明星に誓って   作:テロン

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スポットライトの当たる舞台か否か

 

 

 

 

 煙を上げて壊れていく装置を見下ろして、ジーンは「ガスファロストの時もそうだったけど、あまりにも突貫工事すぎないかしら」と構造に文句をつけた。アレクセイがいそうなヘラクレスの制御室に辿り着くにはまだまだかかりそうだ。

 

 ヘラクレスの内部に侵入したジーンたちは、この要塞を止めるため元々は動力室を目指していたのだ。それが警備が厳しすぎるからと制御室に目的を変更し、じゃあ制御室に向かおうと思ったら変な障壁に阻まれ、それを解除するにはあちこちに点在している装置を操作するか壊すかで突破する必要がある。

 内部構造も複雑で、装置同士の導線も考えられていないから、「上から荷物を落として壊そうぜ」なんてユーリが言いだした。

 

「巨大建造物を合理的に設計できる技術者がいなかったか、侵入者避けか、どっちかでしょ」

「侵入者避けは飼い慣らした魔物で充分だと思うけど。ああでも、調教が中途半端だから結局無理なのかしら」

「中途半端って、どうして分かるの?」

「試しに口笛吹いてみたら反応したもの。決められた符丁に従えてないんだから、理解出来てないんでしょう」

 

 びゅーひょい、と変な吹き方で口笛を吹いたジーンに、「だからさっきから時々口笛吹いてたんだ」とカロルが頷いた。

 

「一々障壁解除していくの、面倒だからもうやめにしない?」

「ならどうやって制御室に行くんだ?」

「制御室に唯一繋がる橋が障壁で通れないって話でしょ?そこ以外は塞がれてないんだから、飛び移ればいいんじゃないかしら」

 

 ふう、と息を吐いたユーリが「パティ、双眼鏡を貸してくれ」と眼下を見下ろしながら言う。

 

 現在地は制御室に伸びる長い橋を横から見下ろせる辺り。橋の両側は吹き抜けのようになっていて、底は見通せない。落ちたらひとたまりもないだろう。

 とはいえ、突破できない距離ではない。

 

 ちょうどダングレストの橋と同じくらいの長さ分を飛び移れば良いのだ。今いるところからだとそれにプラスして、建物でいうと三階分の高低差、といったところか。

 

「道具があればいけるか……?」

「無理だよユーリ!落ちたら下見えないよ!?」

「私が先に行ってロープでも渡しておく?」

「この中に誰か綱渡りの経験がある奴は?」

 

 ユーリが全員を見渡したが、皆揃って首を振る。

 

「じゃあ一人ずつ抱えて移動するわ。誰から行く?」

「初めは小さい奴からの方がいいだろ」

「え。い、いやあ……ボクとしては万が一があっても受け止められるように、大きい人から行ってもらいたいなあ」

「ならちょうどいいやつがいるわ」

 

 リタがピシッと前方を指差した。

 

「ん?おっさん?」

 

 指されているのはレイヴンだ。コクリと頷いて、ジーンは「じゃあ行きましょうか」と肩を回した。

 

「ちょっと魔導器(ブラスティア)借りるよ」

 

 他人の武醒魔導器(ボーディブラスティア)を無理矢理使うのは普通の人には難しいらしい。こういう法外なことが出来るのも、始祖の隷長(エンテレケイア)がジーンに残した呪いの一端だろう。

 レイヴンの服の胸ぐらを掴んで、ふわりと宙を跳ぶ。

 

「ちょちょちょ、いやぁぁぁぁぁ」

 

 無様な悲鳴だ。

 瞬間的に足場を魔術で作りながら壁側めがけて空中を移動する。最後の方は壁に突き刺したダガーを飛び移り、数秒も経たずに障壁で隔離されていた制御室の前に辿り着いた。

 ジーン一人ならもっと滅茶苦茶なルートで魔術の補助なく渡れるのだが、素人を抱えているとなると空中で三回転とか出来ないし。

 

「ほい、到着っと」

「……」

 

 扉の前にレイヴンを投げ捨て、皆の方を振り返る。軽く手を振れば、それぞれに賞賛の拍手をしてくれた。

 サービスで宙返りでも足せば良かっただろうか。人を抱えてやると抱えられた側が可哀想だが、レイヴンならギリセーフだ。

 

 当のレイヴンはウププ、と口元を押さえているが、担がれただけで何もしていないだろうに。

 

「近付いて分かったけど、これアレクセイいないわね」

 

 なんとなくピンとこないので、当たってるだろう。その辺りの感覚はジーンに勝るものはないと思っている。

 スポットライトの当たる舞台か否か、瞬時に判断できるなんて当たり前。中も無人なわけではないが、幕間の類だ。

 

