明星に誓って   作:テロン

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矛盾を孕むただの生き物

 

 

 

 

「私がその辺の感覚を間違えるはずないんだけど。アレクセイの舞台はあそこで終わりでしょ?」

 

 場所は変わってフィエルティア号の上。船内からは研究に励むリタの唸り声が聞こえてくる。暫くはそっとしておこうと、皆は甲板で円状に向かい合っていた。

 

 その一角で腕を組んだジーンに、生温い視線が向けられる。ジーンはアレクセイが死んだものだと思っていた。そうと思い込んでいたが故に、ユーリを刺したアレクセイのことも正しく認識出来ていなかった。

 反面、他の皆は視界を遮るものもないザウデの頂上で起きた一部始終を目撃している。ジーンが当時のことを蒸し返さないことを疑問に思いつつも、これまで藪蛇は突かないようにしようとアレクセイの話題からそれとなく遠ざけていたらしい。

 

「舞台がどうこうってのは分からんが……。不殺を誓ったジーンちゃんが、目の前で死にそうな人間を放っておくはずがない。そういうことじゃないの?」

「はあ?」

「だってジーンちゃん、あの時アレクセイを殺さないつもりだったんでしょ」

 

 レイヴンの言葉に閉口する。確かにジーンはアレクセイを殺さないことで星喰みを招く道を選んでいた。だが、実際に星喰みが出現した後まで同じことを思っていたかはよく分からない。そもそも、魔核(コア)が落ちてきた時だってぼうっとしていて、アレクセイを助けたような自覚は、ない。

 

 考えられるとすれば、と視線を落とす。

 ジーンの意思とは無関係に動いていた右腕。エルシフルの遺志が、少しの運命を捻じ曲げたか。

 

「だとして。なんでアレクセイはあの段になってユーリを刺したの?破れかぶれになって、とか?」

 

 そういう人には見えなかった。あくまで、ジーンの観察の結果としては。

 ジーンの問いには誰も返事をしなかった。だが、全員が全員気まずそうに視線を逸らすので、共通認識があるらしい。

 

「エステルちゃん?」

 

 こういう時に、公平性をもって口を割ってくれそうなのは彼女だ。そうした打算があるとは承知の上で、エステルは小さく頷いた。

 

「アレクセイは、自分の行いが星喰みの襲来を招いたことを自覚したと思います。それが世界を滅ぼすきっかけになってしまったことも。けれどその時目の前に、そうと知りながらも、悪意を持って後押しした者がいた。止められる力がありながら、世界の滅びに賛同する者が。少なくとも、アレクセイにはそう見えたんだと、思います」

 

 全てが全て彼女の推測なのか、或いはアレクセイから何かを聞いたのか、エステルは悟らせなかった。

 

「つまり、私のことを殺すべき邪悪だと思って、最後に殺そうとした?それを、ユーリが咄嗟に庇ったってこと?」

「そこまでは……。いえ、そうかもしれません」

「ふうん。ユーリ、君はちょっとおねえちゃんとお話が必要かもね」

「アンタに言われたくねえんだよな、何もかも」 

 

 それは確かに、と頷けてしまうのがなんとも言えないところ。

 

「皆、あなたがアレクセイを殺しに行くんじゃないかって心配してたのよ。レイヴンは、そうは思っていなかったみたいだけど」

「そりゃ、まあ……」

「そ。まあいいわ。生き残ったって言っても、無事じゃないんでしょ?さっき急変したとか言ってたし」

「うん。ボクは直接見てないけど、エステルの力でもどうにもならないんだって。そもそも、いくら大怪我してるって言っても、エステルをアレクセイに近付かせられないもんね」

 

 処罰については帝国側に一任され、尋問などが行われているのだろう。生きていたことに驚いただけで、ジーンとしてはもうさほど興味はない。

 

 だから、思いがけない事実を知った、というだけで終わった話だった。この時は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は依然としてタルカロンの脅威に晒されていた。リタの試算でも、ジーンの直感でも、精霊を使う方法で星喰みを打倒するなら、精霊の量が圧倒的に足りていない。

 残された道は、聖核(アパティア)の破片である、世界中に点在する魔核(コア)それぞれを一気に精霊化させるような、大規模な変革。それはつまり、魔導器(ブラスティア)に依存する今の生活を捨て去ることを意味していた。

 

 ジーンはその方法にばかり思いを馳せていたが、ユーリたちの結論は、「自分たちだけの考えで世界中は巻き込めない」だった。魔物から身を守る術も失うということだから、確かにそれでは無差別に命を吸い取っているデュークとやってることが同じだ。

 よって、滅亡に瀕した世界で初めて代表者会議が開かれることになった。

 

 帝国の代表、ギルドの代表、それぞれが顔を揃え、世界の行く末を議論する場。

 その開催の為に、ユーリたちはまた世界中を回り、最終的に会議の場として選ばれたヒピオニアの砦に戻ってきていた。

 

 すっかり都市の様相を呈した臨時砦は、オルニオンと名付けられた。帝都の動乱やそもそも星喰みの襲撃、続く災厄によって家を追われた避難民たちが母体となり、ギルドと騎士団の協力によって築き上げられたばかりの街。

