ギルドユニオン本部の廊下では、二人の若者の大声が響き渡っていた。
「知らない知らない、大体お前が面会予約入れてないのが悪いんだろ!俺に当たるな!」
「当たってないから!失礼ね!……で、怪我人は?とっとと出しなさいよ」
「当たってるだろうが!お前は裏手!仮設テントに行け!」
顔を顰めたハリーが、虫でも追い払うように手を振る。失礼な話だ。
「とにかく、ドンが戻ったらジーンが会いに来てたって伝えといて!死人は出てないでしょうね、このすかたんハリー!!」
「居たらお前なんか頼らねえ!裏行ったら指示はゼファーに仰げよ!このスライムジーン!!」
お互いに捨て台詞を吐いて背を向けた。一人は怪我人を収容した仮設テントへ、一人は臨時対策本部になっている執務室へ。
実の所この二人の言い争いはよく見られる光景なので、慌ただしく行き交うユニオン加盟ギルドの面々は気にした風もない。
「まったく、いつまで反抗期のつもりなんだか。……ゼファー!ゼファーは何処?手伝いに来たわ!」
裏庭を目一杯使って建てられたテントに足を踏み入れて、ジーンは目的の人物を探すために声を張り上げた。
重傷者は専門的な施設へ移送されたためか、テント内を軽く見渡しても緊急の治療が必要な怪我人は見当たらない。
「……非戦闘員が多いわね」
「突然じゃったからな。ダングレストの結界が消えるなど、今までに無かった事だ」
「ゼファー。ハリーに言われて来たの。私は何をすればいい?」
奥から姿を見せたのは、
「魔物退治の方はどうなった」
「終わったみたいよ、あなた大丈夫?ドンは居ないし、レイヴンも……ともかく、私ヒマなの!」
「なら、赤紐の応急処置を頼む。戦闘員を中心にな。お前さんの治癒術はちと短すぎるんじゃ」
「早いに越したことはないのにね」
「儂らが治すのは傷だけでなく、心もまたしかりだ。時間をかけてこそ治るものもあるだろう」
ゼファーとの意見は基本平行線だ。ゼファーの望む心の治療というやつが、ジーンには出来ない。
なのでジーンはそれ以上口を挟まない事にして、赤紐──傷の度合いで上から赤、黄、緑、青と振り分けられている──のエリアへ向かった。
非戦闘員、特に治癒術に馴染みのない者は、ジーンの詠唱のほぼ存在しない治癒術では何か不都合があるのではと不安がる。軽い怪我なら問題無いのだが、それを一々説明するよりかは明らかに効果が目に見える重傷者や戦闘員を治療した方が手っ取り早いのだ。
「ほい、ほいっと」
「だいぶ和らいだよ、ありがとう」
「ああ、助かった」
「しばらくは安静にしてる事。完治したわけじゃ無いから、正式な治癒には医者にかかって」
「落ち着いたらまた広場で頼むよ、最近ダングレストに帰って無かったろ」
ユニオンの古株ともなると、顔見知り程度ならそれなりに多い。中規模の傭兵ギルドの構成員に手を振って、ジーンはまたテントの中を練り歩いた。
「
トリムでユーリ達と別れてから、数日が経つ。レイヴンと共にダングレストに戻ったジーンは、とある
結果的には、その判断は正解だったかもしれない。
魔物の大群が押し寄せた直後、街を魔物の侵入から守ってくれるはずの
伝聞なのは、ちょうどその時街を空けていたからだ。戻ってきた時の惨状には肝が冷えたが、幸いハリーの方がジーンに遣いを寄越していた。
この時期に魔物が押し寄せるのは毎年のことだが、結界までおかしくなるとは。偶然にしてはタイミングが出来すぎている。まず間違いなく人為的な工作だ。その辺の事は今、ドンに代わってハリーが対応しているだろう。
「天候を操る
立て続けに起こる事件は繋がっているはずだ。特に大きな事件がノールとダングレストで起きている。そして、ノールの執政官、ラゴウの護衛に出てきたのはユニオンの重鎮、バルボスだった。
これを関連付けるとすると、ユニオンとしては非常に厄介な事態が浮かび上がる。バルボスの裏切りだ。
ラゴウと五大ギルドの長、バルボスが手を組んでいた以上、今度はもっと大きな事件に発展するかもしれない。なんであれ、次の手がダングレストに下される可能性は高い。
それをドンに忠告するつもりだったのだが、彼は魔物の巣を潰しに行ったという。ジーンが水質調査の依頼を受けて数時間だけ街を離れたタイミングでの魔物の襲撃、ドンとのすれ違い。果たして偶然だろうか。
「ゼファー、赤紐の処置は終わったわよ」
「ならとっとと帰るんだな、そのうち煩いのが来るぞ」
「そうさせてもらうわ。ハリーによろしく」
ギルドに所属しないジーンは、ユニオンとは根本的に無関係だ。有事の際以外は関わらないようにしているが、それでも部外者がウロウロしているのを快く思わない者はいる。
特に最近は頻繁にユニオンに出入りしていたから、顰蹙を買っている自覚はあった。
ユニオン本部の廊下を通って帰るのも馬鹿らしくて、ジーンは裏手の塀を飛び越えていった。
「そだ、ねえドン、ジーンちゃん知らない?青年達が探してるらしいのよ」
騎士団から届いた宣戦布告とも取れる書状に猛るドンを、レイヴンの気のない声が呼び止めた。
