。自分で引き入れたんだから」

 

 なんて会話をして、航海中こまめに買った花の世話をしていた。エステルなどは知識もあってよく手伝ってくれた。船を降りる直前、それをせっせと刈り込んで、即席の花束にする。

 花には詳しくないので、ただ束ねるだけの不格好なもの。両腕でなんとか抱えられる大きさの無節操なそれは、彩りは少なくとも満開の花で満ちていて、綺麗だった。

 

「にしても、なんで花束なんだ?」

「砂漠に彩りは必要でしょ?」

「ふーん、そういうもんか」

「持つの、手伝いましょうか?」

「ううん、大丈夫。減ってくし」

 

 言いながら、一つ目の砂丘のてっぺんで抱えた花束から数本を引き抜く。砂の上に散らして、ジーンはまた次の砂丘へと歩を進めた。

 

「ジーン姐、何してるのじゃ?」

「個人的なことよ。多分そのうち分かるわ」

「…………」

 

 パーティーの中では年上側になるユーリはなんとなくその意味に勘付いたかもしれない。レイヴンは、静かにジーンの背中を見つめていた。

 

 十年前。テムザの山から転々と連なる死体の道があった。魔物に食い散らかされ、正確な数を数えることもできなかった血の道に、ジーンは十年越しに花を贈っているのだ。

 

 二度目の砂漠だ、みんな多少の慣れがあった。休憩を適度に取りながら、炎天下の中を歩く。時折襲ってくる魔物はいるものの、花束を抱えたジーンが戦闘に参加することはなかった。

 

「代わるわ。そんなにずっと魔術使いっぱなしじゃもたないでしょ」

「大丈夫よ、これくらい。心配してくれてありがとう」

 

 陽射しで花がヘタレないよう、複数の魔術をかけ続けながら砂漠を歩く必要があったからだ。夜の間の休憩で、貴重な水筒を花瓶がわりにしていたジーンを見かねたリタが声をかけてくれた。

 これでも体力や精神力には自身がある。一昼夜平気で砂地の上を走り続けられるくらいには。

 

「ジーンは魔術が得意ですよね」

「得意って程ではないと思うけど。治癒術とか、エステルちゃんの方が高度なことしてるしね」

 

 彼女は魔導器(ブラスティア)なしで魔術を使うことができる、満月の子と呼ばれる力の持ち主だ。その力のせいでフェローから命を狙われているようだが、エアルの扱いについては彼女が最も長けている。

 魔導器(ブラスティア)についてはリタが比肩する者のいない魔導士だし、あれでレイヴンも器用に術を使う。

 

「でも、ジーンの本来魔導器(ブラスティア)でやるようなことを自分で術式組んでやっちゃうって点は誰も真似出来ないと思う。正直、あたしも時間があるならジーンの術式の組み方を研究したいし。理論が着いてきてないだけで、ちゃんと勉強すればアスピオの魔導士の殆どは追い抜けるんじゃない?」

 

 興味があるなら寄ってみたら、との誘いは曖昧に微笑んで誤魔化した。リタの論文を読むだけでも一苦労だったのだ。研究なんて出来るはずがない。

 

「俺は勉強すんの面倒で魔術はからきしなんだよな。確か騎士団にいた頃座学やらされた覚えはあるんだが」

「あら?ユーリって元騎士なの?」

「あれ、ジーン知らなかったの?」

 

 ジーンが話を聞いてなかっただけか、それとも偶々ジーンの前でその話にならなかっただけか。

 

「というか、ジーンってユーリのことユーリって呼ぶようになったんだ?」

「くんで呼ばれるの嫌なんだって」

「へー、まあユーリっぽくないよね」

「まあな、それもあって仲良くしようぜってことでな」

 

 軽く流して、ユーリは「騎士っつっても名ばかりだぜ、すぐ辞めたし」と話を戻した。

 

「ま、でも言われなきゃ青年が元騎士だとは思わないわよ。お堅いイメージないしね」

「帝国騎士団って今は平民も普通に入団出来るのよね。昔は色々あったって聞いたことあるわ。貴族が幅きかせてるのは同じだけど」

「そうなんだ。でもホラ、帝国騎士団の『英雄』って平民出身の騎士じゃなかった?」

「帝国騎士団隊長首席、シュヴァーン・オルトレインですね」

「そうそう、ボクら一回捕まったよね」

「え、そうなの?」

 

 言わなかったっけ、とカロルが首を傾げた。カルボクラムで騎士団に捕まったと聞いたが、シュヴァーン隊にだったらしい。そういえばカドスの喉笛でユーリを追いかけているシュヴァーン隊の隊員を見かけたんだった。

 

「まーまー、お喋りはその辺にして食事の準備しましょうや」

「そうだな、あの時ニセ情報垂れ流した誰かさんもこう言ってることだし、雑談もこの辺にしとくか」

「そうねー、一発ぶん殴りたくなってきたわ」

「ちょっと!?」

 

 大袈裟に騒いでいるレイヴンを横目に、ユーリは何本かの人参を片手にジーンの元に歩み寄ってきた。

 

「ほい、ほいっと」

 

 そのまま簡単に調理台を整えて、ケースに入った包丁を差し出す。

 

