明星に誓って   作:テロン

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凜々の明星

 

 

 

 

 目を覚ますと、見慣れないテントの中だった。ジーンの中では目を閉じてから地続きで、眠った記憶すらない。といっても今現在毛布に包まれているわけで、寝ていたと言う他ないだろう。

 

 体を起こせば、左右にエステルとパティが横たわっていた。欠けた視界で顔を動かせば、エステルの向こうにリタの茶髪が見える。

 

 女子テントだろうか。

 肯定するように、パティの奥で膝を立てながら座っていたジュディが、伏せていた目を開いた。

 

「目が覚めたのね。起きても大丈夫そうかしら?」

「……ええ。流石、エステルちゃんね」

 

 周りを起こさないように小声でやり取りをして、ジュディは言葉少なに水と保温された食事を差し出した。

 

「カロルはもう寝ているけれど、他二人は気が気じゃなくて起きているわ。動けるなら、顔を見せてあげたら?」

「……そう、ね。ありがとう」

「礼を言われるようなこと、何かしたかしら?」

 

 本気で思っていそうなセリフに、ジーンは力無く微笑んだ。

 

「怯えても、排斥してもいいのに、そうしなかったでしょ。それから、私が起きるのを待っててくれた。例え見張りのためだったとしてもね」

「見張りというのは適切だし、あなたを待っていたというのも正しいわね。怯える必要も、排斥する必要も、私には分からないけど」

「……私が、何も謝罪するつもりがなくても?」

 

 ジーンの言葉に、ジュディはゆっくりと首を振った。

 

「誰もが同じよ。心の中で思っていることと、行動や言葉が一致しないことはある。自分と相手が、どう、捉えるか次第だわ。……私も、ここであなたを恐れず、恨まず、受け入れる自分になりたいから、演じているのかもしれない」

 

 いつも自信に溢れている彼女にしては、弱音のような言葉だった。

 それきり毛布に潜り込んだ彼女をしばらく眺めて、ジーンは用意された食事に手をつけた。

 

 ザウデから帰った後、ダングレストで目覚めた時に渡されたスープと同じ味がした。

 特定の誰かの味では無いのだと、そこでようやく気付いた。自然と、旅の中で編み出されたレシピだった。このパーティーのスープだ。

 ジーンもいつか、同じ味を作るようになるのだろうか。

 

 ジュディが言い残した言葉に従って、ジーンはテントの外に出た。焚き火が焚かれていて、二人がその両側を囲んでいる。

 すっかり夜になっていた。場所は元のままだ。ただの空き地になったギルドの跡地に、大小二つのテントが張られていた。

 大きい方が今出てきたもので、小さい方の中にはカロルがいるのだろう。

 

「もう、いいのか?」

 

 口火を切ったのはユーリだった。ジーンが起きたことは、漏れ聞こえる声で悟っていたらしい。出た瞬間に目があった。

 

「すっかり元気ってほどじゃないけど。どちらかというと、エルシフルを抜いた影響の方が慣れないかも」

「それを含めていいのかって聞いたんだが」

「悪くはないよ。エルシフルの力を受けた時は、帝都を離れたあと一年か二年か、ほぼ記憶がないくらい苦しんだから。それで、動けるようになった頃に一番無理そうなドンの暗殺依頼を受けたのよね。今思えば無補給でそれだけ生きていられるくらいの体の変化があったわけだから、今更大元を抜いたくらいなんでもないわ」

「そうか」

 

 労しげな視線に首を振る。きっと、ジーンの見た目が心配させている原因だろう。ジーンの右目には、包帯が巻かれていた。

 抉り出したとまではいかないが、癒着したエルシフルの残骸を引き剥がす際に、ほぼ機能しないところまで行ってしまった。同じように、右半身、特に右腕は動きが緩慢だ。

 

 用意されていた食事が簡素なものだったのも、その辺りを考慮してのことだろう。これはエステルの治癒でどうにかなる問題ではない。

 

 話したいことは他にありそうだったが、ジーンは先にもう一人の方を見下ろした。何があったのか、随分としょげた姿だ。

 

 ジーンに見られていることに気付いてる癖に、焚き火を見つめたまま動かない。

 

「はー、論外。……ユーリ、話がしたい。ちょっとそこまで着いてきてくれる?」

「ああ」

 

 コクリと頷いて立ち上がる。影になっていて見えなかったが、ユーリのそばにはラピードが丸まっていたらしい。見送るように尻尾がパタンと揺られた。

 

 歩き出そうとしたところで、ようやくレイヴンがジーンを見る。

 

「ジーン」

「あなたは邪魔。そこにいて」

「はあー……」

 

