度重なる住民たちによる討伐作戦に晒されていたリブガロは、ユーリ達のパーティ相手には成す術がなかった。
住民達でも、あと五回くらい討伐に出向いていたら倒せたかもしれない。けれど、何人もの犠牲を払っただろう。
ジーンはそれを見過ごす事が出来なかった。
決して優しさからではない。遥か昔に、己に立てた誓いのためだ。
威力を抑えた代わりに詠唱を極限まで短縮した水の魔術を放って、次に放たれたリタの火の魔術が直撃して、リブガロはとうとう沈黙した。
「あの、ユーリ」
倒れ伏したリブガロに近寄ったユーリを、エステルが呼び止める。殺すのは気が咎めたのだろうか。振りかざした刃は、リブガロの角だけを的確に刈り取った。
「価値があるのは角、だろ?」
「ありがとうございます!」
「ジーン、お前はどうする」
「構わないわよ。これでもう、街の人たちが結界の外に出ることもなくなる」
後は角を街に届ければ、問題が一つ解決する。
皆が受けた細々とした傷はジーンが治すまでもなくエステルの術によって完治していたし、もうここに用はないだろう。
ユーリも早く街に戻りたいようだったし、ジーンとしても早急にこの場を立ち去りたかった。
「じゃ、さっさと戻りましょ。それ使ってラゴウの屋敷に乗り込むんでしょ」
「そうですね。リタの言う通りです」
ユーリ達に着いてきて正解だった。ジーンは多少術で援護をした程度だから、居なくても討伐は難なく済んだだろう。
バランスの取れた良いパーティだ。個々人の実力も高い。けれど、あのまま黙って街にいる事も出来なかったのだ。
「ま、そうだな……」
「ユーリ?」
最後の最後で、リーダーであろう青年が何かを言い淀む。その真意は、街に戻ってすぐ明らかになった。
「あげちゃって良かったの?」
「良いワケないでしょ、どうすんのよラゴウは」
「というより、ジーン……その。ジーンは良いんです?」
またリブガロを倒しに街を出ようとして居た住民に、ユーリは簡単に角を渡してしまった。最初からそのつもりだったのだろう。
「住民が街の外に出なければいい。だろ?ジーン」
「ええ。大事なのはリブガロの角が街の中にある事よ。ありがとう、おかげで助かったわ」
「で、俺たちはこれからラゴウの屋敷に乗り込む方法を探しに行くが、アンタはどうする」
「……乗り込んで、どうするの?」
一瞬キョトンとしたユーリは、すぐに「ああ」と頷いた。顔立ちが綺麗だからか、険が取れるとぐっと幼く見える。
「騎士団が来てるのはアンタも知ってるだろ。そこの隊長とは知り合いなんだわ。有事特権ってのを発動させるために俺たちが屋敷で騒ぎを起こす。あいつらが乗り込んで来たらトンズラして、調査に入った騎士団が悪業の証拠品を押収するって寸法だ」
「なるほどね。でもあの屋敷は高い壁に囲まれてて、正面玄関以外に出入り口は無いわよ。……船着場はあるけど、今は肝心の船が出ないしね」
「ふーん。ま、行ってみりゃ何か思いつくかもしれねぇ。玄関の見えるところまで行ってみようぜ」
「無計画ね。いいわ、私は船に乗りたいの。最後まで協力させて。いざとなったら外から魔術を打ち込みましょう」
無計画はアンタじゃない、と毒吐いたリタの話は聞かなかったことにして、ラゴウの屋敷への一本道に足を向けた。
高台まで続く一本道からは海が見渡せる。晴れてさえいれば、さぞ綺麗な景色なのだろう。
ジーンも何度かこの道を通った。
その内何回かは、衛兵と衝突しそうになった住民を引き摺るように抱えて走った。
他の数回は、ただ無力に屋敷を見上げるだけだった。
「相変わらず、警備がキツイな」
「傭兵ギルドの構成員らしいわ。金で雇われているだけだけど、腕は立つみたい」
