明星に誓って   作:テロン

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甘いものでも作ってよ

 

 

 

 

「なんだかジュディちゃんが怖いから、私船室に戻ってようかしら」

「副作用、と表した人を知っているのだけど」

 

 一歩後退ったジーンを呼び止めるように、ジュディはそう言葉を紡いだ。

 

 副作用。

 治癒術を学ぶにあたって医学を齧ったことのあるジーンは、その意味を理解している。本来体を治すために投与される薬が、望ましくない形で人体に悪影響を及ぼすこと。その薬が強ければ強いほど、副作用も大きくなっていく。

 

「あなたの場合、『不殺の誓い』は薬だったのかしら。それとも副作用?」

「……話が読めないんだけど?」

「難しい話はしてないわ。答えを聞いているわけではないもの。ただ、あなたを理解している人ほど、どうしようもないこともあるのかしらって、ふと考えただけよ」

 

 ジーンのことなら当然、ジーンが一番理解している。理解しているからこそ、どうにもならないことがあることをまざまざと見せつけられている。

 ジーンの次にジーンを知っている人は誰だろう。以前のジーンなら、迷わずドンと言えた。今は、迷っている。

 

「レイヴンと何か話した?」

「あら、そこで出てくるのはやっぱり彼なのね」

「言わせたいんでしょう?そうじゃなくて、私のことを喋る人なんてあの人しかいないでしょう。自慢にもならないけど、交友関係狭いもの、私」

 

 そこでユーリのことをチラリと見て、そういえば何か言っていたな、と思い返した。

 ジーンについて、レイヴンはジーンと似たようなことを言っていた、とユーリは語った。きっと浅くて薄いペラペラな言葉を残したのだろう。

 ジーンだって、レイヴンについてはその程度しか語らないし、語れない。

 

「ジーン姐は、人付き合いはあまり好かんのか?」

「そうねえ。人が好きな人間はきっと、他人を殺してみようとはならないんじゃないかしら」

 

 だから、ジーンに人の好悪などあるはずがない。

 

「だから、他人の声なんざハナから聞いてねえ、ってか」

「…………」

 

 ジーンがこの話題について肯定することはない。その代わり、否定もしない。近頃はパティの声でさえきちんと翻訳して拾うようにしているのだから、不自然なシーンはぐっと減ったはずだけれど。

 

「相変わらずその辺ははっきりしてんのな。ったく骨が折れるぜ」

「君、本気で私のことを知るつもりなのねえ」

「隠されると知りたくなるだろ?」

「それは人によるでしょう」

 

 少なくともユーリはそういう性質らしい。横では「もしかして依頼の押し売りをしたのかしら?」なんて、ジュディが極めて正解に近い推測を叩き出していた。

 

「あの。あの、こんなことを聞くのは間違ってるとは重々承知の上なのじゃが」

「ん?どうかした?」

 

 時にジーンは、声色から感情を判断するのはすごく苦手だ。他者の発する音と声の間に壁を設けているジーンは、ただの会話でわざわざ不要な情報を汲み取らない。声の区別もあまりついていない。

 ジーンの社会性は専ら表情の変化の観察から形成されていて、それ故にジーンより明らかに背の低い子供が俯くと情報源の一切が失われる。

 

「ジーン姐は、殺そうと思って人を殺したことがある……」

「……そうね?」

「だから、人間を好きになることはない……。もしかすると生きた人間を、かもしれぬな」

 

 かなり鋭いところを突くな、と思った。

 アイフリードの孫。ドンの盟友の孫。果たしてその歳でこうまで老成するだろうか。にしてはどう見ても幼い少女で、普段の言動もそれらしい。

 

 歪んでいると言えば良いのか、倒錯していると言えば良いのか、表現の仕方は分からない。それでも、ジーンは、自分や自分のような人間の歪さを知っている。

 その側にユーリが足を一歩踏み入れていることを知っている。本来、人殺しを正当化しない人殺しはいない。防衛本能か、例え難い高潔さか、どんな理由でも。

 それを罪と知り、己を軽蔑した瞬間、人は崩落するものだから。

 

「何が聞きたいのかしら?」

「つまり、その。それは……」

 

