明星に誓って   作:テロン

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それがどうした

 

 

 

 

 帝都ザーフィアス。下町のとある宿屋の二階にて。

 

 動乱の中心に巻き込まれた一人の青年が、長い眠りから覚めていた。

 それは次の冒険が始まる合図だ。そして、あらゆる罪と業を清算し、次のステージへと進む旅路の始まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザウデ()()宮だってのに、落ちちまったな」

「ユーリ、その冗談あまり面白くないです!」

「悪い悪い」

 

 彼女からしたら久しぶりに、ユーリからするとついこの間ぶりに再会したエステルが、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 ザウデで腹を刺され、落ちたことは覚えている。残念ながら、と言えばいいのか、腹を刺されたのも、落ちたのも、ユーリの自己責任と言えた。仲間たちには相当心配をかけただろう。

 

 そんなわけでブスッとされて流石に死んだかと思ったが、デュークが剣の回収ついでに助けてくれたらしい。

 下町の自分の部屋に届けられたユーリが目を覚ました後、デュークは大まかな経緯と共にザウデ不落宮の成り立ちを簡単に語った。

 

 かつてこの世界を星喰みを襲った時、世界の指導者だった満月の子の殆どがその命を対価にザウデ不落宮という巨大な結界魔導器(シルトブラスティア)を起動した。そうして僅かに残った満月の子が皇族として世界に残り、ザウデの起動キーである宙の戒典(デインノモス)を受け継いできたこと。

 時の流れの中で宙の戒典(デインノモス)の本当の意味は失われ、星喰みの脅威すら忘れてしまった。

 正しく伝承が成されていれば、アレクセイとてこんな馬鹿なことはしでかさなかっただろう。

 

 世界を守る、と言い残してデュークは宙の戒典(デインノモス)と共に姿を消した。

 

 仲間たちはそれぞれにできることをこなしていたらしい。城に戻っていたエステルから現況を聞き、呼び覚ましてしまった星喰みに対抗する方法を探すため、ユーリの二度目の旅が始まった。

 

 ちょうどバウルと共にエステルを迎えにきていたジュディとパティと合流し、リタを探してアスピオへ。

 

 相変わらずの態度だった彼女は星喰みに対抗する案があると語った。それにはエステルの協力が必須であるという。

 

 それともう一つ。ダングレストへ取りに行かねばならないものがあると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トルビキア大陸最大の都市、黄昏の街ダングレスト。

 

 橋を渡りきった先の街の入り口で、カロルとレイヴンの二人がユーリたちを出迎えた。

 

「これで全員、とはいかねえか」

 

 騎士団に戻ったフレンを除いたとしても一人足りない。その姿を無意識に探して街を見渡していたユーリは、彼女の現況について既にエステルから聞かされていたことを思い出す。

 

『ジーンは今、行方不明なんです。ザウデから戻ってひと月くらいは療養していたんですが、目が覚めた途端に居なくなってしまって』

 

 そんな馬鹿な、とも思ったし、彼女ならやりそうだ、とも思った。元々フラフラ旅をしていたらしいし、その辺の街で観光でもしてるのかもしれない。

 

「おっさんとは連絡取り合ってるんだろ?今あいつ何処にいるんだ?」

「いやあ……それがね」

 

 にへら、と微笑んだレイヴンは、バツが悪そうに目を逸らした。

 

「逃げられちった」

「ああ?」

 

 すかさず凄んだユーリに、レイヴンは「おっと、美形が凄むと怖いのなんの」とおちゃらけている。

 

「一体何があったんだよ。まあおっさんが百悪いのは決まってるんだが……」

「あ、決まってんのね」

 

 いやあ、とはっきりしない様子で目線を泳がせる。何か隠しています、と言わんばかりだ。前とは違ってまだ態度で見せる分マシとは言えるが、はっきりしない。

 

「レイヴン、何聞いてもずっとこの調子で何も言ってくれないんだ。でもただ事じゃないと思う」

「そりゃ雲隠れしてんだ、ただ事じゃないだろ。いや待て、浮雲ジーンってもしかしてそういう……?」

「もうユーリ!そうじゃなくて、燃えてるんだよ!」

 

 カロルがブンブンと街の何処かを指差しながら地団駄を踏んだ。

 

「燃えた?何がだ」

「ジーンの家が!ジーンがいなくなった日に!」

「はあ?」

 

 聞けば、朝方に火事だと騒ぎになって、消火が終わった頃には一軒丸ごと焼け落ちていたらしい。

 焼け跡から死体は発見されなかったし、隣家も空き家だったおかげかその火事で死傷者は無かったらしいが、家主はそれから行方不明だ。

 

「ボクもちょくちょくお見舞いにいってたんだよ。でもずっと目覚めなくて。あの日ダングレストで火事があったって聞いて現場に行ったらジーンの家で、でもジーンは家にはいなくて。そしたらレイヴンがジーンは前の日には目が覚めてたって言うんだ」

 

 となると確かに、全貌を知っているのはレイヴンということになるだろう。

 逃げられた、と言っていたし。

 

「私もフレンにお願いしたりしてジーンの行方を追ってみたんですが、どの街でも目撃情報は上がってません」

「あなたの言う通り、まるで雲のように消えてしまった、というのが正しい表現ね」

 

 ザウデから落ちる直前、ジーンと一瞬だけ視線が合ったと感じた。具合悪そうにフレンに肩を支えられながら、落ちていくユーリを不思議そうに見ていた。

 見間違いでなければ、そのある意味純粋とも言える瞳に刹那、どろりと絶望が混じったような気がする。あちらの隠し事を考えればそりゃそうなるか、と納得は出来るが。

 

「家燃やしたの、ジーンか?」

「え、そうなの!?」

 