「俺たちより?」
「さぁ、それは分からないわね」
「ユーリ、あまり余計な揉め事は……」
「はいはい、分かってるって」
物陰に身を潜めて、ユーリ達が門の様子を伺っている。ジーンは少し離れたところで塀を見上げていた。
「あいつらも人間なんだから、食事とかで抜ける隙があるはずよ。そこを狙えばいいんじゃない?」
「それまでずっとここで待ってるの?我慢比べかぁ……」
「いやぁ無理無理、奴さん24時間体制でがっちし固めてんのよ。交代の隙どころか、蟻一匹通れる隙間も無いってね」
「誰!?」
背後からの声に、弾かれたように全員が振り向いた。
紫のゆったりとした羽織にザンバラな黒髪、胡散臭さを笑みとして顔面に貼り付けた男。
「……あんた、帝都の」
「何、ユーリの知り合い?」
「いや、知らねぇおっさんだ」
「あぁっ!酷いじゃない青年!お城での出会いを忘れたとは言わせないわよ!?」
「城?帝都?」
思わず口をついた疑問に、ユーリがチラリと視線を寄越して溜息を吐いた。
「……帝都で捕まった時に、隣の牢屋に居たんだよ。ま、アンタのお陰で牢屋から出られたし、城の外に出れたのも事実なんだが」
「……なんでまた帝都に」
あなたが、と続けようとした言葉は男──レイヴンがこっそりと寄越したウインクによって封殺された。
ギルド
「ま、そういうわけで青年たちもあの屋敷に忍び込みたいんでしょ?ここは一つ、おっさんに任せてよ」
「ちょっと、アンタ胡散臭いにも程があるのよ。信じられるわけないでしょ、あ、こら近付くな!」
「あっおっさん傷付いた!おっさんの繊細なハートが傷付いた!」
大袈裟に騒いで見せるレイヴンに、知らずのうちに眉間にシワが寄る。
分かってやっているのだからこの男はタチが悪い。
「ま、物は試しだ。やってみろよ、おっさん」
「お!青年は物分かりがいいね!じゃあちょっくら行ってきますか!」
おどけた仕草で片腕を上げると、ふらりと屋敷前の道に踏み出した。その足が二歩目で止まる。
足をついたままぐるりと振り返ったレイヴンは、こちらへニカリと笑みを見せた。
「そうだ、そこの綺麗なお嬢さんに手伝ってもらえると、とっても有り難いんだけど?」
「ジーンに?」
「……だそうだが、どうする?ジーン」
こちらを伺うカロルとユーリの眼差しには心配が滲んでいた。こんな怪しいおっさんにはついて行かせたくないと思っているのかもしれない。至極真っ当な心配だと思う。
だが、レイヴンがジーンにだけ分かるように寄越した目配せにも、心配そうな、或いは申し訳なさそうな感情が感じられた。
大凡の展開が読めたジーンは、仕方ないとばかりに肩を下げてレイヴンに続く。
「分かったわ。私は何したらいいのかしら?」
「いやあ、隣を歩いてくれるだけでいいのよ」
「ふーん」
それじゃあ、とユーリ達に手を振って、無意識にエステルの表情を確認してしまった。純粋な彼女はこれから何が起きるのか分かっていないのだろうが、リブガロを見逃した彼女であれば、と足を進める。
「……どういう事なの、レイヴン。来てるなんて聞いてないけど、知られちゃまずい事でもしてるわけ」
短い道中、顔を動かさずに隣の男を盗み見た。
飄々とした表情を動かさず、囁き声が返される。
「こっちのセリフなんだが……。俺の方はドンの命令でね。詳しくは言えないけど探し物があんのよ」
「ドンの……?まあいいわ、私は船が出るならそれでいいし」
「ついでに死人が出なければ?」
「……レイヴン」
「俺様、ジーンちゃんのその優しいんだか優しくないんだか分からない所結構好きよ」
「……ちゃんは辞めてって言ってるでしょ」