「どうしたの?」

「刃物の扱いは上手いんだから、野菜切るくらいなら出来るだろ?こういうのはやらなきゃ覚えねーもんだ」

「なるほど」

 

 ジーンの悲しい料理の腕を気にしてくれたらしい。設備の限られる野営での挑戦にさせたのは、ちょっと爆発しても問題ないから、という考えかもしれない。

 ケースから包丁を取り出して、指先でくるりと回転させる。だいぶバランスの悪いダガーだと思えなくもないか。加えて切れ味も悪いが。

 

「ちょ、ちょいちょいちょい、せーねん!」

「なんだよレイヴン、あんま近付いてくんな」

 

 ジーンが包丁を振り下ろす寸前、あっという間に飛んできたレイヴンがジーンとユーリの間に割り入った。

 

「ジーンちゃんもストップ!明らかに包丁の持ち方違うでしょうが!おっさんとの約束忘れちゃったの!?」

「うるさいぞレイヴン、野菜切るくらい出来るから」

「出来ないから言ってんのよ、ってああちょっと!!」

 

 ギン、と鈍い金属音があたりに響いた。何事かと視線を集める中で、ジーンは人参と包丁の間に短剣を差し込んできたレイヴンを睨み付ける。

 

「なに、邪魔」

「ジーンちゃんあのね、調理台って一つしかないのよ。これ壊れちゃうとおっさんたち次の食事から野菜丸齧りしないといけなくなるのよね」

「壊さないわよ」

「嘘おっしゃい。俎板ごと切断する勢いだったでしょうが」

「……切れなきゃ意味ないでしょうが」

 

 ジーンの苦しい言い訳は、「すまん、流石にそのレベルだとは思わなかったわ」とユーリが謝罪したことで取り下げられた。

 

「ジーンは今後、包丁持つの禁止な!」

「フライパン持つのも禁止よ。ジーンちゃん、見張っとかないと炭化するまで火止めないから」

「私、結構燃えて炭になるとこ見るの好きよ」

「フライパンも禁止な!鍋も!」

 

 大半の料理道具を禁止され、ジーンは皆の調理中潔白を証明するために離れたところで両腕を掲げていることになった。ラピードが隣でクウンと哀れっぽく鳴いてくれている。

 

「私、魚捌くのだったら上手いわ。本当よ」

「レイヴン?」

「嘘発見器におっさん使わないでよね……。まあ本当よ、お刺身だったら作れるかもね」

「へえ。ま、今砂漠のど真ん中なんでな。今度魚釣れた時に披露してくれ」

 

 海釣りを試してみるか、と思いながら頷いた。鳥や豚の解体も上手いのだが、披露する場は流石にないだろう。そもそもジーンが一部分だけ刃物の扱いが急激に上手くなるのは、そういう才能をしているから、ということになる。

 

 ジーンには、誰も比肩することのない才能があった。

 

 殺しの才能だ。

 生き物の何処をどう切れば良いのかが手に取るように分かる。

 魔術も、それが殺しのための魔術であれば容易に使いこなした。敢えて出力を落としているのも、補助術をメインに覚えているのも、ささやかな抵抗だ。だからジーンは、魔術が好きではないし、研究者になれると思えない。

 兎角、殺しに関することであればジーンは天賦の才に恵まれていた。

 

「ジーン?」

「あ、ごめんなさい。ぼうっとしてたわ」

 

 いつのまにか、ユーリがジーンの分の皿を持って立っていた。今日はカレーライスだ。受け取って、椅子代わりの岩に腰掛けた。

 

「あんま気にすんなよ、人間誰しも下手くそ過ぎてどうにもならねえものってのがあるもんだ。俺が魔術使えないのと同じでな」

「え、ええ。もう料理は諦めたわ」

「ま、これからは野営になってもおっさん無駄に働かせなくていいぜ。出来るやつで分担すりゃあいいんだ。その分他で働いてもらうからな。な、ラピード」

「ワン!」

 

 応えるように吠えたラピードの元にも、彼のための食事が個別に作られている。

 

「差し当たって、今晩の寝ずの番とかかしら?」

「それはまた今度な。疲れてるんだろ?」

「そうでもないわよ。でもそうね、こういう時にレイヴンを使いましょうか。レイヴン、聞こえてたでしょ。代わりに不寝番やって」

「聞こえませーん。ふわあ、おっさんなんだか眠くなってきたわ〜〜」

「いいからやって」

 

 どうせ眠りも浅いのだろうから適任だ。役目を放り投げたジーンは、傍のユーリがなんとも言えない表情をしているのに気が付いた。

 

「どうしたの?レイヴンじゃ信用ならない?」

「…………いや、別に。じゃあよろしくな、おっさん」

 

 すくりと立ち上がって、空になった皿を返しに行くユーリに首を傾げる。

 

「何かしら」

「拗ねてるんじゃないの〜」

「拗ねる?どうして?」

「さあね」

 

 適当なことを言って仮眠のため離れていくレイヴンの後ろ姿を眺めながら、ジーンは大人しく寝そべっているラピードの背中を恐る恐る撫でた。ふわふわだった。

 

 

 

 

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