明星に誓って   作:テロン

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いつも通りの彼ら

 

 

 

 

 砂漠で三十余名の騎士が殉職した頃。

 

 ミョルゾの空き家で休んでいた所に大きな爆発音を聞いたユーリたちは、発動した形跡のある転送魔導器(キネスブラスティア)を発見していた。

 外出していたはずのエステル、レイヴン、ジーンの姿はなく、魔導器(ブラスティア)の近くに何本かのダガーが落ちている。

 

「ジーンならこの魔導器(ブラスティア)、一回くらいなら発動させられると思う」

「だったらなんだ?あいつがエステルとレイヴン連れて街を出たっていうのか?」

「怒んないでよ!事実を言っただけでしょ」

「でもこれ、ジーンのダガーだと思う。ボク見せてもらったことあるし」

「落ちてるってことはここで戦いになった可能性もあるけれど……。それならもっと周囲が荒れていてもおかしくないわね」

「まず誰と戦ったっていうんだよ」

 

 言いながらも、ユーリの脳裏にいくつかの場面が横切った。

 

 帝都の地下牢で騎士団長直々に行われたユニオン幹部の解放。テムザの山で死んでおけば良かったと呟く男。そうかもしれないと同意する女。やりたいことが残っていると囁いた、過去を語らない元暗殺者。

 ユーリには、知らないことがある。それは絶対にユーリが知らなければならないことだ。

 

始祖の隷長(エンテレケイア)なら、エアルの流れを追って何処に行ったか分からない?」

「ミョルゾの街の?聞いてみるわ。西の……砂漠……?いまいちはっきりしないけど、ヨームゲンのあたりじゃないかしら」

「行くぞ」

 

 逸る気持ちを押さえつけ、一路ヨームゲンへ。果たしてそこにはかつての緑溢れる街は跡形もなく、廃墟だけが広がっていた。

 遠くに始祖の隷長(エンテレケイア)と共に飛び立ったデュークの姿がある。

 

「ここを自力で割り出すとはな。奴らの悪あがきでないと良いが」

 

 戸惑う一同の前に現れたのは親衛隊に囲まれた騎士団長アレクセイだった。探していた仲間の姿は、ない。

 

 嫌な想像がどんどんと現実味を帯びていく。消えたエステルたちのいく先に騎士団長が現れたことが、偶然とはとても思えない。高潔な騎士と謳われるアレクセイが、本当にそのままの姿だとも。

 仮に、レイヴンとアレクセイが通じていたとして。何かを企んでいたとして、エステルは被害者だろう。では、ジーンはどうか。

 

 アレクセイとジーンが通じているとは、ユーリにはとても思えなかった。ジーンとレイヴンはお互いの認識に一定の隔たりがある。それが双方からお互いに向けての話を聞いたユーリが導き出した結論だ。

 ただし、ジーンはレイヴンの為なら全てを投げ出すだろう。そう断言出来る危うさも、確かに彼女の中にあった。

 

「アレクセイ、ここに何をしに来た?」

「答える義理があるかね。礼を言っておこうか、ローウェル君。君たちは道化としてはよく踊ってくれた」

 

 古くはアイフリードから、ラゴウにバルボス、キュモールに至るまで。己の企みに程よく踊らされ、程よく散ってくれた。

 そう語るアレクセイの顔は、醜悪に歪んでいる。

 こんなものが帝国騎士の鏡であるのか。

 

「全部お前が黒幕だってのか、アレクセイ!」

 

 そうだとして。あの二人はこの男の望み通り踊ったのだろうか。エステルを危険に晒すと理解した上で。

 

「エステルはどうした」

「ほう、既に状況は把握していると見える。姫にはとうに砂漠は離れていただいた。もう君たちが言葉を交わすこともないだろう」

「あの二人は」

 

 そこでようやく、アレクセイは不快の感情を見せた。眉を顰め、唾を吐き捨てるように「始末は済んだ」と唸る。

 

「ホワイトホースめ、とんだ道化だったな」

 

 真意を問おうとしたところで部下を連れたフレンが駆け込んできた。アレクセイの側もイエガーを呼び出し、僅かな問答の後に姿を眩ませる。

 

 分かったのはアレクセイが傲慢にも世界の支配者たろうとしていること、それを正義と妄信していること。それから。

 

「始末したって、ジーンとレイヴン殺されちゃったってこと……?」

「いや。だとしたらあいつらの話をした時にあんなに嫌そうな顔しないだろ」

「きっと二人にしてやられたのよ。そう思うことにしましょう?」

 

 なんの根拠もなくそういうことにして、どういうわけかイエガーからもたらされたバクティオン神殿というヒントを元に移動する。

 

 神殿の入り口でエステルを道具のように扱うアレクセイと交戦しても、フレンと共に神殿内部に踏み込み奥へと歩みを進めても、古代魔術の封印を前に足止めをくらっても、二人の気配は何処にもない。

 

 ただ一人、エアルクレーネの乱れを感知したという謎の人物、デュークだけはユーリたちの現状を聞いて僅かに考え込んだ。

 

「何か知ってるのか」

「いいや。確かに奴らと顔を合わせたことはある。だが、それだけだ」

 

 そうして、デュークは持っていた剣をユーリに貸し与えた。

 宙の戒典(デインノモス)。皇帝の証。持って念じればエアルを操作することが可能となる、未知の技術の結晶。その実態は、これから探求しようとしていたリゾマータの公式を秘めたものだという。

 

「ジーンもレイヴンも、デュークとの接点を一度も口にしなかったわね」

「聞かなきゃならねえことがまた増えたな」

 

