明星に誓って   作:テロン

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明星に誓って

 

 

 

 

 ジーン、とか細い呼ばれて立ち止まる。広げた紙とペンを両手に持ったまま、ジーンは声をかけてきたカロルを見下ろした。

 

「どうしたの?」

「その地図、今どのくらい?ボクたち迷子になってないかな」

「そんな事ないわよ。あと何階層かはありそうだけど、着実に進ん……。まあ偶に戻ってるけど、進んでるわ」

「やっぱり戻ってるんだ!」

「侵入者避けが施された古城なんて大抵そういうものでしょ。それにここ、長らく地中に埋まってたせいで塞がれてる道も多いし」

 

 古代塔市タルカロンの内部にて、ジーンたちはデュークがいるであろう最上部を目指して探索を続けていた。

 見た目からして都市のようだったタルカロンは、デュークのやろうとしていることから考えると、星喰みに対抗出来る兵器でもあるのだろう。

 

 一つの都市を丸ごと兵器に転用するなど、古代文明が考えることは中々スケールが大きい。花精(ティターニア)の足跡も、ここと比べればかなり小規模とはいえ、千人規模の集落を丸ごと覆い隠していた。あっちは平地だからいいが、タルカロンは都市の構造が比較的残っているせいで、先に進みにくいことこの上ない。

 そんなわけで、歩いてるだけで結構正確な測量ができるジーンは紙とペンを持ちながら地図の製作に励んでいた。左手だけじゃ地図製作と戦闘を同時にはこなせないので、専ら後衛で術を飛ばすだけだ。これについては、因果が逆な気もするが。

 

「中枢には入り込めてるみたいだから、大丈夫よ。ただ、この調子だと先が見通せないほど長い階段とかがないと計算が合わないような気はするわね」

「えー!」

「気張りなさい。本当に無理なら抱えて運んであげるわ」

「おっさんが?」

 

 少し前を歩いていたリタが、振り向きざまに吐き捨てる。ふふ、と笑ったジーンはニンマリと口角を持ち上げる。

 

「それ、わざわざ言う必要あるかしら?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジーンの地図に意味があったのかどうかは謎だが、道中はかなり順調だったように思う。ややこしい仕掛けを突破して、よく分からない部屋を通過して、長い階段の下に辿り着く。

 きっと。この階段を登りきれば、デュークがいる。

 

「行くか」

 

 ユーリの力強い瞳が、全員を射抜くように見ていた。めいめいに頷いて、皆は深く息を吸う。ジーンは、カラン、と軽い音を立てながら装備していたダガーをその辺に投げ捨てた。

 

「要らないでしょ?」

「……ああ。そうだな」

 

 これからするのは、どうやって世界を救うか、の話だ。どちらが生き残るか、ではなくて、どちらが死ぬか、でもない。誰かを殺すためでもない。

 世界を救うために、誰かの死は必要ないからだ。

 

「星喰みによって人は死なないし、世界は滅びない」

 

 そういう、夢を見せるのだ。

 

「Ladies&Gentleman。It's show time!」

 

 小さく呟いて、ジーンは最後の階段を駆け上がった。

 

 人はまず初めに、光で世界を認識する。次いで音。それから匂い。だから、その逆をなぞれば、人は容易く現から夢に落ちていく。

 

 湿った土の匂いがするはずだ。柔らかな風が草木を優しく撫で、木漏れ日は美しかった日々を眩く照らす。

 

「ジーン・ローウェル……!」 

 

 最初からずっと、この男の視界に自分が映っていることが、酷く疑問だった。エルシフルを知る者は皆ジーンを通して背後にいる彼を見ようとした。なのに、デュークだけは常に、ジーン個人を見ている。

 

「エルシフルは慧眼だね」

 

 ユーリが勝っても、デュークが勝っても、それはエルシフルの遺志を継ぐ者が選んだ道だと言える。どうあれ、世界が救われることは確定している。

 

 何故なら、エルシフルは、誰より世界を愛した一匹の生命だったからだ。

 

 言いながら笑って、ジーンは二人しかいない夢の中に一歩踏み出した。現実からほんの少しだけズレた、一瞬の合間の時間。あの喰えない始祖の隷長(エンテレケイア)が繋いだ縁。レレウィーゼ古仙洞で遭遇した時と同じ、余人には感じ取れない交感。 

 

「デューク・バンタレイ」

 

 大きな翼が、ジーンの半分になった視野の届かないところで優雅に羽ばたいた。赤く光る瞳が僅かに見開かれ、周囲の光景は見る間に姿を変えていく。

 

「存分に見ていきなよ。この子たちが選んだ未来が、どういうものなのかを、さ」

 