 ジーンは遠目で見たり話を聞くくらいで、相変わらず街の中の様子は知らなかった。

 

「ねえジーン、街には入らないの?開拓中の街だけあって結構面白いよ」

 

 カロルの無邪気な質問に、大人組が中心になって視線を逸らす。こういうのは子供の特権か。

 

「え。何かまずいこと言った?」

「このバカ!物事には順序ってもんがあんのよ!」

「そうねえ……」

 

 言葉を選びながら、ジーンはカロルの小さな体を見下ろす。

 

「フィエルティア号に足りないものって言ったら、お酒くらいかしら?酒場はあるの?」

「え。お酒かあ……」

 

 物資の限られる開拓都市にあるわけがないだろうという読みは当たったらしい。ジーンは酒に溺れるタイプではないし、そもそも酒浸りの人間は嫌いなタイプだが。

 

「カロルくんはミルクでも飲んで寝ているといいわ。あまり夜は出歩かないようにね」

「ボクそこまで小さくないけど……」

「カロルの背がどれだけ伸びたらジーンが子供扱いしなくなるか、賭けようか?子供嫌いだもんな、ジーン?」

 

 成人組で飲むか、なんて杯を傾ける仕草をしているが、ユーリってお酒飲めるんだろうか。

 

「まあ確かに、私は年齢が高いほど好きよ。だから一番はパティちゃんね」

「おっと、そう来たか」

「むふー!」

 

 両手をパッと上げたパティに笑う。時折ドンと重なるように見えていたが、アイフリード本人ならさもありなん。

 何故少女の姿をしているのかについては色々あったらしいが、やっぱりアイフリードは女性だった。人魔戦争も経験しているらしいから、エルシフルの知覚がどこかで混ざってジーンはアイフリードは女性だと認識していたらしい。

 

「それってボクは結局最下位ってこと?」

「冗談よ、私は私より弱い奴は押し並べて嫌い」

「お、それなら勝ったな。殺し合いならともかく対人()ならジーンは雑魚だ」

「言うわねえ」

 

 そんなに戦い下手だろうか。いや、下手か。殺しなしだとジーンに出来ることなどそうないし。

 

「……まあ、流石にそろそろ街に出ようかとは思っているけれど」

「お。じゃあジーン、俺と出掛けないか。バウルに手伝ってもらわねえと行きにくいから、ジュディにも頼むことになるが」

「どこに?」

「帝都」

 

 最も人口の多い街をあげて、ユーリはジーンではなくレイヴンに向けて鼻で笑った。

 

「デートしようぜ、ジーン。ま、里帰りともいうけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ジーンは里帰りをすることになった。街に入るまでにまた一悶着があったが、その時のことはまた後で話そう。

 

「会うつもりないんだけど」

「そう言うなよ。言っとくが、本番はこの後だからな。逃げんなよ」

 

 あの話は終わったと思ったのに。と、王城の一室の前で首を振る。

 帝都にジーンを連れて来たユーリは、貴族街のある西側の入口から入って真っ直ぐ王城を目指した。事前に話を通してあったのだろう、すんなりと通された先でジーンを残して去っていく。

 

 ツンと鼻をつく消毒液の匂いがした。それから、病床に伏せる末期患者のような、重苦しい匂いも。

 

 大きく溜息を吐いて、ドアノブを握る。見なかったことにしてユーリを探しに行きたいが、同時に避けては通れない道でもあった。

 今は意識があるらしい、と言い残したユーリは、彼とどんな会話をしたのだろうか。

 

「……君か」

 

 真っ白で、殺風景な部屋だった。

 部屋の殆どを占領しているベッドと、周囲に積み上がる空き箱や書類の山。用が済むまでその罪人を生かし続ける為だけの部屋。

 

 アレクセイは、その中心でぼんやりと虚空を眺めていた。顔の左半分が、完全に包帯で覆われている。首から下も、肌が見える所がないくらいの有様だった。率直な感想としては、「良く生きているな」と言ったところか。

 

「無様だろう」

 

 ポツリと零れた声に、「別に」と首を振る。ジーンは、アレクセイに対する同情も憐憫も、怒りすらも持ち合わせていない。

 ただ単純に、思ったことを口に出しただけ。だからか、アレクセイは静かにこちらに視線を向けた。

 

「こうして会ってようやく、あなたが生きていたことに納得出来た」

 

 アレクセイは、騎士団の取り調べに対し、一応は協力的な態度を見せているらしい。しかし、意識がある時間が短く、意識があっても何の反応も見せないことが多いため、彼の知る多くの技術や秘密は闇に包まれている。

 

 一度壊れてしまった者は、どれだけ強い衝撃を与えても、どれだけ救いの手を差しのべても、ずっと壊れたままなのだ。その実情は、ジーンが身をもって知っている。

 

「覚えてる?コゴール砂漠で、レイヴンが生きる為に君が必要だと判断された、と言ったことを」

 

 ドアの前から動かずに、ジーンはアレクセイの瞳をジッと見つめた。

 

