仮にも世界を渡り歩いていた二人だ。加速魔術も使って最短距離を突っ走り、おっかなびっくりシュヴァーンの名前すら使って海を越え、広大なヒピオニア大陸でアレクセイの行先を探す。
やっとの事で辿り着いた時には盛大に爆破の音が響いており、なんとか最奥のユーリたちを発見した頃にはジーンもレイヴンは精魂尽き果てていた。
言った通りに脱出したユーリたちの背中を見送って、ジーンはこれ見よがしに腕を組む。
「ねえ、もうちょっと揉めると思ったんだけど、ユーリってばあっさりし過ぎじゃない?」
「あんなもんじゃないの。ジーンちゃん未だに姉だって名乗り上げてないんだから」
「一生無理でしょ。こんな血縁者、流石にユーリが可哀想だわ」
「ま、確かに可哀想ねえ」
「おい同意するなよ」
ふつり、と術を維持していた光が消えた。
生命力を源泉として動かしていたのだ、
「こんくらいやれば青年たちも脱出出来たでしょ」
「そうね。結構頑張った方」
支えを失った天井の一部が崩落し、人の頭ほどもある瓦礫がそばに転がった。この状態であれが当たればひとたまりもない。
「俺様が死んじまうと死ぬに死ねなくなるジーンちゃんとして、この結末はいかが?」
こういうタイミングで聞くにはあまりにセンスのない問いだった。文句を言う体力もないジーンは、けれども肩を竦めて薄く笑う。
「悪くないわね」
言葉と共に、二人の頭上の天井が崩落した。ゆっくりと迫ってくる巨大な瓦礫を前に、ジーンはそっと目を伏せる。
「いや、死なせるかっつーの」
「こっちの台詞よ」
ジーンがレイヴンの、レイヴンがジーンの頭上の瓦礫を砕いた。ユーリたち全員を守ることは出来ずとも、人一人くらいなら無茶を通せば守り通せる。
生命力を糧に駆動するということは、そうした無茶が押し通るということでもあった。
「でもこれ私たち、今のうちにユーリたちへの弁明考えといた方が良くない?」
「おっさん、宿題は最後まで残しとくタイプなのよね」
「奇遇だわ、私もそう……」
「ただちょっと見逃せない問題があってだな」
「ええ」
「これ結局瓦礫には埋まると思うんだが、それはどうする?」
「まあ……寝れば回復するでしょ」
「こゆとこ脳筋なのよねえ」
「って感じで、レイヴンの部下に掘り起こしてもらったのよねー」
「ジーンちゃんなんか、途中で本当に寝てたんだから」
「あなたも最後諦めて寝てたでしょうが」
「そうね?」
「よく考えたらあの時点で半日以上生命力垂れ流しで走りっぱなしだったのよね。まあもうちょっとはいけたけど、慣れないことした後は休める時に休んでおくべきだし」
「アンタらな……」
言った通りレイヴンを探しに崩れた神殿の地下まで降りてきた部下たちは、自分の隊長の無事を大いに喜んだ後にジーンを見て「誰だこいつ」というような表情をした。
簡単に事情を説明してからは休むことなく移動要塞ヘラクレスに潜入し、せっせと砲兵や魔物を片付けたりしながらユーリたちの到来を待っていた、という流れだ。
どうも帝都に向かって進軍しているヘラクレスはアレクセイ肝入りで建造されたものらしく、そうでなくとも放置するわけにはいかなそうだったので。
正直そのまま説明したのに気に食わなかったようで、ユーリは眉間に青筋を立てている。
「んで?まだ申し開きもなんも聞いてねえが、どうケジメをつけるつもりだ?」
「申し開きはしようがないかな。やったことは見ての通り」
結果的に見るとジーンがしたのはレイヴンの幇助で、レイヴンがしたのは内通とエステルの誘拐、ということになる。未だエステルが行方不明かつ、アレクセイに道具のように使われてエアルを急速に消費しつつある現状、やらかし度合いで言えば相当なものだ。
ジーンと顔を見合わせたレイヴンが、ヘラっと笑って後を引き継いだ。
