明星に誓って   作:テロン

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不殺の誓い

 

 

 

 

 上階に上がる方法を探して周囲を探索すれば、この死臭が漂う地下室が何のために存在しているのか、嫌でも明らかになる。

 ジーンが察知した通り、攫われた子供を発見し、証言が取れたのも決定打になった。

 

 街から消えていく人々。結界に覆われた街の中に存在する魔物たち。散らばる白骨。

 

「捕えた人間を、ここで魔物と戦わせてたってことか」

「なんて、酷い……」

「……おい、ジーン?さっきからぼうっとして、どうした?」

 

 生き残りの子供を保護出来た。それは喜ばしい事だろう。けれど、その他の、ここで死んでいった人たちを、見捨てたのはジーンだ。

 ダガーを見つめたきり動かないジーンをユーリ達が心配してくれているのは分かっていたが、気持ちの切り替えが上手く出来なかった。

 ラゴウの理不尽に怒るだけの子供でもいられない。

 

「何を気に病んでるか知らねえが、悪いのはラゴウだろ。アンタはそれを助けにきた。違うか?」

「……ありがとう。でも、違うの」

 

 服の下にダガーを差し込んで、ジーンは首を振った。

 

「……この先、ラゴウの雇った傭兵と戦闘になるかもしれない。……その時、私はなんの役にも立たなくなるわ。ごめんなさい、でも放っておいて」

「ええっ?どうして?傭兵ってそんなに強いの?」

「門番は大した事なかったわよ」

「……アンタ、やっぱりあのおっさんと知り合いか?」

「え?」

 

 ジーンよりよほど驚いたカロルがユーリを振り向いた。聡い子だとは思っていたけれど、とジーンは首を竦めて上階のレイヴンに心の中で謝罪した。

 ジーンを気にかけなければ足が付く事はなかったのに。

 

「さあ、どうかしらね」

「魔物相手は戦えるが、傭兵相手じゃ役立たず。リブガロ倒しに街の外に出た時も、アンタ言ってたよな。魔物はともかく、この辺りは盗賊が多い、って。つまり盗賊さえいなけりゃアンタは一人でリブガロを倒しにいけたってわけだ」

「それってつまり、どういうこと?」

「どういう事も何も、傭兵と盗賊、どっちも人間だろ。魔物じゃない」

「つまり、人間相手じゃ戦えません〜って事ね」

「それ知ってたから、確実に門番と戦闘になる俺たちから引き離したんだろ、あのおっさんは」

 

 こうも的確に指摘されると、シラを切るのは無理そうだった。

 

「お手上げよ、鋭いのね」

「で?あのおっさん何者だ?」

「それは私からは明かせないわ。借りが出来たもの」

「ふーん、自分で追いかけて吐かせろってか」

「代わりと言ってはなんだけど、もう一つの方は白状するわ。私の誓いについて」

「誓い、です?」

 

 エステルの言葉に頷いて、ジーンは助け出した子供を見下ろした。

 ジーンは、子供が苦手だった。きっと彼もそれを感じ取っているのだろう。ジーンの近くには寄って来ない。

 

不殺(ころさず)の誓い。決して人を殺めず、また、目の前の殺人も許さず。──高じて、他人に武器を向けることも怖くなった。だから、ごめんなさい」

「不殺の、誓い……。あの、それは全然悪いことじゃないです。当たり前だけれど、とっても大切な……」

「……俺たちは、やらなきゃならねぇ事がある。そのためには他人に武器を向けるぞ。殺すためじゃなくてもだ」

「分かってる。これは私の問題で、世の中綺麗事だけじゃいられないなんて、そんな事、よく分かってるんだ」

 

 だから、攻撃術を覚えた。

 

「私の攻撃術、詠唱は早いけど威力はすごい低いでしょ。これなら、当たりどころが悪くても死んだりしないわ。子供でもない限り。──ただ、撃てないだけなの」

 

 どうしても手が、足が竦む。攻撃しようと思うだけで、身体が動かなくなる。

 仕事では軽々と何本も操ってみせるダガーが重くて仕方ない。使い慣れた筈の魔術が、全く成功しない。

 

