明星に誓って   作:テロン

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ダングレストで、赤い薔薇なら

 

 

 

 

 オルニオンに戻った後、ジーンはお偉方の会合なんかには一切手を貸さず、魔物討伐以外の時間は今や貴重となったアスピオ所蔵の専門書を読み漁る日々を過ごした。

 ジーンがリタの名前を使って手当たり次第に借りていたおかげで、アスピオの魔導器(ブラスティア)関連の文献の大部分が無事なのは予期しなかった幸運だ。

 

 全ては順調だった、らしい。

 後はデュークのいる古代塔市タルカロンに乗り込んで彼を止め、世界中の魔導器(ブラスティア)を精霊化して星喰みにぶつけるだけ。計算上はうまく行くはずだし、ジーンの直感もいけると言っている。これはそういう類のステージだ。

 

 決戦前の最後の日まで、ジーンがオルニオンに立ち入ることはなかった。オルニオン以外の街に関しても同じく。

 

 読み終えた本をパタリと閉じて、ジーンは空を仰いだ。

 

 夜だ。

 ジーンは、夜空が好きだ。そこに浮かぶ星でありたい。

 

 今のところは可愛い弟がドンの代わりに光っていてくれているのでそれで良しとしているけれど、それもあってやっぱり星空は好きだ。

 見上げられるようになったのは最近だけど。昼間の青空も好きだったが、それは既に事足りていた。

 

「時に、レイヴン」

「はい、なんでしょう?」

 

 あくび混じりの声にすっ飛んできた空色の瞳の男に、ジーンは顎でその場に座れと示す。

 

 場所は変わらずバウルの運ぶ船の上。

 他の面々は街の中で、ジーンの付き添いでレイヴンだけが残っていた。ジーンが蹴りださない限り、二人が残るというのはよくあることだ。

 

 椅子代わりの木箱の上で足を組んで、正面で正座をしている姿を見下ろす。

 

 あれから。あれから、というのはジーンが仲間に戻ってきてから。より正確に言うならば、ジーンがレイヴンを()()()から。

 

 明確に、ジーンからレイヴンへの扱いはぞんざいになったと言えるだろう。

 

 そして、レイヴンはジーンに対して殊更に丁寧になった。

 

 まず、「ピンチの時以外は戦わないでね」と願われた。

 右眼と右腕の損壊がどうしても気になるらしい。大した問題ではないというのに。どう考えてもピンチだったヒピオニアの討滅作戦だって、ジーンが勝手に飛び出なければそれまでの対始祖の隷長(エンテレケイア)戦のように、後方からの魔術支援だけをさせられていただろう。

 

 その他にも妙に畏まった口調で接することが増えたし、やれと言ってないのに片腕の動かないジーンの為に食事を小さく切り分けるし、街に降りた時の様子は逐一報告してくるし、面白そうなものを見つけたと言ってあれこれ買ってくるし。

 

 もう、まさに育児だ。それか、介護!

 

 普段船に引きこもってユーリたち以外との接点を断っているジーンを、あの手この手で連れ出そうとするのも面倒だった。

 

 別に、ジーンはそのことを指摘しようとも、拒絶しようと思っていない。好きにやれと許可したのはジーンだ。ジーンがどう応えるかもこちらの勝手だと思ってはいるけれど。

 

 怒られるとでも思っているのか、怯えた様子でチラチラと見上げてくるのに眉を顰めれば、完全に視線が逸らされた。

 それはそれでムカつくので舌打ちを一つ。

 

「あ、あの、ジーンさん??いかがなさいましたでしょうか……」

「脱いで」

「脱い……なんて?」

「だから、さっさと脱いで」

「は、はあ……ぉあ?ジ、ジーンちゃんのえっち!!」

 

 いやん、とシナを作って自分の体を抱きしめている男にもう一度舌打ちをして、「いいから魔導器(ブラスティア)見せて」と付け加える。

 どうせ緩い格好をしているのだ、剥いてしまってもいいが。

 

「あー、そゆこと。ホイ、どうぞ?」

 

 シャツの胸元が開かれて、無防備に硬質な心臓が晒される。レイヴンの生命力を糧に稼働する魔導器(ブラスティア)

