明星に誓って   作:テロン

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夢の跡

 

 

 

 

 ダングレストのあるトルビキア大陸から、西。

 人の寄り付かぬ大陸、ユルゾレア。

 

 そこが、レイヴンの示した行先だった。船を下ろす場所について、レイヴンは随分と考え込んでいたが、最終的に示されたのは南北に伸びる複数の島が集まって形成された大陸の西部、トルビキア大陸からは山脈を超えて身を隠すような位置だった。

 

 バウルがいて幸いだった。人の住まない大陸らしく、船をつけられそうな湾もなく、街道も整備されていない。

 そんな人類にとっての未開の地が、ジーンの向かった先だという。

 

 ダングレストでの用事を後回しにしてユルゾレア大陸西部に向かったユーリたちは、あまりにも人工物の痕跡が見えない大地に困惑していた。

 ヒピオニア大陸も未開の地ではあったが、バクティオン神殿など人の住んでいた痕跡があった。見たところこの辺りには、そういったものが見受けられない。

 

 ここで間違いないと言うレイヴンの指示に従って、上空から平地に降り立つ。踏み締めた下草は、これまで経験したものとは僅かに感触が違う。異大陸に降り立った、という実感が湧くのはすぐだった。

 目的地はここから続く森の中らしく、残りは徒歩で向かう必要がある。

 

「わ、バウルが離れた瞬間魔物の唸り声が聞こえ始めたよ」

「確かに、なんだか魔物が多いですね」

「森ん中はこれより凄いから、気張ってきましょ」

 

 それぞれが武器を抜くやいなや、草原のあちこちから小柄な影が飛び出してくる。標準的な、狼型の魔物だ。

 

 出鼻を挫くために遠距離技を先陣にぶつけ、後衛を守る位置に移動する。

 

「レイヴン、道は知ってんだよな?」

「一度行きはしたけども、目印とか何もないからね。魔物に追われながら森の中を逃げ続ければ到着って感じ」

「骨が折れるな。よし、とりあえず走るぞ!」

「のじゃ!」

 

 号令と共にユーリは先陣を切って走り始めた。百メートルも走れば森の端だ。そこから先は見通しが悪くなるため、小柄な魔物はそれまでに撃破しておきたい。

 

「よっと!」

「纏めて攻撃するから、誘導して!」

「うん、任せて!」

 

 何を言わずとも殲滅体制に移った仲間たちが、効率的に魔物を捌いていく。旅を始めたばかりの頃はラピード以外との連携にはぎこちなさがあったが、今となっては全員がそれぞれの役割に徹する楽しさと強さが身に染みている。

 いなくなれば違和感を覚えるし、いればこんなにも心強い。

 

 だから、まだ足りないのだ。背後から矢継ぎ早に飛んでくる補助術とへなちょこの攻撃術。それから、前線が崩れかけた時に加わる重い打撃と斬撃が。

 

 駆け足で森に飛び込めば、鬱蒼と茂る木々に覆われて一気に夜のように暗くなった。奇妙な静けさの中に、首裏がチリチリと焦げ付くような感覚がある。

 

「こりゃ相当潜んでるな」

「ワン!」

「言ってるそばからなんか来てるぞ!」

「私に任せて。リタ、援護を!」

「任せなさい!」

 

 右手から鳥系魔物の集団が襲ってきたと思えば、正面からのっそりと熊型の魔物が顔を出す。

 

「正面にもいます!」 

「離れすぎんなよ!パティ!左を見れるか?」

「はいなのじゃ!」

 

 分厚い皮膚に覆われた大柄な魔物は、向こうから飛び込んできた獲物に対し歯を剥き出しにして唸っていた。

 

「もしかしてスクエアショルダー!?この大陸にいるって話は聞いたことないけど」

「考察は後だ、突っ込んでくるぞ!」

 

 異様に発達した両腕には棘のようなものが付いている。カロルの言う通り、ヒピオニア大陸で見かけた魔物と記憶しているが、生憎とユーリは魔物の分布に詳しくはなかった。

 攻撃を中断させるためにこちらから突っ込んで、皮膚の薄い膝の辺りに剣を打ち込む。深追いはせずにラピードと共に後退。

 

「おりゃああ!」

 

 直後、カロルの大剣が分厚い腕の防御を打ち砕き、緩んだガードの隙間に全員で術技を叩き込む。

 

「レイヴン!」

「はいよっと!」

 

 完全に崩れたところで強弓の一射が突き刺さった。これで一体。

 

「こりゃ本格的に逃げ一択かもな……」

 

 倒れ伏していく巨体の向こうに、同じ魔物が一、二、三──数えて七。

 別の魔物が血の匂いに惹かれて顔を出さないとも限らない。

 

「一体この森はどうなってんだ?」

「ま、進めば分かるわよ」

 

 一瞬遠い目をしたレイヴンは、前回ここを訪れた時のことを思い出しているのだろう。

 詳しいことを話さないレイヴンがまた謀っていたらユーリたちはみんな揃って魔物に食い殺されるわけだが、そうでなくとも油断すれば同じ末路を辿りそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リタ、深追いするな!」

「あーもうウザすぎ!次から次へと!」

「こっち!こっち魔物少ないよ!」

 

 それから数時間。飛び交う檄も覇気がなくなって久しく、皆口には出さないが疲労困憊だった。カロルの声に従い棒のような脚に鞭打って森の奥へ向かって走る。

 

「おいおっさん、あとどんくらいだ!?」

「朗報だ、青年」

「ああ?」

 

 疲れから雑になったユーリの疑問符は、突如目の前が開けたことで飲み込まれた。

 

「ここが目的地だよ。お疲れさん」

 