 そうやって震えながら、結局は誰かが攻撃してくれるのを待ってるのだ。

 それも、ただ責を他人に負わせているだけ。

 今だってそうだ。反吐が出る。

 

 知らずのうちにに握りしめていた拳に、そっとエステルが手を添えた。

 

「ジーン。無理はしないでいいんです。傭兵の方たちに見つかったら、確かに戦闘になるかもしれません。私もそれは心苦しいですけど、少し眠っていてもらうだけです。怪我をさせてしまったら私が治します。ね、いいですよね、ユーリ?」

「……ま、どうせここまで来ちまったんだ。先に進む以外に選択肢もねえだろ」

「ジーン、戦闘はボクたちに任せて!ジーンの術、すっごい助かってるから!」

「……みんな、ありがとう」

 

 それから、ごめんなさい。

 もう一度付け足してから、ジーンは拳を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「門番さえ倒せていたら、助けられた命があった……とか、考えてるんだろ?」

「ユーリくん……」

 

 屋敷の地下を進む中で、ジーンに話しかけてくるのはやはり彼だった。黒髪を背中のあたりまで伸ばした、男性にしてはやや珍しい髪型をした青年。

 さりげない気遣いが得意なようで、今回のこれもジーンに対する励ましだろう。

 

「そう、ね。私も、やるべき事は分かっていたの。そうすれば、誰も死なずに済んだかもしれない。でも、出来なかった」

 

 足が動かなかった。手が震えた。

 自分の現状はよくよく理解しているつもりだ。この街とはとことん相性が悪かった、と片付けようとする辺り、ジーンはただの平和主義者ではない。

 

「アンタが不殺を誓った経緯は聞かねえよ。けど、それを言うなら俺たちがもっと早くここに着いてりゃ助けられた命かもしれねえ」

「それは、違う。君たちはこの街の現状なんか知らなかった。意味のない仮定だ」

「無くはねえだろ。実際、エフミドの丘じゃ揉め事起こして周り道する羽目になったし。けど、アンタが言ってるのはこういう事だ。出来もしねえ事をたられば言っても仕方ない。意味があるのはじゃあどうすれば出来るか、ってのを考える事だ。違うか?」

 

 立派だが、苦労する考え方だな、とジーンは思った。この世界は理想だけを貫き通せるほど甘くはないから。

 そのあたり、ジーンは今回の一件含め、身に染みて実感している。不殺の誓いを掲げて理想論のままに行動しようとしているジーンは、彼の考え方を否定できないけれど。

 

「違わない。参ったな、歳上ぶりたかったんだけど、君相手には無理そうだ」

「それ、なんなんだ?歳上ぶりたいっての。弟か妹でも欲しかったのか」

「当たらずとも遠からず、かな。弟がいるんだ。もう随分長いこと会ってないけれど」

「へえ、俺らは弟の代わりか」

「そんなつもりはなかったんだけど。見栄っ張りなんだ、私は。これからは気をつけるよ」

「へいへい、期待しないでおきますよっと」

 

 今後があるとは思わずにそう言った後、ジーンは目の前の青年についてふと考えた。

 

「『ユーリ』って……珍しい名前よね」

「ん、そうか?由来は知らねえけど、そう珍しいもんでも無いと思うぜ」

「……いくつ?」

「21。どうかしたか?」

「いや、ちょっと気になったの。いきなりごめんね」

「別に構わねえぜ。男だし」

「やっぱ君って、何度も抉るタイプよね」

「そういうアンタは引き摺るタイプだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中姿を現したラゴウを追いかけ地下室を抜けた先で、巨大な魔導器(ブラスティア)が一行を待ち受けていた。地上三階分程度をぶち抜いたホールに狭苦しそうに収まる見たこともない装置。

 そうと言われなければ、これが魔導器だとは思わなかっただろう。何となく、おぞましい気配がする。

 この魔導器が天候を操作し、ノールの雨が止まない原因になっているという。すぐに操作盤に飛びついたリタの口からはぶつぶつと専門用語が垂れ流されていたが、残念ながら誰にも理解出来ない。

 

「ホントに何の役にも立たなかったな……」

 

