明星に誓って   作:テロン

41 / 65
触れてはならない

 

 

 

 

 朝。

 

 市民街から外へ抜ける門の手前に、全員が集まっていた。出発の時間だ。目的地は、海から浮上した巨大な遺跡。

 

 昨晩、ユーリたちはあれこれと話し合い、最終的にアレクセイの足取りを追いその企みを防ぐことにしたらしい。あの男をこのまま放置すればろくなことにならないというのは総意だし、ヨーデル殿下からの要請もあったとか。

 

「アンタらも着いてくるんでいいんだよな?」

「そうねえ、元々あそこに向かいたいって言ったのは私だし」

「んでも船の中でちょっと寝かせてもらおうかね」

 

 ふわ、と欠伸をしたレイヴンの後頭部を叩くが、ジーンも人のことは言えなかった。

 

 夜が明けてから少しばかり目を閉じたくらいで、殆ど睡眠をとっていない。話し過ぎたせいで声もかすれ気味だ。レイヴンの方はジーンが休んでからも考え事をしていたようだから、一睡もしていないだろう。

 

 数日寝なかったくらいでどうにかなる体の作りはしていないが、アレクセイとの戦闘からバクティオンまでの移動とヘラクレス、エステルの解放とずっと魔導器(ブラスティア)無しで行っていたのもあって生命力が限界だったり。

 ドンの暗殺依頼を受ける前、一年か二年かほぼ無補給で微睡んでいたこともあるのだが、あの時はそもそも活動をしていなかったので状況が違いすぎる。

 因みに、よく見たら目が腫れぼったいのも分かるだろう。

 

「アンタらは……まあいいか」

 

 諦めたように首を振ったユーリは、レイヴンの肩に腕を回して復活したバウルの方に向かってしまった。流石始祖の隷長(エンテレケイア)、昨日の今日で怪我は治ったらしい。

 

「エステル、無茶は絶対ダメだからね」

「分かってます。でも状況はジーンと同じですよね?」

「ちょっと!?変な前例見つけちゃったじゃない!どうしてくれんのよ!」

「……え、私?」

 

 先に行った二人の背中を眺めていれば、ビシッとリタがジーンのことを指差してきた。

 

「というかアンタもアンタよ。魔導器(ブラスティア)無いんだから無理は禁物!生命力を使うってのは最終手段なんだから」

「ああ……エステルちゃんの制御術式、ちゃんと組み直せたのねえ」

「そう、力を使うと生命力を消費するけど、帝都の結界魔導器(シルトブラスティア)の機能と紐付けながらも街の外に出られる形に……ってアンタ話聞いてんの!?」

「リタ、その辺にしたらどうかしら。エステルもジーンも、限界を超えないように見ていてあげるのが私たちの仕事でしょう?」

「無理はしません。そっちの方がみんなに迷惑をかけると思うから。それにほら、フレンも居ますし」

 

 ほら、と示されたフレンが目を瞬いた。言われた内容にではなく、リタに吊り上がった目で睨まれたからだろう。

 

「それもそっか!じゃあフレン、またよろしくね」

「ええ、またよろしく頼みます。ジーンさんも」

 

 カロルの言葉に微笑んだフレンが、ジーンの方を向いてちょこんと頭を下げた。

 

 帝国側からの誠意として、また帝国騎士団を代表して、フレンが同行することになったらしい。ヨーデル殿下の計らいだとか。

 仮にも隊長首席であるシュヴァーンのことは全く話題に上がっていなかったが、結局どういう扱いになったのかは分からなかった。レイヴンは自然消滅を狙っている気がするが、騎士団側は果たしてそれを許すのだろうか。

 

「ヨーデル殿下なら、上手く取り計らってくれますよ」

 

 考え込んでいるジーンに気付いてか、フレンがそう言って片目を瞑った。

  

 皇位継承権はエステルとヨーデルで争う形になっているそうだが、権力絡みのゴタゴタさえ片付けばヨーデルで決まりなのだろう。

 エステルも博識だが、帝王学や政治を学んできたようには見えない。血筋で担ぎ出されてしまった、という感じだろうか。

 

 そういえば皇位継承権の証である宙の戒典(デインノモス)もここにあるし、これはひょっとすると皇帝即位の日も近いかもしれない。

 