 タルカロン、頂上。

 滅亡に瀕した世界の中心で今から行われるのは、未来に見る夢の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 星空が両断された。

 

 世界中から飛び散った精霊たちが、星喰みごと世界を変質させていく。

 

 ジーンの手元からも、一筋の光が飛び立って行った。振り返れば遥か遠く、停止した花精の宿り木からもきっと、美しい精霊が生まれたのだろう。

 

 デュークの同意をもって、世界中の魔導器(ブラスティア)を精霊化する最終段階がユーリの手によって実行された。これまでとこれからでは、明確に違う世界が展開される。魔導器(ブラスティア)を失い多くの人間は魔物への対抗手段を失うし、日々の生活も格段に不便になるだろう。

 

 それでも、世界は救われた。

 

 世界から見れば大きな出来事だったけれど、ジーンからすれば予定調和に過ぎない。

 どうせジーンとデュークのどちらかが世界を救っていたのだから。

 

『あなたが成すと思っていましたよ』

 

「嘘つけ」

 

 さて、これは幻聴だろうか。それとも。

 辺りを見渡せば、デュークと目が合った。剣を携えたままのデュークは、静かにジーンを見つめていた。彼の方には、なんと聞こえたのだろうか。知る機会が、いつか訪れれば良いと思えた。

 

 もう一度、幻想的な星空を見上げる。

 世界を襲っていた星喰みが、今は空から降り注ぐ美しい光となっていた。いつか、ジーンが夢中になったサーカスの天幕のよう。まだジーンが誰にも見せられていない、夢のような、あまりにも美しい光景だった。

 

「きれい……」

「確かに綺麗だが……」

 

 返答があるとは思っていなかったから、ジーンはすぐ隣から届いた声に瞬いた。

 見上げられるのを待っていた男は、目が合うとすぐにキザったらしく微笑む。

 

「お前ほどじゃ無いぜ、ジーン?」

「……綺麗って言ってんだから綺麗だなでいいのよ。あと、そういうことはもう少し頻繁に言いなさい」

「髪、また伸ばしてくれないの?」

「今の押せ押せの合図じゃないんだけど。それとあなた、まだ大事なことを言ってないんじゃない?」

 

 順序が逆だろ、と睨みつけたジーンに大口を開けて笑いやがった男は、目尻に浮かんだ涙を拭ってから居住まいを正した。

 そうして、なんてことない真実を伝える時のように言うのだ。

 

「愛してるぜ」

 

 この夜空で一番綺麗な星に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有名なサーカスが来ているぞ、こちらの大陸には滅多に来ないんだ、と遊び仲間に力説されたのをふと思い出した。ああこれのことだろうな、と僅かに音楽の漏れ聞こえるテントを見上げる。

 

 ファリハイド貴族の放蕩息子、当時ダミュロン・アトマイスという名を持て余していた青年は、開演時間をとうに過ぎてから大した期待もなく天幕を潜った。

 外界と遮断された場内は思ったよりも広々としていて、なのに熱気が肌を炙る。さて演目は、と辺りを見渡すまでもなくそれは眼下に広がっていた。

 

 すり鉢状に広がる構造に、「なんだ一番後ろもいい席じゃないか」と独りごちて、それから息を呑む。

 

 わあ、と歓声が上がった。

 

 灰を被ったような髪色の少女が、ステージの中心で一礼をしていた。ステージでは彼女以外のキャストもそれぞれ芸を披露していたのに、芸を終えて退場しようとしている少女に目を奪われる。

 整った顔立ちをしているのに、歳に似合わぬ憂いを帯びた子供だった。僅かに目元を細めて見せるだけで、何人かの観客が身を乗り出して熱狂する。

 かくいうダミュロンも、慌ててぎゅうぎゅう詰めの階段を駆け降りていた。

 

 まだ七つか八つかの、幼い少女だ。いやいやいやそんな趣味は、とダミュロンの中の理性的な部分が首を振る。直後に、これは仕方がない、と捩じ伏せた。

 

 夜空に最も明るく輝く明星は、何をせずとも人目を惹きつける。それと同じだ。この地上で燦然と輝くスターを見たのだ。当然の反応と言えた。

 

 ダミュロンは見逃したステージに惜しみない拍手を送りながら、隣の観客の襟元を引っ掴んで次の公演の日程を問いただしていた。

 

「自分の分もチケットを確保しろだあ?ああいいぜいいぜ、気分がいいからな!隣のお前の分も買ってやるよ!本当だって!……そうだな、あの明星(ミューズ)に誓って!」

 

 

 

 

 

 






長らくお付き合いいただきありがとうございました。
これにて完結となります。

今後、本編中に補足を入れられなかったキャラについての番外編をいくつか想定しています。

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