「こりゃ、失礼」
門が近くなると、途端にガラリとレイヴンの雰囲気が変わった。小走りになり、無駄に息も切らしている。
置いていかれないように走りながら、レイヴンの「門番さぁ〜ん」と情けない声に溜息を吐いた。
ほら、やっぱり。
「止まれ!なんだお前は!」
「大変なんですぅ、執政官様の屋敷を襲おうとしてる盗賊が、ほらもうすぐそこまで!」
「何!それは本当か!」
「本当なんですってば!な、お前も見たよな?」
門番二人とレイヴンの視線に、顔を引攣らせながらもジーンは「そうなんです!」と叫んだ。
「人相の悪い男達が、みんな武器を持って!」
「早く捕まえないと、奴らすぐそこまできてますよぉ!」
「仕方ない、おい俺が行ってくる。お前は応援を呼んでこい」
「ダメですよ、いくらお強い門番さんでも、あいつら十人以上いるんです、応援なら俺が呼んできますから!」
乗ったジーンが言えた事ではないがレイヴンの迫真の演技に内心ドン引きながら、門番が走り去るのを見送る。
「十人以上?」
「人相の悪い男?」
「……中に入るよ。私の弁明のためにも逃げないでね」
「えー。どうしよっかなぁ」
惚けたレイヴンの脛を蹴り飛ばして屋敷の庭へ駆け込んだ。
じきにユーリ達も門番を倒して合流するだろう。気絶した門番を物陰に隠せるのがこの策の唯一のメリットかもしれない。
「……まあ、一応礼を言っておくね。気を遣わせたわ」
「……ジーンちゃん。多分この屋敷の中は、ジーンちゃんにとって受け入れられない光景が待ってるよ。わざわざ乗り込まなくても、青年たちがラゴウを捕まえるでしょ」
それか、おっさんと来る?と片目を瞑ったレイヴンに小さく首を振った。
「いいんだ。あなたもお仕事ご苦労様。久しぶりに会えて嬉しかった」
門の方から聞こえてくる足音に、ジーンは一歩レイヴンから離れた。
「いた!あのおっさん、騙したわね!!」
「ジーン、大丈夫です?」
「リタちゃん、エステルちゃんも。私は大丈夫だけど、悪事の片棒を担いじゃったわ。ごめんなさい」
「悪いのはこのおっさんよ!一発殴らせろ!」
「まあまあ、ちゃんと中には入れたでしょ?じゃ、おっさんはこの辺で失礼しますよっと」
今にも術の詠唱を始めそうなリタに肩を竦めたレイヴンは、ひょいと昇降機に飛び乗った。
「あ、こら待てー!あたしたちも行くわよ!ジーンも早く!」
レイヴンを乗せた昇降機は上に消えた。と言うことはこちらは下かな、と当たりをつけてジーンは急かすリタに駆け寄った。
操作盤を叩いたリタが案の定行き先に文句を叫ぶのを尻目に、するりとラピートが足元に擦り寄ってくる。
「……あら、ラピード。心配してくれたの?」
「やっぱりか。アンタ、ラピードに気に入られてるんだな」
「懐かない子なの?」
「どうだかな、ラピードなりの基準があるんだろ」
目的階に着き動きを止めた昇降機から地下室に降り立つ。リタによれば、下からは操作出来ない仕掛けになっているらしい。
細工したのはレイヴンではないだろう。元からあった仕掛けなら、多少の不便を承知でも、外に出したくない何かがあるのだろうか。
その内容は室内を進めばすぐ、明らかになった。
「……酷い臭いだ。血と、あとはなんだ?」
生物が本能的に忌避する匂いが漂っている。深く息を吸って、思考の半分を意図的に落とした。
レイヴンの言う、ジーンにとって受け入れられないこと。そうだろうとは薄々思っていた。
「……死臭、ね」
「なんか言ったか?ジーン」
「なんでもないわ」
首を振って、先を進むユーリに続いた。
小さく、幼子の声がする。幻聴だ、と首を振ったジーンには既に、弱々しい子供の気配が感じ取れていた。