 慄いて、それでもパティはしかとジーンを見上げてきた。

 

「アイフリードも、同じじゃったと思うか?」

「……アイフリードが、人を殺したくて殺したかどうかってこと?」

 

 小さな口元がきゅっと引き結ばれた。否定にではない。そう判断して、ジーンはなんと答えようか思案した。

 

「一応言っておくけれど、人殺しに理由を聞くべきではないわ。誰であれ、最終的には殺そうと思ったから殺したに過ぎないの。そこにどんな理由があったとしてもね」

 

 自分の生存のためであったり、他者の生存のためであったり、はたまた、ただの愉悦のためであったり。

 

「愉悦……」

「ただ、私はアイフリード本人ではないから分からないけれど、違和感はあるわね」

「違和感?」

「だって君がいるんですもの。ドンはあなたがアイフリードの生き写しのようだと言った。君が真にアイフリードの孫なら、彼女にも誰かを愛する気持ちがあったんじゃないかしら?」

「そう、か。そうかもしれんの……。ん?今何か変なことを聞いた気がするのじゃ」

「ん?」

 

 噛み締めるようにジーンの言葉を聞いていたはずのパティが、海賊帽子が転がり落ちそうなほど直角に近い角度に首を傾げた。

 

「待て、一つ確認いいか」

「なにかしら?」

 

 ユーリが挙手と共に口を挟んでくる。

 

「今アンタ、アイフリードのこと『彼女』って言ったか?」

「え?そうね。あの御方、とか言った方が良かった?」

「そういうことじゃないと思うの」

 

 ジュディの反応は素気無い。

 

「アイフリードって女性だったのね。てっきり男性だと思ってたわ」

「俺もてっきり男だとばかり……」

「じ、祖父ちゃんじゃなくて祖母ちゃんだったのじゃ!?」

「あれ、違うの?私ずっと女性だと思ってたんだけど、思えば別に会ったことがあるわけでもないし……。誰かに聞いた覚えもないんだけど、どうしてそう思ってたのかしら?」

「アンタが分かんなきゃ誰も分かんねえな」

 

 はて。そういえば微妙に話が噛み合わないと思った。

 ジーンはアイフリードの名を聞いたことがあるだけだが、金髪を靡かせる老女の姿が脳裏にちらつくのは何故だろうか。

 

「アイフリードってもしかして、人魔戦争に参加してたのかしらね」

「人魔戦争?いきなりどうしたんだ?」

「いや、なんとなくそうかなって」

「どうだろうな。レイヴンも知らなそうだが、ドンが参加してたってんならひょっとするかもな。ジュディは?」

「いいえ、私も詳しくは知らないの」

「ジュディは当時テムザの街にいたんでしょう?」

 

 首肯した彼女は、「そこでバウルに助けてもらったの」と天を泳ぐバウルを見上げた。

 彼は始祖の隷長(エンテレケイア)としては非常に若い個体だという。まだ人の言葉を発するには至っていない、未熟な新参者。それでも並の魔物を凌ぐ力を持っているあたり、種族としての始祖の隷長(エンテレケイア)の強靭さを窺わせる。

 

「そういえばジーン、ベリウスがあなたのことを知っているような口振りをしていたけれど。フェローのことといい、あなたと始祖の隷長(エンテレケイア)の間には何があるのかしら?」

「当人たちに聞け、と言ったつもりよ。私は始祖の隷長(エンテレケイア)ではないもの。彼らの考えることなんて分からないわ」

「けれど、始祖の隷長(エンテレケイア)と交流したことがある。違うかしら?」

「……まあ、今更隠すことでもないわね。でも誰とどんなことを話したかは言えないわ」

 

 ジュディの脳裏に、知る限りの始祖の隷長(エンテレケイア)の名が過ぎったのだろう。きっとその中のどれでもない。ジーンの耳の奥で鳴り響く声。

 

"あなたには権利があります"

 

 最近、その言葉を思い出す頻度が増えた。

 

「ジュディはなんで私のことを知りたいの?」

「そういう仕事だと理解しているもの。そうでしょう?」

 

 疑問符はユーリに向けられていた。

 

「依頼主はジーン、報酬はレイヴン持ち。依頼内容は、『ジーンの秘密を暴くこと』。ギルドに迷惑をかけた自覚がある分、次の仕事で取り返さなきゃね」

「出した覚えのない依頼だわ……」

 

 ボヤいて、ジーンはまた船の下の大地に視線を向ける。

 ジーンは何故、己を語る気もない癖にユーリに同行しているのか?安易な解決策に走らない理由は?