 思わず、足が止まる。

 ユーリの知る下町がすっぽりと入りきるのではないかと錯覚するような、だだっ広い空間が森の中に広がっていた。

 緩やかな風が、汗で髪の張り付いた首筋を涼ませる。下草が穏やかに揺れる音が、まるで異空間に迷い込んだかのような気分にさせた。

 

 バウルで空を飛んでいた時は、向こうの海岸線近くまで森が続いているようにしか見えなかった。何かの魔導器(ブラスティア)の仕業だろうか。

 にしても、こんな()()()()場所にどうして。

 

「っ、魔物は!?」

 

 空間の異様さに気を取られていたが、魔物に追われて逃げ込んだのだ。巨大な空き地に誘い込まれたと言えるかもしれない。

 遅まきながら後方を伺うも、肩で息をする仲間の姿しか見えなかった。少し待っても、獣の唸り声は聞こえてこない。

 

「……追ってきてませんね」

「ここに踏み込んだ瞬間、諦めて帰って行ったように見えたけれど」

「それで合ってるぜ」

 

 ふいーとだらしなく息を吐いたレイヴンが、その場にストンと腰を下ろした。

 

「ここはこの森唯一の安全地帯。今となっちゃ絶対安全とは限らないけど、基本的に魔物は寄り付かないようになってるみたいだから、ちょっとここらで休憩しましょ」

「魔物が寄り付かない?結界も無いのに?」

「まあそう思うわな。帝都の近くの森に、燃やすと魔物を呼び寄せる木の実があるんだが、知ってる?」

「似たようなのなら。そういやエッグベアもニアの実で呼び寄せたっけな」

「その反対版ってこと」

 

 頷いて、レイヴンは腰を下ろした辺りに生えている雑草を数束引き抜いた。よく見れば葉の先が紫がかっている。旅の途中では見かけなかった植物だ。この大陸にしか自生していないのかもしれない。

 

「調べた限りだと、この空間の外縁は魔物が嫌う薬草が植えられてんのよね」

「でもそういうのって、魔物はすぐ慣れちゃうんじゃなかった?だから市販のテントとかは一回使うと暫く効果無くなっちゃうんだよね」

「そうよ、永続的に魔物を遠ざけるなら結界に頼るしか無い。もしこの草に本当に結界と同じ効果があるんなら、それは世紀の大発見よ」

 

 確かに結界に頼らずに魔物に対処出来るなら、それは結界魔導器(シルトブラスティア)のあるところにしか街を作れなかった人類にとってはとてつもない進歩だ。街道の移動にも魔物の心配がいらなくなるなら、流通がもっと盛んになる。

 

「嬢ちゃんの指摘通り。この草は本来なら魔物が少し嫌がる程度の効果しか持ってない。ここから先はおっさんの推測よ?正解は分からんが、恐らく魔物を訓練して、この草を嫌がるように仕向けてたんじゃないかと思うね」

「訓練?騎士団が魔物を調教してたみたいにってこと?」

「そそ。コストはかかるけど、そしたら安全でしょ?」

「でも、調教していない魔物には襲われるんじゃないかの」

 

 パティの言う通り、魔物の調教でどうにかなるなら騎士団は真っ先にそうしているだろう。魔物を一匹一匹調教していくなど、途方も無い作業だ。

 問われたレイヴンは心得たように首肯しながらも、「現状が何よりの答えだけどもね」と呟いた。

 

「この森の魔物、やけに強いし他の大陸で見られる魔物ばかりだと思わなかった?」

「確かにそうだが……。おいおいまさかとは思うが」

「そのまさかだと思うのよね。あれらは皆、元は調教された魔物だった。この森に住まう魔物を少しずつ外から連れ込んだこの草の匂いを嫌う強力な個体に置き換えていき、在来の魔物はそいつらか人間によって狩り尽くされた。結果残ったのは各大陸で猛威を振るう魔物のオンパレードの森と、安全地帯となったこの場所だ。ま、実際はかなり年数が経過してるし、子世代孫世代の可能性もある。そんでも結果としてこの森全体の魔物にこの草には近寄るなという本能が刻み込まれている」

「この森全域って……。一体どんだけ広いと思ってんだよ」

「途方も無い話よねえ」

 

 途方も無いと言うか、現実味のない話だ。一体何千、何万匹の魔物を調教し森に離したのだろう。それも一世代だけの話じゃない。何世代もずっと継続して、この森の生態が変わるまで繰り返してきた。

 

「確かにジーンはちょくちょく調教された魔物に詳しそうな言動をしてた。だとしたらここは……」

 

 正解を知らず言い淀んだユーリに、肩を竦めたレイヴンは軽々と立ち上がった。

 

 少し歩こうか、と促して何もない空き地の奥を指差す。他の面々と顔を見合わせながら立ち上がり、空き地の中心へと十数歩程度の距離を移動して。

 

「は……」

 

 透明な膜を潜ったような気分だった。

 

 これまで見ていたものが夢で、今目の前にあるものが現実。もしくはその逆。どちらでもいい。ただ、世界が切り替わったような感覚があった。

 

 別に、さして綺麗な光景が広がっていたわけではない。元の空き地と大して目の前は変わらない。むしろもっと荒涼として、普段なら引き返したくなる光景だ。

 それでも、どこか心が高揚していた。

 

「ようこそ、サーカスギルド花精(ティターニア)の足跡の本拠地へ」

 

 奥を片腕で示しながら、レイヴンが仰々しく頭を垂れる。本来そこにいるべき案内人の役割を果たしているかのようだった。

 

「覚めることのない夢境と、尽きることのない欲望をあなたに。ここはかつて世界最大規模を誇った、道楽と遊興の巣窟。その、夢の跡だ」

 

 

 

 

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