 またユーリたちの方を向いて、大きくバッテンを掲げた。意図が汲み取れずに首を傾げているので、戻って話した方が早そう。

 

「あとで迎えにきてあげるから待ってて。ついでに中確認しててもいいよ」

「ええ〜、蜂の巣にされたらどうすんのよ」

「いても一人か二人よ」

 

 隊長首席をやれる実力があるのに何を恐れているのだか。

 ひとまず放置することにして、近くの手すりにロープの端を括り付ける。反対側の先端に重しをつけてユーリの元まで飛ばし、向こう側を結んで貰えば道が出来た。

 軽く揺らして強度を確認し、そのまま駆け昇れば一往復だ。

 

「おお、本当に綱渡りで戻ってきたのじゃ」

「どうしたジーン」

「それが、制御室にアレクセイいなさそうなのよね」

「なんだって?」

 

 騎士団であるフレンが一番驚いたような表情をしていた。

 

 ヘラクレスの出撃にアレクセイが絡んでいることは確定で、しかしこの中に奴がいないとなると目立つ要塞を囮に密かに何処かへ移動したことになる。

 ヘラクレスほど金と労力のかかったデカブツを囮にするなど、相当な自信と覚悟がなければ有り得ない。

 

「ヘラクレスの停止はしなきゃならないけど、エステルちゃんの居場所はまた探し直しね。取り敢えずユーリたちは動力室の方をお願い。制御室は私とレイヴンで事足りるわ。あ、停止に関してはリタちゃんがいた方が良いかも?」

「しかし、アレクセイの目的が分からなければ到底探しようもないのでは?」

「……。多分、それは大丈夫。ともかく、あとで合流しましょう。リタちゃんお願いできる?」

「おっさんのこと笑ってられないわね……。一応言っとくけど、落とさないでよね」

「このくらい心配ないわ。腐っても軽業師よ、私」

 

 リタを抱え上げ、即座に引き返す。きゅ、と硬くなった体は年相応だったが、本当にすぐそこなのだ、浮遊感も一瞬で済む。

 

 戻った時、レイヴンはおっかなびっくり制御室の扉を開いて中を覗き込んでいた。

 

「ちょっと何してんのよおっさん、早く入りなさいよ」

「いやね、なんか異様に静かなのよね……」

「いいから行く!」

 

 リタに蹴飛ばされて頭から突っ込んだレイヴンを踏み越え、制御室の中に入った。

 

 半球状の部屋だ。前面はガラス張りで進行方向がよく見える上、その下のデスクには計器のようなものがそこら中に取り付けられた操作盤があった。

 中央には分かりやすく制御装置であろう魔導器(ブラスティア)が取り付けられていて、それはいいのだが。

 

「こいつ……!」

「どこかで見たような顔ねえ」

 

 元々ヘラクレスを動かしていただろう人員は全て地に伏していた。その中心に、一人の男が立っている。

 両手に短刀を持ち、ピンクに近い赤と金や黒の混じった特徴的な髪色の暗殺者。確かカプワ・ノールの一件でラゴウに使われていたやつだったか。あの時海に落ちたはずだが。

 

「ザギ……!こいつもしつこいわね」

「ユーリ・ローウェル……ではないな」

 

 三人の入室を認めて、ザギは即座に斬りかかってきた。「レイヴン」と名を呼ぶまでもなく、変形弓を剣の形にしたレイヴンが受け止め、押し返すように弾き飛ばす。

 

「厄介なのが紛れ込んでるじゃないの」

「この程度なら一人で大丈夫でしょ。リタちゃん、ヘラクレス止められる?」

「おっさん一人で大丈夫なわけ?」

 

 なんて言いながらも、リタは脇をすり抜けて制御盤の方へ向かってくれた。後はもう任せて大丈夫だろう。

 

「ジーンちゃん、こいつ青年に用があるみたいなんだけど」

「へえ。ああ、そういえば前もユーリの命狙ってたかしらねえ」

 

 それで動揺したジーンが使い物にならなくなったところを、エステルに宥めてもらったのだった。あれからまだそんなに経っていないのに、なんだか懐かしい気分だ。

 

「へえじゃないでしょ。というか思ったより強いんだけども、ジーンさん?手伝っていただけたりとかは……」

「は?戦いは任せるって言わなかった?」

「そーね!そうなんだけども!」

 

