明星に誓って   作:テロン

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夢を見せるためであれば

 

 

 

 

「助けて?」

 

 軽薄な男の、軽薄な懇願。

 

「………………。馬鹿」

 

 ニヤリと笑った男の額を突いて、次の瞬間ジーンはステージの反対側の端で血塗れの腕を振っていた。血と言っても、自分のものだが。

 

 遅れて、地鳴りのような断末魔が響く。

 

「ジーン!?」

「え、嘘、星喰みが……」

 

 消えていく。彼らには、空中に白い一線が引かれたことしか見えなかっただろう。その一瞬で、ジーンは劇場内に入り込んでいた複数体の星喰みを一掃していた。

 

 簡単な仕事だった。

 

 星喰み。あれは、生物だ。生物であれば、ジーンはどう殺せばいいか手に取るように分かる。

 思えばコゴール砂漠にて、フェローは幻覚の中で星喰みを見せた。ジーンにとっては拍子抜けするほど弱く感じたのを覚えている。

 

始祖の隷長(エンテレケイア)の成れの果て。聖核(アパティア)とはまた違う、エアルを喰らい続ける機構か」

 

 呟いて、赤黒く光る血塗れの右腕を天に掲げた。

 ジーンの右手は、無意識だろうと意識的だろうと、術式に介入し、聖核(アパティア)を砕き、魔導器(ブラスティア)を破壊する力を有している。

 

 パキリ、と何処かにヒビが入る。天井も、観客席も壁も崩れかけた劇場で、それでも当時の姿を残し続けるステージの上。この劇場という魔導器(ブラスティア)の核。

 

 ジーンを中心に青く燃えるような線が中心から何処までも広がっていき。

 

 その夢の巣窟は、終わりを迎えた。

 

 消えていく。

 

 所詮、全て夢でしかなかった空間が。

 

 夢から覚めるように、劇場が、その外に広がる廃墟群が、空中に解けて消えていく。青く、赤く、黄色く、その夢が染まった七色の光を放ちながら、粒に解けた甘い夢は、ある一種で、思い出したかのように掻き消えた。

 

 残るのは、ただのまっさらな空き地と、生き残ったジーンだけ。

 

 これが現実だ。緩やかに吹き付ける風に、久しぶりに呼吸をした気分になった。

 

 晴れ渡った空に、ジーンの右腕と同じように怪しく光る化け物がまだうようよと飛び交っている。恐怖も危機感も感じない。あの程度、殺し尽くして余りある。

 

「お前、知っててあんな選択を押し付けただろ」

 

 歩きながら、そこにあるはずの遺志に問いかけた。

 星喰みと対峙して初めて理解したことだが、ジーンに譲渡された力は魔術の素養を与えるためのものでも、悪用される聖核(アパティア)を解放するためのものでもない。

 

 始祖の隷長(エンテレケイア)の成れの果て、星喰みを打倒するための力だ。

 

 であれば、エルシフルは初めからジーンを星喰みにぶつけるつもりだったと解釈できる。

 世界の滅びを意識させ、その場にジーンを送り込み、選択肢を与えると嘯きながらも、最終的にジーンが不殺を果たすと読んだ。

 

 滅びを招くため、そのためであればこの人殺しは殺しを止めるだろうと。そうして襲い来る星喰みに対し、必ず対峙するだろうと。

 

『そうですね。貴女の思考や行動を誘導する意図があったことは否定しません』

 

 耳の奥で声がした。ジーンが思い描いた幻聴か、本当にあの時の遺志が残っているのか、確かめる術はないだろう。

 

「流石だな、始祖の隷長(エンテレケイア)。人を滅ぼしかねなかった人間を、お前は死の淵で一人食い止めたわけだ」

 

『いいえ。あなたには権利があった。権利という、力が。その上でどうするか、決めたのはあなたです。すべての生き物を慈しみ、その安寧を願うことができる。それがあなたの真実だと信じた故に。その真実を共通点として、この力はあなたに混ざったのでしょう』