 一定の周期で中心が赤く明滅していて、その周囲は人肌では温まり切らない固い感触がある。緩慢にしか動かない右手でその心臓に直に触れて、人工的な拍動の間隔で呼吸する。

 

「うん、聖核(アパティア)は一切使われていない。多少のロスはあれどマナの運用効率も高水準。ヘルメスは天才ね」

「これは精霊化しないってこと?」

「そう。そうじゃないなら世界はもう少し様変わりしているでしょう」

 

 とん、と一拍空いた。理解するまでの時間だ。

 

「ヘルメスが天才で助かったわ、ホント」

「弄ってもいい?」

「そりゃもちろん。好きなようにすりゃいい……ってジーンちゃん?カッコつけようとしてるそばから触り始めないで!?」

 

 ぶおん、と軽い音と共にコンソールを起動させ、文句と共に詰め寄ってくるレイヴンの頬を押しのけながら流し見る。

 

「ダメなわけないもん。ダメって言ったら死ぬより酷い目に合わせてやるから」

「例えば?」

「知らなーい。ユーリに頼むから」

「おっと。そりゃあまずいことが起きそうだから聞かないでおくわ」

「はいはい」

 

 軽く流して、魔導器(ブラスティア)の根幹ともいえる場所に触れる。術式を強引に書き換える力は失われているが、経験と技術としてはジーンの中に残っていた。あとはリタから教えてもらった魔導器(ブラスティア)知識と、一冊のノートの中身を総合すれば、無茶な命令を一つ通すくらいは出来る。

 

「はい、おしまい」

「何したのん?」

「なんだと思う?」

「絶対とんでもないことやってんのよねえ、この子」

「ご明察」

 

 襟元を正したレイヴンが大人しく正座に戻ったので、ジーンはその正面で木箱に乗ったまま片膝を抱える。

 

 アレクセイと短い会話を交わした日。去り際のジーンに、彼はポツリと一冊の古ぼけたノートの存在を告げた。アレクセイの自宅に保管されていたもの。帝国にはほとんど利用価値がなく、押収品の中に紛れて放置されていたもの。

 そこに書かれていたものこそが、まさしくレイヴンに埋め込まれた機械の心臓のマスターキーと、そのメンテナンス方法についての資料だった。あの情報がなければ、例えリタであっても命に直結する魔導器(ブラスティア)の術式を書き換えるようなことは出来なかった。

 

「あなたの心臓を、期限付きにした」

 

 割ととんでもないことを言った自覚はあるけれど、それを聞いたレイヴンはこれまでの心労を全部押し流すかのような深い溜息を吐いてから、はにかむようにそっと笑った。

 

「お前が死ぬまで?」

 

 答えずに、ジーンは頭上を指差した。

 そこには一面の星空が広がっている。

 

「あなたが夢から覚めるまで、ね」

 

 つい、と一筋の光が右から左へ流れた。瞬く間に、その光を追ってさらに幾筋もの線が夜空を彩っていく。

 

 流星群。

 星に少しでも詳しければ、この大陸でこの時期にそんなものが見られないと知っている。だからといって、これを幻覚と片付けるほど無意味なこともない。

 これから、夢を見せてやると言っているのだ。死に瀕すその一瞬まで、覚めることのない夢を。

 

「それで、いいんでしょ。好きなだけ生きていいんだよって生かしてあげたのに。私が生きる理由で、いいんでしょ」

 

 馬鹿な奴だ。

 何度言っても聞きやしない。だから、ジーンは()()()

 

「死んでもいいよ、レイヴン。私と一緒ならね」

 

 死んで欲しくないと願いながらも、望み通り死ぬことを受け入れた。そういうふうに、作り替えられた。

 

 一生苦しめなんて言葉で、ジーンの人生は変わらない。確かに罰を求めるジーンの心は掬い上げたし、頭をガツンと殴ったけれど、それだけではあと一つ足りない。

 

 だって、この男の要求は「俺のために生きてくれ」だった。それは、「お前がいなきゃ生きたくない」ってことだ。

 ふざけるな、拒否するに決まってる。血反吐を吐きながらでも生きていて欲しいのはこっちの方だ。ふとした瞬間死にたがる女になぞ命を預けないで欲しい。

 

