明星に誓って   作:テロン

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そう遠くない未来

 

 

 

 

「浮いてる街とはねえ、驚いた」

 

 率直なレイヴンの感想に、皆が次々に同意する。

 

 あれから魔導器(ブラスティア)をなんとか全て停止させ、撤退していく親衛隊を尻目に鐘を鳴らし、ジュディの案内に従ってバウルへと乗り込んだ。

 ミョルゾとは、巨大なクラゲのような生き物が丸ごと飲み込んだ街であり、世界各地の空を周遊しているが故に通常の方法では絶対に辿り着けない街なのだ。

 

「ミョルゾってやっぱりここのことだったのね」

「それも知っているのね。ますますあなたが不思議だわ」

「知ってるっていうか、街みたいなのが空に浮いていたら気になるでしょう?」

 

 真下から見るとそんなに街には見えないが、斜め方向から見ると建造物が載ってるように見える。

 

「地上からミョルゾが見えるの?あなた」

「輪郭くらいなら。このクラゲも始祖の隷長(エンテレケイア)?」

「そう聞いているわ。話をしたことはないけれど」

 

 生物の体内という感じはあまりしない。半透明な不思議な色の膜が頭上を覆い、伸びた通路の先に街が広がっているようだ。

 降り立って、ジーンは好奇心で地上を覗き見る。こうして立っていると気付きにくいが、それなりのスピードで移動していた。鐘を鳴らせばエゴソーの森の上空で停止してくれるのだろうが、バウルの助けがない場合、クリティア族はどうやってこの街まで来るのだろう。

 始祖の隷長(エンテレケイア)の触手がみょーんと伸びて連れていく、とかか。

 

 空から降ってくる半透明な触手が人間を絡め取っている想像をしているうちに、街の方からクリティア族がワラワラと寄ってきた。みな好奇心に気を取られている。

 

 陽気でお気楽、好奇心が強く楽観的。それがクリティア族の特徴だ。能力はナギーグという力のこともあり平均して高いものの、総じて温厚で非好戦的な性格から、国の中枢に踏み入るケースは見受けられない。

 そういう意味では、ジュディはかなり例外だろう。

 

 通路を進めば、大きな石造りの頑丈な扉が待ち構えていた。この街が地上にあった時の名残だろうか。扉の前にはそこかしこに打ち捨てられた魔導器(ブラスティア)の残骸が見受けられる。

 

「これ、あたしでも見たことない種類のやつだわ……。それに、全部魔核(コア)が抜かれてる。魔核(コア)がなきゃ魔導器(ブラスティア)は動かないのに」

「この街は魔導器(ブラスティア)を捨てたのよ」

「クリティア族の故郷、ミョルゾ……。魔導器(ブラスティア)を生み出したのがクリティア族ってのは本当みたいね。ジーン、ちょっと」

「何かしら?」

 

 筐体(コンテナ)だけで転がっている魔導器(ブラスティア)の前にしゃがみ込んだリタが、ジーンを呼び寄せた。どうせまた魔導器(ブラスティア)談義だろうが、一応隣に歩み寄る。

 

「この術式、耐荷重どのくらいだと思う?」

「うーん、多めに見積もって大人三人か四人くらいかしらねえ」

「二倍にするならどうする?」

「二回動かせば良いのでは……?まあ、私ならこの辺を弄るかなあ」

 

 筐体(コンテナ)の構成を見ながら何箇所かを指差せば、リタは「あたしならここね」とジーンとは別のところを指差した。正解があるというものでもないのだろう。

 

「そういう拡張性のある、高度な魔導器(ブラスティア)ってことよ。古代ゲライオス文明ではこういう魔導器(ブラスティア)が当たり前のように使われてたんでしょうね」

「でも、一度失われた……」

 

 現状魔導器(ブラスティア)のほぼ全ては遺跡からの発掘に頼っており、無許可での魔導器(ブラスティア)研究や製造は帝国に禁止されている。

 その理由は帝国が魔導器(ブラスティア)を独占したいからだと言われているが、違法に研究したところで余程の天才でもなければ新たな魔導器(ブラスティア)の製造など夢のまた夢だろう。それこそ、新技術体系を確立したという、ヘルメスのような。

 

「長老さまに話を聞きましょう。きっと知りたいことを教えてくれるわ」

 

 リタと話しているうちにそのミョルゾの長老というのが通りかかったらしい。マイペースに散歩だと言って去って行ったようだが。

 

「あの屋根の色の違う家がそうよ」

「勝手に入っちゃっていいのかな?」

「大丈夫よ、行きましょう」

 

 促されて、ミョルゾの街を歩いた。当たり前だがクリティア族しか見当たらない。

 

 魔導器(ブラスティア)を捨てた街。結界魔導器(シルトブラスティア)はおろか道端には光照魔導器(ルクスブラスティア)もない。火を起こすのも、水を管理するのも、全て人の手で成されているのだ。

