明星に誓って   作:テロン

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夜空の星になりたかった

 

 

 

 

 いくつかのことが同時に起こった。

 三以上の剣がその場に振り下ろされる。ジーンはレイヴンを蹴り退かし、自身も飛び退く寸前でその場に赤雷が落ちた。複数の金属音に、遅れて届く魔術の光。

 

「やけに遅いと強制的に動かしてみれば……」

 

 最後に、悠々とした声と共に強烈なエアルの気配が近寄ってきた。

 騎士団長、アレクセイ。その人が、砂漠の砂を踏み締めて、艦隊を背後に笑っている。

 

 ジーンが調整した転送魔導器(キネスブラスティア)の転移先、コゴール砂漠の北の入り江。正しく聞き取れているかは微妙なところだが、恐らくアレクセイは魔導器(ブラスティア)を強制的に動かしたと言った。

 あの時のエステルの異様な状態を考えれば、人智を超えた力が行使されたことは察せられる。

 

「君がドン・ホワイトホース子飼いの暗殺者か。余計なものを連れてきたな、シュヴァーン」

 

 視線を向ければ、アレクセイは手の中で武醒魔導器(ボーディブラスティア)を弄んでいた。ジーンのものだ。

 レイヴンの手によって外され、転移の対象となったそれの回収を、転移直後の攻防でジーンは優先しなかった。レイヴンの安全と、襲撃者の惨殺。ジーンが優先したのはその二つ。周囲に散らばる騎士の甲冑を、ジーンもアレクセイも一瞥すらしていなかった。

 

 反対にアレクセイが拾い上げたのは、武醒魔導器(ボーディブラスティア)とエステルの身柄だ。これみよがしにアレクセイの隣の球体に囚われて浮いている彼女は、グッタリとしながらもアレクセイの望み通り濃縮されたエアルを周囲に撒き散らしていた。

 

 その球体を維持するように囲っている、複数の結晶がある。

 

聖核(アパティア)……。随分と殺したな」

 

 始祖の隷長(エンテレケイア)が死に際して残す神秘の結晶。レイヴンはかつてジーンに、「狙っていると思うか」と口を滑らせた。「アレクセイは、聖核(アパティア)を狙っていると思うか」、だ。答えは分かりきっていた。

 

「ほう、分かるか。聖核(アパティア)……素晴らしい力だ。始祖の隷長(エンテレケイア)などという支配者気取りの傲慢な魔物共に預けておくには実に勿体ない力だとも」

「ああ……。ちょっと虫の羽音と勘違いして君の声を聞き取れなかった。聖核(アパティア)がなんだって?」

 

 ピキリとアレクセイのこめかみに縦筋が入る。背後にズラリと並んだ親衛隊までもが殺気立った。

 

「シュヴァーン、殺せ」

 

 言葉と共に迫る一矢を、ジーンは振り向くことなく叩き斬った。

 小ぶりなダガーは必殺の一撃を防いで尚刃毀れ一つ無い。反射的に射られた矢だった。そういう生き方が染みついた男だ。ジーンが背後に蹴飛ばしてから、生気が抜け落ちたまましゃがみ込んでいた男は、そういう男だった。

 二射目は来ない。

 

 それでレイヴンが生きていくつもりになるのなら死んでやっても良かったが、まだダメだ。まだ、レイヴンの意思がない。

 

「クイックネス」

 

 ジーンはわざと術の名前を口に出す。緑の光が足に絡みつき、加速の効果を付与した。

 

「デモンズランス」

 

 ドス黒い巨大な槍が、アレクセイの心臓目掛けて飛んでいく。その魔術よりも速く動いたジーンの一閃と、炸裂した魔術の双方はアレクセイが咄嗟に盾にしたエステルを封じ込めた球体に突き刺さった。

 

 ゴウン、と鐘を撞いたような重低音が響き、ジーンは目の前の障害の解析を開始する。組成が聖核(アパティア)であれ、所詮は人が組み上げたものだ。その瞬間人を殺すことに通じるのであれば、ジーンはなんでも出来た。

