明星に誓って   作:テロン

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私みたいな人間

 

 

 

 

「特殊な術式でエアルを大量に消費する魔導器(ブラスティア)に、その身に刻まれた術式で魔導器(ブラスティア)なしで魔術を使えるけど、これまた大量にエアルを消費する満月の子、か」

 

 ここまではジュディが語った話と概ね一致する。フェローとの対談で得た情報の主なところは、この後だ。大量にエアルを消費すると、一体何が引き起こされるのか。

 

 その答えとして一番わかりやすいのが、まさにコゴール砂漠だという。

 急速にエアルを消費し過ぎると足りなくなったエアルを補填しようと各地のエアルクレーネが活性化し、結果有限の資源であるエアルは枯渇する。コゴール砂漠も、かつてはエアルの恵み溢れる緑豊かな土地だったそうだ。

 それがエアルの乱れによって乾いた砂漠と化した。壮大な話だが、始祖の隷長(エンテレケイア)の言葉なら嘘ではないだろう。

 

「要はエステルが力を使ってもエアルが暴走しなきゃいいのよ。その方法を見つければフェローだって納得する」

「その手がかりがクリティア族の隠れ里にあるかもってことね」

 

 リタの家に初めて踏み行ったジーンは、四方八方に散らばる学術書や高度な術式の走り書き、壊れた魔導器(ブラスティア)などに目を回しながらも現状を把握した。最初こそレイヴンも近くで聞いていたが、途中で自分の手に負える話ではないと離脱してしまった。そういうズボラさはジーンにはないので、こうして一人リタの前で正座しているわけだ。

 ここはリタの家の中でも実験スペースにあたる二階部分で、早々に諦めたレイヴンを始め、エステルやパティは一階部分で休憩をしていた。

 ジーンも出来ればそちらに加わりたい。あれこれと考えていたところにリタが魔導器(ブラスティア)論を湯水のように浴びせかけるので、もうのぼせる寸前だ。

 

「ちょっと休憩を……」

「まだ話し始めたばっかじゃない。どうジーン。エステルが持ってる術式がどういうものか分かる?」

「え、それは流石に…‥。そりゃあ、私の組む術式とは原理からして全く違うなっていうのは分かるんだけど、そもそも目で捉えられるものじゃないでしょう」

「だからアンタに聞いてんのよ。エアルが過剰に消費されている感覚はある?」

「まあ……それは、なんとなく」

「ほら、それよそれ。そういう野生の直感みたいなのでいいから今は材料が欲しいのよ」

「野生……」

 

 そうは言われても、と思案する。ジーンが朧げながらエアルの流れを捉えられるのは、別にジーンがそれに詳しいからでも扱いに長けているからでもないのだ。

 難しい理論は専門外なのだが、と思いながらもジーンは持てる限りの知識を引っ張りだした。

 そうしないと終わらないと理解している。

 

始祖の隷長(エンテレケイア)はきっと、何したってエアルを消費しないわけでしょう。魔導器(ブラスティア)を使わないで術技を使えるのはクリティア族もそうよね。多分、魔導器(ブラスティア)魔核(コア)が果たす役割を自分の体で出来るからだと思うけど」

「続けて」

 

 リタは肯定も否定もせずに考え込んでいる。ジーンの言葉すら、彼女にとっては頭の中の仮説を組み立てる歯車の一つなのだろう。

 

筐体(コンテナ)にエアルを流し込んでいるのが魔核(コア)の役割。けれど、正確には、流し込まれるときにはエアルじゃない別の何かになってるわよね。だから、その変換こそが魔核(コア)の特徴で、その過程がエアルの消費ってこと、かなあと捉えているのだけど、合ってるかしら?」

「定説ね、その程度のことならアスピオにも論文があると思うわ」

「ん、だからえーっと、その変換を魔核(コア)に刻まれた術式とか、エステルの体が生まれ持った術式が行ってて、でもそれって多分非効率的なのよね。起きてる現象があまり消費したエアルの量に見合ってないというか……。変換にロスがあるのかしら?」