 では、何がジーンに意地を捨てさせたのか。何がジーンを変えたのか。

 

 帝都へ向かった日、ジーンはユーリに対して既に結論を語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、ねーちゃん?もうここほぼ帝都なんだが」

 

 呆れたようにユーリが腕を組む。声色も不貞腐れてるのは、ジーンが帝都の入り口まで来て足を踏み出すのを渋っているからだ。

 

「い、行くわよ……。手ぶらで帰るわけにはいかないもの」

「手ぶら?なんか買って帰んのか?」

「帝都って何かお土産あるの?」

 

 さあ、と困惑した顔のユーリに首を振る。他人と接する覚悟を決めかねていたジーンが、ホイホイ街の近くまで着いてきた理由は単純だ。

 

「あなたとは行かないけどね、って嘲笑ってやるのよ」

「おいおい吹っ掛けた俺がいうのもなんだが大丈夫か?悪化してないか?」

 

 このところ、レイヴンがジーンを街に連れ出そうと画策しているのは知ってる。ジーンは意識して全て断っているのだから、ユーリに誘われて着いてくるのは自然な流れだ。

 

「じゃあさっさと行こうぜ。ジュディをあまり待たせるのも悪いしな」

「そうね、観念します」

「怖いか?」

「ええ、そこそこ」

「ならレイヴンに着いてきて貰えばいいだろ。意地張ってないで」

 

 張っていないが。街中に続く道に踏み入って、ジーンは気まずさに目を逸らした。

 

「一応、弟として聞いてはおきたいんだが。どうなんだ、レイヴンとは」

「どうもないわよ」

「義兄ちゃんって呼んだ方が良かったり?」

「うわ、寒気がしたわ。二度と言わないでもらってもいい?」

 

 別に喧嘩をしているわけではないし、拗れたわけでもない。

 距離感は適切で、つまりいつも通りのジーンとレイヴンだ。元通り、とは言わないけれど。だってお互いがお互いを土足で踏み抜いた後だから。

 

「そういう未来は、『あり得ない』のか?」

 

 誰かの言葉を引用したような言い方だった。

 足を止めて、昔は縁のなかった貴族街の入口で空を見上げる。結界魔導器(シルトブラスティア)の光が幼い頃の記憶を刺激した。振り返って下を眺めれば、帝都の下町が広がっている。ジーンは、あそこで生きていくには向いていないらしい。

 

「あのね」

「うん?」

 

 ジーンと同じ灰色の瞳がこちらを捉えるのを待って、口を開いた。

 

「私、誰もが死ねばいいと思うし、誰にも死んでほしくないの」

「ああ、知ってる」

「だから……。別にフラれたのがショックだったから家出したんじゃないわ。誰かに死んでほしくないって気持ちが消えたから、バランスを失って自棄になったの。このまま世界ごと滅びてやろうと思った」

 

 それはユーリに対してでもあるし、レイヴンに対してのものでもある。死んでも平気だな、と脳裏に過ぎったからこそ、そこからズルズルと崩落していく自分を御しきれなかったからこそ、ジーンは父が存在した証である家を燃やして街を出たのだ。

 

 ジーンは元々、相反する想いを抱えた不安定な人間だった。それでもどうにか生きてきた。

 殺戮という刹那の快楽に身を染めたり、始祖の隷長(エンテレケイア)と接触したり、ドンに枷を嵌められたりしながら、危うい均衡をなんとか保って生きてきたのだ。

 それが、プツンと糸が切れるように崩れてしまった。

 

「じゃあ、なんで戻ってきたんだ?」

「とんでもないクソやろうがいたからよ」

「クソやろう?」

 

 誰のことだか分かってるだろうに、ユーリは黒髪を揺らして、ジーンとそっくりだという疑わしげな表情をした。

 

「どうやって私を生かそうかなあと考えて、一度全部ぶっ壊してやろうと企んだ奴がいた。だってそのままじゃ『あり得なかった』から。あの男の生を願う私では、共に生きてやろうとは露にも思わなかったから。……好きだと、言えるはずがなかったから」

