明星に誓って   作:テロン

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あり得ない

 

 

 

 

 ジーンが仲間に戻ってきた。それまでの苦労は脇に置いておいて、これでようやくスタートライン、とは言ったものの。

 

「やっぱハリー、泣いてんじゃないの。せっかくダングレストの近くまで来たのに寄ってやらねえから」

「泣かせときゃあいいのよ。もうとっくに大人でしょ」

「……あれ、年上だったか?」

「何言ってるの、ハリーの方が年下よ」

 

 そうだったっけ、とすッとぼけた男が首裏を掻く。

 

 バウルが運ぶ船の上。

 またやってる、といい加減吐き疲れた溜息をまた吐いて、ユーリは二人から離れたところに腰を下ろした。

 

 リタの考えた星喰み対抗策を実行する為に、一行は世界各地を旅している。

 

 この短期間でリタはエアルが物質化すると安定すると仮定し、物質とエアルの中間にあるマナという存在を発見していた。

 エアルに干渉するエステルの力と、始祖の隷長(エンテレケイア)の意思の宿ったエアルの濃縮体である聖核(アパティア)を用いて、エアルをマナに変換することで星喰みの拡散を防ぐ。

 

 はずだったのだが、始祖の隷長(エンテレケイア)の意思が思ったより強く、マナで構成された意識体として転生してしまった。ユーリはそれを、精霊と名付けている。

 

 初めはドンに託されたベリウスの聖核(アパティア)だけだったが、精霊化によりリタの理論が実証されてからは協力してくれる始祖の隷長(エンテレケイア)を探して世界中を旅することになったのだ。

 

 今は北の孤島の始祖の隷長(エンテレケイア)を精霊化した帰りで、フェローを探して砂漠に向かう途中、ダングレストの上空辺りを飛んでいた。

 

 因みに、集まった星喰みを超絶早業で全滅させていたジーンだったが、始祖の隷長(エンテレケイア)の力を返還した為に同じことはもう出来ないらしい。

 

 他に付け加えるとするなら、右目の視力は辛うじて明暗が分かる程度に低下してしまい、ユーリが興味本位で買っていた黒の眼帯で片目を覆っているのが一つ。それから、右腕の状態は中々回復せず、うまく力が入らないらしい、というのが一つ。

 

 これらのことから、ジーンは新しい武醒魔導器(ボーディブラスティア)を手に入れた後も相手が強敵の時を除いて参加しなくなった。

 普通逆だろうと思わなくもないが、元々魔導器(ブラスティア)がなくても高い攻撃能力を持っていた故に、戦闘自体には何の差し障りもないとのこと。どちらかというとやりすぎ防止で様子を見ている、といった感じだ。

 

 悪いことばかりではない。

 ジーンはまた人の声をちゃんと聞けるようになった。時間があれば誰かと楽しそうに会話をしている。憎まれ口ばかり叩いているが、レイヴンの声を聞いているのがお気に入りなのだろう。身のない話をツラツラとさせては、気に食わなかった時に言葉か、時には物理的に殴りかかっていた。これはこれで彼女たちのコミュニーケーションなので放っておかれている。

 そう考えると、現状もその一環と言えた。

 

「それより、あなたも所属をはっきりさせたらどう?天を射る矢(アルトスク)でドンに殉じるつもりがあるなら、もう少しハリーを手伝ってきなさいよ」

「えー、でも俺の命はユニオンと無関係なジーンちゃんが握ってるからなあ」

「殊勝ね。私はあなたがダングレストで働いてても一向に構わないのだけど」

「またまた〜」

 

 もう既に何度も繰り返された会話だ。他の面々も、レイヴンが声を上げた時こそチラリと視線を向けたが、続いた言葉に何故かユーリを見てから視線を逸らした。

 

 レイヴンはもうずっとどこかの街の近くを通るたび、やれ美味い店があるとか、景色が良いだとか、今回のように知り合いがいるだとか、そんな雑談をジーンに振り、「なら行ってくれば?」と顔を顰められている。

 

 これはまた複雑怪奇な問題だった。

 

 この会話、超絶意訳をするならばデートに誘ったレイヴンがフられている。

 ただそもそも、レイヴンはジーンのことをフったらしい。

 フラれて悲しむくらいなら最初からフるな、なんて子供でもわかる道理だ。

 

 が、これをデートの誘いとするのはユーリやジュディ辺りが穿ち過ぎている可能性もあった。

 

 というのも、そもそもジーンがあれから一切街に立ち入らなくなったのだ。ベリウスの聖核(アパティア)を貸してもらうためにダングレストに寄った時はもちろん、情報収集や補給のために各地の街に寄港する際も、いつも船からユーリたちを見送っていた。