 見ればレイヴンはおちゃらけた雰囲気をかなぐり捨ててザギと斬り結んでいた。

 リタの方に被害が行ってないあたりレイヴンが優勢だが、それはザギの方が他のことに気を取られて何かごちゃごちゃ話しているからのようだ。ジーンの耳には騒音としか捉えられないそれは、どうやらユーリの名を叫んでいるらしい。

 

 ユーリ、あの子の命を狙っている。

 

 それは──防がなければならない。

 自然とその考えが出てくることに、ジーンは安堵していた。きちんとそう思える。利害ではなくて、もっと本能的な、本質的なところで、ジーンはユーリの命を守らねばならないと思えている。

 これが僅かに残った人間性の発露であると信じている。

 

 だから。

 

「殺して、レイヴン。そいつがユーリの命を狙っているのであれば」

 

 殺す必要があるのであれば、レイヴンが代わりにそれを為す。それを、彼は報酬だと言った。

 

「まあ、やるだけやりますがね」

 

 ふう、と息を吐いたレイヴンが正眼に剣を構えた。腐っても元騎士であり、我流の構えと言えど源流に騎士の剣があることが見て取れる。レイヴンは充分に強いし、ジーンが後ろに立っている以上負けはない。

 付け加えるなら、散々ジーンに付き合ってきたレイヴンは、暗殺者の動きに一定の慣れがある。

 

 殺せと言ったジーンの言葉は果たされるだろう。

 不殺を誓えと言われた直後に、他人の死を願っている。

 

 ままならないものだ。きっとジーンはそうした天運の元に生まれついたのだろう。

 

「止まった……!」

 

 リタの声と共に、レイヴンの剣がザギを斬り裂いた。これで終わりだ。

 

「なかなかやるじゃないか……!」

「こいつ、まだ!」

 

 吹き飛ばされたザギは、左腕に取り付けた魔導器(ブラスティア)を不気味に光らせて立ち上がろうとする。見たところ、碌でもない効果の魔導器(ブラスティア)だ。が、これで終わりと言った通り。

 

「暗殺者が魔導器(ブラスティア)に頼るなよ」

 

 とん、とその魔核(コア)に触れたジーンの右の指先が、思考外でバラバラと動いてその機能を奪っていく。

 パキン、と何かが割れるような音がして、夢遊するようにジーンは一歩またザギに近付いた。

 

 ただ、左手をそっと顎に当てただけだ。それだけで、ザギは釘付けになってジーンの指先を必死に睨んでいた。する、と最も太い血管が通るそこを人差し指が撫で下ろす。

 一気に、その目から光が消えていく。人を殺すのに、派手な技も力もいらないのだ。

 

「お、前は……!」

「っと失礼」

 

 何を言いかけたのか。ぐりんと裏返った瞳はレイヴンの声と共に見えなくなった。

 後に残ったのは回し蹴りの体勢を緩やかに崩したレイヴンと、割砕かれたガラス窓だけ。

 

「俺がやるって言ったでしょ」

 

 レイヴンが外に蹴落としたらしい。あっけない最後だった。

 

「だって遅かったし」

「はいはい、おっさんが悪うござんした。んじゃこっちのやるべきことは終わったし、青年らと合流しよっか」

「そうねえ」

 

 頷いて、周囲に散らばった親衛隊の死体をチラリと見下ろした。かつて背徳の館で、ジーンは自らの手で殺した赤眼の暗殺者へ治癒術をかけるほど錯乱していた。今は、そうした気持ちは湧いてこない。

 それはジーンが目的を達したからであり、変わることのない自分を一度受け入れてしまったからでもあるだろう。ではジーンの破綻した人格は治ったのか?それもまた、否だ。

 

 そのまま部屋の出口に向けて進んで、操作盤の前に残ったままのリタを振り返る。

 

「リタちゃん?」

「ジーン、今の……。いや、そうね。行きましょ」

 

 何かを言いかけたリタは途中で取りやめ、先頭を走って制御室を出て行った。障壁が、と思ったが、リタのことだ、それも遠隔で解除してくれたのだろう。

 

 何を言いかけたのかのかは、なんとなく理解出来た。

 

 操作盤の中央に嵌め込まれた魔導器(ブラスティア)魔核(コア)をそっと撫でる。さっき、ジーンはこれを砕いてエアルに還した。砂漠ではアレクセイのものを、同じように。けれども、今は何も起きない。

 聖核(アパティア)を砕いて作られる魔核(コア)魔導器(ブラスティア)にかけてはならない心臓部。始祖の隷長(エンテレケイア)の成れの果て。

 

 あまりに大規模過ぎてジーンには理解できない構造の中核に収まるそれは、変わることのない輝きを放っていた。

 

 

 

 

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