明星に誓って   作:テロン

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ロマンチック

 

 

 

 

「それって、その……」

 

 時は戻って現在。

 赤くなったり青くなったりしながら話を聞いていたエステルは、諸々を水に流した後に恐る恐る囁いた。

 

「ジーンの気持ちに答えるつもりはないって話、ですよね?」

 

 総括してから、慌てて店内を見渡す。

 ジーン本人がいる筈はなかったが、知り合いの姿も一切ない。その辺りは話し始める前に確認しているし、店員に頼んで角の区切られた席に通してもらっていた。

 

「あの、レイヴンがジーンをデートに誘ってる根拠を聞いたつもりなんですが。今の話だと、そうとはならないような?」

「逆だろ」

「逆、です?」

 

 ああ、と頷いたところで料理が運ばれてきた。海の幸をたっぷり使ったパスタランチだ。トマトの赤が瑞々しい。

 前評判通り期待できそうだ、とフォークを手にしながら元々の話に思考を戻す。

 

「よく考えてもみろ。あのおっさん、一言も自分から否定はしてねえ。ジーンのこと好きかって聞いたら年齢を持ち出した。俺が早合点しただけで、今思えば話が繋がってねえし、否定はしてない。ジーンのこと美人だよなって言った時も、前に綺麗だよなって言った時も、返事をせずに流してる」

 

 恋愛対象じゃない。が、プロポーズはする。どういう話の流れか理解しかねる。

 色恋の話ではなく、ただ一緒にいようと誘っただけか?一生面倒を見るくらいの情はあるという意味か?

 

 ユーリの言葉を噛み砕くようにジッと見つめていたエステルは、秒針が回りきるくらいの時間を置いてからユーリの「冷めるぜ」という言葉にフォークを持ち上げた。

 

「確かに……。レイヴンが、レイヴンなりのプロポーズをしたってことは、憎からず思っているってことですよね。それで、フラれたと認識している」

「ジーンはジーンで失恋したって言ってたけどな。そもそもレイヴンがジーンに求めたことはずっと変わってないはずだ。要は『レイヴンの為に生きろ』、だろ?ジーンの状況だってそんなに変わってねえ。なのになぜかそれまでは流してて、今回は受け入れた」

「どういうことでしょう?」

「それを、どう思うかって話をしたかったんだ」

「難しいです……」

 

 そりゃそうだ、と頷いて、ユーリとエステルはひとまず目の前の美食を堪能することにした。

 

「それと……ユーリにも、配慮が足りないことってあるんですね」

 

 最近一段と逞しくなったお姫様は、少し恨めしそうだった。

 濁して伝えたつもりだったが、ユーリとレイヴンがエステルの話をしていたことにはしっかりと気付いていたらしい。デザートでチャラになるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャラになった。

 

「美味しかったですね」とすっかりご機嫌なエステルと共に、腹ごなしの散歩がてら闘技場への階段を登る。

 

「私、レイヴンはジーンのこと好きだと思います。そっちの方が素敵ですし」

 

 機嫌を直すついでに、他人の恋路に関して肝が座ったようだ。右手に広がる海に視線を向けて、自分が薄く微笑んでいることを自覚する。

 そう。他人の話など、無関係で無責任なくらいでちょうどいい。

 

「なら、レイヴンはなんでジーンをフったんだと思う?」

「それはですね」

 

 ぴん、と人差し指を立てたエステルが振り返る。探偵ごっこなのか、ただの妄想なのか。海風に桃色の髪が揺れて、楽しそうに笑っていた。

 

 この結論を聞くために、ユーリは今日、彼女を誘ったのだろう。

 

「お互いがお互いを大好きだからです!」

 

 だってその方がロマンチックだ。

 無関係で無責任な言葉に、ユーリは「いいな、それ」と無邪気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を救う旅というのは、思ったよりは劇的なものではないらしい。これまでの旅と、そんなに違った感じはしない。