 

 なぜならジーンは常に矛盾しているからだ。

 誰かの生を願えばその分不特定多数の死を願う。誰かを大事に思えば、その分だけ死にたくなる。生に固執しながら死者を愛す。己の底に眠る好意を嫌というほど自覚して、その分だけ恋心を殺して切り捨てる。

 

 じゃあどうするか。一度、その奇妙で繊細なバランスをぶち壊せばいい。生と死、好と憎、善と悪、相反する二柱で支えるのではなくて────。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()再構成すれば良いと判断した。

 

 思惑通り、世界を滅ぼす判断をしたジーンは大きくバランスを崩し、レイヴンに殺意を抱き、そして好きだと告げた。

 

 後は完全にぶっ壊れるのを待って、落ちていくジーンを掴めば良い。

 そういう極悪人の敷いた罠は、一同どころか世界まで強制的に天秤に乗せて発動した。ジーンの壊れ具合が足りなかったら、あの時ユーリたちを本当に殺してしまって今度こそ世界は詰みだ。

 ジーンも大概だが、本当にあの男はイカれてる。自分が拒絶すればジーンは完膚なきまでに崩れ落ちる、なんて個人の直感に全てをベットしたのだから。

 

「おい、可愛い弟に聞かせる話か、それ」

「可愛いから教えてあげたのよ?」

 

 思わぬ深淵を除いてしまい顔を引き攣らせているユーリに、ジーンは「だから背中から刺しておけって言ったでしょう」と首を振る。どうしてジーンがレイヴンにやたらと当たりが強いのか、身をもって実感したらしい。

 

 いや本当に、あのクソやろう……。未だかつての隊長さんについての弁明は聞いてないし、フるにしたって言い方とやり方ってもんがあるだろうに。

 

「悪い、アンタの態度、嫉妬か何かだと思ってたわ……。これもしかして、俺は善良なる弟としてアンタを連れて逃げるべきか……?」

「逃げられると思う?」

「やっべ、俺レイヴンに吹っ掛けちまったんだが……。庇ってくれるよな、ねーちゃん?」

「も、勿論!お姉ちゃんに任せなさい……!」

「ダメそうだな、これ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、まんまと捕まったジーンは、この男の望み通りに動いている。

 あの日、帰ってきたユーリに向けてうっすらと微笑みながらも底冷えした眼差しを向けた男に向けて。

 

 ジーンのグラグラ揺れる矛盾の一柱はレイヴンの望み通り、「死なないで」と「死んでも良い」を同時に囁く。

 もう既に、このからだに食い込んで離れないのだから。そう、望まれたから。

 

「物好きなやつ」

「お前に言われたくはないねえ」

「ふふ、言えてる」

「そこ否定するとこよ?」

 

 お互い様だ。

 生も死も、一生をあげていいと思うくらいには愛している。逃してはやらないけれど、逃げられやしないのだと認めた。

 ならばジーンはどこまでも落ちていけるし、この男がジーンなんかを生きる理由にして死んでいくことを受け入れられる。

 

「だから置いていかないでね。先にもいかせないでね」

 

 そうやって、ジーンは明星()に永遠を誓った。

 勝手に仲人にするなと彼は不貞腐れるかもしれないけれど、文字通りのドン(仲人)が不在なのだ。ケーキ一つで許してくれるだろうか。ご所望はどうやら、何段にも重なったウエディングケーキらしいけれど。

 

「白いラナンキュラスを買いに行こうぜ、ジーン」

 

 返事は、いくつか大事な言葉を抜かしていた。

 ラナンキュラス。白いものは結婚式に使われるらしい。ジーンはこの男の墓参りのつもりで供えていたが、この男には違うように見えていたのかもしれないな、と思った。

 そろそろ両手じゃ数えきれなくなったデートの誘いに、仕返しはこの辺でいいかと目を伏せる。どうせ一生、恨みを晴らす機会があるのだ。

 

「ダングレストで、赤い薔薇なら行ってもいいわ」

 

 ラナンキュラスの方は、いつか彼らが両腕に抱えて会いに来てくれるはずだから。

 

 

 

 





次回、最終話です
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