「そ、んで見ての通り二人とも生き残ったわけだ。やったこと考えると死んでた方がスッキリしたかもしれんが、生憎死なせるわけには行かなくてなあ」
「アンタら何も分かってねえな」
吐き捨てて、ユーリは一度カロルたちのリタやカロルの方を振り返った。
「こいつら、アンタらが裏切ったって分かっても死んだことに泣いたんだ」
「なななな、泣いてないわよ!」
「最後は一言くらい自分らなら大丈夫だって言や済んだ話だろうが、違うか?」
「あなたも酷く落ち込んでいたものね」
「ジュディ今はちょっと黙っててくれ」
はて、これは怒られてるんだろうか、と首を傾げながらも、ジーンは取り敢えず沈黙を選んだ。余計なことは言わない方がいい。
「どうしてこんなことをしたか、説明ぐらいはしてくれるよな」
「と、言われてもねえ。おっさんが騎士団隊長やってたってのはフレンちゃんあたりに聞いたろ?人魔戦争で死んで、それなのに
「けど、戻ってきた」
「そりゃあ……まあ、それこそ見ての通りよ。ミョルゾでジーンちゃんが泣きついてくるもんだから」
「泣いてねえよ、もっぺん地獄見てくるか?」
「お口が乱れてますわよ、ジーンちゃん」
ジーンは言った通り己の行動について説明する気も弁明する気もなかったので、特に付け足さなかった。代わりに余計な口を聞いたレイヴンに肘打ちをして、ついと視線を逸らす。
「……その
「さあ?どうだろね。現に今おっさんは生きてるし、そこまで神経質でもないんでないの」
「……レイヴン」
「おっと」
この「レイヴン」はふざけたことを言うな、の意味だったが、ちゃんとそれを汲んだ男は何故か照れたように頬を掻きながら「ほんと、見ての通りよ」と小さく言った。
「死んでるわけにはいかなくなったもんで、しょうがないからジーンちゃん共々ノコノコ戻ってきたワケ」
語り終えたレイヴンに、ユーリたちはそれぞれ複雑な顔をしたまましばらく黙り込んでいた。
「だとしても、だ。やったことの責任は最後まで取るのがギルド流、だろ?ドンは俺らにその覚悟を見せつけて逝った。アンタらもその覚悟で戻ってきた」
どうとでも生きていけたレイヴンは、ひとまずギルドユニオンのレイヴンとして生きていくことにしたらしい。その生き方に、ギルドとしてのジーンの側面を巻き込んで。
だから、ケジメはつけなければならない。
「ならどういう始末がお好みだい?一つどうしても差し出せねえモンはあるが、それ以外なら
それでいいか、と尋ねられたので、ジーンも頷いておく。この場で、ジーンが主張したいことはない。
「私は命くらいあげても良いけれど」
「ジーン?」
「こういうことらしいから、他のものでお願い」
ジト目で睨んできたレイヴンを手で示す。どうやらレイヴンは本気でジーンを生かすつもりらしかった。
「……反省のカケラもねえな」
「だって私、悪人だもの。後悔した?」
後悔するぞ、とジーンはユーリの手を取った時に告げた。ジーンの中の天秤は、ユーリと同じ側には傾かない。そういう人間を相手にする時、どうしても後悔は生まれるだろう。
「……なら、半分は俺のせいだな」
大袈裟な溜息の後、ユーリは「ま、それはそれとしてちょっとツラ貸せよおっさん」と唇を歪める。
「全部二人で決めやがって、もう俺らの気が済まねえってくらいしか言えることもねえ」
なんて言いながら、ユーリは拳を鳴らしてレイヴンの腹に叩き込んだ。もんどりうって倒れこみ、ついでにヘラクレスの壁で頭を打ったレイヴンからはなかなかいい悲鳴が上がる。
「ちょ、青年……やり過ぎだって……」
「二人分だ、甘んじて受けろ」
ユーリが吐き捨てた言葉にパチクリと瞬いて、レイヴンは天を仰いだ。
「……ズルイ言い方」
「エステルちゃんの分ってこと?」
「違えよ」
首を振って、ユーリはカロルを振り返る。何が違うのか、説明はされなかった。