 呆れた溜息だけが返る。それだけで何を言いたいのか理解しかけた思考を無理矢理停止させて、ジーンは焚き火に背を向けた。

 

「可愛い弟の前でそーいうのやめてくんねーかな」

「……あなたはあなたで、なかなか……。まあいいか」

 

 取り敢えずその場を離れて、ユーリを連れて外周まで歩いていく。

 

「墓か?」

「そうね、御察しの通り」

 

 東端にあったのが、ギルド唯一の墓地だ。今はただの野原でしかない。夢の中で死んでいった人間の遺骨は現実には戻ってこないからだ。

 

 夢の住人になるというのは、そういうことだ。現実で一度死に、もう元には戻れない。

 ジーンは座長として先代から管理者権限を譲渡されたからこそ、あの夢境が消えてもまだここにある。

 

 皮肉な話だ。

 あの時、先代を殺した時に彼がジーンを認めなければ、ギルドと共に消えていったはずの命。

 

 闇の中でも、障害物が無ければ歩くのに苦労はしない。魔物避けの香草が見えてきたあたりで立ち止まり、その場を見下ろした。

 

「正確には違うのだけど、ここに埋めたわ」

「……」

 

 誰を、と言う必要はない。ユーリだけを連れてきたのだから。

 

「どんな人だったんだ?」

「うーん。正直な話をしてもいい?」

「今更だろ」

「そうね」

 

 同意して、ジーンは目を瞑る。二十年近く前の話だ。ジーンだって、数年しか家族と過ごした記憶はない。

 

「よく分からない、としか言えないかも。今考えれば、あれ以外の道はいくらでもあった気がする。何故逆らわずにここへ連れて来られて、そのまま死んだのか……」

 

 ここで彼に何があったのか、ジーンは知らない。死人に口がない以上、知る術もない。

 

「もしかすると。アンタがどういう人間なのか、気付いていたのかもな」

 

 ポツリとユーリが呟いた。

 星明かりの下でその表情に残された目を凝らす。

 溶けて消えそうに揺らいでいるのに、しっかりと地に足がついていた。ジーンとは似ても似つかない。

 

 言っていることは、相当だが。

 

「殺人鬼を君たちから引き離そうとした、ってこと?」

「そこまでは言ってねえけど……。多分、向いてねえだろ。下町で生きていくの」

 

 あそこ死人多いし、と続く。

 

「そう、かな」

「俺が聞いたアンタの話は、名前と『サーカスをやりたかったらしい』ってのと『昔人攫いにあった』ってだけだ。まあそれもすっかり忘れてたわけだが……。なんとなく、な。そっからアンタの死を恐れる習性は変わらないんだろうなと」

 

 そうだとしたら。

 いや、そうだとしても、父がジーンのせいで死んだことに変わりはないか。弟や母から、父を奪ったのがジーンであることにも、変わりはない。

 

「……あなたがそう思うなら、そういうことにしておきましょうか。なんとなく、似ている気がするもの。お父さんとあなた」

「へえ、いいこと聞いたな」

「楽しそうにしてないで。お父さんみたいに巻き込まれて死ぬ前に、手を引くタイミングはきちんと見極めるのよ?」

「手を引くとしたらそっちだろ」

「ユーリ、あなた……なんか、拗ねてる?」

 

 つい、と目線が逸らされた。さっきまでは笑っていたのに。

 

「ああ拗ねてるぜ。アンタ俺のことなんかちっとも気にかけねえし。せっかく迎えに来ても靡きやしねえ。話は……聞いてくれたけど。ここに入れてもくれたけど」

 

 ユーリの言う通り。レイヴン一人で訪れていたら、ジーンは決して花精(ティターニア)の腹の中には入れなかっただろう。今と同じような空き地を彷徨わせ続けたはずだ。

 ユーリがいたから、踏み込むことを許した。真実を知る権利が、彼にはあったから。

 

 言葉を切って、ユーリはジーンに視線を戻した。

 

「でも最後はやっぱり、レイヴンじゃないと認めなかっただろ」

「あなた、あのくそやろうに嫉妬してるの?たまげたわ、どちらかというと背中から刺しといたほうが良いわよ、あれ」

「嫉妬っていうか……。つーか、なんかレイヴンに当たり強くないか」

「元からでしょう」

「そうか?」

 

 訝しげに目を細めてから、ユーリは「まあいいけどよ」と首を振った。

 そうして、ジーンに向けて左手を差し出す。

 

「左?」

「ずっと、グローブしたままだったからな。アンタの右手だって、アンタのものじゃなかった。それに、きついだろ、右だと」

「握手ができないほどじゃないけれど。そうね、ありがとう」

 