 

「はは。後悔したか?思ったよりは邪悪だっただろ」

 

『ええ、少し』

 

 足を止めて、目を見開いたジーンはややあってくしゃりと笑った。

 

 すべての生き物を慈しみ、その安寧を願った始祖の隷長(エンテレケイア)。その一欠片。

 友には残されなかった一部分。ほんの少しの恨みがあって、殺人鬼に肩入れし、判断を誤り、それでも望みを果たした。

 その矛盾や人間らしさがジーンと重なったのかもしれない。

 

 深呼吸を一つして、ジーンは空中に足を踏み出した。

 

 なんでも出来る。それが、殺すためであれば。

 

 もしくは、こう表現することもできるだろう。

 

 それが、夢を見せるためであれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 片足がガクリと崩れた。顔面から地面に突っ込む前に、誰かの腕が抱き止める。

 

「おっと。流石にもう限界?」

「お腹、空いた……」

「良いねえ!生きてるって感じで」

 

 ワハハ、と笑う声がだだっ広い空間に響いた。

 

 大した時間は経っていなかった。それこそ、劇場があった場所からここまで、この男が走って移動するくらいの時間。

 

 その間に、この地に集った星喰みの討滅は完了していた。或いはいくらかが魔導器(ブラスティア)が消えたことで離れたかもしれないが、感知して追いかけるだけの体力は流石のジーンにも残されていなかった。

 

「その右腕、まだ動く?ぐちゃぐちゃにしか見えないんだけども」

始祖の隷長(エンテレケイア)に聞いて。よく分かんない」

「無茶言うなって。ホント、治癒魔術のスペシャリストがいて良かったねえ……。って待てよ。その傷嬢ちゃんが治して大丈夫なの?」

 

 満月の子の力は始祖の隷長(エンテレケイア)には毒らしい。ジーンは人間だが、右半身に染み込んだエルシフルの力は始祖の隷長(エンテレケイア)に由来するものだし、特に腕と瞳は意志を離れて動くのでジーンのものとは言い難い。

 

 エステルに治してもらうつもりだったらしいレイヴンは途端に焦り始め、駆け寄ってきているユーリたちに向けて大声を上げた。大して素養のない治癒魔術を唱え始めて、「グミって効果あるかなぁ!?」「ボトルもあるのじゃ!」とカバンをひっくり返している。

 

「馬鹿……。前にもかけたことあるでしょうが……」

「そ、そうですがジーン、思い返せばこれまで、ジーンに治癒術をかけることがほぼなかったです。もしかして私に治癒術をかけられないようにしていませんか?ノールで一度だけかけた時、怪我もないのに苦しそうな顔をしていたような……」

「おい、こいつの大丈夫は信用ならねえ。取り敢えずサンドイッチは作ったが、これでどうだ?」

「なんでよ……」

 

 何処まで焦ったら倒れている怪我人を前に料理を始めることになるんだか。

 

「ったく、後でやろうと思ってたけど今やっちゃうわ」

「ちょ、ジーンちゃん!?」

 

 もう残り滓しか残っていない力を指先に灯して、右目の眼球に触れる。

 

 あの偉大な始祖の隷長(エンテレケイア)が残すにしては小ぶりだった聖核(アパティア)の、失われた一部分。ジーンの元を訪れたデュークが回収しようとしたもの。何処が核かと問われれば、それは瞳だろう。

 

 この力はやはり、人の身には過ぎたものだ。そして、既に役割を終えたもの。使い果たし、あの星喰みのように成れ果てる前に殺してくれと、頼まれていたもの。

 

「あー待って!それ始祖の隷長(エンテレケイア)が死んだ後に遺した、聖核(アパティア)と殆ど同じものでしょ!?ならエアルに還さないで!説明すると長くなるけど、あたしの理論でいくとエステルの力でエアルを中間のエネルギーに変換して……」