「これでどうだ、カロル先生。命は渡せねえって言うんだ、ならそれ以外で払ってもらうしかねえよな。まずはきっちりエステルを助けて、許してもらえるまで土下座するってことで」
「うん、いいと思う」
「じゃそういうことでよろしく」
そう言って、ユーリは内部に続いているだろう階段を降りていく。カロルやリタたちも顔を見合わせてからその後に続き、ついでとばかりにレイヴンを殴っていった。
最後にフレンが歩み寄ってきて、ぺこりと頭を下げる。隊長としてシュヴァーンとも交流があり、ジーンとユーリの関係も知っている彼としては、それはもう思うことがあるだろう。
「ご無事でなによりです」
だが短くそれだけ言って、フレンもユーリたちの後に続いた。
「あれ、私は?」
スルーされたジーンが先を行ったユーリに問いかければ、彼は物言いたげな表情で足を止め振り返る。
「別に、ジーンにはそこまで文句はねえよ。レイヴンのことさえなきゃアンタが俺を置いて裏切るわけねえし」
「あら可愛い。ねえレイヴン今の聞いた?」
「なんでおっさん呼ぶんだよ」
親に置き去りにされた子供みたいな表情だ、と思ったが、ジーンは普通に子供が嫌いなので考えなかったことにした。
「ともかく。アンタらも、それでいいか」
そこでこちらの同意を求めるあたりがユーリの甘いところだ。少し笑って、レイヴンは「
「その足跡が紡ぐ夢現を、この約定の証左と致します」
「ティタ、なんだって?」
素直に戸惑いを表したユーリに対し、レイヴンはにししと笑っている。
普段は格式ばったことなどしないくせに、こういう時ばかり。
「俺の命はジーンちゃんに責任取ってもらうことになってんの。ならジーンちゃんに誓っとくのが筋でしょ」
「適当なこと言わないでよ」
「
文句をつけようとしたところで、カロルが大声で叫んだ。
「あ、ごめん。今の
「知ってんのか」
「聞いたことがあるだけ。ボクが生まれるより前に解散したサーカスギルドだよ。当時はそれはもうすごかったらしいけど」
「すごいって何が?」
「それは知らないけど……」
視線を向けられたが、ジーンは無視した。
「ま、色々あんのよ」
「アンタらの秘密主義も大概だな……。言う気もねえ癖にチラつかせるのやめてくれないか」
ユーリとレイヴンのやり取りを横目に、ジーンはカロルの言った言葉に気を取られていた。
「生まれる前かあ、そう言われると歳を感じるわね」
「ジーンちゃんでそれならおっさんどうなるのよ。少年の年齢分離れてるんだけど」
「うわ……」
「うわって何よ、うわって」
首を振って、「私は別に
「異存はないわ。エステルちゃんを助けるまでは必ず同行しましょう」
こくりと頷いて、ユーリは「代わりと言っちゃなんだが、ジーンの依頼はチャラにしてくれ」と言う。
もともと無理矢理押し付けられたものだし、ジーンとしてもレイヴンと行動を重ねるために結んだだけの契約だったから、否やはない。
「どっちかってーと俺からの依頼みてえなもんだったし、したいことはこっちで勝手にやらせてもらうわ。特にアンタに関してはな」
「ん?うん、まあいいんじゃない?」
よく分からないまま頷いておけば、ユーリは仕方なさそうに笑いながら、「いつかアンタを教えてくれよ」とだけ言ってカロルたちの方へ向かっていった。
なんだろうな、と思いながらレイヴンを伺えば、今更痛みがぶり返してきたのか腹を抑えている。
しゃがみ込んだままのレイヴンに片手を貸して、見事に腫れ上がった後頭部に苦笑した。
「レイヴンはもう『生きてる』から、そのたんこぶは治してあげようね」
ちょちょいと術式を描いて治癒と鎮痛を作用させる。エステルほど完璧ではないが、許容範囲だろう。
「複雑な気分だわあ、ジーンちゃんが優しいのって」
「どういう意味よ」
「今まで優しくされてこなかった記憶が胸を刺すのよ!」
