「ズルじゃねぇか?」
ぶすくれたユーリが、倒した魔物の山を背景に腕を組む。あの山がこの子の戦果なのだろう。周りを見渡しても一際目立っていることからして、ユーリの非凡な腕前が未だ健在であることが伺える。
今も世界中の厄介事を背負い込み続けているという話も聞くし、あの旅をしていた頃より腕を上げているのかもしれない。
「聞いてんの」
「あ、ごめん。拗ねた顔が可愛くて聞いてなかったわ。どうしたの?」
「だから、ズルじゃねえかって」
ほら、とユーリがジーンを通り越した先を指さした。ジーンはユーリのように魔物の山を背負ってはいないので、少し離れた別の場所だ。
ここは、ダングレスト討伐戦の運営本部。絶賛大襲撃継続中の最中、ユーリは忙しなく働くユニオン関係者たちが集まっている辺りを指さしていた。
白い巨大な布が掲げられていて、そこに赤い星印がいくつも縫い付けられている。こうしている間にも新たな星が掲げられ、それは左端に羅列してあるギルドの名前にそれぞれ振り分けられていた。つまり、ギルド別の討伐ポイントランキングを示しているのだ。
今は戦闘が一段落したところで、小休憩を兼ねて多くのギルドが中間報告の為に本部に立ち寄っていた。例年通りであれば魔物の襲撃は第一波、第二波と段階的に行われるため、大元を叩かない限りはもう後何波か来るだろう。
この段階でも、ユーリを擁する
ただし、今現在トップを独走しているのは、彼らではなく
「いや違うのよ、私は第一波以降運営本部から出てないわ。不正を疑われるからって」
「なお悪いだろ」
「仕方ないじゃない、私から魔物討伐速度取ったら何が残ると思ってるのよ。肉の解体とか?」
「色々あるだろ、怒るぞ」
変わらないな、と思いながら微笑みかける。ユーリは「アンタがトップな分には文句ねえよ、当然だし」と溜息混じりに首を振った。
「そっちじゃなくて、アンタが不在の間にポイントが積み上がってる方だ」
「あー」
また一つ、花精の足跡の横に星が掲げられている。そろそろ入り切らないからと、100単位で色の違う星に纏めるべきか議論されているようだ。
「でもほら、うちのギルドって一人じゃないし。アレ……じゃなかった、ルーカスも弱くなったとはいえ普通の騎士よりは強いもの」
「アレ……じゃなくて、ルーカスのポイントが入ってんのも文句ねえよ、今回
「え、入ってるの。というか、あのクソ野郎未だに私に謝罪のひとつもないんだけど」
「また喧嘩してんのか」
良くやるな、と辟易したような表情になったユーリは「こっちも仕事頼んじまったし、許してやれよ」とレイヴンの肩を持った。多分あの人がせっせとユーリに甘いものを貢いでいるのも影響しているだろう。最近ケーキ作りに凝ってるし。
「ルーカスもおっさんもそんな派手にはやってねえが、滅茶苦茶見覚えのある顔が見覚えのある戦い方で倒しまくってるだろ。あれは何でそっちに着いてんだ」
「知らないわよ、こっちのも名前騙られて迷惑してるの。でも一応、芸のひとつも出来ないルーカスと違って、アレは客の前に出せる程度には仕上がってるのよ。足して2で割れないかしら」
「ザギがねえ……。ま、見た限り別人になったみてえだが、あんま心配させないでくれよ」
知らないうちに本当に軽業師としての技能を身につけ仕事を始めていたザギは、勝手に所属を花精の足跡と吹聴して公演を行っているらしい。ずっと魔物の討伐も続けているようなので、かつてのザギを知る者はみな揃って三度見しているとか。
「今思ったけれど、うちのギルドってワケあり男共の駆け込み寺になってない?」
ジーンも大概厄介者の自覚はあるが、ハリーの手伝いでレイヴンが忙しくしている今、花精の足跡というギルド名を背負って表に出れるのがなんとジーンしかいないのだ。表向き死んでるはずのアレクセイを名代にする訳にはいかないし、頭がパーの暗殺経験有り軽業師なんてもっての外。