 どれも近いうちに、白日の下に晒されるだろう。

 

「あら?」

 

 視界に入ったものに、ジーンは思考を取りやめて船縁を掴んだ。

 

「赤い花の咲く岸辺、あれじゃないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸辺から岩窟に入ると、長い間閉ざされていた場所特有の静謐さが待ち受けていた。

 空気は澱んでおらず、クリティア族の間でだけひっそりと受け継がれていた場所であろうことが察せられる。岩の隙間からところどころ光が差し込んでいるし、空気の流れができているのだろう。

 

「これは……」

「墓ね」

 

 少し進めば、人工的に作られただろう小さな岩がポツポツと地面に点在し始めた。奥に進めば進むほど密集していき、開けた場所に一際大きな石碑のようなものがある。

 

「何か書いてありますね」

 

 ブラックホープ号事件の犠牲者、ここに眠る、と。エステルが読み上げた後、一同に張り詰めた沈黙が降りた。アイフリードの記憶を探すパティは、その墓碑の余りの多さに崩れ落ちる。

 アイフリードの虐殺事件。そう世間には知られている事件の詳細を、知る者はいない。関係者が皆死んだからだ。

 だとすれば、何故こんなところにその墓があるのだろう。

 

「本物かしら」

「……そうじゃねえと、こんな辺鄙なところにわざわざ墓を建てる意味が分からねえな」

「こんな辺鄙なところにわざわざ墓を建てた理由は、なんだろうと思って」

「見られたくない理由があった。それでも作らざるを得なかった。……ってとこかねえ」

 

 レイヴンの言葉に、ジーンは一度目を伏せて踵を返した。墓前で思考に耽る趣味はない。パティとその番にラピードを残して、他の面々もその場を離れたようだ。血族の暴挙と向き合っているパティに対し、出来ることは他にない。

 ユーリはどうだろう。或いは、ジーンはどうだろう。身内の殺人を、どう受け止めるか。

 どうせ考えても碌な結果にならないだろうから、ジーンは結論を出すことを避けている。

 

「行き止まりか?」

 

 顔を上げれば、道が途中で途切れていた。この岩窟には鐘があり、それをクリティア族の聖地で鳴らせば聖地への道が開かれるとか。

 

「いや、扉があるね。隠されているだけで」

「分かるの?」

 

 行き止まりの壁に手を伸ばそうとしたジーンは、ジュディの言葉に手を引いた。なるほど、クリティア族でないと開けない扉か。

 

「変な力が働いているなあ、とはね」

「そう……」

 

 ジュディがクリティア族特有の露出した器官、ナギーグで壁に触れれば扉を隠していた術が解かれ、重厚なそれが姿を現した。扉の奥には案内人の言葉の通り、鐘が納められている。

 回収して、次はエゴソーの森というクリティア族の聖地だ。そこで鐘を鳴らせば道が開けるという。

 その前に、パティか。墓碑まで戻って、座り込んだままの彼女を呼び寄せる。

 

「サイファー……」

 

 小さく誰かの名前を呟いた声に、ジーンは目を見開いた。

 

「パティ、ちゃん?」

 

 ドンの声が、突如背を叩いた気がした。あの筋骨隆々の腕が、加減なくジーンの背を。

 思わず振り返って、不思議そうに首を傾げたレイヴンの視線とぶつかる。

 

「どしたの?」

「……いえ。なんでもないわ」

「そ。なら先に行っちまいな。怖い顔してるぜ、ジーンちゃん」

 

 はくりと口を開いて、結局何も言わずに肩を落とした。

 

「船に乗ったら、何か甘いものでも作ってよ、レイヴン」

「ええ、俺様甘いのはそんな好きじゃないんだけどなあ」

「私もよ」

「……ホント、相変わらずねえ」

 

 

 

 

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