 実際、きっとレイヴンは、アレクセイがいなくても生きていけたのだろう。ひょっとすると、ジーンがいなくたって、彼は自分で生きる道を選べたのかもしれない。

 

 けれど。

 

「あなたがレイヴンを……。あの男を生かしたからこそ、今の私がある」

 

 それだけは事実だった。レイヴンという男が生まれるために、この男は欠けてはならない存在だった。ダミュロン・アトマイスという騎士が死んだ時、その命を呼び戻したのは、他ならぬアレクセイだった。 

 

 だから、ジーンはきっと、アレクセイを殺さなかっただろう。砂漠でも、御剣の階梯でも、ザウデでも、今だって。いつでも殺せたのに、そうしなかったのがジーンだ。いつだって殺したかったのに、意思と反して殺さないのが、ジーンだ。

 

「この世界で、星喰みによって人は死なない」

 

 ジーンは夢と現の境界線に立っている。ジーンが口にするのは夢物語だけれど、きっと現実になる。

 

「この世界は、星喰みによって滅びない」 

 

 なぜなら、と囁く。

 

「あなたが、彼を生かしたからだ」

 

 アレクセイの視線が、ジーンの少しだけ背後にズレた。

 そこにあるのは扉だけだ。かつてジーンの背後から語りかけてきていた始祖の隷長(エンテレケイア)は、役目を終え、エアルに還った。もういない。

 そういう意味では、ジーンは始祖の隷長(エンテレケイア)を二度も殺したと言えるだろう。

 

「君が。エルシフルを殺したからか」

 

 アレクセイの視線の先を振り返っていたジーンは、囁き声に視線を戻した。

 責めるような口調ではなかった。そも、だとしたらお門違いだ。

 

 ジーンは小さく息を吐いて、気負うことなく踏み出した。アレクセイの横たわるベッドの横に立ち、慌てて退去したであろう医師が残したカルテを掴みあげる。

 流し読みした限り、想像以上に状態が悪いようだ。常人ならばとっくに死んでいるだろう。最後まで目を通すことなく投げ捨てる。医師には悪いが、たった今からこれは不要になるからだ。

 

「そうだね。私は、エルシフルを殺したからこそ、君を生かすんだ」

 

 人を殺すのに、大した動作はいらない。

 

 夢を見せるのにも、夢のような死に誘うのにも、同じことが言える。

 

 だが、人を救うには、多くの時間と労力が必要だ。

 

"力があるということは、選択肢があるということです。殺すも、殺さないも。ならばより困難で、美しい方が良い。全ての生き物が安寧のうちに暮らせるような世界を目指す方が、よほど良い"

 

 エルシフルの言葉を思い出す。彼のような高潔な精神はジーンにはないけれど、ジーンもまた、彼が選んだ後継だ。

 

「不要だ。暗殺者」

「黙ってなよ、騎士サマ」

 

 ジーンの指先が、唯一傷のない右の瞼に触れる。エルシフルを引き剥がし、思うように動かない右の手。あの日、右眼にこびりついた残滓を破壊した指先。これまで幾度も術式を崩し、魔核(コア)を砕いてきた。その力は既に喪われたが、痕跡は体に残っている。あの夜、ジュディと話した通り。

 

始祖の隷長(エンテレケイア)は世界と繋がっている」

 

 派手な光も、エアルやマナの乱れも、何も無かった。

 太陽の光の下では紛れてしまうような小さな輝きが、指先で微かに光ったような気がする。それだけ。

 

「人間もそうだよ。善人であれ、悪人であれ、誰もが世界と繋がっている。縁となる、最小単位の世界を通じてね」

 

 その感覚が、夢と現の間に立つジーンに渡された最後の祝福だ。この世界の全てはエアルで出来ていて、全ての生き物は世界と繋がっている。ジーンは普通の人間より少しだけ、その繋がりが強い。

 ジーンが()と称しているのは、この小さな繋がりのこと。そしてこの先には、今も世界を愛した始祖の隷長(エンテレケイア)がいる。一度結ばれた縁は、手放したとしても解かれることはないのだ。

 ジーンとユーリも。ジーンとレイヴンも。アレクセイとレイヴンも。そして、アレクセイとこの世界も。

 

「私がするのは種まきだけだ。選ぶ権利は君にある。君に生きる気力があるなら、エルシフルの残滓は君を助けるだろう」

 

 手を離して、返事を待つことなく踵を返した。

 

 始祖の隷長(エンテレケイア)は彼の部下を無惨にも殺したかもしれないが、今の彼が生きているのは、始祖の隷長(エンテレケイア)のおかげだ。

 ジーンは彼が死んでも構わないと思っているが、同時に生かしたいとも思っている。

 アレクセイは世界を滅びに向かわせたが、世界を救おうとしていた。

 

 人も、始祖の隷長(エンテレケイア)も、矛盾を孕むただの生き物だ。いくつもの側面があり、一言では語れない。

 

「名前を変えてみるといいよ、アレクセイ。私はジーンとして生まれて、これまでずっとジーンで、これからもジーンとして生きていく道を進むけれど。君にはきっと、違う仮面が必要だ。どうすればいいかは、ずっと見てきたでしょう?」

 

 

 

 

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