明星に誓って   作:テロン

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世界と天秤にかけられるもの

 

 

 

 

 宙の戒典(デインノモス)によって、巨大な魔核(コア)がエアルに還っていく。その光景は、どこか安心感を覚えるものだった。

 

 ヘラクレスの動力室。制御室から真っ直ぐ合流したジーンたちは、そこでヘラクレスの動力となっていた巨大な魔核(コア)を発見していた。

 

 他にも収穫がある。

 ジーンの予想通り、こちらが離れた途端、ヘラクレスに潜んでいたイエガーが姿を現し、エステルの居場所を伝えて去ったという。

 彼のビジネス的に、帝国が力を持ちすぎるのは望ましくない、と言い残して。

 

 二度と稼働ができないよう念入りに動力室を破壊したユーリたちは、バウルと共に帝都を目指して飛び立った。

 場所は帝都、御剣の階梯。つまり、帝都最上部、結界魔導器(シルトブラスティア)の根元。

 ユーリたちは半信半疑のようだったが、イエガーの言葉は真実だろう。

 

「フレンくんは?」

「隊に戻った。艦隊でヘラクレスと撃ち合ってたらしくてな、立て直しに」

「うわあ、無茶するわねえ」

 

 ヘラクレスの移動速度で、バクティオン神殿と帝都の直線距離のうち殆どを移動しきっていた。帝都は目と鼻の先だ。

 

 それでも、ひとときの休憩は必要だろう。集中の糸を切らさないまま、全員が甲板に身を投げ出しながら段々と近付いてくる帝都の結界魔導器(シルトブラスティア)を眺めていた。

 

 現在発掘されている限りでは、結界魔導器(シルトブラスティア)に決まった形はない。だとしても、帝都のそれは異様と言えた。

 巨大な剣が、天を衝くように聳え立っている。騎士が整列する時のようにも見えるし、いっそ墓標のようにすら見えた。

 その結界の中が、赤黒く変色している。

 

「ってちょっと待って、結界が消えてる!」

「いや……貼り直される。わざと魔物を呼び込んだ……?」

「あれもアレクセイの仕業かしら」

「これ、街の人とか大丈夫なのかな」

 

 誰も答えない。ジーンの目はこの距離からでも、結界内に動いている人間が一人もいないことが見えていた。

 全員死んだのか、それとも避難したのか。

 ユーリはずっと帝都の下町にいたらしいから、知り合いは山ほどいるだろう。安否を気にしているだろうに、それを全く表情に出さなかった。

 

「にしても、なんで今帝都に?エステルはずっと城にいたんだから、帝都じゃないと出来ないことがあるならもっと早くやっててもおかしくないのに」

「その時とは状況が変わった、とか?」

 

 リタの言葉に、ジュディが答えた。

 

「状況というと……聖核(アパティア)、かの」

「あり得そうね。そもそもノードポリカでフレンが闘技場に潜入してたのも、マンタイクでキュモールが砂漠の調査に街の人を使ってたのも、どっちも始祖の隷長(エンテレケイア)に近付いて聖核(アパティア)を手に入れるためでしょ。魔狩の剣がベリウスを狙ったのだって、イエガーが裏で操ってたってことはアレクセイの意思だったってことになる」

「エゴソーの森やバクティオン神殿にいた親衛隊の役割も、それこそあの移動要塞ヘラクレスも、始祖の隷長(エンテレケイア)を殺すためのものよ。そして今、アレクセイは聖核(アパティア)を手に入れ、どうやってかそれを利用する術も確立している」

「あと、宙の戒典(デインノモス)を見てもう不要になったとか言ってたな」

 

 帝国の至宝がユーリの手によって雑に揺らされている。デュークもよく手放したものだ。それだけユーリに賭ける思いがあったのだろうか。

 

聖核(アパティア)といえば、さっきジーン魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を砕いたわよね」

 

 思案していれば、リタは一旦棚上げした疑問を再び呈してきた。

 

