明星に誓って   作:テロン

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死ぬ気で

 

 

 

 

 エゴソーの森は、ヒピオニア大陸の西あたりに位置していた。

 ヒピオニア自体、未開の大陸だ。帝国領の街もなく、所々にかつての文明の名残が残るのみ。現代では結界魔導器(シルトブラスティア)の無い場所に人は住まないから、いずれ発掘される時が来るまで手付かずの原野が広がるのだろう。

 そういう意味では、クリティア族の聖地がここにあるというのも納得の話かもしれない。

 

「どうだジーン」

「大規模な集団が活動しているような感じね。この規模だとギルドっていうのは考えにくいわ」

「騎士団か」

 

 バウルに近くへ降ろしてもらって徒歩で森に近付く途中で、奥に人の気配を感じた。木に登って簡単な偵察をしたジーンは、頷いてから飛び降りる。

 

「姿は見えないけど、そうでしょうね」

「姿が見えないのにどうやって分かったの?」

「人が集団になると色々と痕跡が残るものよ。私たちだってバウルがいなければ簡単に追跡されるでしょう」

「そういうものなんだ」

「問題は騎士団が雁首揃えてこの森で何をしてんのかってことだが」

 

 まさかピクニックではあるまい。交戦も視野に入れて、一行は森に踏み込んだ。どうやら鐘を鳴らすだけでなく、聖地を踏み荒らす賊の対処も依頼されているらしい。

 その賊、改め帝国騎士団の姿は川のそばですぐに発見出来た。人数は五人。甲冑を着込んだのが二人、杖を持ったのが三人。息を潜め、動向を伺う。

 

「……あの制服は親衛隊だな」

 

 深紅の隊服に、小隊単位での統一された動き。帝国騎士団親衛隊。本来は皇帝の護衛を任された部隊だが、皇帝亡き今その実態は──。

 点と点がつながって、大きな紋様を描いていくような気がした。完成形がなんであるのか、ジーンは知っている気がする。

 

「速攻でご退場願おうか。ジーン、いけるか?」

「え?ええ、問題ないわ」

「パティ、後ろ下がっとけ。ジーン、ある程度好きにやって構わねえぜ、連携は気にしなくていい」

 

 前衛の交代の誘いだった。頷いて、次の瞬間加速の魔術を前衛全員に付与し終える。

 それぞれが武器を抜いたのを確認して一足踏み込めば、それだけで剣を構えた騎士の目前だ。

 これは才能と言うより━━いや、才能か。

 

 指先一つで周囲の人間の注目を操る人種がいる。スポットライトに照らされる時は己に、そうでない時は他人に。暗殺者の技術にも通ずるそれは、ジーンの根幹の才能と言っていい。

 

「なっ!?」

 

 反応される前に掌底を兜に叩き込み、僅かに浮いた足を払う。バランスを崩した体の重心部分を指先で突き、その後方で杖を握り締めている魔導師たちに視線を向けた。そこまでしてようやくこちらを認識したのか、怯えたような視線がジーンを見ている。

 軽装だがブレストプレートを中に着込んでいることを確認し、中央の一人に向けて編んだ水の魔術を発射した。細い水流が正面に向けて飛んでいくだけの簡単な魔術だが、鎧の薄いところに集中させればそれなりの衝撃を与えられる。

 

「これであと、一人……っ」

 

 パチンと指を鳴らせば、事前に放っていた爆裂の魔術を付与されたダガーが両脇の魔導師に向けて落下して。

 

「っ!?」

 

 不発のまま沈黙した。いや、ジーンが直前で止めたのだ。その爆発が人を傷付けることを恐れて。

 

 敵の目前で固まったジーンに向けて、杖先が向けられる。魔物に向けるような威力の魔術だ。

 だが、完成する前に幽鬼のように動いたジーンの指先が、空中に描かれた魔方陣を突き崩す。他人の干渉を想定してすらいない教本通りの魔術は、あっけなく崩壊させられた。

 

 何によって?──ジーンの、右手によって。

 

 双方共に愕然とした表情のまま、魔導師たちは横から襲った攻撃に吹き飛ばされていった。

 

「ちょいと突っ込みすぎだな」

 

 軽く笑ったユーリが剣を肩にかけながら笑う。

 

「……ありがとう、ユーリ」

「礼は受け取っとく。カロル、そっち大丈夫か?」

「うん、気絶したと思う」

 

 残りの一人の騎士はカロルとリタによって倒されていた。その様子を確認したジーンは、不思議な気分のまま自分の頬を引っ張った。

 

「何してんだ?」

「さあ……」

 

 地面に突き刺さったダガーを回収して、手の中で弄びながら付与された術式を観察した。今は非活性化しているが、合図と共に炸裂するよう編んだ、使い慣れたものだ。

 威力も虚仮威しで、大したものじゃない。ユーリが片腕で放った特技に及ばないようなもの。

 

「副作用、か……」

 

 ジュディの言葉を思い返した。元はレイヴンの言葉だという。

 

 副作用、ジーンの体に残るもの。『不殺の誓い』など、本のページを捲るように投げ捨てたつもりだった。

 手加減を誤って相手が動かなくなっても、呆気なかったなで済ませる人間のはずだった。それでもジーンは無意識に手を緩めた。

 

 ドンを思い出したからだろうか。

 

 それとも本当に、あの誓いは今もジーンの骨肉に染み付いているんだろうか。

 手元の武醒魔導器(ボーディブラスティア)には変わらず、術技のダメージを抑制するスキルが灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エゴソーの森を占拠した騎士団は、大掛かりな兵装魔導器(ホブローブラスティア)を複数設置していた。恐らくヘルメス式だ。従来のものより威力も射程も桁違いに思える。