 まだ心の準備ができていない、と言って。

 そのジーンをどうにか人に慣らしたいとあの手この手を尽くすレイヴンの気持ちは理解できる。ユーリたちだって、それとなくジーンを誘ってはいるし。

 

 かと言って、レイヴンの度重なる誘い文句がジーンの状況に責任を感じてのものだ、と言い切れない証拠もあった。

 

 それをユーリの中でどう消化すべきか、未だ迷っているところがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことで。どう思う?」

「あの、その話……。私が適任でしょうか?」

 

 ジュディスの方が経験豊富そうですけど、と僅かに頬を赤らめたエステルが両手で水の入ったコップを握り締めた。

 

 闘技場の街ノードポリカの港側、奥まったところにあるレストランだった。またしてもジーンを誘って撃沈したレイヴンから、美味しいのは本当だからと店の名前と場所を教えてもらったのだ。ユーリ一人でというのもなんだし、とエステルを誘って訪れた。

 寂れた外観に似合わず、随分と雰囲気のいい内装だった。それこそ、デート目的の男女が数組見られるような。

 

「ジュディはさっぱりしすぎてて、逆に向いてないだろ、こういうのは。ああいうまどろっこしい状況にジュディが陥るとは思えねえし」

「それは、確かにそうかもしれませんね。でも私、その、あまりそういう経験が……」

「別に自分に置き換えてみろって話じゃねえよ。エステルだって他人の恋愛話は嫌いじゃないだろ?」

「そうですけど!ロマンチックな話ってとっても素敵で好きなんですが、いざ自分の近くで拗れているのを目の当たりにすると、なんだか自分が出歯亀しているようで、気が引けます」

「真面目だな、エステルは」

「そういうユーリは、気になるんですか。ジーンのこと」

 

 揺れる水面に目を凝らしているエステルは、どこか不貞腐れているように見えた。お気に入りのおもちゃを盗られた子供──と表現するほど彼女は子供ではない。それこそ、今まさにジーンが頬を膨らませてプイプイ分かりやすく拗ねているのと同じ。気になる人に対する嫉妬だ。想いの種類や深さは違えど、そうした共通点からユーリはエステルに声をかけたわけだが。

 ユーリがジーンに、なんてどういう勘違いだろうか。

 

「あ!そういや言ってねえな。あいつも自分から言うわけねえし……。しまった、そりゃ微妙な感じになるわな。ジーン、俺のねーちゃんなんだわ、文字通り」

「ねーちゃん……。え、ジーンってユーリのお姉さんなんです!?」

「そう!」

 

 大事な話をすっかり忘れていた。ここ最近仲間たちがユーリに対してすら躊躇いを見せていた理由が今になって判明した。

 

「もしかして三角関係に見えてたか?」

「そ、そうですね……」

 

 やけにジーンを気にしているユーリと、レイヴンの方ばっかり見ているジーンと、ジーンにひたすら下手に出ているレイヴン。確かに第三者から見ると触れ辛い関係に見える。

 

「言われてみると……。ジーンとユーリって、似てますよね」

「へえ、どの辺が?」

「って言ってる、その表情とか。自分の中だけで結論を出しちゃうところとか、です」

「なんだ、もっと率直に顔って言ってくれてもいいんだぜ?」

「顔、そんなに似てます?」

「似てねえのか……」

「あ、いえ、似てますよ!その、顎の辺りとか……」

 

 くつりと笑って、ただの意地悪だと首を振った。実際、パッと見てわかるほどの共通点はジーンとユーリの間にはない。あったらジーンがもう少し真面目にユーリを避けていただろう。

 分からないとたかを括っていたから、彼女の同行があったのだ。

 

「ってわけで、確かに俺はジーンが気になるが、これは弟としてって意味だぜ」

 

 それでも、二人をよく知る人間であれば姉弟と言われて納得出来る共通点があるらしい。エステルも納得し、こくりと頷いた。

 

「じゃあ、ユーリがいうレイヴンがデートに誘ってる証拠って、なんですか?」

「それがなあ……」

 

 言い方を迷っている間に、エステルは緊張が解けたからか勢いよくグラスの水を飲み干した。

 

「プロポーズしてフラれたって言ってたんだよなぁ」

 

 ブハッと口の中の水を吐いたエステルに、意地悪しすぎたか、とお手拭きを渡す。

 

「プ、プププ、プロポーズ、ですか!?」

「そう、プロポーズ」

「もしかして、レイヴンがジーンに、ですか?」

「もしかしなくてもレイヴンがジーンに、だな」

「いつ!?」

 