「それがアンタの受ける感覚?」

「そうね。つくづく人間って生き物としてのステージが低いというか、規格が下っていうか……。いや、そもそも魔導器(ブラスティア)自体もそういうものなのかしら。始祖の隷長(エンテレケイア)が体内でやれていることを、彼らの成れの果てを使ってでしか人工的に再現出来なくて、それでも効率が悪くなる。聖核(アパティア)すら使わない満月の子は、もっと非効率なのかも」

「……そうね。あたしの仮説とも合致するところがある。やっぱりアンタもそう思うわよね」

 

 伏せていた視線をあげたリタは、そう投げやりに言った。

 

始祖の隷長(エンテレケイア)やクリティア族はエアルの変換を必要としない。だからエアルを消費しない。理屈としては納得できるわ」

「それなら、逆に消費しすぎてしまうエステルちゃんとの違いは何処にあるんでしょうね」

 

 体の構造の違い、と言ってしまえば簡単なのだがそれだと話が終わってしまう。リタもそれについては口を噤んだ。結論が出せる段階にいないのだろう。

 

「当面の話なら、エステルちゃんが武醒魔導器(ボーディブラスティア)を通して術技を発動するようにすれば凌げるんじゃないかと思うのだけど、難しいのかしら?」

「それ、素人丸出しの意見ね」

「だから素人だって言ってるじゃない……」

「確かにそれができたら良いんでしょうけど、多分ダメね。エステルの力が強すぎて、そっちが先にエアルを消費しちゃってる。そうじゃなくても、複数の武醒魔導器(ボーディブラスティア)を意図的に使い分けるみたいな離れ業、普通の人間には無理に決まってるでしょ」

「うまくいかないのね」

 

 ジーンの返答は些か投げやりっぽく聞こえたかもしれないが、ちょうどその時ノックの音が響いたせいで責められなかった。ユーリたちだろう。

 

「帰ってきたみたいね、その探してたクリティア族の人見つけたのかしら」

「まあ、まずはそっちか。あいつら、ちゃんと情報持って帰ったんでしょうね」

 

 家主のリタが場を離れたところで、ようやくジーンは解放された。げんなりと息を吐いて、背伸びする。

 考え事をする時は声に出すと良いと聞いたことはあるけれど、リタはそれに加えてキャッチボール相手がいると考えが纏まりやすいタイプなのかもしれない。モルディオ博士と言ったらこの歳で魔導器(ブラスティア)学界の最前線にいる天才だから、討論する相手もほぼいなかっただろうけど。

 

「ジーン、降りてこいよ。休憩は終わりだと」

「ええー、私全く休憩じゃなかったのだけど」

「俺らもそうだ。けど、事は一刻を争うらしい。船のベッドも慣れりゃ悪くないだろ?」

 

 一階から呼びかけられて、ジーンは溜息の後に梯子を降りた。

 

「ま、寝床があるだけ天国ね」

「そりゃ、確かにそうだが……」

 

 最後の数段を飛ばしてぴょんと降り立ったジーンに、何故か面食らった表情のユーリが言葉尻を濁した。

 

「どうかした?」

「いや……。本当に萎びてると思ってな。ジーンも疲れることあんだな」

「だから言ってるのよ、休めてないって……」

 

 ジーンを疲弊させるのは、専ら精神的な疲労というやつであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い花の咲く岸辺を探せ、というのが案内人の言葉らしい。幸いバウルで空から調査が出来るので、海岸線を飛んでもらいながら代わる代わる双眼鏡で地上を探す。

 

「ところで」

「ところで?」

 

 脈絡なく、近くに立っていたジュディが手持ち無沙汰に双眼鏡を弄っていたジーンに声をかけた。談笑していたわけでもないし、何が『ところで』なのか謎である。

 

「あなたってどういった異性が好みなのかしら」

「え?突然どうしたの?」

「だって今目的地が見当たらないし、暇なんだもの」

 