 浮いた時間に、ここまでの道中を振り返って呟く。流れで着いてきたが、外で待っていた方が良かったかもしれない。

 

 というより、このパーティーが安定し過ぎているのかもしれない。サクサクと傭兵を気絶させ、迷路のような地下室をマッピングし、さほど苦労もせず出口の階段を発見した。ジーンがしたことと言えば、戦闘中邪魔にならないよう端の方に移動したくらいだ。

 

「ま、まあ敵もそんなに強くなかったし」

「あ、えっと実はこの辺り怪我をしてしまって、良かったらジーンの治癒術をかけてもらえます?」

 

 そっと差し出されたエステルの腕には、確かに傷が出来ていた。

 

「擦り傷……」

「な、なんだか凄く痛くなってきたな〜」

 

 棒読みのエステルに酷く申し訳ない気持ちになりながら、治癒術をかけていく。

 青白い光を発して、腕は元通り。白く綺麗な肌だ。

 詳しくは聞いていないけれど、きっと貴族の娘なんだろう。旅に出るまで強い日差しも労働も、知らなかった筈だ。

 

「ジーンの治癒術って初めて見たけど、エステルのとは違うんだね」

「ええ、私の治療は水の魔術をベースにしてるわ。エステルちゃんとはアプローチの仕方が違うのね」

「へえ。ね、ボクにもかけてみてよ」

「あら、次に怪我をしたらね」

「えー、怪我するのはやだなあ」

「おいリタ、ほどほどにしておけよ。後で騎士団に見せてもらえばいいだろ」

 

 だべっているうちに、ユーリが上に向かって声を張り上げていた。そういえば、と辺りを見渡す。

 

「騒ぎを起こすんだったわね。この辺の柱とかを壊せばいいのかしら」

「大きい音が出ればなんでもいいだろ。んで、そしたらとっとと退散すんぞ。モタモタしてフレンと鉢合わせなんて間抜けは御免だぜ」

 

 確かにそれは御免だ、と頷いてジーンは水の魔術を柱に向けて放ち始めた。威力が弱いので倒すまでにはしばらくかかりそうだが、横からカロルがハンマーを振るってくれる。

 

「あーもうしゃらくさい!」

「わ、ちょっとリタ!」

 

 操作盤の方はもういいのか、地道な作業に痺れを切らしたリタが方々に火の魔術を放ち、とばっちりでカロルやユーリが巻き込まれた。間一髪だ。

 こっちに飛んでこなくて良かった、とジーンはこっそり胸を撫で下ろしていた。

 

「ここまで来て味方にやられる所だったな」

「リタ、ちょっとやり過ぎです」

「……あ、騎士団」

「え」

「あーあ……」

 

 ユーリの懸念が当たった形だ。部屋の入り口に部下を引き連れた金髪の騎士の姿が見えた。ラゴウが必死に押し返そうとしているが、ビクともしない。

 あれがユーリの言っていたフレンだろう。何やってるんだ、とでも言いたげな目線がこちらを捉えた。

 混迷した場に、さらにガラスの砕ける音が響く。

 

「っ、今度は何!?」

「魔物に乗った、人間か?」

 

 ガラス窓を突き破って侵入した人物は、空飛ぶ魔物に跨っていた。天井付近を旋回して、魔核(コア)を目指して垂直に落下する。長槍は的確に魔導器(ブラスティア)の心臓部を貫いた。

 

「ちょっと、アンタ何すんのよ!魔核(コア)が!」

「もしかして、竜使い!?」

「──おい、ラゴウ!くそっ、リタ!追うぞ!」

「裏手よ!船着場がある!」

 

 混乱に乗じてラゴウが逃げ出した。竜使いも空を飛んで何処ぞへ逃げただろう。屋外へ駆け出すユーリに続きながら、ジーンはこっそりと魔導器(ブラスティア)の設置された部屋を見渡した。

 彼のことだ、とっくに逃げ出した頃だとは思うが。

 ──仕事、上手くいっただろうか。

 

「ジーン!」

「……今行く!」

 

 最後にもう一度だけ振り返って、ジーンもまた船着場へ続く階段に飛び込んだ。

 

 

 

 

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