 ダン、と机に手をついたエステルが立ち上がった。目がキラキラしている。やっぱり、こういう話は年頃の少女が食いつきやすい。

 

「俺が聞いたのは、ザウデに向かう朝のことだ。一応レイヴンが言ってた話をそのまま伝えるとだな」

 

 天井を見上げて、ユーリの体感ではそこまで昔ではない話を回顧する。

 あれはエステル救出の翌日、帝都で寝ぼけ眼を擦ったジーンとレイヴンが「ザウデまでは同行する」とガラガラ声で宿として与えられた城内ではない方角から姿を現した直後のことだ。

 

 様子のおかしい姉のことを気にかけながらも、前日に城内でその姿を見つけられなかったユーリは、翌朝の酷く疲れた様子で腫れぼったい目をしたジーンを見て「おや?」と勘繰った。

 そして、どう考えてもその原因であろうレイヴンと無理矢理肩を組んで、「先に行ってる」と引き離したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どしたの青年。おっさん今にも寝落ちしそうだから、丁重に扱って欲しいんだけど?」

「なに、話はすぐに済む。なあ……おっさん。俺のねーちゃんに、手荒な真似してねえよな?」

「ヒエッ」

 

 実際話を聞けば疚しいことは何もなかったらしいのに、ユーリの気迫だけでレイヴンは情けない悲鳴を上げた。

 すっかり目が冴えた、としぱしぱ瞬きをして、すぐ隣にあるユーリの顔を見て、数テンポ遅れて「何が!?」と思考を回し始める。

 

「だから、ジーンだよ。恋人同士のあれこれに首を突っ込む気はねえが、どう見てもやり過ぎだろ」

「恋人!?ちょっと待って!本当に待って!いいか、青年は多分勘違いしてる!!」

「ああ!?」

 

 ユーリの腕を振り払って飛び退いたレイヴンは両手を体の前で振りながら「本当に違うから!」と喚いた。

 

「ちょっと朝方まで話し込んでただけだから!ほらもう、絶対おっさんが殺されちゃうから泣かないでくれってあんなに言ったのに!」

「じゃあ、おっさんが泣かせたのは間違いないんだな?」

「ち、違っ!違わないけど違う!!」

「見損なったぜ、いくらジーンが美人だからって……」

「何もしてないって言ってるでしょお!?」

 

 あまりに否定するので、ユーリは半信半疑ながらも剣の柄から手を離した。

 

「つか、やっぱり青年、ジーンちゃんのこと気付いてた?」

「まあ、な。んで?朝まで何をそんなに話してたんだよ」

「あー、身の上話、かな?」

 

 生まれてから死ぬまでと、死んでからここまでの。不可思議な言い方だったが、なんとなく意味が分かった。

 肉体的にどうかは置いておいて、この二人はどちらも『死んだ』と称する、或いは称したくなる過去を経験している。レイヴンは人魔戦争で。ジーンは────知らない。

 

「アンタも、知らなかったのか?」

 

 ユーリの問いに、レイヴンはなんとも言えない顔をした。

 

「完全に知らなかったとは言えない。だが知っていたとも言い難い。それを昨晩教えてもらってたってとこ」

「言う気はないんだな。アンタも、ジーンも」

「そうねえ。青年には酷な話かもしれんが……。いつか、知らなきゃならん時はくるだろう。だが今じゃない。ちょっと、俺もどうするべきか考えてたところでね」

 

 だからひとまずザウデには行かねばならない、と続く。

 

「青年には先に謝っておく。どう転んでも、あいつには苦しむ道しか残ってないからねえ。それでも俺は、あいつを……。ジーンを、生かす気でいる」

 

 どこか、罪の告白にも似ていた。

 いつになく真剣な顔で、「生かす」と言う。それが、酷く罪深いことのように。だとしても、選んでしまったのだというように。

 

「それは……。アンタがジーンを、好きだからか?」

 

 他人の恋愛に口を突っ込む趣味はない。そいつの人生だ、自分で選んだのなら好きにすれば良い。

 それでも確認する為にそう聞いたのは、ユーリがジーンを身内だと認識しているからだ。本当にこの人間に預けていいものか、見定めようとしている。

 

 幼き日。顔すら覚えていない誰かがユーリの手をずっと握っていたような。ねーちゃん、と誰かに呼びかけたことがあるような。そんな朧げな記憶だけを動機に、他人の人生に踏み込もうとしている。

 

 ユーリだって、「アンタ俺の姉だよな?」と問いつめるつもりはさらさらなかった。気付かなかったふりをしてこの先を生きていくので構わない。その方が幸せならそれでいい。

 もし、本当にそれで幸せならば。

 