 そんなことをとりとめなく考えていると、フレンが内緒話でもするように離れたところから手招きをしていた。

 

「どうしたの?」

「気分を害されたら申し訳ありません。下町の皆とは会っていないのですか?」

 

 その話か。頷いて「私の話した?」と小首を傾げる。

 

「今回は生憎と任務で顔を見せられていません。ですが、ジーンさんが顔を見せれば皆喜ぶと思いますよ」

「そう、かもね。でも、いつでも帰れたのに帰らなかったところで察して欲しい」

「……そうですか」

 

 引き下がりながらも、フレンは悲しげな表情をしていた。

 

「ハンクスという老人を覚えておいでですか」

「老人?」

「……ああ、ジーンさんが知っているハンクスさんはまだ壮年だったかもしれません」

「そうねえ、そのくらいの歳月が流れた。それで、その人がなんて?」

「今回は言った通り会う時間は取れていませんが、前回帰った折に彼と話をしました。勿論、ユーリには伝えないよう釘を刺しています。信頼できる人物かと」

「うん」

 

 続きを促せば、フレンは一瞬口籠った。

 

「……謝罪を伝えて欲しい、と言われました。それをまだ伝えられていなかったので、僕から代わりに伝えておきます。本当は会って直接聞いていただきたかったですが……差し出がましいことをしました。僕からも謝罪を」

 

 そのまま綺麗な一礼をされると、ジーンとしてもきまりが悪い。

 

「なんの謝罪か全く身に覚えがないのだけど」

「そうなのですか?言えば分かるような言い方だったので、詳しくは聞いていないのですが」

 

 聞いてきた方がいいか、と暗に問われているのを感じながら首を振った。

 

「不必要な謝罪を繰り返させる必要もないでしょう。また会うことがあればジーンは気にしていなかった、って伝えておいて」

「はい、お任せください」

「悪いね、こっちの都合で伝令みたいに使っちゃって」

「望んでやっていますから」

 

 薄く微笑んだフレンと共に、ユーリの後を追う皆の後を着いていく。これは騎士になるべくしてなったタイプだ。

 ユーリもレイヴンも、そりゃあ騎士団を辞めるよなあ、という気がしてくる。レイヴンは一応まだ辞めたとは言い難いけど。

 

「そういえば、フレンくんの部下は?」

「待機してもらっています。ザウデには同行してもらうつもりですよ」

「ふうん。それ、拒否権とかないのよね?騎士だから」

「拒否権、ですか」

 

 考えたことがなかった、とフレンは首を捻る。実に彼らしい思考だ。

 

 でも実際、帝国が危機に晒されていて、その首謀者がザウデに向かったことが分かってて、おまけに殿下の命令もある以上、向かわない理由はない。普通の人間はそう考えるけれど、生憎とジーンはそういう意味では普通じゃなかった。

 

「一瞬だけ想像したのよ。私が騎士団に所属してたらどうなってたかなって」

「ジーンさんが騎士ですか。確かに、下町に残っていたらそういう未来もあったかもしれないですね」

「寒い想像だわ。向いてないことは確かね」

「そうでしょうか。僕は、ユーリはいい騎士だったと思います。本人は認めないでしょうけどね。そしてジーンさんにも、彼と同じものを感じます」

 

 それはちょっと節穴じゃないだろうか。彼は度々ユーリとジーンを似ていると称するけれど、その指摘が内面的な部分にまで及んだのは初めてな気がする。

 いずれにしても、彼というフィルターを通せばジーンのような人間も僅かばかりの親切心だけが抽出されるのだろう。

 

「君は私やレイヴン、ユーリみたいな悪党にも心を砕いてくれるけど、傍から見るとちょっと……。そうね、異常と言えばいいのかしら。強い言葉だったらごめんね」

「僕はどっちつかずに見えますか?」

「いいえ。ドンを思い出しただけ」

 

 話を少し戻すが、フレンはこのザウデへの出陣にノーを突き付けることはないし、そんな考えも過ぎらないだろう。ユーリの行為にも、ジーンという人間にも、そこに悪があることは認めるが、その上で一定の理解を示そうとする。

 これは結構、異常なことだと思う。

 