 意識外で動いた理外の腕が、一つの聖核(アパティア)に触れる。防御反応に赤雷が走るが、それよりもジーンの方が早かった。

 

「何!?」

 

 何をされているのか理解してからアレクセイが声を上げるまでの僅かな間。ジーンの手が聖核(アパティア)を一つ砕くまでにかかった時間だ。

 

 粉々に砕け散ったそれが発する衝撃波を嫌って、ジーンは元いた場所まで飛び退いていた。

 エステルの拘束は解かれていないが、その機能は確実に低下した。あの赤雷などどうでも良いが、聖核(アパティア)は砕いておくに越したことはない。

 

 改めて武器を取り出して、その先端をアレクセイに向ける。

 聖核(アパティア)を優先させなければ、その首くらい簡単に刈り取れた。そういう、脅しだ。

 魔術なんて非効率なものを使わなくても、ジーンはこの場の全員を瞬きの間に殺し尽くして余りある。今はまだアレクセイの命が何にも優先しておらず、状況を飲み込ませるために時間を使ってあげているだけ。

 

「何故、魔導器(ブラスティア)なしで魔術が使える?」

 

 尻尾をまくって逃げれば良いのに、アレクセイはジーンの武醒魔導器(ボーディブラスティア)を握り締めた。

 

「まさか満月の子が二人……?いや、そんなはずはない。貴様、一体何をした?」

「小虫の羽音は聞こえないんだよ。人の言葉を喋れるようになってから出直してくれるか」

「シュヴァーン!一体貴様何を育て、何を連れてきた!」

 

 喚く言葉が聞こえなくとも、何を喚いているのかくらいは想像がつく。

 

「は、魔導器(ブラスティア)一つ壊されたくらいで戦えなくなるなんて、そんなお優しい暗殺者がいるわけないだろうが」

「っ、二つ目……!?そんな反応、何処にも……!」

 

 ヒントを教えてやるくらいには、ジーンはお優しい暗殺者だ。ただし、それが真実とは言っていないし、お喋りに興じるほど優しくもない。

 

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 

「っあが!?」

 

 数えて三十一。何人かは断末魔をあげられるほど優秀だった。アレクセイの背中を見ながら、ジーンは血濡れたダガーを掌中でクルクルと弄ぶ。

 その動作で初めて、真っ白な衣服に血飛沫が飛んだ。

 

「なん、だ……貴様一体、何者だ……」

 

 どうして目の前に居たはずのジーンが自分の背後に、親衛隊全員を殺した上で立っているのか。理解が及ばないらしい。辛うじて目で追えているだけ優秀だ。

 

「お前、十年前はまだ騎士の死体に嘆いていたのにな」

「何を言って……」

「ま、十年あれば人は変わるか。お前も、あれも。私はどうも、十年では足りなかったらしいが」

 

 言い切る前に距離を詰め、防御の為に抜かれた大剣と細いダガーが斬り結ぶ。やろうと思えば打ち合わずに殺す方へ注力も出来たが、その間に斬り捨てられることをジーンは厭うた。今死ぬつもりはなかったからだ。

 レイヴンはジーンを生かした。まだその時じゃない。それから。

 

「殺すな」

 

 光り輝く矢先が、ジーンをしかと捉えていた。袈裟懸けに斬り下ろそうとする大剣を弾いて、距離を取る。

 

「殺すな、これ以上」

 

 男は酷い顔をしていた。思考が何一つ取り纏まらず、目の前の殺し合いとも戦いともつかぬそれを呆然と眺めていた。

 半分はレイヴンの顔で。半分はシュヴァーンの顔で。ただ、そのどちらでもない場所のどこかに、レイヴンでもシュヴァーンでもない人間がいた。

 それだけがまだ生きていた。或いは、生き返っていた。

 

 ピクリと動いた指先に、ジンとした痺れを感じる。

 

「……命拾いしたな、アレクセイ。忠臣に感謝しておけ。どうやらあれが生きていく為に、お前は必要と判断されたらしい」

 