 ジーンが一歩引いて皆を見送ることが多いから、というのもあるかもしれないが、もしかするとこれまでも『世界を救う旅』の途中だったのかもしれない、なんてことを思った。

 

 大きく違うのは、空がすっかり様変わりしているというところ。

 

 巨大な影が、時折薄い膜の向こうを泳ぎ回っているように見える。

 既に、いくつかの街に小規模な星喰みの襲撃が起きているらしい。星喰みの本格的な襲来まで、猶予はあまり残されていない。

 

 ザウデの修復は現存する満月の子がエステルしかいないことから現実的ではなく、今のところリタが発見した新たな概念が唯一の解決策だ。

 

「ジーン……。いい加減、そろそろ覚悟決めたら?」

「カロルくんにそんな事を言われる日が来るなんて思わなかったわ……」

「今のジーンを見たら誰でも同じ事を言うと思うよ」

 

 一回り年の離れた子供に呆れ顔で見つめられながら、ジーンはフィエルティア号の船縁を握り締めていた。

 場所はコゴール砂漠の南。フェローの棲家だ。彼はこちらを呼ぶように空を飛び回っており、今さっきねぐらに降り立ったところ。

 もうバウルが船を着けてくれていて、ジュディとパティがご丁寧に手摺付きの階段も降ろしてくれていて、あとはジーンが船外に出るだけ。その状態で、既に十分は経過していた。

 

「やっぱり、私がいない方が話がスムーズなんじゃないかしら」

「そんなことを言わずに。これがフェローと話せる最後のチャンスかもしれないんですよ」

「でも、私がいるせいで気分が悪いって言って、精霊化に協力してくれないかもしれないし……」

「もうとっくに家までは押しかけてんのよ。アンタは単にフェローに会いたくないだけでしょ」

 

 リタが言葉で平手打ちをしてきた。ごもっともな指摘である。

 ジーンはここまで来て、フェローとの対面に渋っていた。完全に、前回フェローと会った時のように、自分だけ留守番するつもりだったのだ。それが何故か、全員一致で着いてくるよう促されている。

 

「こうなったら仕方ねえ、おっさんにジーン担いでもらうか」

「よく考えて、青年。それっておっさんがボコボコにされて終わりじゃない?」

 

 ジーンが左手の骨を悪戯にパキッと鳴らしただけで、レイヴンは青ざめて視線を逸らした。あれのことは置いておいて、だ。

 

「あれ、行く気になった?」

「一応聞くけど、今のどこを見てそう思ったの?」

「手が離れたから」

 

 ジーンは無言で船縁を掴み直した。こういう時くらいだ。片腕が上手く動かない弊害を感じるのは。

 

 カロルは諭すように首を振っている。これまではパーティの中で一番のお子様だったのに、いつの間にやら急激に成長してしまった。まあ、それでも周囲が結構大人なので、お子様ではあるのだけど。

 

 成長のキッカケは、ジーンが高熱でぶっ倒れている時に訪れたらしい。多分、それもあってジーンはカロルへの接し方に窮している。

 ゾフェル氷刃海でサメだかなんだかに襲われた時、動けるのがカロルしかおらず、勇敢に立ち向かったのだとか。

 ジーンが知らない所で、再開したばかりの旅が速攻終わりかけていたのだ。話を聞いた時は肝が冷えた。つまり、ジーンとしてはカロルに頭が上がらなくなったわけだ。

 

「分かった、行くよ、行けばいいんでしょ……」

 

 ブチブチ文句を垂れるのくらいは許して欲しい。船縁をひらりと飛び越えて岩山に降り立つと、仲間たちのなんとも言えない視線が突き刺さった。

 言葉にはされなかったので、歩き出す彼らの最後尾にササッと移動する。

 

 フェローとの会合の目的は、彼に精霊化の賛同を求めるためだ。エアルの枯渇とそれがもたらす星喰みという災厄に対抗する為、力ある始祖の隷長(エンテレケイア)の協力が必要不可欠。