 言い切って、ジュディは「バウルが昨日からずっと静かなのよ」と気持ち不貞腐れたように言った。

 

「疲れてるわけじゃないみたいだけど。フェローと会って何かあったのかしら」

「さ、さあ……」

 

 それはジーンのせいと言って差し支えないだろう。今すぐ排除したいと思ってるわけではないだろうが、ジーンはバウルと話をすることは出来ないので分からない。

 

「それで、どういう人がタイプなの?」

「無いわよタイプとか。私がどういう奴か聞いてないの?」

「あらそう?」

「ウチは一本筋の通った男が好みじゃぞ」

 

 近くにいたパティがピョンと台から降りて寄ってきた。

 彼女も不思議な子だ。アイフリードの孫だというが、ギルドではアイフリードの名は蛇蝎の如く嫌われている。ブラックホープ号事件と呼ばれる一件で、護衛した船の乗客の悉くを虐殺して失踪したと伝わっているからだ。

 虐殺ったって一隻の船なのだから多くても数百くらいだろうが、ギルドの信頼に泥を被せた大罪は重いと考えられている。

 

「筋の通った男、ね。パティちゃんのお祖父様もそうだったのかしらね。君とアイフリードのタイプが一緒だったかもって意味だけど」

「アイフリードを尊敬してるって話じゃなくて?」

「え?まあ、アイフリードもそういう人だったかもしれないわね」

「それは……。どう、かの……」

 

 ジーンの言葉に俯いたパティは、やはりアイフリードの悪名を気にしているようだった。

 本人はアイフリードの孫というのを隠していないので、行く先々でバレてはあらゆるギルドに冷遇されているらしい。

 

「言うだけ勝手なんじゃないかしら。他人の好みなんて、古今東西共通の話のタネだもの。そうでしょ、ジーン?」

「そういうジュディこそどうなの?意外と良い人がいたり?」

「私はジーンに聞きたいの」

「ご、強情……」

 

 顔を引き攣らせながら、ジーンは天を仰いだ。甲板には他の面々が散らばっているが、こういう時助けてくれそうなユーリは──「お、恋バナか?」普通に参加してきた。

 

「ジーンはあれだよな、くたびれた……」

「ユーリ?」

 

 ふざけたことを言い出したユーリを黙らせて、ジーンは「好みとかないんだってば」と再度宣言した。

 

「もう、エステルちゃんの恋バナとかの方が絶対面白いと思うわよ?」

「あの子はちょっと分かり易すぎるもの。きっと騎士物語に出てくる騎士か王子様のような人がタイプだわ」

「フレンくんみたいな?」

 

 具体例を出したジーンに、ユーリとジュディの視線が突き刺さった。二人同時に呆れたように首を振る。

 

「なによ」

「いや、な」

「具体例を出すのはダメよ、生々しくなるもの」

「じゃの」

 

 そうして、パティまでもが同意した。

 

「そうなんだ。難しいなあー、その感覚」

「ユーリはきっと女泣かせなタイプじゃな。これまで泣かせた女は数知れずってところじゃ」

「おいおいパティ、人聞きの悪いこと言うなよな」

「否定しないの?さては心当たりがあるのね?」

「そういうジーンは、そう何度もはぐらかせると思わないことだな」

「君も今まさにはぐらかしてるんだけど……」

 

 よく人のことを言えるな、と指摘したけれど、ジーンの味方はいなかった。ジュディはジーンに何を言わせたいのか、無言で微笑んでいる。この間のリタといい、押しが強い。

 

「あのね、考えてみて欲しいんだけど、私みたいな人間に好きなタイプとかあると思う?」

「ジーンみたいな人間って?」

「人間に対して、常に死の選択肢を見てる人間」

「急に哲学みたいなこと言い出したな……」

 

 ちょっと引いた表情のユーリとは違って、ジュディは何故か笑みを深めた。恐れ知らずというか、相変わらずというか。

 

 ともあれ、まだこの話は続くようだった。

 

 

 

 

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