 言いながら、アレクセイの足元に手にしていたダガーを投げ捨てた。服の下からもう二本、スカートの内側から四本、レイヴンが取り上げなかったものも纏めて投げ捨てる。

 

「……ドン・ホワイトホース亡き今、あくまでもシュヴァーンに従うか」

「三度言う必要があるか。お前の声は聞こえない。質問があるならレイヴンを通せ」

「レイヴンなどいない。あれは『英雄』シュヴァーン・オルトレインであり、主はこの私だ」

 

 奇妙な気分だった。少なくとも、これまで体感したことのない気分であるのは確かだ。それを達成感と呼ぶのだと、ジーンは知らなかった。

 

「すぐには殺さない。殺した分の働きをさせろ、シュヴァーン。ああそうだ、体内を開いてでも生身で魔術を扱った方法を暴かなければな」

「いいえ」

 

 否定の言葉だけが、ジーンに聞こえた。

 

「これで最後です、アレクセイ団長。私は……どうやら、レイヴンのようなので。ここに捨てていってください」

「そうか」

 

 ぼうっと、薄ぼけた空を見上げていた。昼の間にも、太陽の光で身を隠しているだけで星空は広がっている。

 

 星空を見上げられなくても、ジーンは夜空の星になりたかった。誰かの瞳のような薄い青で塗り潰される、光の一つになりたかった。

 

「では、手短に腹の中でも捌いてから去ろう。どうせ魔導器(ブラスティア)を飲み込んでいるのだろうが、体内の魔導器(ブラスティア)がどういった状況であるかは興味がある」

「っ、どうか」

 

 剣を構えたまま歩み寄ってくるアレクセイに視線を向けるのも煩わしくて、ジーンは空を見上げたまま動かなかった。その視界を割るように、鉄の輝きが振り上げられる。

 

「ボス、お取り込み中ソーリーデース」

 

 寸前、ふざけた口調の男が、何処からともなく顔を出した。その男にだけ、ジーンは視線を向ける。

 イエガー。海凶(リヴァイアサン)の爪の首領。死人。かつてこの砂漠に散らばった死体の一つ。

 

「デューク・バンタレイが作戦地点にカムしました。……急いだ方がよろしいのでは?」

「……ふん。それもそうか。段取りは?」

「パーフェクトリー!ボスのオーダー通りに」

「では、後始末は任せたぞ。いや待て、そうか、固体化したエアルが崩壊する時のエネルギーを上手く使えれば……。ふはは、これで帝都の掌握も思ったより早く済みそうだ」

 

 剣は振り下ろされなかった。アレクセイはエステルを連れて足早に場を離れていく。その姿が見えなくなるまで、ジーンはイエガーを眺めていた。

 形容し難い表情をしていた。彼も、ただの死体ではなかった。

 

「……命の借りは命で返すまでデース」

 

 それでも死体として、ジーンは背徳の館での惨殺でこの男を見逃した。一度死んだ男は、殺すことができない。その理屈を信じた以上、ジーンがイエガーを殺すことはできなかったからだ。

 

 レイヴンへは一瞥もくれることなく、イエガーも姿を消した。

 

 乾いた砂に、ただ一粒の流体が染み込んでいく。

 

 動くものがなくなった砂漠には三十あまりの死体と、生き返った男と、生きているとも死んでいるとも言えない女が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこれより半日の後。場面は移り変わり。

 

 ヒピオニア大陸中央部の遺跡、バクティオンにて。

 

「いやあこれ、登場のタイミングミスったね」

「ほんとだよ、これじゃちょい役じゃない。ここまで来るの結構大変だったのに」

 

 崩落していく遺跡の最奥部にて、ユーリたち一行は行方不明の裏切り者二人と再会することになる。

 

「それじゃあみんな、急いで逃げるんだよ」

「いやほんと、これそんな保たないんだから」

 

 揃って笑いながら、崩れそうな天井を支える二人と。

 

 

 

 

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