「あれだって元は聖核(アパティア)なわけで、そうそう壊れるものじゃないんだけど何したわけ?」

「何、というか……別に壊そうと思ってたわけじゃないんだけど」

「触ったら壊れちゃいました、なんてあってたまるか!」

 

 ごもっともだ。

 目を吊り上げたリタに、ジーンは「でも実際壊れちゃったし」と言ってへらりと笑った。

 

「そんな破壊神みたいな……」

「まあ、多分だけど始祖の隷長(エンテレケイア)聖核(アパティア)を見たら砕いてエアルに還そうとするんじゃない?その影響か、前にヨームゲンで聖核(アパティア)を見たとき無性に壊したくなったのよね」

「本当に破壊神だったよ」

「カロルくん?」

 

 ぴゃ、と飛び上がった少年を虐めるのはそこそこに、今はなんともない右手を軽く振った。

 リタは何か思うところがあるのか思考に沈んでいる。

 

「結局、帝都に何があるのかは分からずじまいね。ユーリは何か知らない?住んでたんでしょう?」

「俺は住んでたって言っても外縁の下町だしな。おっさんなんか騎士団の隊長だろ、それも団長の懐刀」

「悪いけど、あの人の計画とかは何も知らないのよ。知ってたらもう言ってるって。連れてこいって命令するくらいなんだから確かに嬢ちゃんには腐心してたみたいだけど」

「使えねえのな。現状分かってんのはアレクセイが聖核(アパティア)を集めてて、エステルと宙の戒典(デインノモス)かその代わりになるようなモンがあれば帝都で何かが出来るようになる、ってところか?」

 

 単純に拠点だから戻った、という可能性がないでもないが、権力闘争の場である帝都よりもっと適した拠点はあるだろう。それこそヘリオードとか。場所に何かあると疑ってかかった方が自然だ。

 

 帝都。御剣の階梯。世界で唯一四重環を持つ結界魔導器(シルトブラスティア)

 

「人魔戦争で……帝都の結界は狙われてない」

「ジーン?」

 

 呟いて、ジーンは頭の中で情報を整理していく。

 聖核(アパティア)を集め、エステルの力を利用し、帝都へ向かったアレクセイ。あれは世界の破滅を望んでいるのだろうか。それとも、他の目的があるのか。

 

 なんであれきっと、その目的は始祖の隷長(エンテレケイア)の意に沿わないものだ。始祖の隷長(エンテレケイア)はエアルの調和を保つ生き物。エアルが乱れていく現状。魔導器(ブラスティア)を厭いながら、最も特殊で最大の人口を有する帝都の結界だけは手を出されなかった事実。

 

「そういえば、帝都の地下の調査に躍起になってたな、アレクセイの奴」

 

 レイヴンの言葉に、ジーンは立ち上がって船首の方に駆け込んだ。

 帝都だ。世界最大の都市が、前方に広がっていた。

 

 ジーンの目は十年ぶりにその街を目の当たりにしている。帰るまいと願った故郷。一度とある男の侵入の幇助のため戻ったが、あの時は結界の光など見上げなかった。帝都に住んでいた幼い頃と今のジーンは、決定的に違う。

 

 ジーンの目は十年前、始祖の隷長(エンテレケイア)の血を浴びているのだから。

 

「何かを、封じている…………?」

 

 口に出した瞬間、帝都から一筋強い光が発せられた。ジーンたちの横を通り過ぎ、海のある一点を示している。

 

「なんだ?攻撃か!?」

「いえ、あれは……」

 

 船縁に駆け寄った皆の前で、海を示した光線が複雑な紋様を描き出した。

 変化は劇的だ。海面が揺れだと思えば、割れていく。封じられていたものが、一千年の時を超えてその威容を顕にしていく。

 

 それは巨大な指輪だった。海中から競り上がった輪の頂点に、とてつもなく巨大な魔核(コア)が浮かんでいる。

 

"あなたには権利があります"

 

 十年前、巨大な翼を持つ始祖の隷長(エンテレケイア)はそう言った。

 