 高度数千メートルらしく植物の類も見当たらないが、食料は自給自足しているはずだ。入り口から離れたところに菜園でもあるんだろう。

 

「静かな街ね、ここ」

「そうですね。人はあまりいないみたいです」

 

 長老の家は、客人を迎えるためか大きな長机が占領していた。そこで暫く待っていれば、本当に戻ってくるのか不安になるくらいの時間をかけて、長老が姿を見せた。

 

 ユーリたちが聞きたいことは山ほどある。昔存在した満月の子のこととか、魔導器(ブラスティア)を捨てた理由とか。

 ジーンは、集まった皆の後方、少し離れたところで立ち止まった。どうせ話、分からないし。

 

 長老は質問を受けて、一つ頷くと家の奥にあった白い壁に近付くよう手招いた。促されるままジュディがナギーグで触れれば、秘されていた壁画が露になっていく。

 

 人と鳥のような生き物、空に巨大な空洞、そして地上を襲う化け物のような姿。

 何かの災厄を表しているであろうことは如実に伝わってきた。ジーンは自分が自然と唾を飲み、拳に力を入れていることに気付く。

 

「世界を食べようとしているみたい」

 

 カロルの言葉が最も的確だろう。エアルの乱れを象徴する災厄。その名を、星喰み。

 

 古代文明はその星喰みに対抗すべく、一丸となって災厄に挑んだ。

 

「ひょっとしてこれ……」

始祖の隷長(エンテレケイア)でしょうね」

 

 鳥のように空を舞う意匠に、ジーンはそう呟いた。過去にもエアルの乱れは起き、人と始祖の隷長(エンテレケイア)が挑んだ。人はそのことを忘れ、始祖の隷長(エンテレケイア)だけがそのことを覚えている。

 

 例外はこの、ミョルゾの街か。理由は忘れられても、魔導器(ブラスティア)を捨て去った意思は受け継がれている。魔導器(ブラスティア)を生み出し、魔導器(ブラスティア)を捨てた街。

 

「世の祈りを受け、満月の子らは命燃え果つ。星喰み虚空へと消え去れり」

 

 そうして人の世は永らえた。灌ぐことの出来ない罪を抱えて。

 

 ジュディが読み上げた碑文はそこで終わった。満月の子は命を捧げ、その結果災厄は沈められたと読める。

 そもそも災厄が訪れた原因は、満月の子の存在──。

 

「エステル!」

 

 抱えきれなくなったのか、エステルが身を翻して家を出て行った。

 

「レイヴン……いや誰でもいいや。この星喰みが起きたのは一千年くらい前、よね?」

「暦がアスール暦だから……そうね。あの幽霊船の日誌の年代と同じくらいよ」

 

 リタの同意に、ジーンは目を伏せた。

 一千年前に襲った災厄。古代文明を滅ぼしたもの。フェローら始祖の隷長(エンテレケイア)が警戒し、今まさに現実としてひたひたとこの世界に迫っているもの。

 

「星喰み……」

「ジーンちゃん、移動するって。空き家を貸してもらえるそうだ」

「うん」

 

 細かい交渉ごとを丸っと聞き逃したジーンは、レイヴンに頷いて長老の家を去る皆に続いた。最後に災厄を示した壁画を一度だけ振り返る。

 

「この災厄を防ぐことができなければ。人は、滅びる……」

「ジーン」

 

 呟いた言葉に被せるように、レイヴンがジーンの名を呼んだ。咎めるような声色だ。そう、捉えることができる。ジーンはレイヴンのものだけは、意図や思いを声から汲み取れる。

 だからか、答えようとして吐息だけが漏れた。声にならない。

 どうしたらいいのか分からなくて、縋るように伸びた手がくたびれた羽織の袖を掴んだ。

 

「何も、知らないくせに」

 

 絞り出せたのは、そうした意味のわからない文句だった。まさしく意味がわからないという表情を、彼はその顔に貼り付ける。それで正解だ。ジーンとレイヴンなら、それが正しい。

 

「途方もない話だったから、混乱してるんじゃないの。宿借りて今日はゆっくり休みな」

「……そうかもね。先に、休ませてもらおうかな……」

 

"あなたには権利があります"

 

 その言葉が。あの当時笑い飛ばした言葉が、今となっては呪いのようだった。

 

"そう遠くない未来、一千年前の災厄が再びこの星を襲うでしょう"

 

 言われた通りだ。星喰みは遠からず襲来する。ヘルメス式魔導器(ブラスティア)、満月の子、そして──。

 全て一つの方向に収束していく。

 

「レイヴン」

「はいはい、どしたの?」

「別に。なんでもない」

 

 首を振って、ジーンはレイヴンの後を歩いた。もう、あまり時間はないらしい。この時のために生きてきたのにちっとも心が晴れないなんて、報われないものだ。

 

 

 

 

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