「リタちゃん、君がやろうとしていることはなんとなく想像つくけれど……。これはダメ。これは、エルシフルじゃないから。彼は優しく、慈愛を持った、偉大なる始祖の隷長(エンテレケイア)だった。私に混じったら、それはもう彼ではない」

 

 その部分は既に、友の手によってエアルに還っている。ならば一刻も早く、同じように還してやるべきだ。

 

「待っ、ジーンちゃんまさか目抉ろうと……!」

 

 赤黒い光が眼球に注がれて、ふつ、と途切れる。

 

 十年、ジーンに巣食っていたものは、そうして呆気なく消えていった。

 同時に、ジーンを動かしていた動力も途絶え、今度こそ闇の中に飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が、デューク?」

 

 両腕に、透明な宝石を抱えていた。未だ、冷たい雨は降り続いていた。

 

 意識が朦朧としている。ふと気を抜けば、夢も見ない眠りに落とされるだろう。

 

 エルシフルを殺した地点から、どれだけ移動したか覚えがない。だが、ここまでの道中、一切迷わなかったことは、断言出来る。顔を見る前から相手がそこにいることを知っていたし、デュークも接近に気付いて、むしろ迎えるようにこちらを向いていた。

 

 何が起きたのか。何が失われたのか。

 

 もう、とっくに彼は悟っていて、心の中の整理も終えていた。それでも彼は、ソレが抱え持った宝石を前に、暫し天を見上げたまま動かなかった。

 

「仇討ちがしたいなら、殺されてやるけど」

 

 本気の提案にも、彼は動じない。

 

 暫く、雨が降り続いていた。

 

 月の光のような、白銀の髪が頬に張り付いている。きつく閉じられた瞳の色は、燃えるような炎の色だ。

 彼は、今しがた死んだ始祖の隷長(エンテレケイア)の、親友であった。ソレが希望を託した『暗きもの』を、エルシフルと共に討伐した英雄だった。

 

「世界と天秤にかけられるものを、知っているか」

 

 漸く口を開いたと思えば、デュークはそんな哲学的な問いかけを大真面目な顔で宣う。ソレが答えを持っていると、微塵も思っていないだろうに。

 

「帝都?行くならさっさとしてくれないかな……。この意識も、さして長くもたないだろうから」

 

 会話は繋がっていなかったが、デュークはソレに視線を向けた。

 抱えられたままの聖核(アパティア)を前に帝国から宝剣を奪おうと画策している事が、何故かソレには読み取れた。

 僅かばかりの義務感で、それに随行しようと考えていた。それが終わった後、受けた力に耐えきれずに長い眠りにつくだろうと思われていることも、感じ取れた。

 

 きっとそれ以外も。ソレはこの男のことを見透かしていて、この男は、ソレの過去と、ソレに与えられた権利を睥睨していた。

 

「今日、貴様が受け取ったもののことだ」

 

 何の話をされているのか、ソレには分からなかった。答えないうちに、デュークは身を翻して何処かに向かって歩き出す。

 

 今なら、あの時彼の言いたかったことが少しは分かる。世界と天秤にかけられるものは何か。デュークが呟いたのは、その答えだ。

 

 尽きぬ夢と、果てなき願い。

 

 人が際限なく抱くもの。世界を身勝手に前進させ、時に破滅へと向かわせるもの。

 死に際の始祖の隷長(エンテレケイア)から、予想外に引き出されたもの。ジーンが通りかからなければ、決してこの世に残らなかったはずのもの。

 世界と同義だったはずの偉大なるものが、真に世界の一部であったという、証明。

 

 花精(ティターニア)の主は、夢を見せることに関して、比類なき才を有している。それは始祖の隷長(エンテレケイア)ですら例外はなく。

 

 望まれた夢が、望む者へ必ず届けられるという、確信でもあった。

 

 

 

 

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