明星に誓って   作:テロン

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あなたは違うと思う

 

 

 

 

「最後、そこお願い!」

「やり過ぎんなよ!」

 

 ジュディの槍の一閃が通り過ぎれば、そこには二人の人間が倒れていた。

 彼女が案内するままにテムザの山の奥へと進み、バウルがいるという洞窟の前で、魔狩の剣の幹部二人と戦闘になったのだ。やはり、始祖の隷長(エンテレケイア)を倒すべき魔物として追ってきたらしい。

 

 戦闘終了の気配と共に、エステルが倒れた敵に駆け寄った。いつの間にか、人間と戦う時の習慣になっていた動作だ。もうしなくていい、と伝えるのを忘れていた。

 

「大きい怪我はないようですよ、ジーン」

「あ、うん。ごめんなさい、気を遣わせて」

「結果倒せたんだから良いだろ。それよりジュディ、そろそろ話してもらえるよな」

 

 バウルを守る為に一人でずっと戦っていたというジュディは、そこでようやく重い口を開いた。

 

 何故、魔導器(ブラスティア)を壊したのか。

 

 彼女は元々、魔導器(ブラスティア)を破壊して回る竜使いとして知られていた。正体を知りながらもユーリが協力関係を結び、奇妙な縁でギルド凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)を結成するに至る。

 そして突然、船の駆動魔導器(セロスブラスティア)を壊して逃走した。あの時は旧式の魔導器(ブラスティア)が船に残っていたから良かったものの、そうでなければ陸が見えるまで海を漂流し続けるところだった。

 

 本来ならこれは、彼らギルド内の問題だ。ジュディは一人はギルドの為に、という掟を破った。そのケジメはギルド内でつければ良い。ジーンたちは部外者だ。

 けれど、彼女の標的にエステルが含まれていたことを、ユーリは指摘している。それが事実であるなら、エステルも無関係ではない。

 

 そして彼女は語った。

 

 人魔戦争の発端となった、エアルを過度に消費するヘルメス式と呼ばれる特別な魔導器(ブラスティア)の存在。今もなお稼働し続けるそれを破壊することを、己の使命としたこと。

 そして、ヘルメス式魔導器(ブラスティア)と同じかそれ以上エアルを乱す、満月の子、エステルを見極める為に同行していたことを。

 

「地上のエアルが乱れ、エアルの源泉たるエアルクレーネが活性化し、始祖の隷長(エンテレケイア)がそれを収める、ね」

 

 太古の昔から続いていたそのサイクルを、壊したのがヘルメス式魔導器(ブラスティア)。だから始祖の隷長(エンテレケイア)は怒り、人魔戦争が起きた。今この世界で、その理屈を理解している人間がどれだけいるか。

 

「どう?レイヴン。始祖の隷長(エンテレケイア)はその魔導器(ブラスティア)の使用を止めろと警告していた?」

 

 戦争時、前線にいたレイヴンにジーンはこっそりと問いかけた。答えはなんとなく、分かっていたけれど。

 

「ジーンちゃん、本当にあいつを見たのねえ」

 

 返ってきたのはそういう答えだった。なら、そういうことだ。あれは見るからに、殺戮を目的としていた。

 

 始祖の隷長(エンテレケイア)は何のために人の言葉を操るのだろう。それかひょっとして、人間の方が始祖の隷長(エンテレケイア)の言葉を真似したのだろうか。

 

"あなたには権利があります"

 

 耳の奥で涼しげな声が響いた。

 

『力には責任がある』

 

 嗄れた老人の声が響いた。

 

 権利、責任。

 

 少なからず誰にもあるものだ。

 今、その責任を最も問われているのは、エステルだった。誰よりもエアルの扱いに長け、比肩する者のいない強力な治癒術を行使してきた。

 その力に対する責任が、彼女にはある。

 

「フェローに会いに行くと良いわ」

 

 ジュディは、フェローの住処がこの砂漠にあることを明かした。

 長い旅の答えが、ようやく明かされそうだ。

 

 ジーンはあまり、興味はなかった。満月の子がどうであれ、エステルがどうであれ、ジーンのやるべきことには関係なかったから。

 何となく着いていきながら、ジーンは覚悟を決めたようなエステルの後ろ姿を見てはたと立ち止まる。

 

 だからジーンは、エステルのようにはなれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バウルは成長の為に洞窟に篭っていたらしい。大きくなったバウルは、フィエルティア号をその体に括り付けて悠々と空を飛んだ。

 

 テムザの山が眼下にグングンと遠ざかっていき、顔を上げれば遠くに煌めく水平線が丸く弧を描いている様が見て取れる。この世界も、空に煌めく星と同じように球体なんだという。

 夜の星は見れない癖に、朝や日暮れの薄ぼけた空と海を眺めるのがジーンは好きだった。

 

「ねえ、レイヴン」

「ん?」

 