図らずもその場に居合わせたユーリ達を指差して、バチンとウインクを寄越す。今さっき、この胡散臭い男がギルド
場所はユニオン本部。
老人ながら計り知れない覇気を持つ大男が、足を止めて振り返る。
「ジーン?いや、知らねえな」
「!ジーンってドンの知り合いなの!?」
「……ああ、
とはいえ行方は掴めないらしい、と肩を落とすユーリに、ドンの後ろに付いていた金髪の青年が「ジーン?」と声を上げた。
「なんだお前ら、あいつと知り合いか。ジーンならさっきまで裏庭の仮設テントで怪我人の治療を手伝ってたぞ。今は知らないが、その辺にいるんじゃないか」
「そっか!ありがとう!」
おう、と頷いて彼らは部屋を後にした。ユーリ達もこの場にいて出来る事もないと外を目指す。
魔物に襲われた傷跡も癒えぬまま帝国騎士団との衝突など、どれ程の犠牲が出るか分からない。あわよくばギルドと騎士団の共倒れを狙っている黒幕がいるに違いないが、部外者のユーリ達に耳を傾ける者はいなかった。
「ね、ジーンを探しに行かない?ユニオンと騎士団の衝突も心配だけど、ボク、ジーンも心配だな」
「そうね、あの信条じゃ、いざ衝突が起きたら馬鹿やらかしそうだわ」
「……っと、悪い、財布落としたみたいだ。ユニオン本部かも知れねえ、ちょっくら行って来るわ」
ユーリとてジーンを探すというカロルの意見に反対するつもりはない。しかし、それよりも前にやるべき事があった。
地下牢に囚われたフレンの元へ、ユーリは誰にも告げずユニオンへ引き返した。
「面白い事になってるのね」
「ジーン!?」
ドンが戻ったと言うので本部に寄ってみれば、ギルドに宣戦布告した罪でフレンという金髪の騎士が拘束されたと言う。何事かと地下牢まで足を運ぶと、そこに居たのはフレンではなくその友人、ユーリだった。
動揺が顔に出ない様に引き締める方に気を取られ過ぎて、第一声が淡白になり過ぎたかもしれない。気負いなく片手を上げたユーリに微笑みながら、ジーンは先にドンを探しに行かなかった自分を呪った。
「久しぶり、でもないかな。ダングレストに来てたんだね」
「ああ、元はバルボスの奴を追って来たんだが、色々あってな。そうだ、アンタ奴の居場所知らないか」
「私も気にかけてたんだけど、ダングレストに戻ったって話は聞いてないわね。いるとしたら、
「なるほどな。なあ、カロルたちがアンタを探してんだ。多分広場の方に向かっただろうから、会いにいってやってくれないか」
「あら、それは申し訳ないけど……君も一緒によ」
「ジーン?」
訝しげな呼び掛けが、入り口の方から響いた足音に張り詰めた息に変わる。
「ドン・ホワイトホース」
ユニオンの首領が、地下牢に姿を現した。
「ふん、俺は騎士団の小僧に会いに来たんだがな。ジーン、手前の仕業か?」
「私が来た時からこうだったわ。あなたの部下が見間違えたんじゃない?」
「そりゃ、キツく言っとかねえとな。おいジーン、鍵開けろ」
「そう言うと思って開けておいたわ。ユニオンは不用心ね」
鉄格子に触りもしないで宣うジーンに、ユーリの眉間のシワが鋭くなった。
「話が読めねえんだが?」
「フレンという騎士は今から釈放されるの。ここは帝都ではなく、ダングレストだからね」
「へえ、そりゃまた。けど、無罪放免ってわけでもなさそうだな」
「当たり前だ。ここはギルドの街、ダングレストだぞ。手前のケツは手前で拭け、それがウチの流儀だ」
暫し押し黙ったユーリは、自分の中でおおよその当たりをつけたようだった。矢張り、彼は聡い。
「……じいさん、あの書状がニセモンだって気付いてやがったな?ならフレンが騙されたって分かった上で投獄したのか」
「ああ、そういう経緯ね。そりゃ無理な話よ。この街は反帝国の過激派が多いもの」
「そういうこった。俺が率先して反抗する態度を見せなきゃ、血気盛んな連中が先走って馬鹿やらかす」
「で、裏でフレンに黒幕を捕まえさせようって魂胆か」
おそらく黒幕はバルボスか、その縁者だ。ユーリもそれは分かって牢に入っている筈。
「今は君がすべき事にすり替わったけどね。ドン、結界騒ぎにバルボスが絡んでるかもってのを伝えに来たんだけど、遅かったみたい。ここへはフレンくんに事情聞きに来ただけなんだけど、丁度いいし、私はユーリくんを手伝うね」
「お前の知り合いだったか?ふん、勝手にしろや」
「そうさせてもらう。その代わり、帝国と武力衝突なんて事になったら大暴れしてやるから」
チクリと刺した言葉に、ドンは答えずに踵を返した。
取り残されたジーンはさて、と格子越しにユーリを見下ろす。
「出てこないの?」
「聞かないんだな、色々と」
「こっちの台詞ね。先ずはカロルくん達と合流しましょう」
「そっちの方が手間が省けるか。──ジーン。一つ、先に確認しとくが。良いんだよな?」
暗がりに佇むユーリの瞳は、何処か獣に似て光っていた。単に無機質なランプの灯りを反射しているだけだと理解していても、息を飲むような気高さがある。
或いは、それを純粋さと呼ぶのかもしれなかった。
「ええ。勿論」
短く切って、ジーンは地上へ続く階段へ踏み出した。