 今の世で、『力ある』に該当する始祖の隷長(エンテレケイア)の筆頭は、やはりフェローだろう。

 

 これまでの成功例は二つ。

 

 まず初め、花精(ティターニア)の足跡からダングレストに戻った後、天を射る矢(アルトスク)から借り受けたベリウスの聖核(アパティア)をエアルクレーネまで持っていく必要があるのだ、と説明されたジーンは、目的地もなく周遊していた船の上で「丁度そこにあるよ」、と眼下を示した。

 それが、ゾフェル氷刃海。緯度的にそこまで北ではないのに、年中流氷の押し寄せる誰も近寄らない海。

 

 なんで分かるのよ、とリタに詰め寄られているうちに怪我の後遺症で再び昏倒したジーンは、この世界に初めて精霊が誕生した瞬間を見逃した。

 

 どうやら、エステルの力と聖核(アパティア)を使ってエアルを制御しようとしたところ、思いがけず聖核(アパティア)に宿っていた意思が物質とエアルの中間にあるマナを統制する高次生命体として成立したのだとか。

 誕生した精霊、ウンディーネはベリウスの記憶と意識を半ば引き継いでいるが、本人そのものではないという。

 

 リタの想定ではここまでになるとは思っていなかったらしいが、ジーンは納得する気持ちがあった。エルシフルの欠片を引き剥がす時、エアルに還さないで、と言ったリタの願いを断ったのは、何となくこうなる予感がしたからだ。ジーンは、聖核(アパティア)始祖の隷長(エンテレケイア)の意思が色濃く残ることを、身をもって知っている。

 

 勿論、リタは精霊化のことなど知らなかったはずだから、今や数少ない聖核(アパティア)を確保したくて言ったのだと思うが、ジーンにくっついていたエルシフルが精霊化してしまったら申し訳なさで土に埋まるしか無くなってしまう。

 

 ともあれ、そうして精霊化という現象を確立した一行は、他にもう一体始祖の隷長(エンテレケイア)を見つけ、再びの精霊化に成功している。

 その時もジーンが「あっちにいるよ」と言ったものだから、勢い余ったリタにぶん殴られかけた。バウルに聞けばもう少し正確に教えてくれただろうことを、ジーンがざっくりアバウトに発言しただけなのだが。

 

「フェロー……」

 

 ジュディの呟きに合わせて、ジーンは足を止めた。フェローのねぐらに足を踏み入れるか踏み入れないかという、中途半端な地点だ。

 

 ジーンが知るフェローの情報は、ヘラクレスやザウデの出現時に制止しようと戦い、大きく傷を受けたらしいということ。

 その傷は、今も彼を蝕んでいるらしかった。

 

 ジュディ、エステル、リタ。代わる代わる地に伏せるフェローに声をかけ、説得を試みている。その様子を前に、ジーンはそっと息を吐いた。

 

「ジーン」

 

 案の定、ユーリの視線がジーンに向く。目を合わせれば、言葉なくフェローの方を示された。

 

「…………。盟主よ」

 

 フェローは、当代の始祖の隷長(エンテレケイア)の盟主だ。つまり、エルシフルの後継にあたる。

 

 言葉に迷いながら、ジーンはフェローとの間に空いた一直線に足を踏み出した。この場で最も話したい事がないのがジーンなのに、誰もが静かにジーンの言葉を待っている。

 

「長らく姿を見せずに、失礼しました。重ねて……。始祖の隷長(エンテレケイア)の責務を引き継げなかったことに、謝罪を」

 

"エルシフルよ"

 

 ジーンの言葉に、返答はなかった。エルシフルを弑した小娘をその濁った瞳に映しながら、フェローは死んだ同族に語りかけている。

 

"今なら、お前の気持ちが理解できる気がする"

 

 それが、かの始祖の隷長(エンテレケイア)の最期の言葉だった。

 

 

 

 

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