 身を乗り出して海と大陸を眺めていたジーンは、隣で船縁に凭れて座っていたレイヴンを呼ぶ。

 過労でジュディが倒れたことにより、皆は一旦船内に入っている。甲板にいるのはジーンとレイヴンくらいだった。

 

「今、あなたに私はどう見える?」

「どうって……。いつも通りのジーンちゃんじゃないの?」

「本当にそう見える?」

 

 意図を掴み損ねたレイヴンがジーンを見上げた。ジーンもレイヴンを見下ろしていた。

 普段、レイヴンがジーンの顔を正面から捉えることは殆どない。けれど、お互いの顔を見る機会はそれなりにあった。目が合わないのはそうならないよう、お互いに目を逸らすからだ。レイヴンも、ジーンも、互いに言っていないことが山ほどある。

 

 例えば、人魔戦争のこととか。

 そもそも、己がどういう人間であるか、とか。

 

 薄いブルーの瞳は、冬の空に似ている。その瞳の奥の空洞は、初めて会った時から何の変わりもなかった。

 

「……やっぱ、ダングレストにいた方が良かったんじゃないの。衝動で殺しちゃって、ドンも……。今は気持ちが追いついてないだけで、そういうのはふと立ち止まった時にまとめて襲ってくんのよ」

 

 今回は、レイヴンの方から目を逸らした。

 

 ちくりと心が痛むのを感じた。

 彼がとんでもなく的外れなことを言っているからだ。

 

 わざとなのか、本気なのか、ジーンには分からない。ジーンはレイヴンのことを知らないからだ。

 同じように、レイヴンはジーンのことを知らない。当たり前の話だ。ジーンは話していないから。

 どうしてジーンは不殺を誓ったのか。どうして今、ジーンが不殺を投げ捨てたのか。どうして今こんな話をしているのか、ジーンが何をしようとしているか、何のためにここにいるのか。

 レイヴンが知っているのかどうかすら、ジーンは知らなかった。

 

「レイヴンも、ダメだったって思う?私は何も変わらなかったって思う?」

「さてね。そういうの、おっさんには分かんないや」

「私はそうだと思うよ」

 

 虚を突かれたように、レイヴンがジーンに視線を戻した。瞬きもせずに、ジーンは彼を見ている。今、目を逸らされては困るからだ。

 

「何も変わらなかった。これからも死ぬまでこうだと思う。性懲りも無くこうしてユーリに着いてきたけど、私にはもう変わる気は無いし、そういう未来もないと思う」

 

 ジーンも、結局何も変わっていなかった。思いやりのない悪人で、平気で人を傷つける悪党で、そうと分かっていて善人の手を握ってしまう。

 どうしようもない奴だ。それは変わらない。変わらないのだ。ジーンとして生まれ出た時から、その性質は変わることがない。

 

 レイヴンは、ジーンがドンに出会って変わったと思っている。

 

 そうじゃないのだ。それではジーンを理解できていない。

 

 ジーンはかつて、レイヴンの手を握った。ジーンは今、ユーリの手を握った。

 ジーンという人間は、その間何も変わっていない。

 

「でも。あなたが今『変わったな、ジーン』って言えば、違う道があったと思うよ」

 

 何の話をされているのか分からない、という顔だった。もしかしたら無意識では分かっていて、理解を拒んでわざとそういう表情を選んでいるのかもしれない。どちらであっても、ジーンのやることは変わらなかった。

 

「私、弔いのつもりで赤眼を殺したんじゃないわ。今のうちに殺しておかないと、その機会が無くなるって思ったから殺したの」

「……どういう意味だ」

「そのまんまの意味よ。殺したかったから殺した。それだけ。ねえレイヴン、私長い長い夢から覚めちゃったのよ。今の私は受けた依頼を完遂しようとしてるだけ。きっとその感覚はあなたにも分かるわね」

 

 死んでいるのだ。死んでいるのに、何故か動いているのだ。

 

 ジーンは。ドンの死を、悼める人間ではなかった。ドンの死を招いた元凶に、怒りや義憤をぶつけられるような人間ではなかった。

 そういう風に歪んでいて、それはもう不可逆的なものだった。

 

「でも、あなたは違うと思う」

 

 ジーンには、やらなければならないことがあった。やりたいことがあった。

 それが、ドンの遺志だと思っている。

 

「本当は、私がちゃんと変わって証明したかったけど。どうも無理そうだから、それだけ言っておく。あなたはレイヴンだ。そういう認識があるなら、もうあなたはレイヴンなんだよ。演目なんて、演じている本人にしか決められないんだから」

「……どしたの、ジーンちゃん。疲れてるんじゃない?」

「あなたがね」

 

 最後までジーンの言葉を右から左に受け流し続けた男に背を向けて、ジーンはその場を離れた。吹き荒ぶ風の中でも、ジーンの耳は小石の転がる音一つ逃がさない。

 

「相変わらず、めげないねぇ」

 