 けれども、神殿の最奥で再度アレクセイとまみえる段になっても、二人の姿はない。

 神殿に祀られていた始祖の隷長(エンテレケイア)をエステルの力を使って屠ったアレクセイは、用は済んだとばかりに部下の一部を残し、神殿を去っていった。

 

 数ばかりの部下たちに手間取ることはない。

 が、数分もしないうちに断続的な爆破音が響き、壁や床に亀裂が走っていく。

 

「まさか生き埋めにするつもり!?」

「わ、出口が崩れてるよ!」

「閉じ込められた……!」

 

 アレクセイを追い、地下深くまで降りていた。恐らく奴は宙の戒典(デインノモス)を持ったデュークをおびき寄せ、始末するつもりで爆薬を仕掛けていたのだろう。焦りからか、こんな単純な罠に引っかかってしまった。今更嘆いても、時すでに遅し。

 

「……いえ。ちょっと待って。なにか聞こえるわ」

「ジュディ?」

 

 はたと立ち止まって耳を澄ましたジュディを全員が振り返った瞬間。部屋の出口を塞いでいた瓦礫が盛大に吹き飛んだ。

 

「んな!?」

「いやあこれ、登場のタイミングミスったね」

「ほんとだよ、これじゃちょい役じゃない。ここまで来るの結構大変だったのに」

 

 緊迫した状況に似合わない、呑気な声が二つ。

 

「アンタら……!」

 

 ゆったりとした足取りで崩れ行く部屋に踏み入ってきた二人は、示し合わせたかのように揃って天井へ向けて手を伸ばした。

 

「二人とも、何処行ってたの!?」

「今更出てきて何してんのよ!」

「いえ、それより……」

 

 何をしているか、は明確だった。今にも崩れ落ちそうだった天井の揺れがピタリと収まっている。ただそれをこのタイミングで、この二人が行っているというのが問題だ。そして、その手段と思しきものも。

 

 ジュディの逡巡は、レイヴンの胸元で光る魔導器(ブラスティア)に向けられていた。刃物で切り裂かれたような状態の服の下から、心臓があるべきところに不気味な光が覗いている。

 

「それは、魔導器(ブラスティア)……?」

「あら、見えてるか。そそ、俺様こんな装置で生かされてんのよね」

「そういえばなんで着替えてないの、あなた」

「ジーンちゃんがその隙与えてくれなかったからじゃない?」

「人のせいにしないでよ。服替えるくらいいつでも出来たでしょうが」

「ジーンちゃんが破いた癖に?いやん、ジーンちゃんのえっち……ぐほぇあ!?」

 

 鋭い蹴りでレイヴンが吹き飛ばされるまで、いつも通りといえばいつも通りの彼らだった。

 ただ、憑き物が落ちたような表情をしていたので。ユーリは口を挟めなかったのだ。

 

「それじゃあみんな、急いで逃げるんだよ」

「いやほんと、これそんな保たないんだから」

「まだレイヴンが潰れていないのは私の組んだ術式のおかげね」

「ガス欠のジーンちゃんには言われたくないねえ。これほぼおっさんの生命力で支えてんだから、あんまり雑に扱うとぺしゃんこよ」

 

 楽しそうに会話を続けながら、ジーンもレイヴンも、ユーリたちを見ていなかった。自分たちの命を賭してユーリたちを助けようとしているはずなのに、そんな必死さは何処にもない。

 

 がむしゃらになれるほどの体力すら残っていないのだと、悟った。二人とも顔が蒼褪め、疲労を表情に色濃く残しながら、なんとか言葉を交わしていた。

 

「なにふざけてんのよこんな時に。いいからさっさと逃げるわよ」

「そうだよ、早く逃げないと危ないよ」

「カロル。走れ、行くぞ」

「な、何言ってるのユーリ」

「いいから走れ!」

 

 怒鳴り飛ばして、ユーリは最後に一度二人を見た。

 

 何も聞いていない。

 どんな理由が、過去があってユーリたちを裏切り、そうして戻ってきたのか。何故そんな安らかな表情でこちらを見送ろうとしているのか。ユーリは何も知らないし、この先知らされることもないのだろう。

 

「僕が残る」

 

 身を翻そうとしたユーリの前に、思い詰めたような表情のフレンが踏み込んだ。

 その必死さに息を飲む。錯乱しているわけではないと理解した。この幼馴染は、きちんと大局を見ることのできる人物だ。

 

「フレン……」

「大丈夫よ、フレンくん」

 

 被さるように、ジーンの穏やかな声が背中を押す。

 

「そうそ、さっさと逃げてくんないと」

「っしかし……!いえ、出すぎた真似をしました。シュヴァーン隊長、ジーンさん」

 

 失礼します、と頭を下げてフレンは振り返ることなく出口に向かって走っていった。

 

「っ!」

 

 口を吐きかけた言葉を飲み込んで、ユーリも最奥の部屋を後にする。残された時間が少ししかないのなら、ユーリは一秒でも早く退室すべきだ。何も知らないユーリに出来ることは、そのくらいだった。

 

「というかあなた、フレンくんにもバレてるじゃない」

「えーあれカマかけじゃないのん?あーあ、ドンばかりか優しいお兄さんも横暴な年上の幼馴染もいなくなっちまって、ハリーの奴きっと大泣きよ」

「誰が優しいお兄さんで誰が横暴な年上の幼馴染よ。ったく、泣かせときゃいいのよあの泣き虫は。泣き終わったら上手くやるわ」

「案外評価してんのよねえ」

 

 崩落の音で搔き消えるまで、神殿の奥ではそんなくだらない会話が飛び交っていた。

 

 

 

 

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