「だから言ってるだろ、アンタは趣味が悪いんだって。いくら歳上の悪人が好きだからって限度があるだろ」
「待って、私が好きでこの面子集めたと思ってる?心外だわ!」
「好みがブレねえな、とは思ってるぜ」
「ユーリくん、君とはもっと話し合いの時間が必要みたいね」
「話に来ねえのそっちだろ」
またブスくれたユーリは、「そこまではまだいいとして」、と文句をつけていた割には寛容な態度を見せた後に「何で飛び入りのデュークの点数までそっちに着いてるんだ。それはズルだろ」と続けた。
「私のせいじゃないわよ……」
どうやら、何も知らない一般通過デュークが魔物の討伐に助力してくれたらしい。多分途中で討伐戦の開催に気付いて立ち去っているが、それまでに結構なポイントを獲得しており、律儀にカウントしていたユニオン側は浮いたポイントの付け先に迷った挙句、ザギと同じ扱いをしたらしい。ジーンには確認の連絡が来ていないので、レイヴンが適当に承諾したんだろう。
「百歩譲ってもデュークの所属はウチだろ」
「そんな流れだったかしら?」
「そりゃ、デュークは俺たちを認めてくれたんだから、
かなり無茶苦茶な論理ではあるが、確かにジーンとデュークはタルカロンでの一戦以降1、2回エアルクレーネでばったり鉢合わせた以外の交流はないのでこっち所属とされるのも無理がある。
それにしたってデュークもどっかのギルドの所属とされるのは心外だと思うし、この場合は無所属のポイントにすべきだとユーリだって思っているだろうに、この拗ね具合。
「……ちょっと待って、前から薄々思ってたけど、ユーリあなたまさかデュークに懐いてない!?そういえば私、ユーリに会う度にデュークの話されてる気がするわ。本当はお兄ちゃんが欲しかったってこと?それとも唯一の肉親である私に不満があるってこと!?」
「ま、あんたらどっちも滅多に顔出さねえけど、デュークの方が会う回数は多いからな」
「ぐぅ」
ぐうの音も出ないとはこのこと。今出たけれど。
「私の方がユーリと似てるわ」
「何と戦ってんだよ」
「わ、私の方が総合的に見るとエルシフルといた時間長いし……物理的に……」
「あんたそれデュークに面と向かって言えるのか?」
「……内緒にして」
それぐらいで怒らないだろうけど、そんなことを言うやつだとデュークに思われたくない、ぐらいの感覚はジーンにもあった。
「そもそも、ユーリだってすぐにふらっと何処かに行っちゃうってネタは上がってるのよ」
「血筋かね。で、誰から聞いた?エステルか?」
「あー、ね、企業秘密よ」
「ったく、やっぱ繋がってたか」
墓穴を掘ってしまったらしい。エステルは多忙だが筆まめで、みんなの様子を綺麗にまとめて伝えてくれている。二人だけの秘密というのも中々面白くて続けていたが、今後エステルから届く手紙には脅迫紛いの文言が増えそうだ。
「まあ、その……。悪いな、とは思ってるわよ」
ジーンは前々からユーリに「話が違うんだが」と詰め寄られていた。元々タルカロンの前に、年の半分は自給自足で、年の半分は旅をして暮らす、と言っていたのに、今のジーンは通年旅暮らしだ。
今回の討伐戦も、アレクセイが「彼らも痺れを切らしたのだろう」と推測していた通り、定住しないジーンを表舞台に引き摺り出そうとユーリたちが画策したことだ。
「殊勝だな」
「色々と落ち着いて考えたいことが多くて。それに、旅をするのはあの日の続きみたいで楽しかったの。決してユーリを避けていたわけじゃないのよ」
ユーリは上手く躱しているようだけど、あの頃のパーティメンバーはそれぞれ社会的に重要な地位に着いたり、
一方ジーンの方は、助けた命の責任を取らなきゃいけなかったり、それ以外にもやらなきゃいけないことがあったりで、世情とは離れたところからこの世界に助力し続ける道を取る必要があった。
たまにふらっと探しに来てくれたユーリたちと会って、エステルからの手紙で近況を知って、何かトラブルがあったらレイヴンの仲介で協力して。あの頃みたいにずっと一緒にいる訳じゃないけれど、それでも精神的には仲間として同じ方向を向いていたと思っている。