 彼が命令に従うだけの盲目的な人間だ、と言いたい訳ではない。自分の意見を持たない風見鶏だ、と貶しているのでもない。

 帝国のルールを派手に破ったユーリと未だに友人関係を継続しているのも、帝国とギルドとの架け橋になることを選択したのも彼だ。

 自分の正義の中で正しいと感じたことを、投げ出さない強さがある。それと外れたものと、向き合い続ける覚悟がある。

 

 そのあり方は、ギルドという生き方の象徴となったドンに近しいと感じるのだ。

 

「面白いことに、人が生きていくためにはルールが必要で、それは帝国もギルドも変わらないの。そして、自分の生き方を自分で決めるって謳ってるギルドでさえ、殆どの人間は既に存在するギルドに所属することを選んでる。自分で一から掟を定めるんじゃなくてね」

 

 この面から見れば、選択肢が増えただけでギルドも本質的には帝国と変わっていないように見える。

 

 人はより安易な方に流れる生き物だ。ドンの掲げた旗に皆が集ったように、何を置いても貫き通す信念を持たなければ、目の前の選択肢の中から一番楽な方に流れる。

 それはつまり、自分に近い方、という意味だ。自分と違う考え方の人間と価値観を擦り合わせるのは多大な労力を要するし、自らを曝け出して新しい価値観を打ち立てるのは、苦痛を伴う。 

 

「君は自分で新しいルールを作れるタイプの人間だわ。そして、君のルールに従いたいと思う人間も多いと思う。けれどその全員が、君と同じものを見てるわけじゃない」

「帝国というルールの中で、僕が正しそうに見えるから選ばれただけ、と?」

「誰もが完全に同じ思想を掲げるのは不可能だわ。近いとか、似ているとか、精々その程度。ギルドは血の掟への絶対服従を誓うことで、このすれ違いを乗り越えた。アレクセイも、着いて行った人間が多い以上、何らかの回答を持っているわ。でも、どちらも失敗した」

 

 ドンを失敗したと詰れる人間は少ないだろう。ジーンだってその資格はないけれど、敢えてこういう言い方をした。

 彼の死は、同じ掟を誓い、同じ信念を抱いたはずの身内を御しきれなかったことが原因だ。アレクセイなど、言わずもがな。

 

 最初の理想は本人だけのもので、それに付き従う者はもっと視座の低い願いを抱いている。

 ジーンが良い例だ。こんな程度の低い半端者が、信念も理想もないくせにダングレストの一角に名を連ねていた。ユニオン憲章を誓えないまま、ドンに程近いところで。

 こういう人間を束ねる立場の人間には、常に同じ問題が着いて回るのだ。

 

「フレン君なら、どうする?」

 

 我ながら、意地の悪い問いかけだった。答えのない問いだけど、長くドンと共にいた人間の一人として、ジーンにもこの問いをする責務がある。

 

 ヨーデル殿下が即位すれば、騎士団の力は増すだろう。その旗印になるのは、きっとフレンだ。

 この未来が有り得るのか、有り得ないのかはこの後の結果次第だけれど。

 

 一度目を伏せてジーンの言葉を噛み締めたフレンは、深呼吸と共に足を止めた。

 

「……それでも僕は、人々が手を取り合い、同じ方向を向けると信じています。その為に必要であれば、この身が差し出せる限り、如何なる代価をも払うでしょう」

「そう。余計なことを言ったわね」

「いえ。ジーンさんが案外、帝国に気を配ってくれていたことを知れました。貴重なご意見だと思います。それに僕も、身近にいる人たちがどう考えているか、改めて知りたいと思いました。そんなことをしている場合じゃないかもしれませんが」

 

 やっぱり騎士団の船で向かうことにする、と微笑んだフレンに、ジーンも頷いた。

 

「こんな時だからでしょう。少なくとも私は、話してスッキリしたわよ」

「なるほど、それで声が枯れていたんですね」

「ええ。喋り過ぎたわ、まだ朝なのに」 

「疲れているようですね。良ければ船までお運びしますよ」

「え」

 

 こう、と抱え上げるような仕草をされてジーンは一瞬自分を貴族の令嬢か何かと錯覚した。

 

「い、いや遠慮しとく。後で刺されそうだし」

「刺さ……?」

「割と真剣に」

 

 ジーンを刺せる令嬢がいたら会ってみたいものだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都を飛び立ちバウルに運ばれ、うつらうつらとしているうちに目的の遺跡──ザウデ不落宮が見えてきた頃。