"数年前、色濃く満月の子の力を宿した子が生まれました。皇室の中で一生を終えるならば良いですが、此度の戦争といい、満月の子の再来といい、そう遠くない未来、一千年前の災厄が再びこの星を襲うでしょう。今度こそ、人は生き残れぬやもしれません。その時代にあなたが生まれついたことにも、きっと意味がある"

 

 確かに、そう言った。

 

"その時、あなたが──── "

 

「引き返して、バウル!あれに向かって!今すぐに!」

 

 血相を変えて叫んだジーンに、皆がハッと振り向いた。

 言葉が伝わったのか、バウルが甲高い声で鳴く。けれど、進行方向は変わらない。

 

「ジーン?あれが何か知ってるの?」

「知らない、知らないけど……!いい、私だけで行く」

 

 言い捨てて船尾に向けて走り出したジーンの腕を、すれ違いざまにユーリが掴んだ。グローブの嵌っていない、素手だった。

 振り払えばいいものを、その体温に足を止めてしまう。

 

「邪魔を……!」

「エステルはどうするんだ、ジーン!」

 

 説明しろ、誓いを果たせ、と燃える瞳が語っていた。帝都はもう目前に迫っている。時間がない。

 

 直接突っ込むわ、とジュディが小さく言った。バウルの鳴き声は、その意図だったらしい。

 

「ジーン、どっちもは行けないなら俺がもう片方に行く。何をすればいい」

 

 掴まれた腕に視線を落として、レイヴンの言葉にはゆっくりと首を振っていく。

 

「い、や…………。違う、エステルもアレクセイも二人とも、帝都にいるね。そうだ、私には、選ぶ権利があって…………」

 

 どちらが正しいかと問われれば、ジーンとユーリでは、ユーリなのだろう。正しさとは常に一定でないもので、人それぞれに根差しているものではあるが、共通項を集めた物差しは存在する。

 ジーンの倫理観はユーリのそれと似通っていた。元々はきっと、彼と同じものを悪と呼べる純粋さがあった。

 

 けれどもう、歪んでいる。自然と目の前の少女を助ける方には傾かない。

 

「…………。ユーリ。今、君を殺した方が早いなと一瞬でも頭に過った私のことを、どうか蔑んでくれ」

「しねえよ、殺されたらその時はその時だって言ったろ」

 

 不機嫌そうにそう言ってから、ユーリはジーンの腕をそっと離した。

 

「アンタを……止めたいわけじゃない。何かを強制したいわけじゃない。引き止めて悪かった、けどアンタの荷物は俺にも背負わせてくれ。……どっちもやりゃあ良いだろ。エステル助けて、あのでっけー遺跡に乗り込んで、ジーンのしたいことをやろうぜ。歩いていくよりバウルに頼んだ方が早いだろ?」

「……そうね。後悔しない?」

「俺はな。するならきっと俺じゃなくてジーンだ。後悔しない選択は決まったか?」

 

"────あなたが、後悔しない選択を望みます "

 

 時を超えて、始祖の隷長(エンテレケイア)の声がこだまする。

 

 選ばなければならない。結局人はそうやって常に何かを選び、同時に何かを選ばないということを選択している。目を背けていられる時間にも限りがある。

 

 どれか一つを優先しなければ全てを取り零すことがあると、ジーンはもう知っていた。何もかもを選べるわけじゃない。

 その非情さを、目の前のユーリは知らないのだろう。知らないなら、知らないままでいいと思った。

 

「……行きましょう。エステルちゃんのこと、ちゃんと助けてあげなきゃね」

「ああ」

 

 問うように、レイヴンがジーンの顔を伺っていた。ジーンを生かすつもりが、ジーンの命に責任を持つつもりが、彼にはあるらしい。

 どのくらい本気なのだろうか。あのコンパクトの主と共に死にたかったと。テムザの山で呟いたこの男は。

 

「レイヴン」

「ほいほい、なんだねジーンちゃん」

 

 薄青の瞳は、しかとジーンの目を射抜いていた。

 

「世界と天秤にかけられるものを知ってる?」

 

 

 

 

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