馬鹿なことを。くねくねしているレイヴンの耳を引っ張りながら、最後尾を歩くパティの後についた。
「ってアンタ、
しゅばっと飛んできたリタがジーンの片腕を取る。
「ああ、色々あってアレクセイに取られちゃったのよね。でもいざとなったらやりようはあるから安心して」
「やりようはあるって、エステルじゃないんだ、から……」
言いかけながら、今まさに治癒術を行使していたジーンの姿を思い返してあんぐりと口が開いていく。
「え、違う違う。この話聞かれるの今日三回目かも」
とはいえ理由を説明するのもなぁ、と思っていれば、ジュディがくるりと振り返り、「ならもう説明しなくていいわ」と微笑んだ。
笑っているのだとは思うが、レイヴンが僅かに顔を引攣らせたので声色の方は違うらしい。ジーンがいつもの通りレイヴンを物差しにしていると、ジュディがジーンの正面に立って顔を覗き込んできた。
彼女の方が幾分か背が高く、見上げる形になる。
「あなたは
確信的な口ぶりだった。事実ではあるし、目を見開いた皆の表情に感じるものはない。
ジーンは肯定を返さなかった。もうそういう縛りで生きていると言ってもいいかもしれない。
ジーンが自分から過去を開示することはない。言ってはならないと思ってる。
ただし、これについてはジーンよりレイヴンの方が雄弁だった。
「レイヴン。表情を変えない」
「はい、ごめんなさい。でもおっさんも詳しいことはさっき知ったばっかなのよ」
「私もよ。ジーンがいないのを見て、バウルが教えてくれたわ」
死んだと思われたのだろうか。だとして、事実だけを伝えたその真意はどこにあるのだろう。
まだジーンの腕を持ったままだったリタが、「その話詳しく」と詰め寄ってくる。
「
「いいえ、そういう問題じゃない」
「デュークと知り合いっていうのはその関連?」
「なんの話?」
「とぼけない!あたしたちバクティオンでデュークに会って、あれ貰ったの」
あれ、と指されたのが
見えるように振られたそれにレイヴンと揃って頭を抱えながら、「何考えてんのあいつ……」と囁く。
「皇帝の証をなんであいつが持ってるのかは分からないけど、この剣にはリゾマータの公式が搭載されてる。ジーン、アンタ知ってて言わなかったわね?」
「ちょっとタンマ、俺様すんごいことに気付いちゃったんだけど、デュークが
「あー……。うん」
「居たのかあ……」
唸ったレイヴンは首を振って郷愁をやり過ごした後に、「悪いけど、ジーンちゃんへの質問はほどほどにしてね」と遅まきながらジーンからリタの腕を外した。
「なにすんのよ」
「まーまー、嬢ちゃん助けるのが先決でしょ。こっちも何が何でも助けなきゃならんから、それ以外は後回しにして欲しいってわけ」
「まあ……それもそうだけど」
渋々ながらリタが引き下がれば、ジュディも肩を竦めて前を向いた。
別にジーンも悪意があって伏せたわけではないのだが、その理由となると答え難い。
レイヴンと共に最後尾を歩きながら、聳え立つヘラクレスの壁面を見上げた。ヘルメス式
この調子で
もし本当に星喰みが目前に迫っているのであれば、ジーンは責任を果たさなければならない。
「ジーン?」
怪訝そうなレイヴンの声で、ジーンは自分が階段を踏み外しかけていたことに気が付いた。実際ふらついてはいる。精神的にもかなり参っているらしかった。
「……。あ、ごめんレイヴン。何か言った?」
「…………。いや、ただの欠伸よ欠伸。それより、ふらついちゃって大丈夫なの?」
「まあ、
神妙な顔で頷いて、レイヴンはジーンを先に歩かせた。しんがりは任せられないらしい。
ふらふらと歩きながら、ジーンは一度海を見下ろした。今すぐ駆け出せば、この青に飛び込むことも出来るだろう。そちらの方がよほど楽だ。
「させねーよ?」
楽なのだけど。
背中から届いた声に、ジーンは声を上げて笑った。