 プランと揺れている右腕に気を遣ったらしい。促されるがままに、左手を取った。

 

 彼と握手をするのは三回目だ。

 一度目は、彼が弟だと気付いた直後のトリム港。彼に同行する為に別れた。

 二度目はドンが死んだ後。身の振り方を考えていたジーンを引き留めて、旅に同行させた。

 

 今思えば、あの時ユーリはジーンを実姉と知っていたことになる。よく観察すれば、彼の様子がおかしいことに気付けたかもしれない。ジーンは自分のことに精一杯で、全く目を配っていなかった。

 

「もう一回、アンタのこと誘ってもいいか」

「言ってみて」

 

 既に握手をしているのに、ユーリはそう言って許可を求めた。既に手を握っていたから、ジーンは了承した。

 

「俺たちと一緒に、世界を救いに行かないか」

 

 薄く笑って、ジーンは思い切って空を仰いだ。

 かつて人工的な帳が降りていたそこは今、本物の星空が広がっている。ずっと見上げられなかった夜空の一点に、一際輝く星があった。

 

 凛々の明星。

 

 旅人を導く一番星。

 

 星になりたいと願ったことがあった。それも、一番星だ。

 つまりは、図々しい目立ちたがり屋。無数のスポットライトに照らされて、熱気の溢れるステージで、いつまでも歓声を浴び続ける、スターに。なりたかった。

 

 その瞬間が永遠に続けばいい。誰もが満たされて、満たされたまま停止して、生も死もなく続いてく。

 

 そんな夢に溺れていたいと、願っていた。

 

 自ら夢を壊した今、もうそれが叶うことはないけれど。そうじゃなくて。夢に溺れる側でも、夢を見る側でもなくて。

 ジーンは、夢を見せる側であるべきだ。それを──。

 

あなた()と共にっていうのは、悪く、ないわね」

 

 何かが変わったわけではない。むしろ、変わらないことを強要された。相変わらずジーンはふとした瞬間に殺したくてたまらなくなるだろうし、人の死の気配に怯えて逃げるだろう。

 一度上がってしまった幕が降りることはない。破綻した生き方は直らないし、より悪化すらするだろう。もがいて足掻いて、いずれまた取り返しのつかないことをするかもしれない。

 だけど。

 

「そういう、生き方で生きて行こうと思う。人の死を心から願いながら、不殺を誓って目の前の人間を一つ一つ助けていく。かつて、夢に落とすために殺し続けていたように、それでも美しい夢を望んでいたように。矛盾していても、そういう矛盾した道を選んだのが『ジーン・ローウェル』だ。なら、選んだ道を歩き切らないとね」

 

 今度からは。いや、これからも、誰かに夢を見せるために生きていく。

 それでどれだけのたうち回って苦しんでも、共に落ちてくれるつもりの奴がいるらしいから。

 

「それが、アンタの掟か?」

「ええ。何も変わってないでしょう?望む相手に、望まれた夢を。私にとっては殺人も、不殺も、等しく夢を見せることではあるのでしょう」

「ちぇ、つれないな。何に誘ってるか理解してるくせに。そうだろ、ねーちゃん?」

「あなた、公然の事実になったからってちょっと『可愛い弟』の権利を行使しすぎじゃないかしら」

「可愛く見えるか?」

 

 ぱちん、とウインクまでついてきた。確信犯だ。可愛いけど。

 

「もう……。ギルドに私を引き入れたいなら、レイヴンを口説き落としなさい。残念ながら、アレが私の生きる理由なの。今のところ私は、花精(ティターニア)の足跡の首領らしいわ」

「座長じゃなくて?」

「知らないわよ」

 

 なんでジーンが知らないんだよ、と一言一句違わず顔に書いてあるユーリを前に、ジーンは肩を竦めた。

 

「まあ、苦労すると思うわ。あなたたちのギルドの掟とは相容れないでしょう。私は所詮、殺すという手段に身を委ねた愚か者。必要のないものを殺した。助けられるものを助けなかった。つまり、悪人でしょう?」

「自分を悪い奴だって認識してる悪人はいねえと思ってたが……。そうだな、確かにアンタは悪い奴だ」

「ええ。だけど、こんなところまで私を迎えにきたことと、あの男に許しを与えてくれたお返しとして、『私』という存在の意義を送りましょう。不殺(ころさず)不変(かわらず)を。花精(ティターニア)でも悪魔でも天でもなく……」

 

 二人揃って、空を見上げた。

 

「あの、明星に誓って」

 

 

 

 

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