 ポツリと呟かれた声に、ジーンは張り詰めていた表情を柔らかく崩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオン本部は人の出入りの激しい場所だった。ドンへの上申は絶えず、相談やら報告やらで日に百以上の人間が建物内を行き交う。

 

「ジーンちゃん、進めないんだけど?」

 

 八年前。拾われて数ヶ月の間、ジーンはその地下の一室に住みながら世話係につけられたレイヴンを好き勝手使い倒しながらなんとか『普通』の生活というものをしていた。その頃の話だ。

 ジーンは先を行くレイヴンの背中にひっつきながら、前に歩こうとするレイヴンを全身で引き留めていた。

 

「絶対嫌〜!!どうにかして」

「ここまで来て何言ってんだか。大体、昨日は良いって言ってたじゃないの。ジーンちゃんより小さいガキんちょよ?」

「だから嫌なの!」

 

 人通りの多いユニオン本部の、しかもドンの執務室に近い廊下だ。喚いているジーンとレイヴンは相当に目立っていて、それでレイヴンが辟易しているのは理解している。けど、ジーンも必死だった。

 

「子供なんて触ったら死んじゃうもん!」

「アンタも子供でしょうが。ったく、ドンが会わせるって言ってんだから本人も向こうにいるでしょうよ」

「嘘ついたら滅多刺しにしてやる……」

「これで本当に改心してんのかねえ」

 

 この数ヶ月で、ジーンは『不殺の誓い』のために画期的な方法を編み出していた。

 ドンとレイヴン以外に会わなきゃ良いのだ。

 ドンもレイヴンも、ジーンには殺せない人間だ。だからこの二人は問題ない。他はダメだ。会ったら殺せてしまう。そしたらまた無意味な死を積み重ねることになる。

 

 そうして引きこもり、レイヴンに何もかもをさせていたらドンがいきなり自分の孫に引き合わせると言うのだ。

 曰く、歳もそんなに離れてねえし丁度いいだろう、とのこと。

 

 一度会うくらいならいいだろうと数ヶ月振りに引きこもっていた部屋から出たジーンは、すぐにレイヴンの背中にしがみつく羽目になった。

 思ったより人がいる。口々に動物の鳴き声を垂れ流しながら、無防備に急所を晒して歩き回っているのだ。

 それでも耐えて耐えて、目的地の直前でとうとう限界になった。

 

「う、うう……」

「ジーンちゃん、こういう時ばかり可愛く泣くのやめて?これじゃ俺がいじめてるようにしか見えないんだけどー?」

「おんぶして……」

「このガキ……」

 

 溜息を吐いたレイヴンは、周囲に「隠し子か……?」と囁かれて一度壁に思い切り頭をぶつけた。

 

「俺様まだぴちぴちの27なんですけど!?」

「老けて見えるんじゃないの?」

「嘘泣きくらい貫き通してくんない!?」

 

 喚きながらも腰を落とした背中に飛び付く。体幹がしっかりしているから、よろめくこともなくジーンを持ち上げた。要求しておいてなんだが本当にやってくれるとは思わなかった。

 人の背におぶさる経験など幼少期以来のことで、密かにテンションを上げたジーンはそのままドンの私室まで連れていかれた。

 

「入りますよーっと」

「っ!」

 

 何の躊躇もなくドアは開かれ、身を固めたジーンの耳を叩いたのは小さな怪物の鳴き声だった。

 

「うわああああああ!!」

「あちゃー」

「っ!」

 

 ひゅ、と喉が変な音を鳴らした。金髪の、子供だ。酷く弱く、脆く見えた。すぐに殺せる。それこそ触れるだけで、殺せる。どうすれば殺せるか、ジーンの思考回路が音を立てて動き始める。急所のいくつもを指差して、ここだ、ここをやれと言い聞かせるように数ヶ月振りの声が囁くのだ。それでは意味がないのに。

 

「どしたの、ハリー。えらい泣き様だけど」

「さっきその辺をトカゲが横切ったんだと。ったくハリー、男ならもっとドシッと構えねえか」

「まあ、こっちも仲良くお話って感じじゃないからむしろ良かったのか……。あれ、ジーンちゃん、ジーンちゃん?」

 

 その時ジーンは顔を真っ青にしてプルプルと震えていたらしい。自分も号泣していた癖にバッチリ覚えていたハリーが、その後もスライムジーンと揶揄ってくるくらいには。

 ジーンは子供の甲高い声が一番苦手なのでこれはもう仕方がなかった。

 口を出さないドンに代わってハリーを泣き止ませ、ジーンを宥めすかして互いに自己紹介をさせたのも、その後何処へ行くにも怯えながら背中に引っ付いていたジーンを抱えることになったのも、全部レイヴンだ。

 

 ともかくそれがジーンとハリーの出会いで、不殺を誓ったジーンがドンとレイヴン以外の人間と交流し始めた最初の失敗で、その後ジーンが旅に出てからもあらゆるところに呼び出されるようになるレイヴンと、そうしていいと学習したジーンとの関係の始まりだった。

 

 

 

 

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