 ユーリの問いかけに、レイヴンはヘラリと笑った。言い当てられた、というバツの悪さ。見当違いのことを言われた、という呆れ。どちらにも見える。

 

「いやー、おっさんプロポーズしたつもりだったんだけどね。全く伝わらずに流されちゃったわ」

「ああ!?」

 

 果たしてどちらだったのか。答えをそのまま言われたのに、ユーリは混乱してレイヴンの胸倉を掴んだ。

 

「そ、ンなわけ……。待て、プロポーズだあ?」

「ホント、慰めて欲しいのはこっちの方よ?」

 

 一世一代の告白だったのに、と唇を尖らせている全く可愛くないレイヴンは、言葉の割には堪えたふうもなくヘラヘラしていた。どこまで本気なのか分からない。

 

「待て、説明しろ。恋人じゃあなかったんだよな?」

「ないね。あり得ない」

「でもジーンはアンタのこと好きだよな?」

「まあ……。そうね?」

「じゃあアンタは……。いや待て、好かれてる自覚はあんのか?恋人関係は『あり得ない』のに?」

 

 つい、と目線を逸らされたので、ユーリは掴んだままの胸倉を容赦なく揺さぶった。

 

「おい、何が不満だ?ジーンは美人だよな?ちょいと物騒だが可愛いところもあるよな?アンタにベタ惚れだよな?」

「ちょちょちょ、襟が伸びちゃうって!」

「いや悪い、ムカついて」

「元からダルンダルンだからいいんだけど。ったく、青年には言われたくないのよねえ、このあたりの話」

「なんでだよ」

「エステルちゃん」

 

 名前だけを言って、レイヴンはユーリを睥睨した。

 

「淡ーい気持ちを抱かれてんのは自覚してるよね?」

「……エステルのタイプはフレンみてえのだろ」

「本当に?嬢ちゃんだってずっとおたくの旅に着いてきてるのに?」

「よしんばそうだとして、あのくらいの女子ってのは年上の悪い男に惹かれるもんだろ。若気の至りだよ」

「そう、それ」

 

 レイヴンが、気不味くなって視線を逸らしたユーリをビシッと指差した。

 

「ジーンちゃんって幾つだと思う?」

「23」

「おっさんは?」

「知らねえけど。興味ないし……」

「ぐはあ!……ってそうじゃなくて、今年で35ね」

「あー……」

 

 年の差。恋愛対象として見れない。

 感覚としては分からなくもなかった。あまりに年が離れると、どうしても庇護対象になってしまう。年を経るにつれある程度年齢差は曖昧になってはいくものだが、個人差はあるだろう。特に、昔から知っている関係だと。

 

「でも、プロポーズはしたんだろ?」

 

 それに、と言葉を飲み込んだ。

 幽霊船でユーリが「ジーンも綺麗なねーちゃんだ」と揶揄った時。姉弟の危うい関係を危惧する以上の鋭さを持った視線が、一瞬ジロリと睨めつけた記憶が、あった。

 

「仕方ねえなあと思ったのよ」

 

 言い訳するような言い方だった。

 

「生かされちまったもんだから、じゃあもう同じように返すしかないでしょ。だからそのまま、『俺のために生きてくれ』って言った。そしたら自意識過剰だって返ってきた」

 

 それも二回も。だそうだ。

 二回同じことを言って、どちらも馬鹿じゃないのという反応だったと。

 

「脈、ないんじゃないか……?」

「それが逆なのよねえ」

「ああそうか、よく分かんねえな……」

 

 何故恋愛感情を持っていない側がプロポーズをして、持っている側が流しているのか?

 レイヴンの信用がなさすぎるのか、ジーンがレイヴンの本心に気付いて断っているのか。どちらの線もありそうだが、絶妙になさそうでもある。

 

「もうちょっと、直接的に言った方が伝わるとか?」

「いやあ、これ以上は流石に」

「そもそも、アンタどの程度本気なんだ。あいつがどうしてもって言ったら受け入れる気はあんのか?それとも絶対に踏み越える気はない?」

「どっちだと思う?」

「ああ?」

 

 疑問で返してきたレイヴンに、ユーリは再び胸倉を掴みあげた。

 

「アンタ真面目に答える気ねえな?逃げてんのか?」

「逃げるんならもうちょい真面目に逃げるねえ」

 

 目を怒らせたユーリに、レイヴンは至極不真面目に笑って言った。

 

「だから初めに言ったろ。『あり得ない』って」

 

 

 

 

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