 

「フェロー!」

 

 鋭い声にジーンは微睡みから叩き起こされた。砲撃のような重低音が断続的に響いている。

 

「ジーン姐、起きるの辛いのか?」

 

 頭を抱えて、眠りに落ちる前より体調が悪化していることに舌打ちを一つ。

 

「ジーン姐?」

「ん、あ。ごめん、起こしてくれた?」

「辛かったらまだ寝てても良いのじゃ」

「そうは言ってもねえ……。フェローが来てるの?」

 

 コクリと頷いたパティが指差す方を向けば、砲撃を掻い潜りながら飛行している始祖の隷長(エンテレケイア)の姿があった。

 船は既に着水し、派手に飛び回っているフェローを目隠しのようにしてザウデを目指している。騎士団の船も先行しているらしい。フレンとは、お互い別ルートを進んだ先で落ち合う手はずだ。

 

「昨晩フェローは、ジュディ姐にザウデには近付くなと言伝を残したようじゃ」

「触れて欲しくないんでしょうね、始祖の隷長(エンテレケイア)としては」

 

 だから封じられていて、それが故にアレクセイに目をつけられたのだろう。近付いてくるザウデは、一つの巨大な魔導器(ブラスティア)のように見えた。あまりにも巨大すぎて遠目ではその役割が全く伺えない。

 だが、ジーンの体調の悪化はザウデに近付いたせいだという直感があった。

 

 ジーンの目や右腕には始祖の隷長(エンテレケイア)の血と遺志が染み込んでいて、エアルの流れや術式の構成などを伝えている。

 

 ザウデに触れてはならないと、始祖の隷長(エンテレケイア)の遺志が告げていた。それは地獄の釜の蓋を開くことに繋がるのだろう。

 

 にしても具合が悪い。例えるなら浴びるように酒を飲んだ次の朝。

 エルシフルは余程ジーンをここに近付けたくなかったらしい。その割にジーンに選択権を与えたあたり、始祖の隷長(エンテレケイア)と言っても矛盾を孕むただの生き物だった。

 

「レイヴン……運んで」

「はいはい、お任せをっと」

「吐いたらごめん、エルシフルを恨んで」

「死んだ奴を恨めって?難しいこと言ってくれるわ」

 

 腰を落としたレイヴンの背中にしがみつけば、思ったよりグロッキーだったからか珍しそうに笑われた。

 

「実情考えると笑えないんだが、弱ってるジーンちゃんってのも乙なもんねえ」

「ジーン姐を背負ってなければうちが成敗してやるところじゃな!」

「任せなさいパティ、あたしがあとで一発ガツンとやってやるわ」

 

 着岸の準備を進めていた面々がこちらを振り返り、軽く手を振って呼び寄せる。入口付近は親衛隊が警備を固めているらしく、なんとか裏口を見つけて侵入しないといけない。

 

「ジーンはどうしたんだ?」

始祖の隷長(エンテレケイア)を殺した責任を現在進行形で取らされてるってとこかね」

「なにそれ、死んだ始祖の隷長(エンテレケイア)にまだ意思があるみたいな……。いや、もしかすると本当にあるってこと?」

「どうする、ジーンと一緒に留守番でもいいが」

「そのつもりだったら帝都に戻ってるって。俺もジーンちゃんも、アレクセイには言いたいことがあるしね。まあ心配しないでよ、この状態でも俺ら全員殺すくらい簡単だと思うし?」

「ん、ならいいけどよ」

「え、良いのかな今の話流して」

 

 レイヴンとユーリの顔を交互に見上げているカロルに、ジーンはふらふらと手を振った。

 

「私はともかく、こいつには清算しなきゃならない仕事があるしね。来てるでしょ」

「イエガー、か」

 

 あくまでもアレクセイに従う死人の一人。ドンの仇だ、という感覚はないでもないが、ジーンにあれは殺せない。反対に、レイヴンはドンからあの日背徳の館で果たせなかった仕事を託されていた。

 

 ノードポリカから主柱を奪った咎は、命で贖われた。それがギルドの理屈だ。ギルドの枠組みで生きることを選んだのなら、それに従わなければならない。

 ドンも、レイヴンも、そして、イエガーも。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。