「でも、近いうちにダングレストに住むつもりはあったのよ」
「ダングレストに?そりゃ、突然だな」
「そうでもないわ。リタちゃんの魔物対策用の発明が実証段階まで来たでしょう。あれの配備が進めば、結界があった時代のように、各都市は魔物に対する守りを手に入れられる。個人用の装備の開発だって、後回しにされてるだけですぐでしょう。ここ数年で精霊たちとの協力体勢も円滑に周り始めた」
そうなると、個人に依存した魔物生息数の管理は必要なくなる。つまり、ジーンが年中世界を回って魔物を殺し続ける必要はなくなるということだ。
特定の人間に依存した社会構造は平和とは呼べない。デュークも、ジーンも、ユーリやリタや、あの旅で出会った人たちは今、欠かすことのできない役割をそれぞれ果たしているけれど、それだけになってしまったら失った時の後退が大きすぎる。
かつてドンは、ドンの代わりになるものを遺さずに逝ってしまった。ジーンたちは皆、ドンの隣に並ぶことなく、背中を追いかけることしか出来なかった。
人間は個人の意思や行動だけでは絶滅しないほどの数を持っている。かつてはその事実に絶望すらしていたけれど、今はこれを希望に強靭な社会が構築されることを切に願っていた。
だから、ジーンのこの生活だって期限付きだ。
「それ、他の奴にはもう言ったのか?」
「いいえ、まだよ」
「ふうん。おっさんにも?」
「まあ……そうね?」
「なら、いいか。良い家知ってるぜ、後で紹介する」
二カリと笑って、ユーリは片手に持っていた剣をくるりと回した。相変わらず、個性的な戦い方をしているようだ。
「そろそろ休憩も終わりかしら。デュークのポイントはそっちに加算するよう言っておくから、残りの時間でちゃんとうちの記録抜いてきてね」
「別に要らねえよ」
「でも、うちに勝つと豪華賞品があるんでしょう?折角用意したのに勿体ないわ。可能性があるのって凛々の明星くらいだと思うし」
「どこも勝てなかったらジーンのものになるだけだぜ」
「そういうルールだったかしら?」
ジーンも久しぶりに表舞台に立たされて、これが今回の挑戦対象の浮雲ジーンだ、とか何とか注目を浴びてゲンナリしていたから、あまりちゃんと説明を聞いていなかったけど。
「因み豪華賞品って?」
「ああそれな、多分気に入ると思うぜ」
「へえ?何かしら。新しい武器とか?」
ユーリが太鼓判を押すならそれなりのものなんだろう。ユーリもジーンもさして物欲の無いタイプだから、物じゃないかもしれないが。
「いや、家だ」
「家?」
家?
もう一度聞き返して、ジーンはぱちくりと瞬いた。家、とな。
「ダングレストの郊外を丸っと買い取って、騒音ナシ、ご近所トラブルナシ、ゲストルーム複数有りの庭付き一戸建て、ついでにおっさんの一人ぐらいなら住まわせられるぜ」
「それって……」
「アンタの家だ、ジーン」
仄かな予感を確信にして、ユーリは悪戯がバレた子供のように笑った。
本当はそこにジーンを住まわせる権利が賞品だったらしい。誰に許可取って、とか、普通逆では、とか、色々と思う所はあったけれど、それが上手くいかなそうだから拗ねていたのかと思うと、その辺はどうでも良くなってきた。
「だから別に、どっちが勝ったって構やしねぇよ」
「良い家を知ってるって、もう用意したって意味だったのね……」
「いいだろ?」
最後の最後に許しを求めるなんて、絶対に許されると思っている人間の行動だ。未だにこうやって数々の女性を泣かせているんだろうな、と思いを馳せてから、ジーンは少し大袈裟に溜息を吐いた。
「悪くないわ。普通の人間みたいで、ね」
番外編の投稿も一先ずこれまでとなります。
改めて、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!