 親衛隊は近付けば威嚇でも牽制でもない射撃を行ってきた。見境がない。

 

「レイヴン、あの辺撃てないの?」

「真正面からやり合えって?ジーンちゃんこそ魔術でなんとかならんの?」

「今の私の魔術だと、届いても表面を削るだけね」

「ちょっと!魔導器(ブラスティア)は傷付けないで!あの子は悪いことしてないでしょ!」

「そうは言っても……」

 

 魔導器(ブラスティア)ラバーのリタも無茶を言っている自覚はあるのだろう。途方に暮れたジーンを前に視線を逸らした。

 

「取り敢えず、開けた場所を避けて魔導器(ブラスティア)まで近付けばそう撃ってはこれないでしょう」

「だな。パティ、行くぞ」

「あ……」

 

 岩窟の墓前から精彩を欠いた彼女は、ジーンが言うのもなんだが不安定に見えた。

 思ってるだけで、ジーンから何かアクションを起こすことは無いけれど。こういう時の対処はエステルが得意だし、ユーリも気にかけているようだから心配あるまい。すぐに持ち直すだろう。

 

 砲撃を避けながら坂を駆け上がり、魔導器(ブラスティア)を操作していた親衛隊たちを追い払う。即座に、リタが操作盤を叩いた。

 

「ロックされてるみたいね」

「ジーン、分かる?」

「うーん……」

 

 手の込んだ暗号が操作盤に仕込まれているようだ。暗号鍵を知らない者の操作を禁止する類のもの。無理矢理解けなくもなさそうだが、時間がかかる。

 さっきみたいに術そのものを破壊できればもっと早いが──。どうしてあんなことになったかジーンにも分からない以上、制御できているとは言い難い。暴発したらことだ。

 

「技師に聞いた方が早いでしょう」

「そうね」

 

 頷いたジュディが槍を近くの木上に向ければ、隠れていた魔導師が転がり落ちてきた。格好からしてアスピオの魔導師だろう。魔導器(ブラスティア)整備のために従軍させられていたらしい。

 鍵はそいつに解かせるとして、この森の中にあとどのくらいの親衛隊が潜んでいるかだ。

 

 未開の地、ヒピオニア。クリティアの聖地。隠れ里への道が開く場所。彼らは何を狙っているのだろう。

 

「待って、もう一基あるわ」

 

 対岸の山の上から、同型の魔導器(ブラスティア)がこちらを狙っている。エアルの充填も満タン。

 

「レイヴン、逸らせる?」

「無茶仰る」

「使えないわねえ」

 

 緩い会話をしている間に砲撃が飛んできた。防御力を上げる魔術を全員に付与して、さっき不発だったダガーを迎え撃つように投擲する。

 援護するように、レイヴンも数射を放った。

 

「来るわよ!」

 

 ダガーとの衝突地点で、劈くような音と衝撃波が周囲を襲う。途中で誘爆させたのだ。地面から巻き上げられた小石や砂は降りかかったが、取り敢えずはそれで済んだ。

 

「あ、ありがとうジーン」

「解除の方は?」

「あ、ちょっと!」

 

 魔導器(ブラスティア)の方から焦ったようなリタの声と共に、崖の下に飛び降りた魔導師の姿が見える。この隙に逃げ出したらしい。面倒なことになった。

 

「あいつ!」

「今はそれよりこの場から離れるぞ。射線を切らねえとまずい!」

「停止だけさせて!このままだとまた使えちゃうから……」

 

 リタの手が操作盤を叩けばすぐに魔導器(ブラスティア)は沈黙した。さすが天才。感心する間も無く岩山を駆け降りて森の中へ入っていく。

 

「あっちも停止させねえとな」

「リタ姐、あの技師逃してしもうた。ウチの責任じゃ……」

「あのくらいの暗号ならあたしが解くわよ。時間がかかるってだけだし。あたしを誰だと思ってんの。天才魔導師リタ・モルディオ様よ?魔導器(ブラスティア)のことなら死ぬ気でやってやるわ」

「死ぬ気で、ねえ……」

 

 レイヴンが腕を頭の後ろで組みながら呟いた。後方をフラフラと歩いているその姿を、ジュディに先導を任せていたユーリが振り返る。

 

「一度死にかけた身にとっちゃ、死ぬ気でって言葉は笑えないか?」

「あら、死にかけたなんて話したっけ?」

「人魔戦争で死にかけたんだろ?」

「死にかけてはないわよ」

 

 口を挟んだジーンに、ユーリとレイヴンまでもが少し驚いたように視線を向けた。

 

「見てみなさい。こんなフラついた男、死にかける前にさっさと逃げるわよ」

「あー、まあ言われりゃそうか?」

「青年もジーンちゃんも酷い!おっさんだってやるときゃやるのよ!?」

「綺麗なお姉さんが相手の時とかね」

「それは……まあ……」

「納得してんじゃないわよ……」

 

 溜息と共に首を振って、ジーンは心なしか足を早める。何か言いたげな視線を感じながら、振り返ることはせずに。

 

 死にかけてはいない。死んだのだ。あの目は死んだ人間のそれで、だからこそジーンは。

 

"あなたには権利があります"

 

 また、始祖の隷長(エンテレケイア)の声を思い出した。結局ジーンは、あの声のせいで死ぬに死ねずに引き摺って、生きる理由に出会ってしまった。

 

 

 

 

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