 カロルは驚いていたが、その他の面々は予想通り、といった表情をしていた。

 

「状況から見て、もうこの街には戻らないって意思表示じゃないの。ったく、ザウデの解析手伝わせようと思ってたのに」

「それが嫌で逃げ出したって可能性もあると思うの。彼女、地道な研究とか向いてないタイプでしょう」

「絶妙にあり得そうなラインだな……」

 

 アスピオに寄ったときの精神疲労っぷりはなかなかだった。ジーンは魔術を扱うが、理屈に然程興味を示さない辺りは面倒臭がって術を覚えようとしないユーリに似ている。ユーリとて、術の名前を読み上げるだけで放てるのならいくらでも覚えただろう。

 

「まあ、青年のご明察ってところかねえ」

 

 顎を摩ったレイヴンは、言葉を迷いながらも話を続ける。

 

「あの朝もう一箇所ボヤ騒ぎがあって、そこは燃えた家が見下ろせるような場所だったのよ。他は何もない。燃えるようなものも無いのにわざわざ火を焚いて何かを燃やしてるってなるとまあ、どういうつもりかは分からんが本人でしょ」

「自然発火ならそのボヤ騒ぎが起きるわけないし、放火魔の仕業にしてもわざわざ疑われる証拠を増やしてるみたいで不自然と」

 

 何を考えていたのかは分からない。

 それでも、ジーンが自宅に火をつけ、燃え落ちていく様子を見ながら決別のために何かを燃やしている様子は想像が出来た。

 

 ユーリ以外もそうだろう。

 

 精神的に不安定になれば何をしてもおかしくないと思える危うさがあった。

 何かを失うことや手放すことに傷付く感性を持ちながら、躊躇なく実行してしまえる矛盾を抱えている。

 

 ただ、ジーンは自分がその類の人間であることを自覚して、不安定な足場の上でずっと踏み止まっている人間だった。大きく崩れたのなら何かしらの外的要因があるはずだ。

 

「んで?一体おっさんは何してくれたんだ?」

 

 どう考えてもその要因であろう男は、ユーリの笑顔に顔を引き攣らせた。

 

「あー、まあ、あいつがカッとなった原因は確かに俺にあるんだが、詳しい話は勘弁して」

「へえ。内容次第で一発ぶん殴る準備はできてたんだが……」

「言っとくけどこの件に関して口を割る気はないのよね。どっちか分かんねえなら一発行っとく?」

「っとそういう感じか、なら聞かねえよ」

 

 非は認めているようだし、ここでユーリが弁明も聞かずにレイヴンをぶん殴った場合、次に殴られるのはユーリの可能性がある。

 それにレイヴンだって悪手だと分かってわざわざジーンの地雷を踏まないだろう。そこには何かしら、退くことの出来なかった事情がある。

 

「んでも、そこ除いたとしてあいつ、旅にはもう着いてこないだろうね。会いに行っても手酷く追い返されるのがオチだ」

「それ聞いてハイそうですかって引くタチじゃねえってもう知ってんだろ?」

「おたくら星喰み止めに行くんでしょ?ジーンちゃんがいなくても問題ないと思うけど?」

 

 言葉を重ねるレイヴンは強情だ。

 

 確かにジーンはギルドのメンバーでもなく、リタやエステルのように星喰みへ対抗するための重要な役割や責任を持っているわけでもない。パティのように、自分の意思がなければ同行する理由など何処にもない。ユーリが迎えに行く理由は、どこにあるのか。

 

「今だってどれだけ時間が残されてんのか分からないのに、わざわざあいつを迎えに行く必要ある?」

「ある」

 

 即答して、ユーリは「ジーンについては好きなようにさせてもらうって言ったぜ。拒否しなかったジーンが悪いだろ」と責任転嫁した。

 

「それに、ジーンを引き入れるとオマケでおっさんが付いてくる」

「……おっさんってオマケなの?」

「冗談だ。けど、あいつだって俺たちの仲間だ。それを勝手にハイさよならってのは認められねえな。勝手に離れてった仲間を追わねえのは不義だろ?ギルドの掟に反する」

 

 他の面々が同意するように頷いた。最悪ユーリ一人別行動も覚悟していたが、そうはならずに済みそうだ。

 

 レイヴンはジッと観察するようにユーリを眺めてから、ストンと肩を落とす。

 

「ま、青年ならそう言ってくれると思ってた。俺じゃダメだったもんで、おたくが目覚めるのを首をながーくして待ってたのよホント」

「なら最初からそう言えよ、まだるっこしい」

「それは悪うござんした。けども、おっさんにも色々あんのよ」

「はいはい」

 

 軽く流したが、試されていたのだろうなと感じた。ここでユーリが対応を誤るようであれば、この男もひっそり姿を消していたのかもしれない。

 思ったより状況が悪そうだ、というのをヘラヘラしたままのレイヴンに思った。この上っ面の笑みは、どうにもならない無情さを隠すためのものであろうから。

 

「んで?どこ行けばいいわけ?さっさと吐きなさいよ。ジーンの居場所、知ってるんでしょ」

「バウルがいれば何処でもひとっ飛びだもんね」

「まあ、そうなんだけども……」

 

 リタとカロルの言葉に、レイヴンが口を濁す。

 

「おいおいここまで来てまだ黙りか?」

「いやまあ、行き先に心当たりが無いでも無いんだが、果たして青年らを案内していいものかってね」

「案内しないでどうすんだよ。まさか世界中探し回るところからか?」

「そうなんだけども、気分の良い場所じゃないよ?」

「それがどうした?」

 

 首を傾げたユーリに、レイヴンは今日一番の溜息と共に「似てんだよなあ」と吐き捨てた。

 

 

 

 

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